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官能小説 「妄カラ女子」…spotA〜未由編〜・シーズン12


寝顔にキス ●朝野悠人

俺と未由は自分たちらしいお祝いをしたいと考えて、彩子ちゃんと瀬野さんのなれそめや、結ばれるまでを描いたPVをつくることにした。

もちろん、ただつくって渡すだけなんてつまらないから、できれば会場で流したい。

彩子ちゃんに確認を取ると、「ちょっと照れるけどOK」とのことだった。

プロットは未由がつくり、イラストは俺が描く。

俺と彩子ちゃんは、直接のつながりはほとんどない。だから未由から知らされることが大半だったけど、彩子ちゃんって本当にドラマチックな人生を歩んできたんだな。

日本でも有数の財閥系総合商社の社長令嬢で、少女時代から自分に仕えている執事に恋をして、そいつを追いかけて北海道まで行って、ライバルに土下座までして居場所を突きとめて……まさに事実は小説より奇なりってやつだ。

「漫画にしたら面白そうだな」と絵を描きながらふと呟くと、「人の友達をネタにしないっ」とぴしゃりと釘を刺されたが、その後すぐに、「まぁ、彩子の許可が取れたらいいかもね」と小声で付け加えたところを見ると、未由もなかなか魅力的な素材だと思っているようだ。

普段の仕事と同時進行でこなしたから時間的に厳しくはあったが、未由の大事な友達の一生に一回しかないお祝いだから、手を抜かずにやった。

どうにかひと段落ついたあたりで、俺たちは気分転換に散歩に出かけることにした。

5分ほど歩いたあたりで、未由のイトコのガキンチョ……旭くんに会った。旭くんは俺たちを見ると、目を大きく見開いた。

――まだ、別れていなかったのか。

何もいわずとも、その表情がありありと語っている。

旭くんは踵を蹴り上げて、その場から走り去ろうとした。

「待って!」

未由が声を張り上げる。

旭くんは素直に止まった。未由は駆け寄った。

俺は一歩引いたところにいることにした。

「僕、結局未由の邪魔ばかりしちゃったみたいだね」

未由を前にした朝日くんは、遠目から見てもはっきりわかるほど肩を落としていた。生意気なガキンチョだと思っていたが、こうなると痛々しい。

「いいんだよ、わたしのことを思ってしてくれたんだよね。……ありがと」

未由が旭くんの手を取る。

途端に旭くんは未由の手を振り払って逃げてしまった。

「大丈夫かな」

近づいた俺に、未由が心配そうな顔を向ける。

「ま、ムズかしいお年頃なんだろ」

俺は答えた。俺には走っていく旭くんの顔が、真っ赤になっているのが見えた。

家に戻って残りの作業をした。未由は途中でひと休みすると言ってソファーに掛けたが、だいぶ疲れていたらしくそのまま眠ってしまった。

「仮眠ならベッドでしろっていつも言ってるのに……」

俺はぼやいたものの、内心ちょっとだけラッキーと思っている。ソファーで眠ってしまった未由を抱いてベッドに運ぶのが、嫌いじゃなかったからだ。

横たわらせると、寝顔をまじまじと見つめ、軽くキスをした。こういうことを照れずにできるのもいい。

小さな寝息を立てている未由を前に、俺は「あること」を決意した。


一皮剥けた ●小森未由

彩子の結婚披露プライベートパーティは、フェブラリー・キャットを貸切にして行なわれた。

中村くんのことを考えるとそれはマズイんじゃ……と、わたしのほうが焦ったけど、提案したのはその中村くんらしい。

彩子のことをちゃんとあきらめるために、心からお祝いしたい――だからホームであるフェブラリー・キャットを使ってほしいとのことだった。

わたしは少し前では考えられないおしゃれをして行った。贅沢なドレープの入ったフレアスカートの、光沢のある緑色の生地のワンピース。鎖骨のラインがきれいに出るように首まわりがカットされている。ネックレスはそのバランスを崩さない華奢なものにした。

悠人さんはスーツ姿だ。こういうキレイな格好をして妄想の君と並んでいるなんて、なんだかすごく不思議な気分だった。

少し前の私だったら、こういう格好で人前に出ることを恥ずかしいだとか、居心地が悪いだとか感じていただろう。でも悠人さんときちんと向き合えるようになってから、わたしは何だか自信がついた。一人の人ときちんと付き合っていくというのは、同時に自分を容赦なく見つめて、自分の性格や価値観やそれまでの生き方と徹底的にとっくみあい、わかり合っていくことでもあるんだ。

「未由さん!」

聞き覚えのある声に振り向くと、中村くんとイケ店が並んで立っていた。どちらも今日は制服ではなく、スーツを着ている。二人とも彩子の招待客だ。

「宗介……」

「いいんだ」

悠人さんは声を掛けにくそうだったけど、中村くんの笑顔はすがすがしかった。今はまだ、彩子のことを完全に振り切るのは難しいだろう。でも、傷を抱えたままでも前に進むつもりなのだと感じられる笑顔だった。

しばらくゲストだけで話していると、入口付近でわっと歓声が上がった。

主役である彩子と瀬野さんが入ってきたのだった。

「未由センパイ!」

手に小さなブーケを持ち、上品な薄いピンクのロングドレスを纏った彩子は、わたしを見つけるなり走り寄ってきた。

「彩子、おめでとう」

「ありがとうございます。本当に……」

彩子の目には、早くも涙が溜まっている。

――変わったな。そう思った。

感情の振り幅が大きいところは相変わらずだけど、顔つきや動きに芯ができてきたというか、しっかりしてきた。

「何だか変わったね」

「え、そうでしょうか」

彩子は首を傾げながら、自分の頬に触れたり、服装を見なおしたりしている。

「見た目だけのことじゃないよ。これまでお嬢様として大切にされて、ふんわりしていたのが、女としてきれいに、強くなった」

自分のことをいわれているという実感がないのか、彩子はきょとんとしている。こういうところを見るとまだまだ危なっかしい気がするけど、もう彩子はそれだけじゃない。

「あら」

彩子が入口のほうに視線を流したので、つられてそちらを見た。

「北村くん」

そこには北村くんが立っていた。北海道で大いにお世話になった人ということで、彩子は北村くんも招待したのだ。

が、そのすぐ後に入ってきた人物を目にして、わたしは息をのんでしまった。

雨宮さんだった。


幸せになろう ●小森未由

雨宮さんにはもちろん感謝している。

でも、この場所に現われたからには……わたしは味方ではいられない。

彩子の表情が緊張を帯びる。

雨宮さんは北村くんだけでなく、わたしと並ぶ彩子も通り越して、その後ろの瀬野さんの前に立った。

会場が静かになる。雨宮さんのことをここにいるみんなが知っているわけではないけれど、彼女が醸し出す空気と、わたしたちの反応から、不穏なものを察したらしい。

雨宮さんは瀬野さんをじっと睨みつけた。瀬野さんは押し黙ったままだ。何を考えているのか窺えない。

二人はしばらく無言で視線をぶつけ合った。

「おめでとう」

雨宮さんの口元がゆるんだ。

右手をすっと差し出す。

「私も幸せになるから、あんたたちも幸せになりなさいよね」

え、どういうこと? わたしは思わず、雨宮さんと一緒に来た北村くんを振り返る。

北村くんはちょっと照れた様子で、わたしに小さくうなずいてみせた。

……いや、全然わからないって、それじゃ!

「もちろんだ。お互い幸せになろう」

瀬野さんが手を握り返す。

え、ますますわからないんですけどー!

北村くんがごく自然に、雨宮さんの隣に歩み寄った。

その仕草で、わたしはやっと理解した。雨宮さんと北村くんは付き合っているんだ、と。居酒屋で感じた「お似合い」という印象は、間違っていなかった。

すぐ後に彩子に店の端っこに呼ばれて聞いたことだけど、雨宮さんはれっきとした招待客だったらしい。北村くんを招待したときに彼から雨宮さんと付き合っていることを打ち明けられ、全員が過去のことを受け入れて新たに出発するためにも雨宮さんも招待してほしいと頼まれたらしい。彩子はもともとあっけらかんとした性格だから、土下座までしたとはいえ今はもう終わったことだと、雨宮さんにも礼を尽くして招待状を送ったそうだった。

「今は清彦さんとは、違う会社ながらも良いお友達同士、ライバル同士のような関係になっているそうですわ」

彩子は付け加えた。

悠人さんと二人で立っていると、北村くんがこちらに近づいてきた。雨宮さんがしたように、わたしに右手を出す。

「俺たちも幸せになろう。隣にいる人を大切にして」

「えぇ」

わたしは北村くんの手を握る。

北村くんは続けて悠人さんにも握手を求めた。

「そうだな」

悠人さんはその手を強く握り返した。その顔に笑みが浮かんでいたので、少し安心した。


自信を持って ●朝野悠人

ゲストがおおかた揃ったところで俺たちがつくったPVの上映が始まった。

ところどころはしょったり、逆に大げさに描いたりしたけれど、そんな漫画っぽい手法がよかったのか、終わると会場は拍手で包まれた。

「さすがプロだね」

「見入っちゃったね」

そんな声が聞こえてくる。彩子ちゃんと瀬野さんを見ると、恥ずかしそうだったものの、それ以上に幸せそうだった。二人で笑って、何か囁き合ったりしている。

よかった、徹夜までしてつくった甲斐があったってもんだ。俺と未由はグーとグーをコツンとぶつけ合った。

「未由センパイ!」

彩子ちゃんがこっちに走ってくる。

「PV、ありがとうございます! あの、これ、よかったら……」

持っていたブーケを、未由に渡そうとした。

「え、ちょっ……お礼なら別に、そんな……」

「次はセンパイの番です!」

無邪気な強引さで、ブーケをぐいぐい押しつける。

「未由センパイと悠人さん、お似合いだなって思ってましたけど、このPVを見て確信しました! 二人で息を合わせてこんなに素敵なものをつくれるなんて……お二人は早く結婚するべきですわ!」

「えええっ! 気が早いよ、彩子!」

未由が真っ赤になる。

彩子ちゃんと未由の間を行ったり来たりしているブーケを、高い位置からすっと取り上げた手があった。瀬野さんだった。

「これは悠人くんが渡せばいいんじゃないかな」

そう言って、有無をいわせず俺に持たせる。じつにスマートな動作で、気がつくと抱えていた感じだった。

「急ぐ必要はないだろうけど……俺たちの恩人を、ぜひ幸せにしてあげてほしい」

落ち着いた物腰の瀬野さんの言動に、こちらも何だか気持ちがゆったりとしてくる。

決まりの悪さを感じることもなく、俺は「もちろん、そうするつもりです」と胸を張った。

パーティが終わり、俺たちはフェブラリー・キャットを出た。

ブーケはまだ俺が持っていた。

数日前、決心したことを思い出す。

――お二人は早く結婚するべきですわ!

――未由さんをぜひ幸せにしてあげてほしい。

彩子ちゃんと瀬野さんの声が、頭の中で何度も、背中を押すように開いた。

このブーケを渡しながら……言うんだ。

「ねぇ」

それまで黙っていた未由が、とつぜん話しかけてきた。

「えっ、な、何?」

大きく吸っていた息を途中で止めることになって、咳き込みそうになる。

「今、進めているプロットだけど、もし時間があるなら盛り込みたいエピソードがあるんだ。執筆状況はどんな感じ?」

「あー……」

肩から力が抜けていく。

……そうだ、そうだよな。

まずは二人一組体制で、しっかり仕事ができるようになってから、だ。自分に自信を持って愛し続けていくためにも、礎はしっかり築かないと。

確かに早く結婚したい、未由と一緒になりたいけど、周囲や感情に流されて中途半端なことをしていては、ダメだ。何かあったとき、自分自身に芯がないと心も生活も関係もグダグダに崩れていく。

「最速でやったとして、2日余裕ができるかどうかかな」

俺はブーケを持ちなおした。


妄想を現実に ●小森未由

彩子の結婚から1年が経った。

わたしと悠人さんは、とにかくがむしゃらに進んできた。目の前の仕事をひたすらこなし、こなせるようになると、今度はどうしたらもっといいものがつくれるようになるか考えた。それができたら、いいものを早くつくる工夫をした。

やがて、二人一組体勢での仕事スタイルは、収入的にも世間の認知的にも確立されてきた。今では常駐アシスタントも二人雇っている。

その日はわたしの誕生日だった。

悠人さんはわたしのために、フレンチのレストランを予約してくれた。

スーツを着こなした悠人さんと、普段より華やかなドレスに身を包んだわたしは、タクシーでそのレストランに向かった。高台の上にある、窓の大きなレストランだった。日が沈むにつれ、街の夜景は次第にきらめきを増していった。わたしたちは風景を眺めつつ、シャンパンで乾杯した。

「話があるんだ」

ギャルソンが立ち去ると、悠人さんは居ずまいを正した。

わたしの背もつられて伸びる。

来る前から、「予感」はあった。

店に流れているクラシックのBGMが、やけに大きく聞こえる。さっきまではそんなことなかったのに。

悠人さんは、真面目な表情で語り始める。

「未由に出会わなかったら今の俺はなかった。仕事のことも美由が支えてくれたから続けてこられた。俺には未由しかいない。ずいぶん待たせてしまったけど、これから先もずっと僕のそばにいてほしい」

「うん……」

こんなとき、何ていえばいいんだろう。固まってしまう。こんなシーンは妄想したことなかった。

「だから……これからもずっと未由のことを大切にするから……俺と結婚してほしい」

未由と悠人

悠人さんがテーブルの下から指輪のケースを取り出す。開けると、よく磨かれた鏡のように上品に光る銀色の指輪が現れた。トップのダイヤが、天井のシャンデリアの光を一身に浴びている。

「きれい……」

小さく息を吐いて、見とれた。

嬉しかったし、こんなダイヤを買えるぐらい、わたしと悠人さんは一緒にがんばってきたんだと思うと、お腹の底から力が湧き上がってくるようだった。

この人と、もっと一緒にいたい。支え合って生きていきたい。

「あとっ、これもっ……」

続けて悠人さんは、妄想ノートを出した。

「俺が一生、未由の妄想を現実にするから、俺の妄想も未由が現実にしてくれ!」

わたしたちは無言のまま見つめ合った。

数秒後、どちらからともなく吹き出して、笑い合った。

ひとしきり笑ったあと、悠人さんは改めて指輪を取り出した。

「もらって……くれるかな?」

「もちろん」

わたしはうなずく。

「私も悠人さんと一緒にいたい。愛しています」

愛しています……そういえば、妄想の中では言ったことのない言葉だった。

悠人さんが左薬指に指輪をはめてくれる。

妄想だって悪くない。妄想のおかげで今のわたしがいる。妄想がわたしをどれだけ豊かにしてくれたかわからない。だから、これからも妄想を捨てない。妄想はもうわたしの一部になっている。

でも、妄想で終わらせていては手に入れられないものがあることも知った。

たとえば、今、左指に生まれた確かな存在感。

「これからも二人で未来のシナリオを考えていこう。いや、未来を妄想していこうと言ったほうが、俺たちらしいかな」

「うん、妄想をどんどん現実にしていこう」

わたしは笑って、大きくうなずく。

食事を終わらせて店を出ると、タクシーを待ちながら、気持ちを確かめ合うようにキスをした。


END

あらすじ

彩子から結婚記念のプライベートパーティーへの招待を受けた未由と悠人。
2人で協力してなれそめのプロモーションビデオを作成することに。

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
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毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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