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キスしたくなるリップクリーム【vol.17】川奈まり子書き下ろしコラム〜恋する唇〜
キスしたくなるリップクリーム【vol.17】川奈まり子書き下ろしコラム〜恋する唇〜
十代の終わりに、初めての恋をした。
五月。その少年と私の上を春が足早に行き過ぎようとしていた。
実際あの日は夏のように暑かった。
私たちは渋谷から原宿へ向けて日照りの道をとぼとぼと歩いていた。
途中、面白半分にさまよいこんだ路地は行き止まりで、喉の渇きをいやそうと硬貨を入れたジュースの自販機は壊れていた。
二人して、なんとなく途方に暮れた。
目を見合わせたそのとき、そこに偶然に、廃墟となったビルがあった。
「入ってみよう」と彼が私を誘った。
封鎖されたガラス戸の横に、半地下となった駐車場の入り口がぽかりと口をあけていた。
奥が深い。
コンクリートに囲まれた広い空間は薄暗く、涼しげだった。
そこで、彼と私は初めてキスをした。
それ以上のことはなかった。というのも、その後まもなく彼が私を振ったから。
私は失恋し、これが男というものなのだと思い知らされた気持ちだった。
一方的に別れを告げる少年の冷たい瞳、ふいにそむけられた、その硬い横顔。
それらは、彼と交わした口づけの熱さ、激しさ、優しさと、悲しい対比をなした。
唇をつややかに彩ろう
女の唇をむさぼる情熱と、よく動く舌や粘膜のように濡れた欲望を持ちながら、実は少しも女を愛していないのが男なのだ。
そう私は決めつけた。
そうして、自分のことがつくづく可哀想になった。
しばらく泣き暮らした。
でも、それでも、彼のことが嫌いにはなれなかった。未練があったからだろう。
やがて、なにかにつけ、あのひとときの記憶を鮮明に心に蘇らせるようになった。
そのうち、記憶は美化された。
たとえば、いまや記憶の中の私の唇は健康なピンク色だ。
新鮮な薔薇の花びらのように。そして果実のような艶もある。おいしそうな、よい香りもする。
事実は、あのとき私はとっておきのリップクリームをつけていたという、ただそれだけのこと。
リップクリームを唇に塗った理由は、恋をしていたから。
ただそれだけのこと。
――正直いうと、今では、初恋の少年よりも恋をしていた私のほうが愛しい。
だから今日も、あの日と同じ心で唇をつややかに彩ろうと思うのだ。
誰のためでもなく、私自身の恋する心にキスをするために。