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官能小説【6話】絶対ナイショのラブミッション〜再会した幼馴染は過保護SPでした〜


娘という仮面

数日後、私が連れ出されたのは夏生君と再会した場所でもある、東条家の邸宅だった。
東条正芳と夏生君以外にも捜査員らしき人たちが何人か同席し、現在の捜査状況を共有する、――――という会のようだ。夏生君はいつも通りSPの顔で私の横に控え、真剣な顔で発言者を見つめている。


「先日現行犯逮捕した男が吐きました。自分の後ろにいるのは蘭丈家だ、と」


「蘭丈か……」


「東条家とは対立関係にあるそうですが」


「ああ、そうだ。長年折り合いが付かないままやってきたが……ここまでの強硬手段に出るとはな。だが、尻尾を出してくれたのなら有難い。さっさと捕まえてくれ」


「現在証拠としては逮捕した男の証言だけで……契約書や計画実行を指示された際の音声等、物的証拠も特にない。今すぐに捕まえるというわけにもいきません」


捜査員の諫めるような言葉に、東条正芳の顔色がぐっと赤黒くなる。苛立ち混じりの瞳が向けられた先は、その捜査員ではなく、――――隅の方で話に聞き入っていた私だった。


「娘は私のためなら何でも協力するはずだ。そうだな?」


「え、……ええ。お父様のためなら」


「そうだろう。相手は娘の誘拐を何度か目論んでいた……娘をかどわかすチャンスがあれば、必ず動くはずだ。これ以上私の財産に手を出す前に捕まえてもらわなければ、私としても関係省庁に一言言わなければならなくなる」


圧力をかけるような言葉に、捜査員たちが押し黙る。私は机の下でそっと自分の腕を擦り、『お父様』から視線を逸らした。
つまり、彼は私を囮にして早く犯人を捕まえろと言っているのだ。私は娘ではないし、彼のために自分の身を危険に晒したいわけもないけれど、――――この場で断ることはひどく難しい。娘という仮面を被ったままでは舌戦に勝てる見込みはゼロで、かと言って本当は娘ではなく、赤の他人だと捜査員たちに訴えて助けを求めたとしても契約に違反することになる。


「……分かりました。全力を尽くしましょう」


そう答える捜査員に、私はそっと溜息を付く。隣の夏生君が苦い顔をしているのが分かって、余計に気分が重くなった。過保護の気がある夏生君がこういう顔をするということは、きっと危険なのだろう。
東条正芳は、数日後にある自分主催の懇親会に同伴するようにと私に言い渡すと、仕事があるからと席を立った。


「私たちも行きましょう。雛乃様」


夏生君が背中に手を添え、私を促してくれる。嫌な予感を内包したままの心臓は、しばらくの間冷たいままだった。


本当は、怖い

やると言ったのは私だ。そこは弁明するつもりもないし、自分の責任であるとちゃんと分かっている。


それでも、人権の無さすぎる扱いには流石にへこむ。


「……大丈夫か?」


ホテルに戻り二人きりになった途端、夏生君が『美冬』に声をかける。分かりやすく心配を表情に出してくれているのも、彼の気遣いだろう。いつも通り「『美冬』じゃない」と言おうとした私を、彼は真剣な声音で押し留めた。


「あの男は、もしお前が誘拐されたとして、絶対に犯人の要求を飲まないだろうな。……止めるなら今だぞ」


「そ、れは……」


「……ここには俺しかいない。言えよ、大丈夫だから」


抱き寄せられる女性の画像

身体を優しく引き寄せられ、額が彼の肩に乗る。じんわりと服越しに熱が伝わるのが心地よくて、安心して、――――ぽろりと、言葉が零れた。


「……本当は、怖いよ」


「ああ」


「契約のときは誘拐なんて話聞いてなかったし……契約の時点で疑えって言われたら、本当にその通りなんだけど……だからこそ余計に悔しくて、辛いし……」


「……でも、止めないんだろ?」


「うん……ごめん」


生きていくためにはお金が必要だ。それに今更止めたら違約金だなんだと大変なことになるのは目に見えている。 縮こまって謝る私に、夏生君はすっと目を眇めてみせた。


「ごめんって……何が」


「『夏生君に心配かけてごめん』の、ごめんだよ」


自分が『美冬』であると認め、素直な心情を吐露すれば、少しだけ胸の重石が軽くなったような気がした。すり、と彼の首元に額を擦り寄せれば、頭上から軽い溜息が降ってくる。肩を掴まれ、次いで顎を持ち上げられると、目の前にこちらを見下ろす夏生君の、瞳があって、――――あやすように優しく柔く、唇同士が擦り合わされた。

唇には彼の残した熱が

「んっ……夏生君?」


「あのな、俺のいないとこで妙な契約なんてするから、そういうことになんだよ」


「いないとこって……ずっといなかったくせに……」


「今はいるだろ」


キスはすぐに解かれたけれど、唇には彼の残した熱が灯る。さらに胸の内の暗雲が薄まっていくのが分かって、私も大概現金だなあ、なんて、つい苦笑してしまった。


「今回はこのまま懇親会とやらに出るしかないだろうな。何で止められないのかとかは、約束通り詮索はしないけど……話せるようになったらちゃんと話すこと」


「はい……」


「……そんな顔しなくても、ちゃんと守るから安心しろ」


背中を優しく擦る手のひらが、今度は直接心臓を温めていく。好きな人からの「守る」という言葉ほどときめくものもない。現金な心臓が完全に息を吹き返したのを感じ取りながら、私は夏生君をそっと見上げた。


「――――でも、次はないと思えよ」


「え?」


「危なっかしいお前を一人にしてたら、何やらかすか分からないからな。これからは全部俺のチェック通せ。いいな?」


「過保護だ……」


「何か言ったか?」


「何でもないです!」


これっきりじゃなくて、この仕事が終わったあとも近くにいてくれるんだ。
そう思えば、過保護さが愛情のようにも思えてむず痒いような気持ちになる。今度は嬉しい、嬉しいとうずつき出した現金な心臓が、夏生君への想いで一杯になって、――――きっと中学生の私より、今の私の方が夏生君のことを好きだ、と思うのだ。


「……俺が過保護だって言うなら、それはお前のせいだからな」


「聞こえてたんじゃん……」


「あの距離で聞こえないわけないだろ。『もう一回言ってみろ』の意味だよ」


ぽんぽんと交わされる会話は、私が『美冬』であるからこそなのだろう。
そう思うと、むず痒いのを通り越して気恥ずかしくなってきてしまい、私は慌てて一歩下がった。ただ単に昔の初恋を引きずっているだけではなくて、再会してからさらに夏生君を好きになっている、――――そう気付いてしまえば、今までとは比べ物にならないほどにドキドキして、近くにいるだけで眩暈がしそう、で。


「こら、何逃げてんだ」


「えっ」


まるで猫でも捕まえるかのように、ひょいと抱え上げられた私は、いつかと同じように部屋のベッドに運ばれる。流石に何回もこのパターンに持ち込まれているから分かる、――――これは『する』流れだ。
今までと違って最初から『美冬』として抱かれるのかと思うと、かあっと顔が熱くなる。


「ま、待って! 夏生君ストップ!」


「待たない」


「いいから待って!」


そもそも夏生君は私のこと、どう思ってるの。
今までは『東条雛乃』の仮面の下に押し込めていた疑問が、喉元までせり上がってくる。それを寸でのところで飲み下したのは、今の精神状態ではどんな答えを返されても、まともに『東条雛乃』の仮面を被れなくなることが分かり切っていたからだ。数日後の懇親会を乗り切るためにも、ここは流されちゃいけない。


「今更なんだけど……その、『私』は恋人じゃない人と、そういうことは……」
「……分かった」


頷いてくれた夏生君にほっと息を吐く、――――その唇に、キスが一つ落とされた。


「分かってないじゃん!」


「キス一つで止めただけ優しいだろ」


しれりとそんなことを言った夏生君が、私の上からどいた。ベッドの淵に腰かけ、ちらりとこちらを流し見る。男らしい切れ長の瞳は、斜め後ろから見てもひどく美しい。


「いくらでも言ってやりたいことはあるけど、全部片付いてからにする。……俺もお前も、その方がいいだろうし」


「……うん」


いくらでも言ってやりたいこと。
その内容を、彼の瞳は既に映し出しているような気がした。煌めくそれはとろりと甘く、私への愛情を内包している。愛しいと言外に伝えてくれるそれは、穏やかさの中に苛烈な欲が滲んで、混ざり合って、複雑な色をしていた。


「昔、言い損ねた分もあるからな。――――今度は逃げんなよ」


⇒【NEXT】大きくなったら、美冬をお嫁さんにしたい。真っ赤な顔でそんなことを言った昔の夏生君…(絶対ナイショのラブミッション 7話)

あらすじ

数日後、私が連れ出されたのは夏生君と再会した場所でもある、東条家の邸宅だった。
東条正芳と夏生君以外にも捜査員らしき人たちが何人か同席し、現在の捜査状況を共有する、――――という会のようだ。

夏生君はいつも通りSPの顔で私の横に控え、真剣な顔で発言者を見つめている…

皆原彼方
皆原彼方
フリーのシナリオライター・小説家(女性向け恋愛ゲーム/…
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