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官能小説【3話】絶対ナイショのラブミッション〜再会した幼馴染は過保護SPでした〜


東条雛乃の代役

そもそも、どうして東条雛乃の代役が必要になったのだろう。 腕の中から見上げる夏生君のかんばせは、私から見てもひどく張り詰めていた。昔の彼はどこへ行くにも私のことを心配しているような過保護な男の子だったけれど、それを差し引いたとしても、――――彼の緊張は本物のように思える。 『早まったかもしれない』という思いが再び浮上する中、その疑問が氷解したのは、夏生君がようやく警戒を解いた後のことだった。

「そういえば、誘拐未遂に遭われたとか。ご無事で本当に良かったです」

東条雛乃としての挨拶回りは、先んじて『お父様』に渡されていた招待客リストを丸暗記したお陰で順調だった。『面識がある』とリストで明言されていた人には一通り挨拶し終え、そろそろお暇しようかというところで話しかけてきたのが、その男性で。

「貴方に何かあったらどうしようと不安で堪りませんでしたが……こうして元気なお姿を見られて嬉しい」

「あ、え、ええ……」

誘拐未遂って何だ。というか、この人誰だ。 この男性の顔に覚えはない、――――つまりリストに載っていない。加えてこの、ぐいぐい来る感じ。誘拐未遂という衝撃的な単語を噛み砕いて呑み込みたいのに、さりげなく手まで握られてしまい、思考が上手く纏まらない。振り払ってしまいたいのはやまやまだけど、リストに載っていないせいで、東条雛乃と彼の関係性もよく分からないのだ。随分彼女に惚れこんでいるようだし、もし恋人候補だったりしたら、――――ぐるぐると考え込む私の思考を裂くように、慣れた温度の手のひらが私の指先を攫った。とくり、と心臓が密やかに音を立てる。

「失礼。雛乃様はお加減がすぐれないそうなので、そろそろ」

「え?あ、ああ……そうだったのですか。それは申し訳ない」

「雛乃様、こちらへ。少し休みましょう」

「あ……」

攫われた指先をそのまま優しく引かれる。どこか硬い声音で私を促した夏生君の向かう先は、入り口付近の物陰だ。そこに私を引っ張り込んだ彼は、その涼しげなかんばせを瞬きの間に『幼馴染』のものに切り替えてみせた。

「あのな……ああいう手合いは調子に乗らせたら駄目だろ。何を手なんか握られてんだよ」

しかめられた眉と不機嫌そうに歪んだ唇。昔から変わらない、過保護な夏生君の顔だった。突然『美冬』に対して言葉をぶつけられ呆ける私に、彼はさらに不機嫌さを深めていく。

「ちゃんと自分でも拒否しろ、変な男に隙を見せるなって昔から言ってただろ。俺がいない間どうしてたんだ」

「……どうって、」

「あとお前、『誘拐未遂』について初めて知った、みたいな顔してたよな。まさか聞かずに東条雛乃の振りしてるんじゃないだろうな」

「う……」

あまりに鋭い考察に、私はぐうの音も出せないまま黙り込む。そんな私の反応に、再び答えを鋭敏に察したらしい夏生君が重い溜息を吐いた。

「やっぱりな。なあ、もうちょっと考えて行動してくれ。……頼むから」

トーンの低い、どこか呆れを含んだような声音がぐさりと胸を刺す。 東条雛乃の代役には、誘拐の可能性がある。誘拐されたときのことを考えて代役を立てていると言ってもいい。それを踏まえれば、夏生君の言っていることは一分の隙もなく正しかった。 一応私にも言い分はある。会社の重役の息子との結婚を断ったら会社をクビにされ、早急にお金が必要だったのだ。案件を選んでいるだけの余裕だってなかった、し。

「美冬、聞いてるか?」

「……」

ただその言い分を夏生君に言えるはずもなく、呆れられたショックと言いたいことが言えないフラストレーションから、私はつい彼の手を振り払ってしまう。

「だから、――――私はその、美冬とかいう人じゃないって言ってるでしょ!」

ほとんど『美冬』だった声だけを残して、私は会場を飛び出した。これ以上夏生君の顔を見ていたら、余計なことを言ってしまいそうだったから。 廊下を適当に進み、人気がなくなってきた辺りで足を止めた。ひんやりとした空気を肺一杯に吸い込めば、頭は徐々に冷えていく。離れないようにと言われていたのに、夏生君を置いてきてしまった、――――しまったと思う気持ちが半分。今は顔を合わせたくないなという気持ちが、半分。どうしようかなあ、と呟いたところで、背中側から声を掛けられた。

「何かお困りですか?」

「え?」

振り返った先に佇んでいた、ホテルのボーイらしき男性だった。こちらの服装を見るなり「ああ、大ホールのパーティーにご参加のお客様ですね。よろしければ大ホールまでご案内しますが」と微笑んで、――――私の腕を、掴んだ。

「っ……」

「こちらですよ」

ぐいと強く腕を引かれたのは、来たのとは明らかに逆の方向だ。さっと顔から血の気が引いたのが分かった。

「いえ……自分で戻れます」

「遠慮なさらないでください。きちんと、お連れしますので」

「大丈夫ですから……あの、手を放して……!」

「――――雛乃様!」

背中側から掛けられた声音。今度のものは、よくよく知っている声だ。駆けてくる足音に怖気づいたのか、ぱっと手が放され、ボーイの背中が慌しく曲がり角の向こうへと消えていく。反動で後ろに倒れそうになった私は、そのまましっかりとした腕に抱きとめられた。

「……っ、は……ッ間に合った、」

少しだけ乱れた呼吸の合間の呟きにも、私の身体を掻き抱く腕の力強さにも、焦燥が溶けている。 それが無性に嬉しくてどきどきするのだと打ち明けたら、きっと彼は怒るのだろうな、と思った。

契約違反のお仕置き

「っとに……心配したんだからな」

「ご……ごめんなさい……」

近くのゲストルームに避難したあと、溜息混じりに落とされた夏生君の言葉へ、反射的に『美冬』としての謝罪が零れる。つい『しまった』という顔をする私に対し、彼はうっすらと苦笑してみせた。

「俺はお前が何と言おうと、お前を『美冬』だと思ってる。正直、何でそんなに頑ななのかも分からないけど……また逃げられても困るから、むやみに『美冬』って呼ぶのは止める」

「え……」

「『こんなこと』をしてる理由も、今は詮索しないでおくから。安心しろよ」

「今は?」

「今は」

出来れば一生しないでほしい。

「でも、――――契約違反のお仕置きは、きちんとしなければいけませんね」

契約、――――きっと『私から、決して離れないでください』という彼の言葉がそうだったのだろう。 ぱちりとSPの顔に切り替わった夏生君が、爽やかな笑みのまま私を覗き込む。その笑顔に気圧されずるずると後退すれば、あっという間にベッドサイドまで追い詰められてしまった。熱を孕む瞳は昨夜に見たものとよく似ていて、身体の芯が勝手にじんと火照り始める。恥ずかしさと居た堪れなさから視線を逃がせば、するりと伸びてきた腕が私の腰へと絡みついた。

「っ……や、待って、」

「申し訳ないが、『待って』は聞けません……お仕置きですから」

男性に迫られている女性

甘ったるく、子供の駄々を宥めるような声音に、ぞくぞくと背筋が粟立つ。急激に濃密さを増していく空気に足の力が抜け、ベッドの上に座り込んでしまえば、あとはあっという間に組み伏せられるだけだった。圧し掛かってくる身体の確かな重みに、自分が逃げられないことを思い知らされて、お腹の奥がとろ、と緩んでしまう感覚。大きくかさ付いた手のひらが、太腿の内側をゆったりと撫で上げる。

「ひ、ぅうん……っ」

「昨日の余韻がまだ残っていそうだ。ただでさえ敏感だったのに……この分だとすぐイッてしまって、お仕置きになりそうもありませんね」

揶揄い混じりに笑った夏生君が、太腿に触れていた手をさらに上へと向かわせた。服を少しも乱さぬまま、彼の手だけがドレスの裾から忍び込んでいく。やがてショーツまで辿り着いた指先が妖しく秘裂をなぞり上げ、芯を持ち始めていた花芽を軽く突けば、私はシーツの上で身を捩ることしか出来なくなる。 夏生君の指は、今日の獲物をその花芽に定めたようだった。ショーツの上からでも膨れているのが分かるのだろう、爪の先でかりかりと引っ掻いたり、裏筋を丁寧に擦ったりと甲斐甲斐しい愛撫で、私の蜜口を更に緩ませ、潤ませていく。

「ぁ、あっ……!ゃ、だめ、ぇ……っ!」

刺激されることでさらに膨れた芽は、じくじくと疼くような熱に侵されて震えている。溢れた蜜がショーツを伝い、太腿を汚す感覚。快感が積み重なり、思考がどんどん曖昧になっていく、――――びくんと腰が跳ねた瞬間、夏生君の手がぱっと離された。

「え……?」

「駄目でしょう、護衛にこんなことされてるのに……そんな蕩けた顔して、イキそうになって」

「ぅ、んんっ……は、ぁ……や、ちが、」

「ほら、お仕置きなんですから。ちゃんと我慢して……?」

夏生君は耳朶に何度もキスを落としながら、再び私の淫芽をなぶり始める。ショーツの下に潜り込んだ指先は、温かな愛液を纏うと、果てられないぎりぎりの刺激を与え続け、私をさらに追い詰めていく。もどかしさに涙が滲んで、喉を晒して身も世もなく喘いで。夏生君の思うままに翻弄される私は、きっと情けない顔をしているに違いなかった。

「も、ゃあ……っ、あ、ン……!」

「ハ……、っもう、限界ですか?」

「ぁ、っうん、ん……も、イかせて、」

「ッ……!」

食い締めるもののない蜜壺が、きゅうきゅうと切なく締まる。お腹の奥の疼きが限界を超え、あと少しでも背中を押されたら、今までで一番激しく果ててしまうような、――――そんな予感。 涙の膜の向こうで、夏生君がゆるりと眉をしかめる。SPの顔を保ったまま興奮を堪えているような、そのかんばせは、壮絶なまでの欲望に濡れていた。そして、その唇が私の首筋のほくろへと吸い付いた瞬間に、彼の指がひときわ強く花芽を押し潰す。 ぱちん、と瞼の裏で火花が散った。

「っン、ぁあ、ぁ……〜〜〜ッ!」

身体が大きく反り、爪先がシーツの海を掻く。細かな痙攣を繰り返す腰に、夏生君の手が添えられ、まるで慰めるかのように優しく擦られるのが堪らなかった。 心臓が破裂しそうなほどに痛み、零れる吐息が荒く掠れてしまう。何とか平静を取り戻そうと浅い呼吸を繰り返す中、彼のもう一方の手が、汗で張り付いた私の前髪を優しく撫でていった。

「ん、上手にイけましたね」

「は、ァ……っん、ん……」

「……さっきは、申し訳ありませんでした」

「え……?」

俺が余計なことを言ったせいで、お前を危ない目に遭わせた。 ほとんど独り言のような、密やかな呟き。『幼馴染』の顔で零されたそれは、きっと彼の本音だ。色々考えなしで、悪いのはどう考えても私なのに、――――やっぱり私の幼馴染は優しくて、ちょっと過保護だ。

「ん……」

「そのまま寝てしまっても大丈夫です。私が責任をもってホテルまでお連れしますから」

彼は、私のことをどう思っているのだろう。 仕事が終わるまでは夏生君への想いは忘れると決めたのに、ちっとも忘れられる気がしなかった。

⇒【NEXT】最後に約束したのだ。『また二人で来ようね』と。結局離れ離れになったせいで果たされなかったけれど…(絶対ナイショのラブミッション 4話)

あらすじ

知らない人に手を握られたところを夏生君に助けてもらった。すると彼は物陰に引っ張り込み、その涼しげなかんばせを瞬きの間に『幼馴染』のものに切り替えて…

皆原彼方
皆原彼方
フリーのシナリオライター・小説家(女性向け恋愛ゲーム/…
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