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官能小説 二度目の恋に落ちたから 7話
目撃
良の動きが止まった。
(どうして高畑さんがいるの。今日、授業は休みなのに)
蓉子は良にそう問いかけたかった。
良は驚愕の表情を浮かべていた。強い緊張を帯びたその顔は、やがて崩れるように、悲しみを帯びた絶望へと変わっていった。
(違うんです。私、転びそうになったところを助けてもらっただけで)
日下を払いのけて飛び出したかったが、良のその表情に拒絶された気がした。
良の肩からすうっと力が抜けたのがわかった。
「すいません、斉木さん。僕、昔からこういうタイミングが本当に悪くて」
いったん崩れた表情が、無理につくりなおしたような不格好な笑みに変わった。
「邪魔者は、もうあっちに行きますね」
良は今来た角を再び曲がって、姿を消した。
不安
日下は蓉子に謝ってから、一人で帰っていった。
経験豊富そうなだけあって、さすがに自分が何をしてしまったのか即座に理解したらしい。そこに付け入ろうとしないところは、さすがといえばさすがだった。
(ああ……この世の終わりだわ)
帰路、電車に乗っているときから、蓉子はもう泣きたかった。
『さっきのことは何でもないんです』
告白されたことは伏せながらも、状況を説明するメールを何度か良に送ったが、返事はない。
日下を受け入れてもいいかもしれないと一瞬でも思ってしまったことを、良は見抜いたのではないか。そんな気さえした。
可奈の意見を求めたくてメールを送ったが、今はネットがろくに通っていないところにいるようで、翌朝になって「通信状況がよくなったら連絡する」と返事があっただけだった。
次の日も、その次の日になっても、良からの返事はなかった。
再び良に会えたのは週末だった。
良はそれまでと変わらず、教室に通ってきただけだ。いつもと同じなのに、ひどく距離が離れてしまったように感じた。
話しかけたかったが、良はほかの生徒と楽しげに話していて、タイミングが掴めなかった。
そのまま授業が始まった。授業中何度か目が合ったが、どちらからともなく気まずそうに逸らした。
「あの、高畑さん」
授業後、蓉子はやっと良に話しかけることができた。ほかの生徒たちに混じって廊下を歩きだしていた良が、蓉子の声に振り向いた。
「どうしたんですか、斉木さん」
良は笑顔を浮かべていたが、明らかにぎこちない。
「この間のこと、ちゃんと説明したくて」
自分の声が震えているのがわかる。怖い。良の、蓉子への思いはもうすっかり冷めたのではないかという不安が、冷たい水のように全身に広がっていく。
メールに返事がないのは、つまりそういう意思表示なのではないか。「ちゃんと説明」なんてしたら、それを確かめる結果になってしまうのではないか。
(ひょっとして私が今してるのって、未練がましく縋ってる……ってことなのかな。それなりに恋愛の経験があれば、絶対にしないことなんじゃ)
そんな懸念も湧き上がってくる。
良の顔からすっと笑みが消えた。
ああ、やっぱりそうだ。蓉子は耐えきれずうつむいた。こうやって間違えて傷ついて、傷つくのを恐れて何もやらなくなって、何も経験を積み上げられないまま、私の人生はきっと終わっていくのだ。
「斉木さん」
良の声が、周囲に聞かれるのを憚るような小声になった。
「二人だけでお話できるところに行きませんか」
二人きりで
二人が向かったのは、普段は使わない調理器具を収めておく小さな倉庫だった。
鍵を持っているのは蓉子のような教員と一部の事務員だけだから、生徒が迷い込んでくることはない。防犯用のカメラが設置されているわけでもないから、学校側に見とがめられることもない。
取り急ぎ「二人だけでお話」するには、うってつけの場所だった。蓉子はドアを開けて、その脇のスイッチを入れた。天井の蛍光灯が灯って中をまんべんなく照らしだす。
窓のない三畳程度の部屋は、ドアがある面も含めて三面が天井までの棚になっていた。一面だけは壁のままだったが、いずれここも棚にするつもりだと学園長は言っている。
蓉子が先に入り、良もそれに続いて、二人は部屋の中ほどまで進んだ。椅子や椅子の代わりにできるようなものはないので、壁際に並んで立つ。
学校にはまだ人が残っているはずなのに、ここは外から切り離されたように静かだった。その静けさにおののくように、蓉子は囁くような声で言った。
「高畑さん、あれは本当に……」
だが、そこから先を言葉にすることはできなかった。
「えっ、あ……」
良に肩を優しく掴まれ、蓉子は壁に押しつけられた。
「や……」
とっさに逃げようとしたが、良は壁に腕を突き、蓉子を捕らえられるような姿勢になった。良の腕の中に閉じ込められたみたいだ。逃げるどころか、身動きさえ思うようにとれない。
背の高い蓉子だったが、良はそれより拳ひとつ分ほど大きい。そういえば、初めてきちんと背の高さを意識した。
(ち、近い……)
良の息で睫毛が揺れるのではというほど、良との距離は近かった。近いというよりは、もはや「くっついて」いる。体のあちこちが、少しずつ触れ合っていた。
(あん……っ)
良の胸の下あたりが、蓉子の胸の膨らみにときどき触れた。良もさすがに遠慮しているのか体をそらし気味にしているが、あまりにも近すぎて、呼吸のタイミングが合うと当たってしまう。
(ん、そこ……いっぱい感じたところ……)
声が出そうになるのを、蓉子は口を引き結んで耐えた。顔を逸らしたのは、見られたら、感じているのだとバレてしまいそうだったからだ。
良の右手が蓉子の顎に伸びて、くいと自分のほうを向かせた。見られたく、ないのに。
「こっち、見てください」
「あ……」
きっと今、蓉子の目は潤んで、頬は上気している。心臓の鼓動だって速い。これって、「感じている」ということだろうか。
「斉木さん」
名前を呼ばれただけなのに、体の奥が熱くなった。
(今、私、濡れた)
蓉子はほとんど無意識に、何かを守るように内腿を擦り合わせた。
「斉木さん……!」
良の声が力強さを帯びた。その声に良自身が弾かれたように、閉じられていた蓉子の膝と膝の間に片膝を割り込ませてくる。
「きゃうっ……」
気持ちいいところに触れられたわけでもないのに、ぞくぞくとした刺激が体を駆け抜けた。これまで癒し系だと思っていた良に、確かに「男」を感じた。
良の顔がさらに近づいてくる。キスされるのだと思って、ぎゅっと目を閉じた。覚悟を決めるべきなのかどうかもわからない。
だが、唇には何の感触もなかった。かわりに、
「顔、赤い。恥ずかしいですか」

耳元で囁かれた。耳の縁をじっとりと舐め上げるような声だった。再び体の芯が熱くなる。また濡れてしまった。
(高畑さんが、こんなに大胆だったなんて)
これでは、蓉子という獲物が隙を見せるのをじっと狙っていたケモノのようだ。癒し系だと思わせておいて。
ずるい。けれど嫌悪感はない。それどころか息が苦しくなるほどいとおしく、魅力的に感じる。
これ以上「続き」をするのはダメ。でも、今という時間が終わってほしくない。相反する気持ちが、蓉子の中を激しく行き交う。その摩擦が熱を生み出したように、頭がぼうっとする。
「あの男の人に後ろから抱きしめられたときも、こんなふうにかわいい顔をしたんですか」
蓉子は慌てて首を振った。わずかに冷静になる。
「あの人とは、何も……っ」
そうだ。まずは誤解を解かなければ。しっかりしろ、自分。
良は蓉子の顎を掴んだまま、微笑した。つられたように、蓉子も少し安堵する。いつもの良が戻ってきたような、やわらかな笑み。だが、ひどく寂しげだった。
「すみません。僕、斉木さんの言ったこと、わかっている……つもりでした。だからちゃんと、メールの返事も返そうと思っていて」
蓉子は身じろぎもできずに、良を見上げた。わかっているつもり? どういうこと? 今、言っていることを一言なりとも聞き漏らしてはいけない。
「僕、嫉妬深くて……自分で自分をコントロールできなかったんです。本当にいやになる」
良はやっと蓉子の顎から手を離し、一歩後ろに退いた。
「た、高畑さん?」
「ごめんなさい。もう、こんなことしません」
布が風で翻ったように、良はきっぱりと蓉子から顔を背けた。振り向くことなく、大股でドアに向かっていく。
「高畑さん、待って!」
蓉子が呼び止めるのも聞かず、良はひとりで倉庫を出ていった。
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