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全身のケア【vol.11】川奈まり子コラム〜最後まで可笑しな人〜
全身のケア【vol.11】川奈まり子コラム〜最後まで可笑しな人〜
「けっして、おまえを忘れないから」
忘れないと誓うのは私の顔のことかと思ったらそうではなくて、男はこう続けた。
「あの感触。一度だけにするつもりだったのに、おまえのあれが信じられないほどだったから……。でも、さようなら」
そして男は去っていった。
私は追わなかった。
彼は、変な、つきあいづらい人間だった。
別れることになったのは、私のせいではない。
――独りになると笑いがこみあげてきた。
最後まで可笑しな人。お別れのときに、あそこの話をするなんて。
でも、悪い気はしなかった。おまえのあれ最悪、と、けなされたら落ち込む。その逆なわけだから。
それに、仕事を褒められたような気も少しした。
仕事というのは比喩で、つまり私は肉体を管理することについて仕事並に真剣だという意味だ。
男と逢う前に、私は必ず長いバスタイムをとる。全身を磨き抜く。
女は顔だけではない。皮膚だけでもない。曲線だけでもない。
全身といったら全身だ。
外気に触れているところ以外の、もっと敏感な部分、隠されている柔らかなひだや濡れた粘膜、そういうところまで美しくなければ嘘だと思う。
私はその部分を丹念に点検する。
そして清潔にする。綺麗になったそこをジェルでパックする。
その瞬間は、とても爽快
優秀な整備工のように作業に集中する。
そのうち、男のことなど忘れてしまう。
性行為のことすら思い出さない。
快感も無く、無垢な心で、純粋に、綺麗になることだけを追求している。
完璧に整った一個の器官になりたいと願い、そこそこ達成できたと思うと、私はようやくバスルームから出る。
その瞬間は、とても爽快。
たとえていうなら、コックピットから走り出すレーシングカーみたいな気分だ。
――別れた男がああいうのだから、私の乗り心地は最高だったのだろう。
甘く芳しく、見目麗しく、そして引き締まって、滑らかで、1ミリの隙間もなく包み込まれて、「信じられないほどだった」。
賭けてもいい。
あの男は、私のもとに帰ってくるだろう。
何もかも捨てて。
恋は、そのとき本当に始まる。
だからそれまでは独りで……独りぼっちでも、私は私の肌もあそこも何もかもを磨いておこう。
いつか訪れる本物の愛のために。