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官能小説 「妄カラ女子」…spotA〜未由編〜・シーズン2


面白いものを拾った ●朝野悠人

面白いものを拾ってしまった。

中身を開いてすぐに 「ひょっとしてこれはネタ帳か?」と思ってしまったのは、漫画家という俺の職業柄もあるかもしれない。
拾ったのは、友人のアマチュアミュージシャン・中村宗介のライブ会場だ。
宗介とは上京してすぐに共通の友人が開いた飲み会で知り合った。初対面から何となくウマが合ったのは、二人ともヒョーゲンシャってやつだからだろう。
今でも俺はなるべくあいつのライブには行くようにしているし、あいつも俺の漫画をチェックしてくれている。

まぁとにかく、あいつの出番が終わって、俺は楽屋に挨拶をしに行った。

「悠人、〆切は大丈夫? 忙しかっただろ? 来てくれて本当にありがとう」

宗介は「来てくれたことが本当にうれしい」というような満面の笑みで迎えてくれた。 こいついい奴だな、やっぱり。ほんと、もっと売れてほしいよ。
で、ライブハウスを出ようとしたとき、入口あたりにこのノートが落ちているのを見つけた。
家に帰ってから、じっくり読んでみた。丸っこい字や、何よりも中身からして、 書いたのは女だろう。
何の目的で書かれたものかはわからなかったが、内容は、

「友達はみんな帰ってしまった。二人きりになると彼が近づいてきて、わたしの肩を抱いた。抵抗もむなしく押し倒されたわたしは……」

とか、

「帰り道で待ち伏せしていた彼が、『俺がずっとお前のこと見てたの、気づいてただろ?』と言いながら、後ろの塀に手を突いてむりやりキスを……」

とか、そんな感じ。どれも起承転結がめちゃくちゃだし、書いてるヤツに都合のいい話ばっかりだし、ついつい苦笑いしてしまった。
けど、読んでいるうちに、今の俺に足りていないもの、いや、 失ってしまったものはこれじゃないかと思い始めた。
編集者にも言われたことがあるんだ。今の俺は、話の整合性や、読者がどう受け取るかばかりを考えすぎて、作品に以前のようなエネルギーがなくなってしまったと。
このノートからは、 「細かいことは置いておいて、書きたいものを書いてやる!」みたいな、謎のパワーが感じられた。

最後のほうで、ふと手を止める。

「誕生日の夜、家に帰ると急に後ろから抱きしめられて、耳元でこう囁かれた。 『きみが生まれてきた奇跡を、このキスで伝えてあげる』」。

あー、これって宗介のあの歌が元になってるよな。これ書いたヤツ、 宗介のこと妄想してたな、絶対。
たぶん持ち主は、対バンしていたほかのバンドではなく、宗介のファンなんだろう。
ほかの部分も、もしかしたら今日顔を合わせたのかもしれない誰かが考えたのか……と思ったら、 何だかミョーに興奮してきた。
澄ました顔でライブ見ながら、「抵抗しながらも押し倒されて」とか、「むりやりキスされて」とか考えてたわけだろ。じつは悶々していたかもしれないってことだろ。
もし会えたら――中身を読む限りちょっとMっぽいから、 「お前の願望なんて全部お見通しなんだよ」なんて言いながらひとつひとつこの内容をなぞってやろうかな。

「このノートを公開されたくなかったら、服を脱いでよつんばいに……」なんて命令するのも……。

いや、ちょっと待て俺。ついこういう方向に行ってしまうから、Sとかヘンタイとか言われるんだよ、 自重しろ。
まぁいいや。今度宗介に、「お前もこんなに愛されてるんだぜー」って、このノート見せてやろうっと。

わたしだってバレる… ●小森未由

結局、妄想ノートは見つからなかった。
彩子に「何をお探しだったんですの?」と何度も尋ねられたけど、何も答えられず、冷や汗を垂らしながら帰宅した。
でもよくよく考えれば、 わたしの名前だとか、個人が特定されることが書いてあるわけじゃない。
一瞬安心しかけたけど、

(でもダメじゃん!!!)

すぐにまた頭を抱える。
だって妄想のネタになっているのは、まわりの人たちが圧倒的に多い。 人間関係からわたしだってバレる……というのは、さすがに考えすぎかな。
わたしは部屋の中をゴロゴロ転がりながら、誰とも知らない拾った人に祈った。
お願いです! あれは「何だかよくわからないエロネタ帳」的なものだと思って、すみやかに破棄して下さい! 可及的すみやかに!!!

翌日の本屋のバイトで、わたしは朝から落ち着かなかった。
ノートにはフェブラリー・キャットのイケメン店員や、中村さんとの妄想話もしっかり書いてある。もし拾ったのがほかならぬイケ店(略した)や、中村さんだったら……!
新刊本を並べながら、妄想劇場が開幕していく。

モワンモワンモワワ〜ん♪…

*-*-*

「お客様、前回いらっしゃったときに、これをお忘れでしたが……」

いつものように砂糖抜きのミルクティを出しながら、イケ店は黒いエプロンに隠した妄想ノートをチラ見せした。息を呑むわたし。
「返して下さい」って言葉が出てこない。だってそんなこと言ったら、わたしのものだって認めることになっちゃう。
イケ店は素知らぬ顔をして、倉庫のほうを指さした。

「大変申し訳ないのですが、お忘れ物を受け取られたお客様にはサインをお願いしております。あちらの倉庫までお越しいただけますか」

あぁ、気分は脅迫!(されるほう)
わたしは黙って立ち上がると、イケ店の後から倉庫に入った。倉庫の中に人の気配は……ない。
ガチャリ。イケ店が鍵をかけた音が響く。

「さて、お客様……」

イケ店がノートを取り出す。今度はあたりをはばからず、堂々と。

「お客様は ずいぶん楽しそうなことをお考えだったんですね」

整っていながらワイルドな顔だちに、冷たいとも熱いとも感じられる微笑が浮かぶ。ライオンに表情があるなら、獲物を追いつめたときにはきっとこんな顔をするに違いない。

「僕がお客様の満足に貢献できていたのならうれしいです。 そのお礼に……」

イケ店は私を抱きすくめたかと思うとすぐに後ろを向かせ、さっき鍵を閉めたばかりのドアに手を突かせた。

「きゃっ……!」

セーターの中から手を入れられ、腰や背中をまさぐられる。その手はゆっくりと胸のほうににじり上がっていった。

あぁ、そこはだめ。触らないで。……きっと感じて……しまうから……。

鍵はすぐそこにある。開けようと思えば、すぐに開けられる。
でも、こんな状態で開けられる? 男の人に後ろから抱きしめられて、体をまさぐられている状態で。
イケ店はそのことをわかっているんだ。だからわざといじわるしてるんだ。

「……あんっ!」

胸の先に指が触れた。思わず声が漏れてしまう。

「声、出してもいいんですか? 外に聞こえてしまいますよ」

イケ店はわたしの耳にそっと囁く――。

*-*-*

「店員さーん、ちょっとー」

お客さんの声で、わたしは我に返った。

確信 ●小森未由

数日後、わたしと彩子は、またフェブラリーキャットで会った。
正直、行くのが怖かった。妄想ノートを拾ったのが、本当にイケ店や中村さんだったら……。
でも、怖い反面確かめずにはいられなくもあった。
店内にはイケ店も中村さんもいた。彩子の中村さんを見る目が、いつもの彩子とは何か違っているような気がする。けど、そこを深く探っている余裕はない。

イケ店がオーダーを取りに来た。まず彩子がカフェオレを頼む。
続いてイケ店がわたしのほうを向いた。思わず強く目を閉じてしまう。あぁ、きっと……きっと脅迫されてしまう。
あの妄想ノートをダシにわたしはあんなことやこんなことをされて……そして……!

「お客様もいつもと同じ、砂糖抜きのミルクティーでよろしいですか?」

穏やかな声が頭上から降ってくる。目をそっと開けると、いつもと何も変わらないワイルドな美形の笑顔がそこにあった。
わたしは確信する。彼は拾っていない。

「あ、ハイ……」

なかば放心しながら、わたしはうなずいた
けど、まだ安心できるわけじゃない。中村さんが拾ったって可能性もある。

数分後、銀のプレートに二人分の飲み物を載せた中村さんがこちらに近づいてきた。

モワンモワンモワワ〜ん♪…

*-*-*

ミルクティーのカップの下には、小さなメモが折り畳んで置かれていた。
彩子に気づかれないように急いでポケットに入れ、トイレでそっと開いてみる。

「ノート、僕が預かっています。お返ししますので、こちらの番号に電話ください。080-……」

フェブラリー・キャットを出て彩子と別れると、わたしは震える手でスマホをタップした。
電話に出た中村さんは、彼の家で会いたいと言った。
時間は彼のバイトが終わる夜11時半。そんな時間に男の人の家に行くなんて……でも、「イヤ」とはいえない。
駅のそばで待ち合わせて、一緒に彼の家に向かう。彼が何も話しかけてこないのがどういう意味なのか、わからない。
いい人そうに見えるし、つくる曲も素敵だけど……本当はどんな人なの? 今はどんなことを考えているの?

中村さんの家は駅から徒歩10分ほどのところにある、ボロっちぃアパートだった。
ドアを開けてもらったので、中に入る。ドアが閉まったとたんに、後ろから抱きすくめられた。
逃げようとしたけれど、彼はソーショク系な見た目のくせに意外に力が強かった。

「僕の声を聴いて興奮したんだ?」

電気もつけない暗闇の中、耳元で囁かれる。どきん、と心臓が高鳴る。……その通り、だったから。

「もっとドキドキすることを、いっぱい言ってあげるよ。だから……」

熱い息が耳たぶにかかって……くすぐったいような、恥ずかしいような、イヤなような……うれしいような。
中村さんがわたしの頬を包んで、そちらを向かせる。
暗くて顔がよく見えないから、イケメンじゃないのはあんまり気にならなかった。

「今夜はギターじゃなくて、君を弾きたいな」

唇を重ねられる。やだ……最初のキスで舌を入れるなんて、そんな、激しくされたら……

*-*-*

「お砂糖抜きのミルクティー、お待たせしました」

妄想の中の彼とはうって変わった爽やか〜な声で我に返る。
目の前にいたホンモノの中村さんは、虫も殺さないような、いや、虫とも仲良くなってしまえそうな天使の笑顔でわたしにミルクティーを差し出していた。

――この人も、だ。この人もノートを拾っていない。わたしはまたも確信する。

そのとき、フェブラリー・キャットに入ってきた人がいた。

まさかまさかまさか…! ●小森未由

店に入ってくるお客さんなんていつもなら気にならないのに、目が留まってしまったのは、その人が知っている顔だったから。
ときどき顔を合わせる近所の人――中村さんのライブにもいた。
連続で偶然鉢合わせするなんてコワイな、と思いかけたけど、さすがにそれは自意識過剰だよね。彼と中村さんが知り合いで、彼は単に中村さんに会いに来たんだって考えるのが普通だと思う。

彼が席に座ると、中村さんは親しげに話しかけに行った。やっぱり彼は中村さんに会いに来たんだ。今はそんなにお客さんも多くないから、そこそこの私語は許されるみたい。
さりげなーく聞き耳を立てていると、二人はこの間のライブのことを話し始めた。新曲の感想とか、お客さんの反応とか、そんなことだ。

「それよりさ、俺、今日はお前に見せようと思って持ってきたものがあるんだよ」

話もそこそこに、近所の男性はおもむろにバッグの中から「何か」を取り出した。
その「何か」を見て、わたしは固まってしまう。

……それは、わたしの妄想ノートだった。

まさか……まさかまさかまさかまさかまさかまさか彼が拾っていたなんて!

「何それ」

「このノートさ、なんかいろいろ面白いネタみたいなことが書いてあるんだけど、明らかにお前がモデルになってるのがあるんだよ。ほら、ここ」

男性は妄想ノートをめくり、ある1ページを指差す。
わたしは思わず立ち上がった。「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」と叫ばずにすんだことについては、自分の理性を褒めてあげたい。

「どうしたんですの?」

彩子が不思議そうな目で見上げてきたが、わたしは答えられずに固まったままでいた。

「ほら、これ、お前の歌詞っぽいだろ。なんかフンイキとかもお前っぽいし。絶対お前のファンだよ」

「そっかー。なんか……うれしいような、複雑なような」

中村さんは苦笑いしながらそのページを見ると、ほかのページも読み始めた。
いやぁぁぁぁあ!!!! やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!! 心の声が実際の音量になって飛びだすものだったら、わたしの悲鳴は店に響きわたっていただろう。

「ん?」

中村さんが途中で手を止める。

「気のせいかもしれないけど、これ……なんかうちの店長っぽい」

中村さんはあるページを指した。さらに続けて、べつのページでも首をひねる。

「そういえばこれもうちの常連さんっぽいな……」

近所の男性はノートを覗きこむと、「ふーむ」とうなった。

「ひょっとしてこのノートの持ち主は、このカフェにつながりの深い人物なのか……?」

「かもしれないね。いったい誰がこんなことを……」

「何とか探って、何のためにこんなことを書いているのか聞いてみるってのも面白いかもしれないな」

「そうだね。変なことに巻きこまれるのもいやだし」

ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!
それって、わたしを……わたしを探そうとするってことですかぁ!!!!
そんなミステリーもサスペンスも、わたしはいらない!!!! っていうか、困る!!!

近所の男性が店を出たタイミングで、わたしもフェブラリーキャットを出ようとした。

「ごめん、彩子! これで支払いをお願い!」

千円札を渡して、彩子に支払いを頼む。彼を見失うわけにはいかない。だってあのノートを今度はどこでどんなふうに使われるか……。
うぅん、見せものにされるだけならいい。あのノートから、わたしだとわかる情報を何かのきっかけで探しだしてしまわないか……それが不安でしょうがなかった。
彩子が「未由センパイ、そんなに急いでどうしたんですの?」とわたしの背中に声をかける。
わたしは「すっごく大事なことを思い出した!」とだけ答えた。ごめんね、彩子……!

どうすればいいの? ●小森未由

彼はそのまま電車に乗った。近所だから当たり前なんだけど、わたしの家と同じ最寄駅で降りる。
駅を出て、住宅街を歩きはじめる彼を追う。
もし彼がわたしの尾行に気づいたらどうしよう。声をかけられたら、なんて答えればいいんだろう。「そのノート、わたしのだから返して下さい!」っていうの? ひぇぇぇっ! そんなの恥ずかしすぎる!!
でも彼にわたしの存在に気づいてもらえない限りは、ノートもどうしようもできないわけで……
自分がどうするべきなのかまったく見当がつかないまま後をつけたけど、さいわいにも? いや、不幸にも? 彼はわたしに気づかなかった。

やがて彼は3階建ての小さなマンションに入っていった。どうやらここに彼の家があるみたい。
玄関のドアは全部通路側を向いていたので、下から見上げて彼がどの部屋に入っていくのかを確かめることにする。
階段をのぼりきった彼は、3階のいちばん奥の部屋に入った。

(家を、特定してしまった……)

とはいえ、自分が手に入れたこの情報を、どう活かしたらいいのかわからない。
彼が出かけたスキに家に忍びこんでノートを探す? そんなのは犯罪です。
じゃあ、どうする? どうすればいいの?
わたしはしばらく玄関のドアをぼうぜんと見つめていた。

翌日からわたしは行動を開始した。開始するしかなかったといったほうがいいかもしれない。
それは、バイトとフェブラリーキャットに行くほかにはひきこもり生活を謳歌していたわたしにとって、あまりにも大きな決断だった。
バイトをできるだけ休み、フェブラリーキャットに行くのも控えて、わたしは彼を監視することにしたんだ。

時間があれば彼のマンションの前で張って、彼が出てくれば後をつける。目的は、彼が屋外でノートを出すことがあれば、何とかして取り返すこと。わざわざ中村さんに見せに行ったぐらいだから、ほかの誰かに対しても同じようなことをする可能性はある。と思いたい。
実際、そうなったときにどうするべきなのかは……じつはまだ考えていない。でもとにかく、動かないではいられなかった。
最初はすごく不安だったけど、彼はどうやらけっこうボンヤリした性格らしく、こんなわたしのたぶん大雑把すぎる尾行にも気づかないでいてくれた。
それにしても……それにしても……

わたし、気持ち悪い。

これってストーカーじゃない。まさか、いつも自分が「されること」を妄想する内容を、する側になるとは思わなかった。自分が男性に対してこんな大胆なマネができるとは思わなかった。
大胆っていうよりは変態っぽいけど。
チャンスは早くも三日後にやってきた。

いつものようにラフな姿で外に出た彼は、駅の近くのファーストフード店に入り、コーヒーを頼むと、ノートを取り出して読みだした。
何やら真面目な顔で、黙々と。
なんで! なんのために! そんなに黙々と、一心不乱に読むの! わたしの妄想を!!
心の中で必死にツッコんでいたとき、彼が立ち上がった。一瞬びくっとしたが、トイレに行っただけだった。
彼が去ったテーブルを見る。

……ノートが、置きっぱなしになっていた。

すかさず周囲を見渡す。お客さんの数は少ない。これだったらさりげなくノートを取り戻すこともできそうだ。
わたしは心臓をバクバクさせながら、テーブルに近づく。怖い。やだ。でも、しないわけにはいかない。
ノートに手を掛ける。泣きそうだった。死にそうだった。
そのとき。

「あ」

「あ」

トイレから戻ってきた彼と、目が合った。

⇒【NEXT】【小説】妄カラ女子〜未由編〜3話

あらすじ

漫画家の悠人はネタ帳の様な面白いものを友人のアマチュアミュージシャン・中村宗介のライブ会場で拾う。

そのノートは実は男日照りの未由の落とした、未由のエッチな恋愛妄想を記録したノートだった…

松本梓沙
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女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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