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官能小説【8話】絶対ナイショのラブミッション〜再会した幼馴染は過保護SPでした〜
お父様
「駄目じゃないか。あそこで待っているように言っただろう?」
会場付近へ移動して、真っ先に声を掛けてきたのは『お父様』だった。
私たちを見つけるなりすっ飛んできた彼は、顔こそ笑っているが瞳が白けて見えて、夏生君の言っていたことも穿ち過ぎというわけでもないのかもしれない、――――と考えてしまう。
「申し訳ありません、お父様。ですが部屋に……その、」
「不審者が押し入り、部屋を物色していましたので、私の判断で雛乃様をこちらへとご案内しました」
私へ注がれる剣呑な視線を遮るように、夏生君がすっと前に出る。東条正芳は一つ目を瞬くと、今度はその胡乱気な瞳を夏生君の方へと向けた。
「君の?……そうか。それなら君は中まで付いてこなくていい。会場外で待機していてくれ」
「は、……いや、それでは雛乃様をお守り出来ませんが」
「うちのボディーガードを何人か付ける。問題ないだろう」
「ですが、」
苦い顔の夏生君を押しのけ、東条正芳が私の手を掴む。夏生君に引かれるときとはまるで違う、締め付けられる痛みが手首に走り、思わず『東条雛乃』の仮面が歪んでしまった。
「とにかく、会場外で待機をしていてくれ。終わったらこちらから連絡する」
異論を差し挟む間もなく手を引かれ、会場に引きずり込まれる。会の主催である東条正芳が入場したのを合図に締まっていくドア、――――その向こうに、夏生君の手が伸ばされる様が見えた気がした。
濡れたドレス
どう考えても、これはまずい。
夏生君とは分断され、私の傍には『お父様』がまるで見張るかのように貼りついている。『東条雛乃』として振る舞い続けながら、私は内心で冷や汗をだらだらと垂れ流していた。付けると言っていたボディーガードも見当たらないし、本当に私を囮にするつもりなのかもしれない。
夏生君は、きっと会場に入るための手段を探してくれているだろう。ひとまず、何とかして『お父様』の目を掻い潜って夏生君と合流しないと。逃げ道を探してぐるりと視線を回した私は、人混みの中に見覚えのある顔を見つけた。
「あ……」
「雛乃さん、どうかされました?」
「え、ああ……いえ、何でもありません」
誤魔化すように笑う仮面の下で、私は浅く呼吸を繰り返す。見覚えのある顔、――――つい数十分前に見た顔だ。あの控室に押し入ってきた男。
幸いにも、相手は私には気付いていないようだった。誰かを探すように辺りを見渡しているから、もしかしたら私を探している最中なのかもしれない。夏生君に伝えようにも手段がなく、私はなるべく男の視界に入らないようにしながら、男の動向をさりげなく注視した。
やがて男は探し人を見つけたらしく、小さく会釈して物陰の方へと歩き出す。探し人は私ではなく、彼よりも少し背の低い、穏やかそうな顔の男性だったようだ。私は、その男性にも見覚えがあった。
――――そういえば、誘拐未遂に遭われたとか。ご無事で本当に良かったです。
「あの人……」
もしかして、黒幕は彼なのだろうか。
二人は連れ立って会場外へと出ていく。追えば危険だと思う一方で、彼が黒幕であるという証拠さえ掴んでしまえば、この仕事は終わり。囮の妙なプレッシャーから解放される、――――そう思うと居ても立っても居られなくなって、私は適当なテーブルからグラスを取り上げる。そのまま偶然を装ってグラスを傾ければ、中身のワインが勢いよくドレスへと飛び散った。
「あっ……!雛乃さん、大丈夫ですか!?」
「すみません。零してしまって……お父様、少し失礼して着替えてきてもよろしいでしょうか?」
「いや、それは……」
『お父様』は渋るように言葉を濁すが、この状況で着替えさせるのを躊躇うほうが不自然だと気付いたのだろう。周りの女性招待客の「早く着替えたほうがいい」という口添えもあって、最終的には「すぐに戻ってくるように」と苦々しく呟いた。なるべく殊勝に頷いてみせて、私はそっと会場を抜け出す。濡れたドレスは気持ち悪かったし、借り物のドレスだと思うと胃も少し痛んだけれど、身の安全や事件の早期解決を思えば、背に腹は代えられなかった。
二人は廊下の先にいて、どうやらどこか空き部屋を探しているようだった。
「先に夏生君と合流……いや、でも……」
もしその間に見失ったり、肝心な話を終えてしまっていたりしたら意味がない。せめて、どこの部屋に入ったかだけでも確認してからにしよう。
二人の後をしばらく追えば、彼らは会場を大回りして、先ほど私と夏生君がいた控室へと入っていった。ドアが閉まり切っていなかったのもあって、近付けば会話が漏れ聞こえてくる。
前のパーティーで声を掛けてきたあの男性は、話の文脈から察するに蘭丈家の息子だったようだ。蘭丈家の跡取りに選ばれるため、対立している東条家の失脚を目論み、娘である東条雛乃の誘拐を計画している、――――概ねそのようなことを言って、もう一人の男と細かい誘拐の手順について確認し始める。
ここまでくれば、彼が東条雛乃誘拐未遂の黒幕であることは間違いないだろう。後は戻って夏生君に伝えれば、――――
「誰だ?」
こつん、と音がした。
立ち去るために後ろへ下げた足が、どうやら調度品の棚にぶつかってしまったらしい。さっと血の気が引くとほぼ同時、目の前のドアが勢いよく開かれる。
「貴方は……」
黒幕
「あ、――――すみません、お話し中でしたか?こちらのお部屋を着替えに使わせていただけたらと思っていたのですが……別の部屋を当たりますね」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、貴方に会えて幸運でした。ちょうど貴方のお話をしていたところだったんです……よろしければ、少し話していきませんか」
「っ、……!」
出てきたのは蘭丈さんの方だ。咄嗟に笑顔で取り繕い、そっと後ずさった。このまま見逃してくれれば夏生君に報告しに行ける。そう思い身を翻そうとした私に、蘭丈さんの手が伸びてきて、――――しかし、その手が私に届くことはなかった。
「――――無事ですか」
低く、怒りを押し込めたような声が背中越しに掛けられる。私は何度も頷きながら、その頼もしい背中を見上げた。蘭丈さんの手を掴み、涼しい顔で押し留めてみせる夏生君。来てくれたんだ、と思うと、勝手な行動をしてしまったという罪悪感に、ときめきが混ざり始めるから性質が悪い。
夏生君を見て、蘭丈さんも劣勢を悟ったのだろう。片頬を引くつかせながら、腕を引こうと足掻き始める。
「手を放していただけますか?私はただ、雛乃様が会場に戻れなくなっているようでしたので、手助けをしようかと……」
「その手は前に……パーティーのときにも使って失敗しているでしょう。言い訳としては見苦しい」
「……どういう意味でしょうか?」
「貴方が雛乃様の誘拐を企てていたことは、彼女から聞きました。証拠がある以上、何を言っても無駄だ」
「証拠……は、彼女の証言だけでしょう?それだけで私を捕まえようって言うんですか。蘭丈家の跡取りとして、抗議をしたっていいんですよ」
案に私の証言だけでは弱いと鼻で笑う彼に、夏生君は笑みを深めたようだった。
「そんなことないと思いますけど、ね」
懐から取り出されたスマホから、音声が流れ出す。私が聞いていた、先ほどの会話の鮮明な録音、――――蘭丈さんの顔色がさっと青くなる。
でも、どうしてこんな音声が夏生君のスマホに保存されていたのだろう。それに、『私』から聞いたと言っていたけれど、私はただ聞いていただけで、夏生君に連絡を取ったわけでもない。
私が不思議そうな顔をしていることに気付いたのだろう。僅かに口元を緩めた夏生君が、こちらを振り返り、私の耳に付いていたイヤリングにそっと触れた。
「これが盗聴器になってたんですよ」
本気の心配
「――――で?言い訳だけは一応聞いてやるけど、言いたいことは?」
「ご……ごめんなさい。言い訳は特にないです……はい……」
蘭丈さんが一連の事件の黒幕として逮捕され、捜査員たちも去った後。私は控室の隅の方で、夏生君からの説教を受けていた。
どうやら夏生君は私が会場を出る直前に、何とか会場へ潜り込むことに成功していたらしい。私と合流しようとした矢先、ドレスを替えに出て行ったという話を聞いて、慌てて後を追ったのだという。
「一人で行って、見つかってちゃ世話ないな?……俺の『守る』って言葉、そんなに信じられなかったのか」
「信じてます!信じてるんだけど……つい、身体が動いちゃって」
「……」
「ひい……」
じり、と焦げ付くような怒りの瞳は、きっと本気の心配の表れだ。その怒りっぷりに、本来なら恐縮し反省しなければならないのはよくよく分かったうえで、嬉しさや愛おしさが湧き上がってきてしまう辺り、私の心臓も大概馬鹿なのだろう。何だか可笑しくなってきてしまって、私はついくすくすと笑ってしまった。
「あのな……何笑ってんだよ。俺、結構怒ってるからな?」
「分かってるんだけど、なんか……嬉しくて」
「……っとに、お前は……」
彼の唇から零れた溜息は、どこか呆れたような軽いものだ。毒気が抜かれた、と呟きながら私の後頭部を引き寄せた夏生君が、そのまま柔く触れるだけのキスをくれる。焦点を結べないほどの近くで、夏生君の瞳が優しい弧を描いて。
「……お前ってほんと、俺を呆れさせる天才だよ」
思い切りがいいくせに怖がりで、しっかりしてるかと思えば妙なところが抜けてる。
私をそう評した夏生君が、私の輪郭を優しく辿る。くすぐったいような感覚に思わず目を閉じれば、唇に吐息が触れる距離で、低く穏やかな声音が囁いた。
「でも、そういうお前から目が離せなくて、何年経っても頭から離れないんだから……お前のそういうしょうもないところが、好きになった理由なんだと思う」
好きだ、美冬。
囁きを最後に、彼の唇がいっとう優しい口付けを落とす。私はこのキスが解けるまでに、彼の告白へ素敵な返事を考えなければいけないのに、ぐずぐずに蕩かすような甘いキスが思考を端から綻ばせていってしまうから、――――私も好きだよ、で、どうか勘弁してほしいと思うのだ。
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あらすじ
『お父様』が私を囮にしているかもしれない…。そう感じた時に声をかけてきたのはお父様だった。
お父様の指示で夏生君と分断されてしまい、まさか本当に囮にされてしまうの…?