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官能小説 パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン5


「会おう、高木さんに」●西原ななみ

私は迷った。もし、もうひとりの私のふりをして高木さんに会ったりなどしたら、私は彼をだましていることになるんじゃないか。それに事情があるとはいえ、直紀さんを想いながら、べつの男性とのデートに行くなんて、褒められたことじゃない。

(カミサマは私たちをそれぞれの元の戻せるように頑張ってくれると言っていたし、今はへたに行動を起こさないで、様子を見ているほうがいいのかも……)

 

何か理由をつけて、高木さんと会うのは断ろう。

 

だが私は、メールを送ろうとスマホを見て、考えを変えた。こちらの世界の私と高木さんの仲は、今、決していいとはいえないようだった。お互い一歩引いて相手の出方を待ち、相手が出ればそれをまた斜に構えて受け止める――そんな感じだった。

 

高木さんからの最後のメールは、

<今週会う予定だけど、無理しなくていいんだよ。君も忙しいだろうし、あまり負担になりたくないんだ>

 

だった。高木さんは天然ドSだと聞いていたけれど、まったくそんなイメージじゃない。

 

ほかのメールの読み進めていくうちに、高木さんとの仲が思うように進んでいない理由が何となくわかった。こちらの私は、信じられないことではあったけれど、会社のお得意様である高見さんからモデルの仕事を受けたと言っていた。そしてさらに信じられないことだけど、どうやら高見さんからアプローチを受けているらしい。

断片的な情報を寄せ集めての推測だけれど、高木さんはそのことを知ってしまったのだと思われる。それで二人の仲はぎくしゃくしてしまったようだ。

 

ちなみにスマホに保存されていたモデルの私の写真は、これがいちばん信じられことだけど、うっとりするぐらいキレイだった。私にこんな可能性が潜んでいたなんて。  

私は決意した。こんなことになっているのは、他ならぬ私のせいだ。ここで高木さんとの仲を壊したりしたら、もうひとりの私に謝っても謝りきれない。

 

会おう、高木さんに。

 

私は高木さんに「そんなことない、会いたい」という旨の返信をしてから、メールの中身の暗記に入った。

 

だけど、やっぱりうまくいかなかった。

  会ってすぐに、高木さんは私に違和感を覚えたようだった。

 

まず指摘されたのは呼び方だ。うっかり上の名前で呼んでしまった。

「どうしたの? ずっと下の名前で呼んでくれていたのに」

「い、いえ……とくに理由はないんですけど、たまには新鮮かなぁって」

「そうかな。僕は距離を感じてしまうけど」

 

冷や汗が出てくる。

 

メールの内容を思い出しながら話すので、会話もたどたどしかった。

「……やっぱりななみさん、僕といるのは楽しくないみたいだね」

 

私は慌てて否定する。

「そ、そんなことないです! 楽しいけれど、その……ここ数日、体調があまり良くなかったから……」

「そうか、そんなときに連れ出してごめん。やっぱり僕は人の気持ちがわからないんだろうね」

 

高木さんは硬い表情のまま目を伏せた。まずい。よけい雰囲気が悪くなってしまった。

 

結局その日は無理をしないよう言い含められて、夕方頃に別れた。

 

ひとりで部屋に戻った私は、ベッドに寝転んで、枕に顔を押しつけた。どうしたらいいのかわからない。

ベッド

(このまま高木さんとの仲がこじれてしまったら……)

 

罪悪感で押し潰されそうだった。

「直紀さんに会いたい……」●西原ななみ

その夜、高木さんにメールを送って昼間のことを謝り、ひとまずは翌週また会う約束を取りつけた

また会わなくてはいけないだと考えると、一週間も先のことだというのに緊張感で胃が痛んできた。
でも、私をもっと暗い気分にさせていたのは、寂しさだった。

(直紀さんに会いたい……)

 

調べてみると、こっちの世界にも直紀さんの引っ越し会社や直紀さんが勤める支社はあった。だから、存在はしているのだろう。だけどこっちの直紀さんと私は、まったくの他人だ。もし会えたとしても、直紀さんにしてみれば私は「見ず知らずの人」だ。

  そんなことを考えているうちに、涙が出てきた。
手鏡を手に取る。覗きこんだが、鏡は私の泣き顔以外何も写さない。

「戻りたい……」

私はしばらく、鏡を抱えて泣いていた。
私は少し、混乱していたのかもしれない。

ふと思いついて実行したことは、後から少し冷静になって考えれば、とんでもない……とはいわないまでも、冷静であればやっていなかったであろうことだった。

直紀さんのメールアドレスを覚えていた私は、直紀さんにメールを送った。

<怪我の具合はどうですか? 週末お見舞いに行くという約束、守れないかもしれません。でも遠くから……直紀さんが早く良くなることをお祈りしています。また会いたいです>

 

こちらの世界にも直紀さんがいるなら、同じメールアドレスを使っている可能性は高い。送信エラーも表示されなかったし、きっと届いたのだろう。

(きっといたずらメールか何かだと思っただろうな)

私は自分のしたことを後悔した。

ウィークデーの毎日はもといた世界とほとんど変わらず過ごすことができた。ひとつだけ違うのは、高見さんが私に対して妙に積極的ということだ。私は「最近あまり体調がよくなくて……」と、できるだけ関わらないようにした。高見さんは会社のお得意様だし、モデルに採用してくれたこともあったし、素っ気ないと思われたくないけれど、今は高木さんとの仲を何とか修復するのが最優先だ。

そしてついに……週末がやってきた。

「いや、信じるよ」●西原ななみ

1週間かけて前以上にしっかりメールを読みこんだ甲斐があって、今度はそこそこ話も盛り上がった。このまま自然に、さりげなくデートを続けられるんじゃ……と思ったけれど、そうそううまくいかなかった。

高木さんは、私の手を握ろうとしてきた。
すごくさりげなく、さわやかに。たぶんこっちの世界の私にとっては、ごく自然に思えるような動作で。

だけど私はこれが自然と思えるような経験を高木さんと重ねてきたわけじゃない。手を引っ込めてしまったのは、反射的であり、無意識だった。
高木さんが、傷ついた顔をした。すぐに消えてしまったけれど、間違いなく、刻まれていた。

私たちはまた気まずくなった。この前よりもさらに、間にある冷たい壁が分厚くなったように感じた。
何を言いのかわからない。何を言っても言い訳になってしまいそうで、また裏目に出てしまいそうで怖い。

「もう、帰る?」

しばらく歩いたところで、高木さんがぽつりと呟いた。

「そんな、私は……」

「だってななみさん、やっぱり無理しているように見える。僕は鈍感だけど、わかるよ」

私はぐっと奥歯を噛みしめた。今度別れたら、もう高木さんと仲は修復不可能になる気がした。 でも、うわべだけで行動するのにはもう限界がある。
私は、心を決めた。

「じつは、私は高木さんが知っている西原ななみじゃないんです。私は、その……こことは別の世界から来て……」

私はカミサマのことや、パラレルワールドのことを話した。 信じてもらえない、それどころか変な人だと思われてしまう危険もある。 でも危機を回避するには、これしか方法がない。捨て身ではあったけれど、賭けるしかなかった。
私の話を聞いた高木さんは、目を真ん丸にした。聞き終わった、私の顔を正面からじっと見据える。

「あの……やっぱり信じてもらえませんよね」

「いや、信じるよ」

「えっ」

 

なぜか私のほうが驚いてしまった。

「だってパラレルワールドなんて、そんな現実味のない……」

焦るあまり、私のほうがパラレルワールドを否定するような反応をしてしまう。

「あり得る話だよ。超ひも理論とか、わりと興味があるんだ。もともとこの宇宙では素粒子が……」

「はっ、はいっ?」

高木さんは私にはまったく理解できない理系の知識で説明してくれたが、肝心の私のほうはまったくわからない。
しかしとにかく、私たちは「二人の西原ななみ」がそれぞれ元の世界に戻るため、パラレルワールドについて調べ始めた。

翌日から高木さんはまた長期のフライトに出てしまったが、出先で最新の学説を調べては結果をメールしてくれた。私だけでは絶対に到達できない知識だった。

<ありがとうございます。こんなにしてもらえるなんて……>

<いいんだよ。僕だって自分の満足のためにやっているんだ。もうひとりのななみさんと、ちゃんと話したいことがあるから……>

絶対に元に戻らなくちゃ。私は強く心に誓った。

 「一緒に何とかしよう」●加藤直紀

次にななみさんがお見舞いに来てくれたとき、様子がおかしいと感じた。
何だかぎこちないし、言っていることもときどきおかしくなる。 俺と一緒に行った場所や、食べたもののことを話しても話がかみ合わないし、そもそも記憶が曖昧なようにも見える。

それに、あえて距離を置こうとしているようにも感じられる。 何かを隠している。

「何かあった?」

お見舞いに来てくれたななみさんに、俺は思いきって尋ねてみた。

いちばんの不安にしてもっとも可能性が高そうなのは、別に心を惹かれる男性が現われたのではないかということだ。 年頃の女性なんだから、どこでどんな出会いがあったっておかしくないだろう。

「な、何でもないですよ。ただちょっと最近、体調があまり良くなくて……」

ななみさんは答えたが、そんなわけがないと俺の本能が告げている。
とはいえ、あまりしつこく聞くのもよくないだろう。かえってうざったく思われるかもしれない。

……俺、こんなにうじうじ悩む男だったかな。でも今はそんなこと関係ない。今、大事なのは、俺のキャラよりななみさんに何が起こったのか、だ。
また改めて、頃合いを見て聞いてみよう。

その日の夜、ななみさんから届いたメールを読んで、俺は首をひねった。

<怪我の具合はどうですか? 週末お見舞いに行くという約束、守れないかもしれません。でも遠くから……直紀さんが早く良くなることをお祈りしています。また会いたいです>

また会いたいって、今日会ったばかりじゃないか。それに遠くからって、この病院とななみさんの家がそれほど離れているわけじゃないだろう。
ふと送信日時を見て、息を呑んだ。年月日と時間の表示が、すべて0になっている。
ちょっとしたホラーだ。だが、なぜか怖くはなかった。これを受け取った俺よりも、ななみさんのほうが洒落にならない状況にいるのではないかと思った。

次に会ったとき、俺はななみさんにメールを見せながらもう一度同じことを聞いてみた。
ななみさんは顔をこわばらせ、黙りこみ……そして打ち明けてくれた。

自分がこことは別の世界から来た、もうひとりの西原ななみであることを。驚いた。
メールを受け取っていなかったら、完全には信じられなかったかもしれない。 でも、絶望はしなかった。メールが届くぐらいなら、本人たちが元に戻る可能性だってあるはずだ。
今、目の前にいるななみさんだって、不安だろう。元いたところに戻りたいだろう。

「大丈夫、一緒に何とかしよう」

俺はななみさんの頭をぽんぽんと撫でた。

「真面目な話をしていいかな?」●西原ななみ

  

私はこれまで届いた高木さんからのメールを見直して、溜息をついた。

  文系の私にもわかるよう、高木さんはパラレルワールドが成立する理論をわかりやすく説明してくれた。 でも、理論がわかったからといって、元の世界に戻れるわけじゃない。
高木さんもそれはわかっているようで、

<日本に戻ったら、もうちょっと建設的で実現可能な話をしよう。不安だと思うけど、もう少しだけ待っていて>

と言ってくれた。
こっちの世界に来て、そろそろ3週間になる。 ちょっと、疲れてきた。夜もちゃんと眠れなくなっている。

――その日は休日だったので、お昼近い時間に目を覚ました。 いくら休日といってもいつもはもっと早く起きるけれど、明け方まで眠れなかったのだ。

近所のコンビニに行こうと思って、家を出たとき。
向こうから走ってくる自転車にぼーっとして気づかなかった私は、思いっきりぶつかって、転倒した。

意識が遠くなる。

あぁ、私また、洋輔さんに「危機管理がなってない」っていわれちゃう。

えっ、あれ? ……洋輔さん? また、いわれる? わたしはそんなの、いわれたことは……

そのときの私は知らなかった。向こうの私も、直紀さんのお見舞いに来ていた学生時代の友人である大学教授と、病院の角で正面衝突していたことを……。

――――――――

私はもとの世界……直紀さんのいる世界に戻ってきた。

 

初対面でぶつかった大学教授の男性は秋野要さんといった。解決の糸口を掴むために直紀さんが呼んでくれた宇宙学の専門家だけど、私があっさり元に戻ったとわかると、その日は帰っていった。

彼はどうやら信じていなかったらしい。大学に戻り、資料や論文などをもう一度読みこんで、改めて私に話を聞きたいという。

「まぁ僕は、どちらかというと二重人格みたいなものじゃないかと思っているんだけど」

秋野さんはそう言っていた。

退院が数日後に迫っていた。私は直紀さんに誘われて、病院の屋上に上った。
夕暮れ近い屋上に、私たち以外人の姿はない。私たちはしばらく、それぞれの世界でどんなことがあったのかを話した。

直紀さんはパラレルワールドのことを、信じてくれていた。

「ちょっと、真面目な話をしていい、かな?」

加藤さんの口調が、それまでよりも少し硬くなった。私はうなずいた。

「この前は勢いで付き合っているって言っちゃったけど、俺、本気でななみさんと付き合いたいと思っている」

「…………」

 

私は黙って直紀さんを見上げた。言葉が出てこない。

「ごめん、急にこんなことを言って。でもななみさんが入れ替わって、よくわかったんだ。やっぱりななみさんが大事だって」

直紀さんが言う。びっくりした。 夢の中にいるみたいだ。まさか、こんなことを言ってもらえるなんて。

「私も……直紀さんが好きです」

少し恥ずかしいような気もする。でもちゃんと伝えたいと思った。
今までの私だったら、迷っていたかもしれない。でも私はもう、今までの私じゃない。数秒先に何が起こるかわからない世界にいるのだと、よくわかっている。

「離れている間に、自分が直紀さんのことをどんなに好きか、わかりました。私、直紀さんのことをもっと知りたいし、私のこともいろいろ知ってほしいです」

「ななみ、さん……」

「ななみでいいですよ」

ななみ、で止まったときに胸がきゅんとした。この「きゅん」に前向きでいたいから、自分から言った。

「ななみ……」

 

直紀さんが私を抱きしめる。筋肉の感触が心地いい。私も応えるように、その胸にしがみついた。

  数日後、直紀さん経由で私に秋野さんから連絡があったと聞いた。パラレルワールドのことについて、詳しく話を聞きたいという。

直紀さんは少し心配そうだった。

「要の研究の役にも立ってほしいけど、ななみがモルモットみたいに扱われるのは絶対にいやなんだ」

私は……

【次回】パラレル・ラブ ストーリーA 〜直紀編〜 シーズン6

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あらすじ

起こった出来事を話そうと、鏡の中にいるもう一人の自分と話そうとしたななみ。しかしその瞬間、パラレルワールドの自分と入れ替わってしまった。
自分のせいでこうなってしまったと、もう一人の自分に罪悪感を感じながらも、
状況を把握しようとメールを確認して…。

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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