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官能小説 パラレル・ラブ ストーリーB 〜洋輔編〜 シーズン10


「悪い人に なるしかない」●西原ななみ

「二人きりでデートなんて、本当は行ってほしくはないけれど……」


その日の朝、出かける直前に洋輔さんはそんなことを口にした。


これから私たちは、高見さんとのデートの待ち合わせ場所に向かう。最初に挨拶だけはしておきたいという洋輔さんも、待ち合わせ場所までは同行する。

「ごめん。こんなことを言ったら、ななみだって困ってしまうよね」

「そんなことないわ。そんなふうに私を思ってくれるなんて、うれしい」


私は正直な気持ちを伝えた。洋輔さんの気持ちも、心づかいもありがたかった。


とはいえ、高見さんのことを考えると、素直に洋輔さんの優しさに浸ってだけはいられない。


もう十分傷ついただろうに、カミサマに引っぱりだされて、傷のもとになった私とデートしなければいけなくなった高見さん。カミサマは、高見さんもそれを望んでいると言っていたけれど、そうだとしても高見さんの葛藤を考えると胸が痛む。


もっとも、その葛藤こそが私たちに必要なものなのだけど。

(誰かを不幸にしないと幸せになれないのなら、いっそ……)


そんなふうに考えかけたが、すぐに頭から振り落とした。洋輔さんとの未来を、やっぱり捨てることはできない。それに消えてしまうのが私ではなく、一緒にがんばってきたもう一人の私だったら、謝るどころの話ではなくなってしまう。

(ごめんなさい、高見さん)


すべてが終わったら私のことを大嫌いになってくれればいいのに。


怒って、罵って、遠ざけてくれればいいのに。


だけどそれだって、都合のいい考えだってわかっている。それで楽になるのは私のほうだ。

(悪い人に、なるしかないんだ)


私は決意した。

今まで、誰かを傷つけないように、ときには自分を殺して生きてきた。それで自分が傷つかないように。でももう、その居心地のよかった場所から出ていかなくてはいけない。

「困ることがあったら電話して。すぐに駆けつけるから」


車から降りるときに洋輔さんは頬をそっと撫でてくれた。この手のひらのぬくもりとやわらかさを、私は道しるべにする、そう思った。

「今日はななみがお世話になります」


待ち合わせ場所で高見さんに会った洋輔さんは、丁寧に頭を下げた。


おかしな光景だった。これからデートする他人のはずの男性に、婚約者が挨拶するのを、黙って見ているなんて。

「初めまして、高木さん。ななみさんの心を射止めたあなたにずっと興味があったんですよ。お会いできて光栄です」

高木さんが右手を差し出すと、洋輔さんは躊躇せずその手を握り返した。

「こちらこそ、広告撮影のときのお話はよく伺っていました。とても頼りになる方だと」

「いや、恋人にはかないませんよ」

二人とも、口元には微笑みを浮かべているのに目に力がこもっている。何だか申し訳ない。

「今日は楽しんでおいで。迎えに来るから、帰るときに電話して」


私に向きなおった洋輔さんは、「迎えに来る」の部分に力をこめた。私ではなく高見さんに言っているのだ。彼女は送らせない、と。

「じゃ、また後で」


踵を返し、洋輔さんはその場を去っていく。


近くに停めてあった高見さんの車に、私と高見さんは乗りこんだ。

「心が騒いで どうしようもない」●高木洋輔

こんなことをしてはいけない、とわかっていた。


僕は高見さんの運転する車を、気づかれないようにそっと追っていた。

車を運転している手元

格好悪い、情けない。何よりもななみを信用していないことになる。


だけど、そうせずにはいられなかった。心が騒いでどうしようもなかった。


自分にこんな一面があったなんて思わなかった。理性以外のものが自分を動かすことがあるなんて。こんなに感情がざわついて、うごめいて、抑えられなくなることがあるなんて。


高見さんは僕の車を知らないはずだ。会ったときには、少し離れたところに停めておいたから。そんな卑屈な安心感も背中を押した。


自分が情けなくなると同時に、高見さんに深い同情を感じる。高見さんはきっと今の僕と似たような気持ちを、自覚しただけに留まらず、さらにカミサマによって指摘され、あまつさえ僕たちの目につくところに掘り返されたのだ。


こんな状況ではなかったら、もっと普通に会って、仲良くなってみたかったと思う。もちろん彼が受け入れてくれればだけど。僕たちにはきっと、意外とたくさん共通点があるんじゃないだろうか。

(どうしてこんなことになったんだよ)


苛だちのあまり、ハンドルさばきやアクセルの踏みこみがいつもより少しだけ荒くなる。


高見さんはしばらく車を走らせて、スペイン料理のレストランの駐車場へと入っていった。名前だけなら僕も知っているところだった。最近話題の店なのだと、客室乗務員たちが話していた。


僕は反対側の路肩に車を停めて、二人が降りてくるのを眺めていた。

ふいに、高見さんがこちらを振り向いた。僕たちがいる位置関係や角度からして、僕に気がついたかどうかはわからない。いや、気づいた可能性のほうがよほど低い。だけど僕は、高見さんはきっと気づいただろうと思った。


気まずい。恥ずかしい。

しかし高見さんは、元通り前を見て歩き出した。

ななみは律儀だった。高見さんとの距離が近づきそうになるたび、不器用そうに、しかしきちんと離れる。

僕は二人に、無言で非難されているように感じた。彼女を信用していないのか? と。

ウィンカーを出し、逃げるようにしてその場を離れる。今まで知らなかった自分の弱さを、どんなふうに受け止めたらいいのかよくわからなかった。

「幸せになって」●高見遥

ランチを終えて、車を走らせる。


今日の予定はショッピングと一応決めてはきたが、いざとなるとくだらないもののような気がした。


こじゃれた場所でそれっぽく時間を過ごすよりも、これが最後のチャンスなのだろうから、じっくり話したい。だけど、そんなことをして退屈だとか、自分のことばかり話したがる押しつけがましい男だと思われるのが怖い。


今まで体裁をとりつくろってきたが、一皮剥いた本性はこんなものなのだ。思わず苦笑してしまう。隣には以前とは雰囲気の変わった、僕の知っている西原さんより今はもう少しだけ向こうに行ってしまった彼女がいるから、よけい情けなくなる。


都心から一時間弱ほど車を走らせ、風に海の匂いがふわりと乗った街に着く。車を降りて歩いていると、とりとめもない空想――いや、妄想というべきか――がふと頭をよぎった。「いい加減にこっちを見ろよ」なんて言って、強引に抱きしめたい、そんな思いが風に乗ってどこかに消えていった。


美しく内装が整えられたショッピングモールの中で、彼女が高木くんのことばかり考えているのは明らかだった。雑貨を見てもファッションを見ても、そこから彼との生活を思い描いているのが伝わってくる。不器用なんだな、とも思う。気持ちが丸わかりだ。


だから、こんなふうに呟いてしまったのは、自分にとどめを刺すためだったのかもしれない。

「やっぱり西原さんのことがあきらめられないよ」


雑貨を手に取っていた西原さんは驚いた顔でこちらを振り向き、それから申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめんなさい」


僕は黙る。そう答えられるのはわかっていた。

「私はやっぱり、洋輔さん以外の人を好きになることはできません」

「いや、こちらこそ……ごめん。変なことを言って」


嫉妬とあきらめが、同じ速さで胸に広がっていった。


ショッピングモールの中をひととおり回ると、カフェに入った。


僕たちの間にはさっきからずっと暗い空気が漂っていた。いたたまれないが、こうなってしまっては僕にだってどうすることもできない。


それでも、最後に格好つけることはできたので、後悔はなかった。

「今日は会えてよかったよ。君にとっていちばん格好よく見える僕で、終わりたかった」


西原さんは僕のいうことをひとつひとつ丁寧に聞いてくれた。雰囲気は変わっても、本質の部分は変わらなかった。

都心に戻ると、高木くんが迎えに来た。

別れ際に、彼と握手をした。

「幸せになって」


最後の意地で二人の顔をしっかり見つめ、微笑んでやってから別れた。


家に帰ると、カミサマがいた。どうやって入ってきたのだろう。ソファーでくつろぎながら、書棚に入れていたデザイン関係の本を興味深そうに眺めていた。

「これでよかったのかな」


隣に腰かけた。


彼は本から目を離し、僕を見上げてにっこり笑った。

「最高だね」


立ち上がって本をもとあったところに戻し、ベランダに出ていく。振り向かない。

「今はつらいだろうけど、これからいい出会いがあるよ」


彼はベランダの影に、吸いこまれるように消えていった。

「我慢…… できないよ」●西原ななみ

家に着くなり、洋輔さんは私を後ろから抱きしめた。


洋輔さんの気持ちが乱れているのはわかっていた。でも、帰ってすぐにこんなふうにされるとは思っていなかった。理性的な人だから、なおさらだ。

「ななみが取られそうで不安だった。……戻ってきてくれてありがとう。もう絶対離さない」

耳もとに、熱い息と一緒に少し苦しげな声が届く。

洋輔さんはしばらくそのまま動かなかった。抱きしめる力の強さから、洋輔さんが本当に不安だったのが伝わってくるようだった。

私は腕の中で体を動かして、真正面を向いた。

彼の頬に向けて腕を伸ばす。

「洋輔さん、ありがとう……愛してる」


頬を手のひらで包み、背伸びをして自分からキスをする。心配してくれた感謝を伝えるには、言葉よりもこのほうがずっといい気がした。


高見さんに申し訳なく思う気持ちはまだ残っている。本当のことをいえば、もう少しそれに浸っていたかった。だけど私が今、幸せにしなきゃいけないのは洋輔さんだ。私は洋輔さんを選び、高見さんのことは選ばなかったのだから。何かを選ぶということは、人間をとても残酷にするものだ。


唇を開いて舌を入れようとすると、洋輔さんのほうが先に絡ませてきた。

「ん……はぁ……っ」

呼吸をすべて奪おうとするような、激しい舌づかい。体がどんどん熱くなっていく。

「ななみ、ななみ……っ」


洋輔さんの手が、服の上から体をまさぐる。服ごしでも感じてしまって、息が荒くなる。

「我慢……できないよ」


洋輔さんが唇を離して、私を改めてじっと見つめる。瞳に燃えている欲望に、ぞくっとした。


一緒にシャワーを浴びた私たちは、たまらなくなってバスルームの中でつながった。壁に手を突いて、後ろから愛される。

「は、あんっ……あっ」

「ななみの中、気持ちいい……きつくて……っ」


洋輔さんはいつもより激しく私を貫いた。いったんシャワーを止めたバスルームに、抜き差しするたびにぴちゃぴちゃと音が響く。腰を打ちつけながら、片手でくるおしく胸を揉みしだき、もう片方の手でクリトリスを刺激する。

硬くなったクリトリスを指先で優しく始まれたり、摘ままれたりすると、膝ががくがくした。

「だめだよ、ちゃんと立って……まだまだなんだから」

「だって……気持ちよくて、おかしくなっちゃう……からっ」

思わず座りこもうとする私を洋輔さんは抱えて、さらに攻める。

「あ、あぁ……そんなに激しくされたら……イっちゃう……っ!」


まだベッドでもないのに、私は、のぼりつめてしまった。

「どうすれば 戻ってくるの?」●西原ななみ

数日後、私と洋輔さんはカミサマに指定された場所に向かった。郊外にある、普段は立ち入り禁止になっているさびれた駐車場だ。

時間は夜だった。薄暗く寂しく、少し怖い雰囲気の中で二人で待っていると、高見さんとカミサマがやってきた。気のせいかもしれないけれど、少し見ない間に、何だかやけに親しくなっているように見えた。

高見さんはカミサマにいわれたとおり、私たちから離れ、何もない虚空に向かって目を閉じた。

しばらくは何も起こらなかった。


(ちょっと、何も起こらないなんて……私と高見さんのデートはいったい何のために……)

そんなふうに思いかけたときだ。

向こう側の空間がぐにゃりと曲がったように歪み、もうひとりの私の姿が見えた。

うぅん、私だけじゃない。加藤さんと、もうひとり知らない女性もいる。たぶんユリさんという人だろう。

お腹の中がねじれるような、味わったことのない感覚。体がかぁっと熱くなりひどいめまいがした。

「ななみっ」


隣にいた洋輔さんが私に手を伸ばす。私は必死でその手を握った。


あたりが真っ暗になる。何も見えない、真の闇。ただ洋輔さんの気配と手の感触だけがあった。


ふっと目の前が明るくなった。私たちはもといたところに倒れこんでいた。洋輔さんは気を失っていたけれど、きちんと息もしていたし、無事なようだった。もうひとりの私や、加藤さん、そしてユリさんも一緒だった。カミサマも。

私は慌てて高見さんの姿を探す。

……よかった、いた。倒れてはいたけれど、意識までは失っていなかったらしく、うなりながら上半身を起こしていた。

「成功だ」

カミサマによると、私ともうひとりの私は双子になった、正確にはこの世界では最初から双子として存在していたということだった。


だが、喜んだのも束の間のことだった。


最初は一時的に気を失っているだけだと思っていた洋輔さんが……目覚めないのだ。


カミサマによると、世界がひとつになった衝撃でこの状態に陥ってしまったらしい。

洋輔さんは入院を余儀なくされた。


「彼は君と出会い、君と時間を重ねるようになってから、価値観を揺さぶられたり、思わぬ弱さを突きつけられたりすることが多かった。あのデートの日もね。……彼は今、知らなかった自分を受け入れ、噛み砕き、消化しようとしている段階だったんだ。そんな彼に、世界がひとつになった衝撃は、僕が考えていたよりも強く作用した」


カミサマはカミサマなりに丁寧に説明しているつもりなのだろうけど、どういうことなのかさっぱりわからない。


私たちは洋輔さんの病室で会話をしていた。カミサマの姿は普通の人には見えないから、もし見つかったら不審がられるだろう。でも、そんなことは言っていられない。

「それってつまり、どういうことなの?」


「つまり……衝撃の影響で、彼は意識を閉じてしまったんだよ。彼の心は今、子供時代に舞い戻っているはずだ。楽しく、何にも悩まず、万能感に溢れていた子供時代にね」

荒唐無稽な話ではあったけれど、だからといって信じないわけにはいかない。だって、いきなり自分が双子になったりもしたのだ。何が起こったって信じるしかない。

「……どうすれば戻ってくるの?」

「力を貸そう。世界が分かれていたときの影響を、残したままにしておくわけにはいかない」

私はカミサマの力で洋輔さんの意識の中に入りこむことになった。

「子供時代の彼に会って、今あるべき自分の姿を思い出させること。それしか彼を目覚めさせる方法はない」


⇒【NEXT】私はがんばって笑って、一歩踏み出した。(パラレル・ラブ スストーリーB 〜洋輔編〜 シーズン11)

あらすじ

久しぶりに表れた神様の指示で、なんと高見とデートすることになったななみ。
それはななみにとって試練のようなもの…?!

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
poto
毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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