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官能小説 「妄カラ女子」…spotA〜未由編〜・シーズン10


もどかしい ●小森未由

わたしは悠人さんに抱きしめられた。力強さはないけれど、優しい抱擁だった。たぶん、気を使ってくれたんだと思う。

頭を撫でられているうちに少しずつ気持ちが落ち着いて、涙も止まってきた。

「ごめん……言い訳になっちゃうけど、未由はこういうこと、されたいのかなって思って……」

「……どうしてそんなふうに思ったの?」

「ネタ帳の中身が……けっこうカゲキだったから、そういう願望が多少はあるのかな、って。でも、いやな思いをさせてしまったし、俺の勘違いだったみたいだ。ごめん」

「い、いやじゃないんだけどっ……」

わたしは慌てて首を横に振る。

「あれはあくまでも想像だし、あの、いきなりでびっくりしたってだけで……」

そう、現実が妄想についていかなかっただけの話なんだ。願望自体は……多少は、ある。

初体験の「宿題」は書き上げられなかったけれど、あれは初めてだという緊張や不安もあって、頭が真っ白になっちゃったせいだ。セックスに少しだけ慣れてきた今は、自分の気持ちが以前よりはちょっとだけわかるようになった。

「でも、泣くぐらいだから、やっぱりやりすぎたんだと思う」

悠人さんは苦しげに笑う。

いやじゃない……いやじゃないの。でも泣いたら、普通はそう思うよね。どうしたらうまくこの気持ちが伝わるんだろう。噛み合わなさが、もどかしい。

まさか妄想女子である弊害が、こんな形で表れるとは……。

「もう一度、チャンスをくれないか?」

耳元で悠人さんが囁く。

「これからは強引なことは絶対しない」

少し迷った。今、感じていることをうやむやにしてはいけない気がしたからだ。でもそれをうまく言葉で表現できなかった。

だから、うなずくしかなかった。

悠人さんの唇が、そっとわたしの唇に重なる。

ゆっくり、反応を窺うように舌が入ってくる。

「ん……んん……」

羽毛をイメージさせるような、やわらかくて優しいキス。

悠人さんが少し強く、わたしを抱きしめる。

指が伸びてきて、背中や腰を撫でる。壊れ物を扱うかのような手つきだ。

「イったばかりだから敏感じゃないか? 痛くない?」

「ん……大丈夫」

愛されている実感。さっき激しくしたのも、今、優しいのも、みんな悠人さんの愛情ゆえなんだ。

悠人さんの胸の中、あったかい。

幸せだった。

でも……何かが違うような……気がした。


寂しかった ●清水旭

こんなこというのはガラじゃないんだけど……

僕はちょっとだけ、寂しかった。

北村くんが未由にフラれたあと、二人がそれからどうなったのかはよくわからない。

北村くんはフラれたはずなのに、最近になってまた元気を取り戻してきたようだ。未由は未由でここのところ、妙にキレイになっている。

べつに、人が幸せになったり、元気になったりするのがヤダとか、そんなんじゃない。僕の性格はそこまでねじくれていない。

ただ……

(僕のしたことって、何だったんだろ……)

無性にむなしかった。

あるとき僕は、未由の家の近所で例の漫画家に会った。

ファミレスで会ったスーツ姿のまぁまぁイケメンと、ボサボサ頭のジャージ男が同一人物だと知ったのは、ファミレスで彼と別れてからだ。北村くんが後になってスーツ姿の男は漫画家なんだと教えてくれて、僕の中でいろんな点がつながって線になった。

僕はふと思い出した。

お母さんが未由に頼まれて、この漫画家から取り戻したという「妄想ノート」なるもののことを。

お母さんがちらっと話しているのを聞いただけだから、詳しい内容は知らない。

でもどうやら、未由が、好きな相手としてみたいことについて、ユメユメしいオトメな願望をつづったものらしいと、断片的な情報から判断した。きっと告白はこんな場所でされたいとか、一緒にあんなものを食べたいとか、そんな内容だろう。正しいかどうかはわからないけど、大きくは間違っていないと思う。

(未由もかわいいところ、あるじゃん)

と、僕は思ったものだ。

僕は漫画画を遠くからじっと睨みつけた。そのときの僕は、とにかく誰かのために何か役に立ちたかった。

胸のうちに正義感が湧いた。創作の名のもとにオトメから大事な夢を奪うなんてとんでもない奴だ。

僕は漫画家にのしのしと近づく。

「おっ」

僕に気づいた漫画家が片手を挙げた。

「この間は、どうも」

僕たちが会うのは、ファミレス以来だった。

悠長に挨拶をする気は、僕にはなかった。

「あんた、もう未由のノートに手を出すような真似は二度とするなよ」

「ノート? あぁ、ネタ帳のこと?」

漫画家は首をひねり、なんでお前が知っているんだ? とでもいわんばかりの顔で、僕を覗きこむ。

「あれは未由にとって、大事なものなんだ」

「まぁ、そうだよな、ネタ帳だもんな」

あれ? 話が噛み合わない気がするけど……まぁ、細かいことはいいか。

「奪うなんて人聞きが悪いな。俺はただ拾っただけだ。でもネタはすごくよかったから、これからも参考にさせてもらおうと思って、全ページスキャンして保存させてもらったけど」

ぷつ。僕の頭の中で、何かがキレる音がした。

「ネタとかいうなよ。あれは未由が好きな人のことを考えて一生懸命書いたものなんだぞ。それをスキャンして保存して……なんて、人の気持ちを踏みにじるにも程があるよ」

少し盛って話してしまったけど、まぁいいだろう。大きく出たほうが、相手が受けるショックも増すというものだ。

「好きな人……?」

漫画家の顔色が少しずつ変わっていく。自分のしたことの重大さに、今さらながら気づいた……のだと思いたかった。


願望 ●朝野悠人

滑稽。

最初に頭に浮かび上がったのは、その二文字だった。俺はなんで滑稽だったんだろう。

まさかあのネタ帳のネタは、未由が好きな人にされたいと思ってことだったなんて。

つまり、俺が一生懸命がんばっても、意味なかったってことだ。

――特に誰ってことはなくて……あくまでもネタです……

未由はそう言っていたけど、まぁ、告白されたときに「好きな人としたかったことを書きました」とは言えないよな。

俺は、「今の」未由は俺のことを好きだという気持ちは疑ってない。でもあれを書いた当時には別に好きな奴がいたんだろう。でもたぶんうまくいかなくて、あきらめて、そのうちに俺と会って、俺のことを好きになってくれた――そんな流れだろう。

でも、俺がネタ帳を手元に置くことをいやがっていなかったり、本人もまだ捨てていない様子なところを見ると、未練はまだ多少あるんじゃないだろうか。

ネタ帳に書いてあることをされたときに未由が泣きだした理由も、これでわかった気がした。未由はああいうことを「その男にこそ」してもらいたかったんだ。それを別の男が、のうのうとなぞろうとした。

次に未由と会ったとき、念のためもう一度聞いてみた。

「あのさぁ、ネタ帳って、本当に特定の相手はいないの?」

いないって言ったでしょ。少し焦ったように、未由が眉をしかめる。未由はネタ帳のことを面と向かって話題に出されるのを、やっぱりいやがる。

「好きな人としたいことを書いたんだって、未由のイトコの子が言ってたけど、本当?」

何度、直接そう尋ねようと思ったかわからない。でも俺が未由なら絶対にイエスとはいわないし、そう尋ねることでもっと収拾がつかなくなる気がした。

俺は、何も言えなかった。未由を失うのが怖かった。

俺の漫画は、過激さを増していった。

もともとエロかった漫画が、さらにキワドくなった。女の子キャラたちにヤラしい下着や水着を着せたり、おもちゃを使って責めたてたり、意味もなく濡らして服を透けさせてみたりする。敵キャラに捕まって体を開発されたことからすっかり敵に心を許してしまい、寝返った上、自分から積極的にエッチを求めるようになったキャラもいた。

ギリギリのラインでエロを追求するようになった俺の漫画の人気は、どんどん上がっていった。

本当のことをいえば、もうネタ出し要員としての未由のアシスタントは不要だった。今は俺のほうがよほどいいネタを出せる。漫画のキャラクターは全部未由、そう思いこめばいいだけだ。

未由とセックスはしていた。でもそれは優しくて穏やかではあるけど、どこか距離を感じさせるものだった。他人行儀、というか。

俺は漫画の中だけでも、もっと距離を縮めたかった。もっと積極的になりたかった。ありていにいえば、思いっきりエロく愛する人を責めたかった。あの夜、ホテルでしたみたいに。

だけどそんなことをしたら、また未由を泣かせてしまう。

そうするうちに、普段の生活でも、だんだん未由と距離を感じるようになってきた。

当たり前だろう。俺は未由のことを考えながらエロシーンを描いているのだと、未由は知っている。以前以上に過激になった漫画を見て、引いているに違いない。

……不安で少しおかしくなっているんだと、自分でもわかる。でも、ここにしか俺が逃げられる場所はなかった。


不安 ●小森未由

(やっぱり悠人さん、こういうことをしたいのかな)

上がってきた下書き原稿を見て、わたしは不安になる。

原稿用紙の上には、あられもないポーズで、羽毛で愛撫されているキャラクターが描かれていた。

以前ネタ出しに使ったのと同じ羽ボウキ。今も鉛筆立てに立てられている。

正直、少し怖くもあった。悠人さんの漫画は、何かに追い詰められているように見えた。迷って、悩んで、どうしようもなくなって暴れるしかなくなっているように見えた。

このまま悠人さんの願望が膨らみ続けていって、たとえばそれがあるとき突然何かのきっかけで爆発したら、わたしは、悠人さんは、どうなっちゃうんだろう。自分の妄想なんて、まだかわいいもののようにも思える。

恋をして、彼氏ができる未来が自分に訪れるなんて、予想もしていなかった。でも実際に訪れて、これでわたしの人生はバラ色になるんだって、ちょっと、思った。これまでとこれからは、きっと全然違うものになるんだって。

でもそんなことはなかった。恋愛さえすれば、好きな人と結ばれさえすれば人生全面バラ色になるなんてことはない。恋愛をしたらしたで、結ばれたら結ばれたで、今度はそこを起点に悩みが生まれる。

妄想だけしていた頃には、わからなかったことだった。

アシスタントが終わって帰る前に、セックスをした。

未由の胸に顔をうずめる悠人

シャワーを浴びて戻ってくると、すでにベッドの上にいた悠人さんがそっと抱きしめてくれた。

「ん……んん……っ」

様子を窺うように舌が入ってくる。

遠慮がちな舌づかい。

指が乳房を撫でる。あの日のように強く乳首を弄んだりはしない。

悠人さんはすごく近くにいるのに、とても遠いところにいる人のようだった。

わたしは悠人さんの頭を、強く抱きしめた。

彩子に相談しようと思ったけれど、やめた。彩子はたぶんまだ初体験だって済ませていないだろう。ただでさえ複雑怪奇な今の気持ちは、きっと正確には伝わらない。

彩子のほかには、このテのことを相談できる人はいない。

何だかすごく、孤独だった。

そんなときだった。わたしが北村くんと、雨宮さんに会ったのは。

本屋のバイトが終わってから、ちょっとした用事があって、普段はあまり縁のないちょっとオシャレなエリアに行ったとき、まだあまり遅い時間でもないのに、すでに何杯かお酒をひっかけた様子の二人が並んで歩いていたのだった。

二人は同時にわたしを見つけた。


相談相手 ●小森未由

北村くんはわたしに声をかけようとしたものの、上げかけた手をすぐに下ろした。隣の雨宮さんに気を使ったのだと、すぐにわかった。

北村くんは札幌で、泣きだしてしまった雨宮さんを連れてどこかに行ってしまったけれど、あのときに何かあったんだろうか。北村くんのことだから、やり手だという雨宮さんに弱みでも握られたのかもしれない。

すると雨宮さんのほうが近づいてきた。ヒールの音が軽やかだ。

「この間は、どうも」

「あ……どうも」

彩子のためとはいえ、この間は思いっきり雨宮さんの邪魔をしてしまったわたしだから、つい縮こまってしまう。我ながら情けない。

だけど雨宮さんは、もうふっきれたのか、それともお酒が入って楽しくなっているのか、微笑を浮かべている。陰湿さを感じさせない、カラリとした笑みだ。

「なんだか元気なさそうね」

腕を組んだ雨宮さんが、わたしの顔を覗きこんでくる。思いのほか優しい声だった。

「えっと……あの……」

緊張もあって、うまく答えられない。北村くんはといえば、おたおたしていた。

「よかったら一緒に飲む? なんか悩みでもあるなら話を聞くわよ。私は最近、機嫌がいいから」

「え、あ、ハイ」

意外すぎて、思わずうなずいてしまった。

三人で近くのダイニングバーに入った。

北村くんと雨宮さんは札幌での出来事をきっかけに、東京でも会うようになったとのことだった。

「この子に愚痴をこぼすとすっきりするのよね〜。返ってくる言葉も結構的確だし、愚痴のこぼし甲斐があるのよ」

北村くんはすっかり雨宮さんのお気に入りらしい。北村くんも眉根を寄せて「先輩、それ褒めてるんですか」とか言ってるけど、まんざらでもなさそうだ。

なんだかこの二人、雰囲気いいな。

雨宮さんの上機嫌の理由がわかった気がする。北村くんも……一度は気になった人だからちょっとだけ複雑ではあったけれど、でも、北村くんがこのまま幸せになれるならいいなと素直に思った。

「で、どうしたのよ。浮かない顔して」

雨宮さんがこちらに切りこんでくる。ひぃ、少し怖い。

「あの、それは……」

わたしが口ごもっていると、雨宮さんが急に北村くんのほうを向いた。

「あんた、帰って」

「「へっ?」」

北村くんだけでなく、わたしもヘンな声を出してしまう。

「察しなさいよ。あんたがいたら話しにくいことなのよ。本当に鈍感なんだから」

雨宮さんはズケズケと言うが、北村くんは

「あー、はいはい。すいません。どうせ俺は天下無敵の鈍感です」

なんて言いながら、いわれるままに席を立った。荷物をまとめ始める。どうやら本当に出て行くらしい。私だったら傷ついてしばらく立ち上がれないかもしれない。

お似合いだな、と感じる。何ごとも容赦ない雨宮さんに、鈍感で、だけどメゲない北村くん。お互いがお互いをカバーしている。相性ピッタリだ。

北村くんが帰り、私と雨宮さんはサシ飲みの態勢になった。

初対面に毛が生えた程度の相手に、プライベートきわまりないことを話すのは気が引けたけど、さすが生き馬の目を抜く一流企業でぶいぶい言わせているだけのことはあり、雨宮さんは話の引き出し方が上手だった。

気がつけばわたしは、わたしが妄想女子で妄想ノートなるものを書いていたことから始まり(その発端が北村くんにあることも)、すべてを話していた。わたしの話はたどたどしかったと思うけど、雨宮さんはそれなりに理解してくれたようだった。

「引け腰にばかりなっているとよけい相手を焦らせるわよ。怖いのはわかるけど、多少は願望もあるんだっていうならなおのこと、少しずつ積極的になっていったらいいんじゃない? いきなり0か100かで考えてたら、そりゃうまくいかないわよ。できることからやるっ!」

雨宮さんはビシっとわたしを指差す。

0か100……確かにそうだった。すごく激しいエッチか、その対極にあるような穏やかなエッチ。経験が少ないせいとはいえ、わたしの頭の中にはその2つしか選択肢がなかった。

そうだ、間があったって、いいんだ。

(今、できることってなんだろう)

わたしは思いを巡らせる。


⇒【NEXT】「遅くなったけど、宿題を持ってきました」(「妄カラ女子」…spotA〜未由編〜・シーズン11)

あらすじ

悠人と初体験を迎えた未由。
だけどなぜか涙が出てきてしまい悠人を困惑させてしまう…。

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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