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上質な女とは?【残り香】


ひとしきり嘆き悲しんだ

薄情な男に惹かれるのは悪い癖だ。
それが、モテる男で、片想いにとどめておけばいいものを、うっかり恋愛をしてしまったとなると、最悪だ。

ほんの一週間前。

これで長年の悪い癖に別れを告げて、出来ることなら同棲とか、結婚とか、ひょっとしたら家庭を持つとか、そこまで人生のコマを進めてみたい――
と、そこまで思い決めていた恋人に、いともあっさり振られてしまった。
女を自分の家のベッドの上で振る男なんかに惚れていた私は、おそらく、天下一の馬鹿女なのだろう。

泣きながらブラのホックを留めていたら、彼は言った。

「そこ片づけるから、着替えるならバスルームでやってくんない?」

私はバスルームへ行った。
そこにある鏡に映る私自身の姿を見て、さらにみじめな気分になった。

うつくしく巻かれた髪。(抱かれた後だから少しほつれてるけど)
泣いても落ちないアイライン、その完璧な形。(このアイライナーとこの形に辿りつくまで、どんなに研究したことか)
ほぼ理想的といっていいクビレ。(ダイエットの成果だ)
それに、この香り…。
髪を撫でながら、「素敵な香りだね。香水?」と訊いてきたのは、ついこの間のことだというのに。

それ以来、私は独りで過ごすときにも、ヘアコロンはこれ、と決めていた。
それなのに、それなのに…。ひとしきり嘆き悲しんだ。

そして、一週間がたった。

上質な女

彼とは、幸い、あれから一度も擦れ違いもしない。

いつ擦れ違っても不思議はないのだが。と、いうのも、私の勤め先は彼のクライアントだから。
知り合ったのも社内のエレベーターだ。(あっちから先に声をかけてきたのに!)
こんなことはたくさんだ、と、つくづく思った。
だから、私は決心した。

違う自分になってやる、と。

さらに三週間が過ぎた。
昨日、会社の廊下で彼と遭遇した。彼は驚いた顔をした。私を振り返ったみたいだ。
夜遅く、メールが届いた。
《また会ってくれる?》ですって。
《本当に好きだったってことに今さら気がついた。僕の枕はまだ、あの香りがする》

私は努力をして、前より綺麗になっている。
外見だけじゃなく、休んでいた英会話も再開したし、前から興味のあった会計の勉強も始めた。

変えていないのは、そう、ヘアコロンぐらいのものだ…。
切ない想いが今日も香る。
それを深く吸い込んで、私は心を強くする。

もっと綺麗になろう。
彼が、メールなんか打てなくなるくらい、上質な女になろう。
想い出を振り払おうと強く頭を振ると、髪から香りが舞い散った――

それは、思いがけないほど、清々しく爽やかな香りなのだった。

あらすじ

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