注目のワード

官能小説 「妄カラ女子」…spotA〜未由編〜・シーズン3


持ち主は私… ●小森未由

目が合ってしまった。

(あかんやつや。これ絶対あかんやつやー!!!!)

心の中で叫びつつも、わたしは一方で冷静に、今、どうするべきなのかを考える。

「何やってんの?」

彼が怪訝そうな顔をする。そりゃあそうだ。わたしは置き引き犯か何か、というより、置き引き犯そのものに見えたにちがいない。

「こっ、このノート……っ!」

とにかくケーサツを呼ばれたりする前にと、わたしは慌ててノートを目の前でパタパタと振ってみせた。

「こ、このノートは、あなたの、じゃ、ないですよねっ?」

緊張のあまり舌がうまくまわってくれないけど、喋れているだけよかった。

「ん? ……あぁ、拾いものだけど、それが何か?」

「このノートは、たぶん、わ、わたしの、ゆ、友人が探していたものなんです。その、か、彼女が話していた柄とか、よく似ているんで……」

ノートの表紙は確かに特徴的な水色の水玉模様だったから、この弁解でも通じるはず。ていうか、通じて!

「あぁ、そうなの? ところで、それ何? 漫画か何かのネタ帳?」

……は?
……ネタ帳?
意外すぎるところからボールが飛んできて、わたしは首を傾げた。
わけがわからなかったが、とにかくここは下手に話をややこしくしないほうがいいだろう。

「はぁ、まぁ、そんなものみたいですけど……」

「じゃあ返せないな」

「え、えぇぇぇっ!」

しまったぁっ!

「え、でもわたしも何なのかは、く、詳しくわからなくて……」

「いや、でも、すげーネタ帳っぽいよ、それ。あのさぁ、俺、それを書いた友達とやらに会ってみたいんだけど、その人、紹介してくれないかな」

「紹介?」

事態が思いも寄らない方向に展開していく。こうなってしまってはもう、何をどう答えたら正解になるのかわからない。

「紹介してくれたら、直接返すよ」

「でも、その、彼女もずっと探しているみたいで……」

「じゃあ、早く紹介してくれればいいだけの話だろう」

「……会ってどうするんですか」

どうしてそんなに「私」に会いたいのだろう。その内容によっては、いっそ持ち主が私だと名乗り出てしまったほうがいいのかもしれない。

「説教」

彼はさらりと答えた。

「人のネタを自分の漫画に使うのとかダメだろ。そいつのネタ、中村宗介ってミュージシャンの歌の内容パクってたぞ」

……なるほど、そう来るとは。
でもね、それはパクリじゃないの! 妄想なの! しかしそんなこと言えるはずがない。
わたしはしばし黙りこむ。

「でもまぁ、本当のことをいえば、説教とかそんなの抜きにして、とにかく一度会ってみたいっていうのが本音かな」

「どうして?」

なぜ「わたし」にそんなに好奇心を持つの?

「そのネタ帳、想像がめっちゃ自由すぎる。俺は漫画家のはしくれなんだけど、そういうアイディアってどうやったら湧くのかなと思って」

へぇ〜、漫画家だったんだ。それなら昼間からあたりをウロウロ、なんてこともおかしくはない。
って、納得している場合じゃない。

彼はスマホを取り出した。

「とりあえず、電話番号交換しよう。その友人と連絡がついたら知らせてくれ」

こうなってしまっては、いう通りにしないわけにはいかない。わたしは彼と電話番号を交換した。
彼は「朝野悠人」といった。漫画も本名で描いているという。単行本も何冊か出ているというから、次のバイトのときに探してみようと思った。

この人しかいない ●小森未由

朝野悠人の漫画は、「軍事恋愛もの」という特異なジャンルだった。正直よくわからなかったけど、かなりマニア受けしているらしい。
わたしにわかったのは、「ちょっとエッチ」だということぐらいだ。
それにしても、「友人」を紹介――。
そんなことをお願いできそうな人なんて、友達のきわめて少ないわたしには彩子ぐらいしか思いつかない。
でも、妄想ノートのことを打ち明けるのは仕方がないといえ、天然ボケの彩子がうまく話を合わせてくれるとは思えない。

(このままじゃ、ノートは返ってこない……!)

顔もバレてしまったから、もう尾行はできない。
そのときだった。部屋でひとりで悩んでいたわたしの耳に、玄関のチャイムの音が届いたのは。

「ただいまーっ」

聞き覚えのある……ありすぎる声。

(この人だ……この人しかいない)

わたしは思いなおす。部屋を飛び出して、玄関に走った。

「おねえちゃん!」

わたしが向かう先には、姉・唯がいた。

わたしと二歳違いのおねえちゃんは、大学のときひとつ年上の先輩だった今の旦那さんと知り合い、付き合うようになった。
二年後妊娠したおねえちゃんは、大学を辞めて彼と結婚した。
つまりわたしとは反対の、恋愛にきわめて前向きなタイプ。実際、中学生ぐらいから華やかな噂が絶えなかった。
旦那さんはしばらく大手の映像製作会社で働いていたものの、今は独立して自分で小さな会社を経営している。
おねえちゃんは自宅兼会社であるそこで経理の仕事を手伝いながら、電車で数十分の実家にもちょくちょく帰ってくる。
休日であれば、大抵は息子、つまりわたしにとっては甥の旭くんも一緒だが、今日は平日なのでいないようだ。

わたしは高校時代、唯一おねえちゃんにだけ妄想ノートを見られたことがある。
おねえちゃんがハサミか何かを探そうとわたしの部屋に入ったとき、見つけてしまったのだ。
妄想ノートの存在を知っていて、自分と違って何かと器用なおねえちゃんなら、頭を下げて頼みこめば聞いてくれるかもしれない。そして、朝野悠人をうまくサバいてくれるかもしれない。
勝手にノートを見られて、さんざん笑われたあのときは心の底から恨んだけど、今はそこに縋ることになったのだから、人間何が起こるかわかんない。

お母さんが留守にしていたので、これ幸いと、わたしはおねえちゃんにさっそく話を切り出してみた。

「うん、いいよ」

あっさりと、じつにあっさりと。
こたつでみかんなど食べながら。
おねえちゃんは妄想ノートの代理受取人になることを承諾してくれた。

「ほ、ほんとうにいいの……?」

「うん、だってべつに私のじゃないんだから、恥ずかしいってこともないし。そもそもノートを取り返すだけでしょ?」

「だけ」なんてそんな簡単に……。あぁ、やっぱりわたしとおねえちゃんはヒトとして何か違うんだ。

「でもさ、代わりにひとつ未由にお願いがあるんだけど……」

ほっとしていたわたしを、みかんを食べ終えたおねえちゃんが覗きこんできた。

「もともと今日、未由に会えたら頼もうと思っていたんだけど。あのさ、『ある人』に会ってほしいんだよね」

「ある人?」

いやな予感が背筋を駆け上がる。

「誰だと思う? 未由もたぶんよく知ってる人」

「わかんないよ、早く教えて」

「ふふっ、あのね……」

その名前を聞いたわたしは、絶句した。

小学校の幼なじみ ●小森未由

「北村修くん」

姉の口から出てきたのは、わたしの初恋の人であり、そして、わたしのトラウマをつくった人の名前だった。
彼のせいでわたしは、恋ができなくなったんだ。

小学校を卒業して、中学校は別々になってしまったので、その後彼がどうなったのかをわたしは知らなかった。知りたいとも思わなかった。
おねえちゃんによれば、北村くんは理系の大学卒業後、PCソフト開発メーカーのエンジニアとして働いているらしい。それが偶然、おねえちゃんの旦那さんが経営する映像制作会社と共同開発で映像編集ソフトをつくることになって、一時派遣されたのだという。
わたしと違って男性とも気軽に会話のできるおねえちゃんが彼と話すと、そのうちに、わたしの同級生だとわかった。
それだけではない。北村くんがわたしに何か罪悪感を持っていることまで聞いたんだそうだ。

「もう一度会えたら謝りたいって何度か言ってたよ。何があったのかまでは話してくれなったけど、未由、何か覚えてる?」

……覚えているも何も。あの事件さえなければ、わたしは妄想女子になんかなっていなかったのだ。
とにかく、あっさりした性格のおねえちゃんは「なら、素直に謝っちゃえばいいじゃん」と、わたしを北村くんに会わせると約束したのだという。

「……これってつまり、わたしが北村くんに会わなきゃ、おねえちゃんもノートを取り返す協力をしてくれないってことだよね」

「こうなっちゃったら、そうなるね」

おねえちゃんは次のみかんを剥きながら肩をすくめて笑う。

「いいじゃん、なかなかのイケメンだよ。未由、相変わらず彼氏いないんでしょ? これがきっかけで小学校の幼なじみが彼氏になったりしたら、ちょっとロマンチックじゃない」

とんでもない。ロマンチックなんて言葉とはいちばん遠いところにいるのが、北村くんなのに。
でもとにかく今はピンチを乗り越えるのが先だ。

「わかった、約束する。だからノートをお願い」

「まかせて〜」

おねえちゃんは片目を閉じて親指を立てた。

お母さんが帰ってくると、わたしは自分の部屋に戻った。
ベッドに寝転んで、北村くんのことを考える。

――いいじゃん、なかなかのイケメンだよ……小学校の幼なじみが彼氏になったりしたら……。

おねえちゃんの言葉が次々とよみがえる。
まさか、まさか、ありえない。でも……あぁ、妄想劇場が開幕してしまう……。

モワンモワンモワワ〜ん♪…

*-*-*

「やっと会えた……」

逃げようとするわたしを、北村くんは後ろから抱きしめた。
わたしは暴れるが、すぐにやめる。北村くんの力が強かったから。それに、ちらりと見えた北村くんのすっかり凛々しくなった顔だちに、悲しみが浮かんでいたから。

「あのときのこと、ずっと謝りたいと思っていたんだ」

「何よ、今さらそんなこと……」

とはいえ、わたしもすぐには素直にはなれない。
ふっと耳が熱くなる。北村くんの息がかかったのだった。

「お詫びに、未由が気持ちいいことを全部してあげる」

息はそのまま声になった。

「や……だ、そん……な」

わたしはもう一度暴れようとしたが、体に力が入らなかった。
彼の手が、そっと服の中に忍びこんで、優しい悪戯をしてきたせいだ。

「ひゃっ……あん」

下着の上から胸の先をそっと撫でられると、声が出てしまった。
いや。そこが感じるなんて、知られたくないのに。

「ここ、気持ちいいんだね」

……なのに、バレてしまった。
彼はじわじわと指先に力を入れてくる。下着の上から執拗に小さな円を描かれているうちに、わたしのそこはすっかり硬く尖ってしまった。

「あ、あん……っ」

「もっとしてほしい」と「もういや」が、頭の中で交錯して火花を散らせる。

「何をしてほしいの? 言ってごらん」

だめ……そんなことを訊かないで。
今、そんなことを訊かれたら……本当のことを答えてしまいそうになるから。
でも、でも……体の芯が……熱いの。

*-*-*

(だーーーーーーっ!!!! ないないないないない絶対ない!!!!)

途中でわたしはぶんぶんと首を横に振り、妄想を頭から振り落とした。

バレた ●小森未由

その夜、わたしは朝野悠人に連絡をして、翌日ノートを受け取りに行くことになった。
結果からいうと……ノートの持ち主がわたしだというのは、あっさりバレてしまった。

「著作権とかいろいろ後で問題にされてもイヤだから、受け取ったっていう署名してもらえる?」

このあたりはプロならではの感覚なのだろう。
それはともかく、わたしはここで気づくべきだったのだ。朝野悠人の手元のノートに気を取られて、他のことの判断力が落ちていた。

「あれ、なんかこれ、字が違くねぇ?」

「…………!」

――朝野悠人が出した紙にさらさらと名前を書いたおねえちゃんの筆跡は、ノートのものとは違っていた。

「すみません、そのノートの持ち主は……本当はわたしなんです」

こうなったら、もう嘘をつき続けるわけにはいかない。このあたりで本当のことを言っておかないと、ノートを返してもらえなくなりそうだ。

「あんた、漫画家とか小説家志望なわけ?」

「ま、まぁ、そんなもんです」

わたしはうなずいた。単なる妄想だというよりも、そんなふうに思われていたほうがまだ恥ずかしくない。

「ふぅん、じゃあゆくゆくは同業者になるかもしれないんだな。そんときはよろしく。あと、いくら宗介の歌がよかったからといっても、パクリはダメだ」

「は、はい、すいません……」

隣をちらりと見ると、おねえちゃんが笑いをこらえていた。
おねえちゃんが署名なんかするから……と責めたかったものの、そこで気づけなかったわたしだってバカだ。

「あと、自分のネタなら恥ずかしがらずに胸を張れよ。どうせ世に出ることになるんだからさ」

「ソ、ソウデスヨネー」

もはや棒読みにしかならない。
しかしとにかく、ノートは無事に返してもらえた。

「約束は約束だからね、北村くんのこと」

家に戻ると、おねえちゃんは念を押して帰っていった。

数日後、朝野悠人から電話があった。何か用があるのかと尋ねると、

「ノートの持ち主と一度話してみたいと、最初に言ったじゃないか」

とのことだった。わたしはべつに話したくない。ので、断ろうとしたけれど、

「ノートに書いてあった内容について、いろいろ聞きたいことがある。ノートは返したけど、内容は頭の中にきっちり入ってるんで」

なんて言われてしまっては、もはや命令と一緒だった。
わたしは彼が指定した、先日のファーストフード店に向かった。

前回行ったときと同じく、というかこの店はいつもそうなのだが、店内は閑散としていた。
朝野悠人は前と同じ、他からは死角になるような席に座っていた。疲れきったような顔をしているが、伸ばしっぱなしの髪の間からときどき覗く目だけはやけにぎらついている。何かあったんだろうか。

「お待たせしてすいませ……」

横から声を掛けながら近づいていくと、彼は急に立ち上がった。
何が起こったのか、一瞬、わからなかった。

「……え?」

左をちらりと見ると、腕。

「……ええ?」

正面を見ると、顔。至近距離で。
わたしは朝野悠人に、直接触れられてはいないものの、壁に押しつけられていたのだった。
驚きで声が出せない。
彼の目の光が、いちだんと鋭くなった。

「俺のいうこと、聞けるよな?」

いうことを、聞く?

さか、まさか……「あのノートの内容をバラされたくなかったら」って、エッチな要求をされてしまうの……!?

謝りたい ●北村修

びっくりした、としかいいようがない。
派遣先の社長の奥さんの妹が、まさか、自分が女性を苦手だと感じる原因となった女の子だったなんて。
原因なんていうとまるでその子が悪いみたいだけど、悪いのは全部俺だ。

あれは暑い夏の日のことだった。
プールの授業が始まる前、あの子が廊下にパンツを落としたのを見た俺は……名指しでそのことを口に出してしまった。
しかも、とても大きな声で。
俺はあの頃、子供だった。でも、いくら子供でも許されることではなかったと思っている。
だってあの子はそれから俺どころか、クラスの男子たちとも口をきかなくなってしまった。きっと幼いながらに、俺を通して男性不信になってしまったんだろう。
あの直後、マセた同級生から「あれはやべーよ」と注意されたが、時が経つにつれ、確かにシャレにならなかったのだとじわじわわかってきた。

あれ以来、俺は女性が苦手になった。表向きは普通に喋れるが、それは反動で無理にそうしているだけのこと。実際はけっこう必死だったりする。
だから、今まで女性と付き合ったことはあっても、長続きはしなかった。また心ない一言を自覚もなしに口にしてしまうのではないか、そのことで彼女を傷つけてしまうのではないか……それが怖かった。
俺のそんな怯えは、付き合った女性には距離や冷たさとして受け取られ、彼女たちは俺に次第に不満を抱くようになった。そしてとどめの文句――「何を考えているのかわからない」を残され、別れを告げられるのだった。
小学校のときのことをそんなに引きずっているなんて、と笑う人もいるかもしれない。でも、子供時代に刻みこまれてしまったトラウマというのは、強烈に作用するのだ。

俺はあの子――小森さんに、機会があればきちんと謝りたかった。自分自身が救われたいからだろうといわれれば否定はできない。だが、やってしまった悪いことを謝るのに、理屈を先行させる必要はないだろう。
悪いことをしたから謝る、そういう単純明快な話でいいはずだ。
その単純明快な話を完璧なものにするために、俺は考える。
もういい年なんだから、ただ会ってごめんなさいと言うだけではダメだ。
それなりの舞台を用意し、それなりに振る舞うことで誠意を見せなければ。

(やっぱりフレンチかな。でも敷居が高いと感じられてもイヤだし、もう少しカジュアルにしてもいいのかな。でも……)

俺はまず、店選びで頭を悩ませた。

⇒【NEXT】【小説】妄カラ女子〜未由編〜4話

今、人気・注目のタグ<よく検索されるワード集>(別サイト)

あらすじ

漫画家の悠人が離席したすきに拾った未由の恋愛妄想ノートを取り返そうとした未由。

しかし未由が丁度ノートを手に取ったときに悠人が戻り、二人は鉢合わせになってしまう。

持ち主がばれてしまうと思った未由はとっさに…。

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
poto
毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
カテゴリ一覧

官能小説