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川奈まり子の作品【vol.16】川奈まり子 書き下ろしコラム〜水中花〜
川奈まり子の作品【vol.16】川奈まり子 書き下ろしコラム〜水中花〜
子供の頃に祖父母の家で見た記憶がある。
もう、よく憶えていないけれど、お盆か何かだったと思う。
大勢のいとこ達と古い屋敷中を走りまわって遊んでいたら、茶箪笥にぶつかってしまったのだった。
茶箪笥が揺れ、上に乗せてあったものが畳に落ちた。
「あら、水中花」と、騒ぎを聞いて飛んできた伯母がいった。
「母さんたら、こんなものまでとっておくなんて……」
伯母の口ぶりから高価なものではないと察しがついた。
でも、その頃七つか八つだった子供には、それは素晴らしい宝物のように見えた――だって綺麗だもの。
スイチュウカは漢字では水の中の花と書くのだと伯母に教えてもらうと、ますます気に入った。
水も花も美しいから。
手放しがたく、祖母にねだって、貰って帰った。
今にして思えば、つまらない品物だった。
掌におさまるほどの小さなガラス容器の中で、化繊の布でこしらえた造花が揺らめいているだけ。
花の周囲は水で満たされている。安手のプラスチックで容器に栓がしてあった。水を抜けば、花は萎む。
母は、祖母は縁日でこれを買ったのだろうと推測していた。
祖父が興じた射的か何かの景品だったかもしれない、と。
つまり、そういう物なのだ。
あれを失くしたのはいつ
赤い花だった。
真紅ではなく、褪せたように桃色がかった、哀しげな赤だ。
あれを失くしたのはいつだったか。
そんなことすらとっくに忘れ果てているというのに、透けそうな花びらがゆらゆらと、うごめく不思議に肉感的な眺めがしきりと蘇るのはなぜか……
なんて考えるふりをしてもはじまらないか、恋人と裸で浴槽の湯のなかにいる、今このときに。
私の水中花が揺れている。あの花と同じように、震えるように、はかなげに。
「お湯の中でも遊べるんだって」と恋人が淫らに囁く。
その手の中に、振動する玩具がある。生きている私の花をもてあそぶために。
私の花は生きている。
健やかな血がかよう。いきいきと。
やがて湧きあがる官能が懐かしい景色を掻き消してゆく。現在が記憶に打ち克つ瞬間がおとずれる。
なぜって、肉体は今を紡いでいるから。
だから愛を咲かせよう。ゆらめきながら。
濡れながら。二人で。