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官能小説 パラレル・ラブ 番外編


「大丈夫? 立てるかい?」●木崎ユリ

あぁ、私の力を利用するだけしたら、もう誰も私のことなんて気にかけてくれないし、ましてや助けてもくれないんだわ。

ふたつあったという世界がひとつになったとき、まず思ったのはそんなことだった。

ひとつになった衝撃で、その場にいた人たちはみんな倒れこんだり、軽く吹き飛んだりした。私も耐えられなくて、その場に尻餅をついた。

だけど今にして思うと、気にかけないんじゃなくて、かけられなかったのだ。直紀も高木さん(という名前がわかったのはずいぶん後になってからだけど)も気を失ってしまったし、二人の西原ななみはそれぞれの恋人の無事を確かめるので精一杯だった。

カミサマは脳震盪を起こしたみたいにフラフラしていたし、尻餅なんてあの中ではかわいいほうだったのだ。

でも、そんな中で「あの人」だけは声をかけてくれた。そのときの私にとって、それがどれほどうれしかったことか。

手を取る

「大丈夫? 立てるかい?」

彼――高見遥さんは、にこやかに手を差し伸べてくれた。あんなに大きな衝撃だったのに、この人はまったくの無事だったようだ。それもあって、もうひとつの世界で私と同じ役目を果たしたのはこの人なんだと何となくわかった。何か、規格外だ。

私がその手を取ると、高見さんはびっくりするぐらいスマートなしぐさで抱き起してくれた。

「助けておいてこんな目に遭うなんて、さんざんだわ」

優しくしてくれる人がいるとつい甘えてしまうのは、私の悪いくせだ。その甘えが愚痴という形で出てしまうのも。

「そうか、君も僕と同じ……」

高見さんもすぐに気づいたようだ。

直紀と高木さんが大変なことになったとわかったのは、その後だった。

西原ななみ……じゃなくて、西原なみの記憶を失った直紀に私ができることといえば、怒ることぐらいだった。土下座までしてみせたくせに、あっさり忘れてしまうなんて許せない。

でもそれが終わると、することもできることも、何もなくなった。

今までの生活は、直紀中心に回っていた。でもそれが急に失われて、時間を持て余した。

「こんなことになったからには、君とはこれから何かと連絡を取り合うことがあるかもしれない」

あの後、私は高見さんにそう言われて名刺をもらっていた。直紀や高木さんのことで彼と話さないといけないことは結局何もなかったから連絡していなかったけど、時間の使い方がよくわからなくなったせいもあって、ふと話してみたいと思った。

高見さんは今回のこと、どう思っているんだろう。もうひとつの世界で、どんな生活を送ってきたんだろう。

落ち着いて改めて名刺を見ると、興味深い肩書きが躍っていた。

(取締役社長……ね)

直紀のことをあきらめたとはいっても、権力のある男が好きという思いまで消えたわけではない。私が変わったのは、その入口からどう関係を進めていくかの考え方についてであって、入口自体の好みは変わらない。好みがそんなにコロコロ変わっちゃたまらない。

(どんな会社かにもよるけど……まぁ、愚痴を聞いてもらうだけでもいいんだし)

私は名刺のメールアドレスにメールを送った。

「今はまだ 心地よかった」●高見遥

最初は、ちょっと話しづらい子だなと思った。自分から誘ってきたわりには「わざわざ来てあげた」みたいな雰囲気があって、僕が余裕のない十代や二十代前半の若者だったらイラついて帰ってしまっただろう。

彼女――ユリちゃんは、表面上でもいっときでもいいから、誰かに優しくされたかったんだと思う。だが、優しくしてもらうためにはどんな行動をとればいいのか、わかっていない。もっと素直に、傷ついているから優しくしてほしいとだけ打ち明ければ済む話なのに、そういうことができないのだろうか。西原さんとは違う意味で強い……というよりは、単に強情なだけか。

とはいえ、向こうの世界でずっと好きだった元彼の直紀くんを、もうひとりの西原さんに取られてしまい、その上で二人の気持ちの強さに動かされて世界をひとつにする協力をしたのだと聞けば、誰彼かまわず拗ねたくなるのも仕方ない気もした。

「気持ちは僕もよくわかるよ」

一緒に入った個室のカジュアル和風料理店で僕が言うと、ユリちゃんは意外そうな、しかし少し疑うような目でこちらを見た。

「僕も西原さんを高木くんに取られたからね」

「どうしてみんな、西原ななみのことをそんなに好きなんですか」

興奮したのか、ユリちゃんの頬が赤くなる。

「べつにそんなにきれいなわけでもないし、仕事がすごくできそうな感じもないし、頭の回転が速いわけでもないし……」

「そうだね」

あまりにもずけずけと言うので苦笑する。

「きっと、いざというときに強いからじゃないかな。自分の間違いを認めて方向転換できる強さ、相手を思いやれる強さ、自分を思いをまっすぐ伝えられる強さ……普通だったら負けてしまいそうなときにそういう強さを発揮できる人は、普段は地味だったとしてもやっぱり輝いて見えるよ」

ユリちゃんは黙ってしまった。何か思うところがあるらしい。

「あ、今、高見さんも地味って言った」

やっと気づいてふきだしたのは、しばらくしてからのことだった。

僕たちはその後も何度か会って、いろんなことを話した。

とくに盛り上がったのは、自分たちが次に進むために乗り越えなければいけないことについてだった。それはつまり、カミサマに見出だされた理由でもあった。そこで足踏みしていた念や葛藤が、皮肉なことに力になったのだ。

ユリちゃんは肩書きだけでなく、そこから入ったとしても最終的にはその人自身を愛せるようになること。

僕は心の底に無駄にわだかまっている過剰な自信を捨てて、女性に対して謙虚になること。

「もう十分謙虚に見えるけど」

「でも、いざとなると昔の自分が顔を出しそうになるんだ」

「そう、私は謙虚すぎるより、自信のある男の人のほうがいいと思うけどな」

僕はユリちゃんに少しずつ惹かれていた。どうやら僕は強い女性が好きらしい。ユリちゃんの強さは西原さんのそれとは違ったけれど、好みも性格もはっきりしていてすがすがしい。頭もいいし、肌にもスタイルにも気を使っているのだろう。そんなところからも健全な自尊心が感じられた。何に対しても、課題として受けとめはしても、決して卑屈にはならなかった。

ユリちゃんもたぶん、僕のことを多少は好きだと感じてくれていると思う。

それでもはっきり好きとはいわずに曖昧な時間を過ごす、そんな関係が今はまだ心地よかった。

「今日は、なんか、 すごい」●木崎ユリ

気になる男の人と食事に行くのに、つくりこまないメイクをするなんて初めてのことだった。今まではそんな相手じゃなかったとしても、隙を見せないような、どこから見ても間違いなく、絶対にキレイだと思ってもらえるようなメイクをしていた。

(どうしちゃったんだろう、私……)

いきなり心の底の深い部分について話したせいか、高見さんにはもっと素の部分を知ってもらいたい。だからあえてがんばりすぎたくない。

こんな気持ちは初めてだ。ナチュラルに見えるところでメイクを止めるのは、私にとっては勇気のいることだった。メイクは内面にもつながるものなのか、裸を見られるような恥ずかしさがある。

待ち合わせ場所に着いて車に乗りこむと、高見さんは車を停めたまま私の顔をまじまじと見つめた。

「な、何……? 変かな……やっぱり」

「いや」

高見さんは首を横に振る。

「いつもきれいだけど、飾らない君も一段ときれいだね」

ぼんっ! と音がしそうな勢いで顔が赤くなったのが、自分でわかった。前からキザな人だなと思っていたけど、今日は、なんか、すごい。

私は男の人にきれいだとか魅力的だとかよくいわれるほうだと思うけど、それでもこんなにまっすぐ、何のてらいもなく言われるとさすがに照れる。

「え、嘘……そんな、いい加減なこと……」

自分らしくないと思いながらも、もじもじしてしまう。

「そんなことないよ」

高見さんは車を発進させた。

「僕が言うんだから、間違いない。……って、困ったな」

本当に困ったように、ふふっと鼻で笑う。

「だめだとわかっているのに……君の前ではどうしても自信のある男として振る舞いたくなる。僕も君に甘えているんだろうな」

僕も、か。たしかに私も最初は高見さんに甘えていた。やけにツンツンしてしまったのは、今考えてみると甘えだった。ほぼ初対面なのによく受け入れてもらえたなと今さら思う。

「いいよ、甘えても……」

私は口をとがらせた。

「私だって高見さんに甘えてたと思うし……それに、私は謙虚よりも自信のある男のほうがいいって……前に言ったでしょ?」

「じゃあ、甘えようかな」

それから高見さんはしばらく黙ってしまった。

低くて艶のある言葉でいわれたものだから、体の奥がじんじんした。予定通り食事をしたが、味がよくわからなかった。

店を出て、駐車場に停めておいた車に乗りこむ。周囲に人影はなかった。

高見さんが隣に座ると、急に肩を抱き寄せられた。

「ずっと思ってたんだ……君みたいに思いこみの強い女は、僕みたいに同じぐらい思いこみの強い男でないと面倒見きれないだろうなって」

「な、何よ……」

照れていいのか拗ねていいのかわからなくて、思わず顔をそむける。

その顎を優しくつかまれ、高見さんのほうを向かされた。

「いやなら押しのけてごらん。君ならそうするだろう?」

私は……押しのけたりなんかしなかった。

高見さんの唇が近づいてきて、重なった。

甘い。ずっとこの感触を、味を、求めていた気がする。

唇を離した彼は、私を強く抱きしめて耳元で囁いた。

「君が好きだ。お互いを知るまでに回り道してしまったけれど、そのおかげで大切な人と出会えた」

「君はお姫様 なんだから」●木崎ユリ

その日は高見さんの部屋に泊まった。

彼との、初めてセックスだった。

こんな日が近々やってくることを予感していたから、もちろんうれしくはあったけれど、特別驚いたりはしなかった。

シャワーを浴びて、ベリーやジャスミン、ムスク系の香りの香水を耳の後ろと胸元にほんの少し振りかける。ベッドタイムでしか使わない、特別な香水だ。高見さんと会うようになって、しばらく前から持ち歩いていた。

「ステキな香りだね」

近づくと、高見さんはすぐに香りに気づいたようだった。ふわりと抱きしめて、耳の後ろに鼻を近づける。その拍子に巻いていたバスタオルが落ちた。これで胸元からも香りが立ち上ったはずだ。

「ぜんぶ、いいにおいがする」

高見さんは私をそのままベッドに押し倒して、唇から体じゅうに丁寧にキスをしていった。頬、首すじ、胸、脇腹、腰……。

私は男の人に裸を見られても恥ずかしいと思ったことがあまりない。恥ずかしいと思わなくて済むような手入れをしているからだ。でも、今日はなんだか恥ずかしかった。心の底までさらけ出した相手と、ナチュラルメイクで会っているからかもしれない。

体のひとつひとつのパーツを、じっくり愛撫される。指でなぞったり、舐めたり、甘噛みしたり。その動きに性急さはまったくない。じっくり官能を引き出してくれようとしているのがわかる。

「あっ……んんっ」

背中を舐められて、体をこわばらせた。今までちゃんと愛撫されたことのない場所だったから、そこが感じるなんて自分でも知らなかった。高見さんは背中にキスしながら、手で胸を揉んだり、太腿をなぞったりする。

「だめっ……そこ、感じすぎちゃうから……っ」

今までにない感覚に、自分でも知らない自分と出会ってしまいそうで怖い。

「僕はユリちゃんに感じてほしいんだけど」

後ろから手を押さえつけられると、もうどうしようもできなくなった。

ひたすら攻められているうちに、あそこが熱くとろとろになってくるのがわかる。

指でそっと触られると、また声が出た。

「かわいい」

耳元で囁かれて、ぞくぞくする。

「ひとつになってもいいかな」

もう、うなずくしかできない。

高見さんは私を抱き上げて正常位の体勢にすると、そこにゆっくりと挿し入れた。

「んっ、あぁぁっ!」

たまらなくなって、高見さんの背中を思いきり抱きしめる。深く、深く高見さんが入ってくる。

「……好きっ。私、高見さんが好き……」

普段ならいわないようなことを口走ってしまう。でもそんな自分が、不思議にいやではなかった。

「僕もユリちゃんが大好きだよ」

奥まで達したところで、私たちはディープキスを交わした。

高見さんに濃厚に愛されて、私は深い満足感を覚えながらベッドでうとうとした。

何度かイったから、体がだるい。でも、まだ寝たくない。この幸せな時間をもっと味わいたい。

駄々をこねるように高見さんの手を握ると、高見さんも握り返してくれた。

「西原さん達のカミサマは、俺たちのカミサマでもあったね」

「ん……」

眠さもあって、中途半端な返事になった。

でも、これだけは言っておきたい。言っておかなければ。

「私も幸せになりたい。……ていうか、幸せにしてよね! 私も……高見さんのこと、幸せにするから」

いざ口にすると照れた。でも……言えてよかった。ずっと言いたかったんだ。ずいぶん前から、ずっと。

「もちろんだよ。君は神様が僕にくれたお姫様なんだから」

高見さんは私の額に優しくキスしてくれる。

私は安心して、やっと眠りに落ちていった。

「この人だから 好き」●木崎ユリ

それから数ヶ月して、西原ななとなみ、直紀、洋輔さんの結婚式に招待された。もちろん高見さんもだ。

私たちたちは力を合わせて、カミサマを呼び戻した。最初はできるなんて思っていなくて、軽く気持ちで手をつなぎ、目を閉じて念じたらできてしまった感じだ。

「まったく君たちは……規格外だな……」

何もない空間から高見さんの部屋のリビングにぼとりと落ちてきたカミサマは、打った頭を押さえながら呟いた。

「今度こそ帰るからね。もう僕のことは忘れるんだ。そのほうが君たちにとっても幸せなんだから」

結婚式が終わると、彼はそう言ってどこかに消えていった。少し寂しかったが引き止める理由はないし、彼も彼で行かなくてはいけないところがあるのだろう。

「いい結婚式だったね」

その日の夜、私たちは高見さんの部屋でゆっくりお茶を飲みながら話した。私はもう、週の半分以上を高見さんの部屋で過ごしている。

「私はもっと豪華な結婚式をしたいけどね」

「わかった、覚えておくよ」

高見さんは私の頬にキスをしてくれた。

翌年、私たちは結婚した。

結婚式は、私が言った通りの豪華な式にしてくれた。お客さんは気心の知れた人たちばかり。沖縄の海の見える教会で、咲き乱れる極彩色の南国の花に囲まれながら行った。直紀もななも祝福に駆けつけてくれた。

指輪の交換のときに、高見さんは私にひざまずいてキスをしてくれた。ほかの男性がやったらきっと滑稽になっていただろうけど、高見さんはそんなふうに見えない。……というのは、私のひいき目だろうか。

でも私にとって素敵なら、それでいい。

甘やかされ、大事にされていることを、私は心から実感した。

高見さん、うぅん、遥さんは膝まくらが好きだ。私もきらいじゃない、というよりむしろ好きだから、一緒に家にいるときにはよくそうしている。

そんなふうに何でもない時間を過ごしていると、愛し愛されていることを深く感じる。こんな穏やかな時間を過ごしたことは、今までなかった気がする。

権力のある人や豪華なものが好きだという気持ちは変わらない。遥さんが社長でよかったと思うし、これからもいっぱい贅沢したい。もちろん、私もそのための手助けは惜しまない。二人でどんどん、もっと高いところを目指したい。

でも、そういったこととは関係なく、この人だから好きという気持ちも芽生えている。

私はたぶん、正確にいうなら権力や豪華なものが好きというよりは、男性がそれを目指す力強い姿が好きだったのだと思う。

だからこれからも、遥さんがそういられるよう支えていく。それが私の愛であり、生き方だ。


END

あらすじ

パラレルな世界で婚活する女子の恋物語。
『パラレル・ラブ』番外編〜高見とユリの恋〜

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
poto
毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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