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官能小説 恋欠女子とバーチャル男子 Story11〜マンネリ〜


チカが打ち明けた悩み

付き合って7年。
結婚や同棲も考えながら、転職や家族の介護などの事情で実現できていません。

最近やっと落ち着いてきたのですが、今後は私たちがマンネリに…。
実家住まいの彼が週に1度私の家に来て、おしゃべりしてエッチして…というお付き合いがずっと続いています。

お互い仕事が忙しく、デートも年に1回程度。
こんな日々を変えるには、どうしたらいいでしょうか。

***

彼女の悩みにアイはどう答える…!?

彼とはずっとこのまま……?

背中が壁に当たっている。

 その体勢で、「彼」はじっとこちらを見つめてきた。

 片側を壁、そしてもう片側は「彼」の腕に阻まれているので、逃げることができない。

 この体勢って何ていうんだっけ。
ええと……そう、確か「壁ドン」……?

まさか自分がこんなシチュエーションを経験することになるなんて、予想もしていなかった。
付き合っている彼とはすっかりマンネリで、もう、こんなふうに迫られることもないと思っていたから。

「なあ、今の彼氏とはもう終わりにしてさ、いっそ、俺と付き合わない?」

「彼」のメガネの向こうの目は、丁寧に描いたみたいに整った形をしている。
くっきりとした二重なんて、とくに。

その奥のまなざしは、何かが燃えているような熱を帯びている。
気を抜いたら、その熱でやけどをしてしまいそうだった。でもきっとそれは熱くも苦しくもない。
それどころか、体がとろけるような恍惚をもたらしてくれるだろう。

 そんな予感があったからこそ、私は「彼」を見ないように目を固く閉じた。
このままでは危険だ。私が好きなのは、彼氏だ。今、付き合っている相手。目の前の「彼」じゃない。

そりゃあマンネリ気味だけれど、だからといって好きじゃないわけじゃない。
いっとき心がぐらつくぐらいは人間だからしょうがないとしても、このまま流されたくはない。

「な、いいだろ?」

 耳元で低い声が囁かれる。耳を羽毛で優しく撫でるような、しっとりとした男の声だった。ぞくっと体が震える。
こんなに間近で男の人の声を聞いたのは久しぶりだった。彼からは長い間、こんなふうに囁いてもらっていない。
私のほうも、そういう雰囲気に持っていこうとする努力をしていない。

「やめて……っ!」

「彼」を押しのけようとする。

だが私の手は、何もない宙をむなしく押しただけだった。

閉じていた目を開く。

そこには確かに「彼」がいた。

「あのさ、『使用説明』の欄にあっただろ?」

「彼」は私の顔にさらに顔を近づける。
「ひゃっ」と声をあげて逃げようとしたが、後ろが壁だったことを忘れて頭をぶつけた。

 あ、やばい。キスされちゃう……!
 だが、彼の顔はその寸前で止まった。

「な、何が?」もつれる舌で尋ねる。

「俺たち『アイ』はホログラムのようなもので、実体があるわけじゃないんだっていう説明が」

「彼」はいったん顔を遠ざけると、にっと笑った。
その笑顔は、子猫と遊んでやろうとするような余裕めいたものだった。

 そうだった、と、さっき読んだばかりのアプリの説明を思い出す。
壁ドンからも、逃げようとすれば逃げられたのだ。

 すっかり混乱していた自分が情けなくなった。

「よしよし、まあ、彼氏のことは十分愛しているみたいだな。その気持ちさえあれば、大抵のことは乗り越えていけるよ」

「彼」はくくっと喉を鳴らして笑った。

これが、私の前に出てきたアイだった。

***

 数日後、彼氏に会った。
「彼」つまりアイではなく、付き合っている彼氏。

 彼氏はいつものように――そう、今まで何年もとまったく同じように週末に家に遊びに来た。

 お互い実家は近いが一人暮らしなので、私が彼の家に行ってもいいのだが、いつの間にか会うときには彼が私の家に来る形が定着していた。

 これもまたいつものように、私が料理をして、食事をして、彼が片づける。
その後はソファーに座ってテレビを見て、面白い番組が見当たらなくなったところでお風呂に入って、それからベッドに行ってセックスをして……。

 これまでも何度となく繰り返してきたルーティンを、今日もなぞった。

 その過程の中で何度か、私は、数日前にアイに対して持ったようなときめきを感じてみようとした。
ときめきなんて、努力して感じられるものではないとわかっている。でも何とかして、彼のどこかから見つけ出したかった。
彼よりもアイにときめいてしまったことに罪悪感もあった。

 昔は彼の表情や、クセや、体のかたちや、声といったいろんな部分にときめいていた。
ううん、一緒にいるだけでときめいた。今は好きだな、一緒にいられてうれしいなと感じはしても、昔みたいに心が高鳴るようなことはない。
心臓が強い脈の打ち方を忘れてしまったみたいだ。

 エッチも、お互いの気持ちいいところがすっかりわかっていた。
私は彼の指や舌で簡単にイクし、どんな体勢で受け入れれば彼がイクのかもすぐにわかる。
挿入のときのちょっとした角度の違いでまったく感じ方が違うなんてことまで、自分のことみたいにわかる。

 エッチが終わると、すぐに彼の寝息が聞こえてきた。

(彼とはずっとこのままなのかもしれない)

 それでもいいかという思いと、それじゃいやだなという思いを交錯させながら、私も眠りに落ちていった。

***

「まあマンネリなんて、ある程度は仕方ないものだよね」

 彼が帰った後に現れたアイはしれっと言った。

「ときめくのは大事だよ。もちろんあったほうがいい。でも恋愛に限らず、付き合いが長くなればどうしたって感覚は変わる。俺はさ、マンネリってむしろ歓迎するべきものだと思ってるんだけどね」
「歓迎?」

 私は尋ねた。浮かない表情の自分がアイのメガネに写っている。
どういう技術なんだろう。

「そう。これも恋愛に限らず、人間はいつまでも同じステージで足踏みを続けるわけにはいかない。マンネリは、次のステージにそろそろ進めっていう合図なんだ。今のお前たちは、人生において、より深い段階での付き合いが必要なっているんじゃないかな」
「……結婚とか?」

 私はずっと頭の隅にあったことを口にしてみた。

 そろそろ、そういう話が出てもおかしくはないと思いながら何年も経つ。最近では、気づかないうちにいつの間にかタイミングを逃してしまったのではないかという不安も出てきた。

「そういう、形や関係性の変化も含めて、かな。べつにそれだけに限ったことじゃない。愛情が安定したからこそ、進んでいけるところがある。それはカップルによって違う」
「うーん……」

「明日の仕事帰りに本屋でも行ってみるか。悩んでいるばかりだとドツボにはまって、考え方がどんどん後ろ向きになる。何か新しい趣味や、興味を持てるものを探して没頭すれば自然と視野が広くなって、道があっさり開けたりもするもんだ。家族の介護や仕事で大変だったのが落ち着いて、いきなり心に余裕ができたから、必要以上に悩みすぎているのかもしれないし。余裕があるというのも、いいことばかりじゃないんだよ」
「そう……だね」

 今ひとつ釈然としないながらも、うなずいた。

***

 翌日、地元でいちばん大きな駅に隣接した本屋に行った。

 アイも実体化してついてきてくれた。
相談できる相手がいるのはありがたかった。

 二人で並んで、棚と棚の間をとくに探すあてもなくうろうろと回る。
一緒に歩いているとデートのようだ。そういえば彼氏とは、もうずいぶんデートなんてしていない。

「私、あまりお給料がいいわけじゃないし、あんまりお金がかからないことがいいなあ。あとは、ゆくゆくは資格とかにもつながりそうなものだったら一石二鳥かも」
「じゃあ、いっそ最初に資格のコーナーに行ってみるか」

 上の階に続くエレベーターに乗ろうとしたとき、私は何ものかの視線を感じて立ち止まった。

「おい、急に止まるなって。迷惑だろ」

 後ろからアイに叱られ、慌てて脇に避ける。

「いったい何だよ」

 アイは私の視線を追って、その先にあったのが何かわかると顔をこわばらせた。

 大きなガラス窓の外に彼氏がいて、じっとこちらを見つめていた。

 考えるより先に足が動く。

「待って……違うの」

 エレベーターから離れて新刊売り場コーナーを抜け、出入り口を飛び出して彼の姿を探した。

 だが、その姿はもうどこにもない。
大きな川のような、知らない人たちの流れが目の前を通り過ぎていくだけだ。

 私は呆然と立ち尽くした。
アイは触れられないだけで、どんな人でも見ることはできる。
私とアイが一緒にいるところ見た彼は、何を思っただろうか。

 いても立ってもいられず、その場で彼にメールを送った。

『今、一緒に本屋にいたのはただの友達だから! 会社に新しく入ってきた人なんだ。誤解しないで』

 アイがいる「本当の理由」はいえなかった。
マンネリに悩んでいたなんて、とても。

お前じゃないとだめだ

俺は、自分がどこに向かおうとしているのかよくわかっていなかった。

 ただ、混乱していた。

『あれはただの友達』――そんなメールを受け取ったが、返信もできなかった。

ただの友達なんだとは、どうしても信じられなかった。
チカは相手を信頼しきったような表情をしていた。
久しぶりに彼女のあんな顔を見たような気がする。

 俺はチカが好きなんだ……頭の中で、何度もそう思い返した。
わかっていたはずのことなのに、最近、あまりにも言葉にして、意識していなかった。

 このところ、マンネリを感じていたことは確かだ。
いや、このところなんてもんじゃない。
たぶんもう、何年も。

 それでも、好きなことには変わらなかった。

 とはいえその気持ちも、本当に好きだと感じているのか、年月を重ねたゆえの「情」なのか、今ひとつ判然としないところがある。

(そんな気持ちでいつまでも一緒にいるべきじゃないのかな。ひょっとして俺たち、もう潮時なのかも……)

 いつもの2倍以上の時間をかけて帰宅したときには、そんな考えすら芽生えかけていた。

***

 春に退職した上司を囲む飲み会が開かれたのは、その数日後だった。
彼はすでに出社はしていなかったが、たくさんの社員が彼に直接お礼を述べたいという希望を聞いていたら、退職後のこの時期になってしまった。
人望のある人なのだ。上司も上司で気がいいものだから、いやな顔もせずに出てきてくれた。

 彼は新入社員時代に俺にいろいろと仕事を教えてくれた人だった。
営業で同じエリアを回っていて、慣れずにヘマを繰り返す俺に根気強くやり方を教えてくれた。
失敗をかぶってもらったこともある。

 彼は今、65歳。すでに頭髪の半分以上白くなっている。

 会場となった中華料理屋に皆が集まると、幹事役の先輩が上司に挨拶を促した。

「大したこともしてこなかったのに、こんなに大勢の人に集まってもらって恐縮です。退職して早1ヶ月が過ぎましたが、のんびりした暮らしにまだ慣れられません。でも、妻と一緒にいられる時間が増えたのはうれしいですね」

 見慣れない私服姿の彼は、皆の顔を見渡しながらにこやかに話す。

妻と一緒にいられるのがうれしいって?
 私は、そこに引っかかってしまった。

確か彼は20代後半にお見合いで結婚したと言っていた。
ということは連れ添って約40年。
そんなに経っても、まだ一緒にいられることをうれしいと思うのだろうか。
俺とチカなんて、数年でマンネリを感じているのというのに。

参加者たちはグラスを片手に上司のいる席に行って、思い思いの言葉でこれまでの礼を言った。
その列がやっと途切れ、やっと彼の前に座ることができた。

「なんだか浮かない顔をしているね」

 少し仕事の話をした後、彼はすぐに見抜いた。

「じつは……」

 俺は自分の悩みを口にした。チカとのマンネリのことだ。
彼には不思議に、何でも打ち明けることができた。
結局、最後まで甘えている。

「もう潮時なのかなと思う反面、やっぱり別れたくなくて……どうしたらいいんでしょうか」
「よかったじゃないか」

 意外すぎる返答に、俺は息をのんだ。
ひょっとして正しく伝わらなかったのだろうか。

 そうではなかった。

「マンネリを感じてもなお別れたくないと思うほどの相手と出会えたのは幸せなことだ。マンネリは、いいことだよ。相手にときめきを感じるだけが恋愛じゃない。恋愛にはいろんな段階があっていいんだ。情で別れたくないというのなら、それでもいいじゃないか。そういう段階なんだよ。今は二人にとって、飛躍のときなんだろう。安定した上で、これまでとは違うステージを目指すときだ。……なんて言ったら、余計悩ませてしまうかもしれないね。あまり気負いすぎないよう、適度に気分転換をしながらほどほどに考えてみたらどうかな」

 聞き終わる頃には、涙が出そうになっていた。

 マンネリはいいこと。そんな見方があるなんて、思ってもみなかった。

「……ありがとうございます」

 泣きそうで喉が絞られるようで、うまく声が出なかったが、何とかお礼を口にした。

 上司の言ったことと、チカが俺とのことを相談していたというアプリが出した答えが似たものだったというのを知ったのは、ずいぶん後のことだった。

***

 その夜のうちに、チカにメールを送った。

 まずはすぐに返事をしなかったことを謝り、それから、本屋で男と一緒にいたことに動揺したと素直に伝えた。

『俺はチカとこれからもずっと一緒にいたいから、つい焦ってしまって……ごめん。チカが友達だというのなら信じる』

 すぐに返事が来た。

 早く会いたいと言ってくれた。

 俺も、すぐにでも会いたかった。

『ちょっとだけでも会えないかな。1時間ぐらいでもいい。仕事を早く終わらせるから、明日の夜とか……』

 即答でOKだった。

***

 私たちはどちらからともなく、お互いマンネリを感じていたことを正直に打ち明けた。

 そして、それが別れたいという願望には決してつながらない気持ちも確認しあった。

「俺たち、今までとは違う付き合い方があると思うんだ」

「イメージチェンジが、相手のいいところを見なおすきっかけになるって言うよね。とはいっても自分で考えるイメージチェンジって、どうしても殻を破れないと思う。だからお互いが『こうしたらいいんじゃないか』っていう案を出し合ってみるのはどうかな。受け入れづらいこともあるだろうから、ひとつじゃなくていくつか出すの。そのうちのひとつやふたつだったら実行できるんじゃないかな」

 私は提案した。じつはアイの案だ。
自分ではなく相手について考えることで、今まで見えなかったものが見えてくるのではないか。
アイはそう考えていた。

 彼は二つ返事で賛成してくれた。

「やってみよう。宿題にしようか。期限をつくらないと何となく先延ばしにしそうだから、来週末ぐらいまでに」
「あまりお金はかけないようにしようね」

「あとは、普段の生活に負担にならないもので」

 いろんなルールを付け足していく。

 それから一ヶ月後。

 無理のない範囲でお互い相手の希望するイメージチェンジに挑戦した結果、私は髪を短く切った。

彼はコンタクトをやめて、メガネにした。

 彼にどんなイメージチェンジをしてほしいのか頭を悩ませていたときに、アイに言われたのだ。
「お前、いい加減に自分がメガネフェチだって気付けよ」と。
メガネごしにじっと見つめられて真っ赤になった私は、否定できなかった。

メガネをかけた彼は、ストライク以外の何ものでもなかった。
こんな魅力があった人だったなんて、知らなかった。
私は今まで彼の何を見ていたのだろうとまで思った。

マンネリのままでもいいと思いつつ、図らずも新しい魅力を発見してしまった。
何年付き合っても、気づかないことはあるのだ。
これから彼と年を重ねるのが、少し楽しみになった。また何年後かに、こういう発見ができるのかもしれない。

イメージチェンジが終わると、最近はあまり特別なことをしていなかったから、一度日帰りでもいいから近場の温泉にでも行こうかという話になった。

温泉に行く日の朝、アイは壁ドンで、「じゃあな」と囁いて消えた。
悲しかったけれど、もうドキドキはしなかった。

 日帰りではあったが、いや、日帰りだったからこそ、旅館は心から満足できそうなところを選んだ。

 温泉に入った後に部屋でビールを飲んだり、マッサージをしあったりする。
久しぶりに二人の間にゆっくりとした時間が流れた。

 マッサージをしているうちに、体の中に何か、熱くて甘いものが湧きだしてくるのがわかった。

 彼はマッサージをしていた私の手を取って、少し強引に自分のほうに引き寄せた。
あっと声を上げる間もなく、唇を唇でふさがれる。

「ん……っ」

キスする2人

 舌の動きがいつもより激しい。
同時に浴衣の紐を解かれた。

 前がぱっと開いた浴衣が肩から滑り落ち、下着だけの姿になる。

「すごくドキドキしてる。やっぱりお前じゃないとだめだ」

 耳元で囁かれる。
それだけなのに感じてしまって、吐息が漏れた。

ブラのホックをはずされ、胸の先を優しく舐められる。

「あん……っ」

 彼の手は、下着ごしにあそこを刺激している。
形に撫でられているうちに、じゅわりと熱い蜜が溢れ出すのがわかった。

「私も……あなたじゃなきゃだめ」

 溶けていきそうな思いで、私も囁いた。

***

メガネをかけた彼は、今まで童顔だったのが落ち着いて見られるようになったそうだった。
仕事でも「信頼できるように見える」といわれるようになったらしい。
つい先日も、会社にとって重要な商談をひとつまかされたそうだ。

「お前のアドバイスのおかげだよ。俺のこと、わかってくれてるよな〜。やっぱりお前が大好きだよ」

 彼は最近、口癖のようにそう言う。

「今はただの恋愛相手じゃなくて、人生の同志って感じだよな」

 私が彼からプロポーズされたのは、その3ヶ月後だった。

END

⇒【NEXT】感じやすい体になると、確かに彼は喜んでくれた。(恋欠女子とバーチャル男子 Story12〜パートナーとの性の相性〜)

あらすじ

チカと彼はマンネリが続いている。
そこへ現れたアイ。

彼の力を借りて2人は新たな一歩を踏み出し…!?

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
poto
毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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