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失恋話の最後【赤い実のなる草の花】
失恋話が最終的に行き着くところ
失恋をすると無口な人になるのだということを初めて知った。
未知の部分が自分にまだ残されていたとは驚きだ。べつに知りたくもなかったけれど。
朝から誰とも口をきく気がしない。久しぶりに独りでランチを食べた。
いつものカフェテリアで、あらためて孤独を噛み締めた。
彼はどこに隠れているのか……。
こそこそするくらいなら、私を振らなければよかったのだ。
夜、マンションに帰っても、やはり孤独だ。テレビを点け、すぐにまた消してみる。CDをかけてみて、こっちの方がマシだと思う。しかし、どうもしっくりしなくて直ぐに止めた。
あれこれ試して、結局ボサノヴァに落ち着いた。
ボサノヴァを聴きながらお風呂に入る。いつもより長くお湯につかることにする。
お湯を透かして見える私の身体は、失くした恋の残像に満ちている。
どこもかしこも彼に愛された。そして捨てられた。
独りぼっちのさみしさが毛穴から滲み出るようだ。
気のせいか昨日よりも肌が透きとおって綺麗なようなのが、また悲しい。
湯あがりの肌に、思いつきでローションを塗った。
木苺の香りのローション。
恋人がいた頃は――と、私はヘンに力んで回想した――
二人の時間を豊かにするためにこれを使ったものだ。彼の器用な手が私の肌にこれを薄く伸ばしていく、その過程が好きだった。
彼はどんな細かい所も見逃さなかった。
私の丘。私の窪み。私の秘密。
彼は、これを「あの苺の」と呼んでいた。
「あの苺のを持っておいで」という具合だ。
独りになってもこれは無駄がなくていい。と、涙をこらえて私は考えた。
普通の保湿剤としても使えるとは素晴らしい。
やがて、全身が優しい香りに包まれた。肌は妖艶な艶を帯び、しっとりと潤っている。
鏡に映し、自分で触れてみる。
私は美しい、と、思う。
それから、あそこに塗るコスメを持って、ベッドに入る。
使い切って捨てるつもり。
だから、今日はたっぷりと……。
――そうして、抱かれる準備がすっかり整った。
せめて今宵は、彼の記憶に抱かれてあげようと思うのだ。私には、すぐに次の恋がやってくるに違いないから。
なぜかというと、たとえば苺は、花が咲けば次は実がなるものと決まっている。
これだけ綺麗に咲かせている私に、新しい恋の果実がなる日は近い。
甘く芳しい思い出に抱かれながら、私は明日を待つ花になる。
切なくなんか、ない。