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官能小説 恋欠女子とバーチャル男子 Story15〜コンプレックス〜


ルリが打ち明けた悩み

胸が小さく子供っぽい体型なので、体のラインが強調される服や水着、大人っぽい服が着られません。

しかも顔が童顔で、いまだに学生に間違われることも…

もっと色気のある大人っぽい女性になるにはどうしたらいいでしょうか。

***

彼女の悩みにアイはどう答える…!?

一緒に探っていこう

 買い物を終えて駅に戻ると、大学生のバイトらしい男の子にティッシュを渡された。

「学生さんだけの割引を行っています」

 突き返すのも悪くて、つい受け取ってしまう。
見ると、スマホの優待券だった。

(学生さん、かあ……やっぱりそう見えるよね)

肩を落としつつ、駅の構内に入る。

胸が小さく、子供っぽい体型であることが私、ルリの悩みだ。
おまけに童顔だから、20代後半という年齢ながらも、いまだに学生と間違えられたりする。

今日は、休日を利用して、秋物の服を探しにきた。
体のラインが出るような大人っぽい服にもうずっと憧れている反面、買ったのは結局これまでと同じような、ダボっとしたシルエットの服ばかり。

いいなと思う服は何着かあったが、
(私にはとても着こなせないよね)
 と、試着もせずに諦めてしまった。

 電車に乗りこむと、同じ車両に顔だけは知っている女子大学生が乗っていた。
私は大学の事務課で、施設管理係の仕事をしている。
このあたりはその大学の学生がたくさん住んでいるので、偶然会うのはおかしなことではない。

(なんだか華があるなあ。キレイで大人っぽいし)

 見るともなく見て、ひそかに溜息をついてしまう。

 大学にはほかにも大人っぽい女の子がたくさんいる。
彼女たちはまだせいぜい二十代前半。

(それに比べて私は……)

 こんなんじゃ、気になる相手に振り向いてもらえないのも仕方ないかもしれない。
もしかしたら女性として認識されてもいないんじゃないだろうか。

 私が気になっているのは、同じ職場の先輩、熊崎 拓人(くまざき たくと)さん。
就職係で働いていて、学生たちからの信頼も厚い。

(キレイで大人っぽい大学生ばかり見ていたら、そりゃあ私みたいな子供っぽいのなんて、目に入らなくて当然だろうな)

今日服を買いに行ったのは、じつは、学生たちの夏休みが終わって事務課が忙しくなる前に、みんなで日帰りでバーベキューに行こうという話になったからだった。

普段から私服勤務の仕事とはいえ、「特別な日のお出かけ」なのだから、多少はオシャレをしていきたい。
結局、いつもと同じような服しか買わなかったけど……。

ふと、近くに座っている女の子たちが話す声が聞こえてきた。
表情や髪形、服装などからして、高校生か大学生ぐらいに見える。

「知ってる? 最近、『アイ』ってアプリが人気なんだって」
「へ〜。どんなの?」

「AIっていうの? 人工知能で動いていて、その人の悩みについてアドバイスをくれるらしいの。リアルなホログラムが出てきて、それがホンモノの男の子みたいにイケメンなんだって」
「乙女ゲームみたいなもの?」

「うーん……私もそんなによくわからないんだけど。でも、それで恋の悩みが解消できたって人も結構いるらしいよ。無料でダウンロードできるらしいし、試してみようかなって思ってる」

(アイ、か。何だかおもしろそう)

いつの間にか、私はその会話に耳を傾けていた。

人工知能との会話で悩みが解消できるなんて、なんだか私の理解を超えてしまうけれど、無料というのならちょっとぐらい試してみてもいいかもしれない。

 家に着くと、私はさっそく検索して、ダウンロードした。

 私の前に出てきたアイは、無造作にかぶったストローハットに半袖の白いシャツ、それにハーフパンツといういでたちだった。
かすかに日焼けもしている。夏全開! というイメージだ。

「もう夏も終わりだから、こういう格好も悪くないんじゃないかなって」

 若々しく見える格好だが、声はいかにも落ち着いている。
よく見ると表情にも浮ついたところがなくて、服装よりはずっと大人びていた。

(本当にリアルなんだなあ)
 と、内心でドキドキしてしまう。

 悩みを尋ねられて、私は素直に話した。 相手が人間ではないと思うと、それほど気負わずに打ち明けることができた。

「俺、思うんだけど……顔だちや体型は変えられないとしても、雰囲気で『色気』や『大人っぽさ』はつくれると思うんだ」
「そう、かなあ」

 雰囲気という発想はなかった。
今まで胸の大きさや顔だちといった「具体的」なところばかり見ていた。
だから、もう変えようがないんだと思っていた。

「雰囲気をつくるんだったら、そのままのルリさんの体型や顔立ちも活かせる。今のルリさんをより魅力的に見せられるように、一緒に探っていこう」
「わかった、やってみる」

 とりあえず方向性が決まり、アイが提案してくれたのは、美容院やメイクをしてくれるところに行って、自分の魅力はどこかプロの目で見てもらって、教えてもらうことだった。

「えっ、そんなの恥ずかしいよ」
「べつに照れることでもないでしょ。そういうのを見つけるのも相手の仕事なんだし。普通に仕事してもらうだけじゃない」

 そう言われると、気にしすぎだとも思えてくる。

「いきなりガラっと変えるのは精神的にも負担だろうし、いちばん魅力的に見える部分を中心に少しずつイメージチェンジしていくのがいいと思うな」

 迷いはあったけれど、せっかくのアドバイスだ。
そろそろ髪を切りたいと思っていたこともあって、美容院に予約を入れた。
メイクについては、デパートの化粧品カウンターに行くことにした。

***

「唇が印象的ですよね。ほどよくぽってりしていて、グロスをうまく使ったらすごく色っぽくなりそう」

 美容院で、美容師に勧められるままに髪を思いきってセミロングにした帰り、化粧品カウンターでそう言ってもらえた。

 唇なんて、自分ではそんなに意識したことはない。
むしろ厚めでイヤだなと思っていたぐらいだ。

「はい。童顔だっておっしゃいますけど、唇でだいぶ印象が変わると思いますよ。試してみますか」

 促されて、おすすめのグロスを塗ってもらった。

(本当だ……)

 ちょっと濃いめのピンクの、自分だったら絶対に選ばなかったであろうグロス。
鏡には、少女の清純さも残した大人の女性が映っていた。

「それから、眉毛の形を変えても印象が変わると思います」

 そちらも試してみたけれど、いきなりいろいろ変えるのはやっぱりちょっと怖い。
アイがアドバイスしてくれた通り、できるところから少しずつ変えていきたい。
結局、グロスだけを買って帰ってきた。

「おお、いいじゃん!」

 家に着くと、アイはキラキラした笑顔で迎えてくれた。私のまわりをぐるぐる歩きながら、
「あとは、言葉遣いや立ち居振る舞いを意識するだけでも雰囲気がだいぶ変わるよ。余裕があるのなら日舞や茶道を習ってもいいかも……」
などと、以前は言わなかったことも言ってくれる。

自分が新しい魅力を得たことでアイの新しいアドバイスも引き出せたのだと思うと、ちょっと嬉しい。

「コンプレックスを活かすってすぐには難しいと思うけど、背が小さいからこそヒールの高い靴も似合うと思うんだ。ファッションは靴を中心に考えてみてもいいかもね。胸がないというのなら、腰のくびれを見せられる服を探すとかもいいかも。少しずつ試しているうちに、今まではいやだったけど活かしてもいいと思えるようになる部分だとか、やっぱり活かしたくない部分だとか、自分の中でもいろいろ見えてくると思う。そうしてルリさんだけの色気を見つけていけばいいよ。あ、それから……」

 アイはスマホで、あるサイトにアクセスした。

「これだけは絶対オススメしておきたいってものがあるんだけど……」

本当にこうなるといいな

「香水自体、その人の雰囲気やイメージを変えるものだけど、これはとくにオススメ」

 アイが教えてくれたのは、「リビドー」というシリーズの香水だった。

「この香水には、フェロモンと似た成分が配合されているんだよ。だから気になる男性以外の前では使わないほうがいい、なんて言われてる」
「まさか、そんな香水が……」

 正直、半信半疑だったが、自分に似合う香水はほしいと思っていた。今まで何種類か試したものの、どうしてもしっくりこなくて何となく敬遠していたのだ。

(髪型も変えたし、ちょうどいいタイミングなのかも)

 リビドーは何種類かあったが、いちばん定番の「ベリーロゼ」を選んでサイトから注文した。

 数日後に届いた「リビドー ベリーロゼ」をつけてみると、フェロモンだとか関係なく好みの香りだった。甘いのに清潔感があって、季節に関係なく使えそうだ。

「今のメイクにも似合ってる」

 アイが言ってくれる。

 髪型を変えて、ほんの少しメイクを変えて、新しい香水をつけてみた。それだけなのに、鏡の前に立った私は、何だか別人のように見えた。

「最初の一歩を踏み出せたのがよかったんだよ」

 アイは後ろから、私の心の中を読んだかのような声をかけた。

「僕のアドバイスを聞いてくれて、美容院やメイクカウンターに行ってみようと決心できたことが。あそこで躊躇していたら、きっと何も変わらなかった。最初の一歩さえ出せば、二歩目、三歩目も続けられるんだ」

 あ、それと、と思い出したように付け足す。

「もうひとつ、きれいになれる特別な魔法があるんだけど」
「魔法?」

「そう。気になっている彼とどんなふうになりたいのか、妄想して」
「も、妄想っ?」

 その言葉で、普段こっそりしているよからぬ想像がモヤモヤと頭の中に現れる。それは、まさに妄想だった。

「な、なんでそんなことを……」

 どちらかというと、そんなこと、あまり考えないほうがいいのかなと思っていた。いざ熊崎さんと会ったら、癖で顔がニヤけてしまいそうで。

 でも、
「妄想って、イメージトレーニングみたいなものだから! 妄想の中の自分って、理想形になってるでしょ。自分の理想の自分をそういうのを自覚しておくのも大事なんだよ」
 と力説されると、納得してしまった。

(妄想……ね)

 人から言われてするのは恥ずかしいと思いつつ、その日から私はそれまで以上に積極的に妄想するようになった。シャワーを浴びている最中や眠る前、信号待ちの間……。

(バーベキューをきっかけに二人だけで出かけて、それから付き合うようになって……あー、告白はロマンチックな場所がいいなあ。海を見ながら、とか。初めてのエッチは、やっぱりどっちかの部屋かなあ)

 妄想の中の自分は、熊崎さんに目一杯愛されてキラキラしている。

(いつか本当にこうなるといいな)

 鏡の前で私は、その日を夢見て笑顔をつくってみた。

***

 バーベキューの日がやってきた。

「えっ、これだけ?」

 その日、待ち合わせ場所に集まった人たちを前にして、熊崎さんが声を裏返らせる。

 病欠や家族の体調不良などでドタキャンが相次ぎ、10人いたはずの参加者は4名になっていた。
私、熊崎さん、それにカップルの二人だ。

(ひょっとしてこれって、チャンスじゃ……)

 ちょっと前だったら、熊崎さんにイヤが応にも気にされることが、むしろ怖かっただろう。

でも、今は大丈夫。

(完璧には遠いけど、ちょっと前よりはキレイになれているはず)

 食品の買い出しでも、バーベキュー場での支度でも、怖じずに前に出ることができた。
まあ、人があまりにも少なくて前に出ざるをえなかったというのもあるけど。

 でも、頑張った甲斐はあった。熊崎さんからは、
「ちょっと子供っぽいイメージがあったけど、ぜんぜんそんなことないね。行動力もあるし」
 なんて言ってもらえた。

「子供っぽい」というのを払拭できただけでも進歩だ。

(この調子、この調子。一歩目を踏み出せたんだから、二歩目も三歩目もいけるはず)

 アイの言葉を思い出して、私は心の中で自分を励ました。
いきなり恋人になることはできなくても、こうやって少しずつ進んで、魅力的な女性だと思ってもらえるようになりたい。

 結局、途中から小雨が降り出してきて、夕方を待たずに解散した。
カップルが帰ってしまうと、私たちは二人だけになってしまった。

「残念だね。ちょっとお茶でも飲んで帰ろうか」

 熊崎さんが誘ってくれる。

「いいですね。あ、私、行ってみたかったお店があるんです」

 私は悩まずに答えた。

 このときに一緒にお茶をしたのがきっかけで、私たちはその後も二人でよく会うようになり、数ヶ月後には付き合うようになる。

***

 今の私も、胸は小さいままだし、すっぴんになればやっぱり童顔だ。

 それでも昔に比べると大人びたと自分でも思う。
もう学生と間違えられるようなことはない。

 彼――拓人と付き合うようになってからも、私は何かとアイに相談をしていた。
どうしたらもっとキレイになれるか意見を聞いて、スマホで似合いそうな服や髪形を探す。

「今度はパーマをかけようかなって思うんだけど」
「いいんじゃない。ボリュームが出る分、アイメイクを少し濃いめにしてもいいかも」

 昔よりも、私は変わることや挑戦することを怖がらなくなった。
結果、どうしても受け入れられないとあきらめたコンプレックスもあるけれど、それはそれで自分のことが理解できて生きやすくなった。

本当にいやなら、受け入れる必要なんてない。
ひたすら逃げているうちに、新しい道が見つかるものだ。

 全部を手に入れたわけじゃない。
完全に理想通りになれたわけじゃない。
でも前よりもずっと、自分のことが好きになれた。

 美容院の帰りに、拓人と会った。
今日は週末なので、彼の部屋で朝までDVDを見る予定だ。

「髪、触っていい?」

 部屋に入ると、拓人は私の肩を抱いて自分のほうに引き寄せた。

(もう。返事してないのに……)
 とこっそり苦笑する反面、そんなふうに性急に求められるのが嬉しい。

肩を寄せ合うふたり

 数ヶ月前には妄想だったことも、もういくつかは叶っていた。
自分に関することも、拓人とのことも。

告白は、海辺の高台のレストランでしてもらった。
ロマンチックなひとときだった。

「やっぱりルリ、いい香りがする。俺、ルリの香り大好き」

 香水は相変わらずリビドーを使っている。
何だかんだで拓人には「届いて」いるようで、つけているといつもよりエッチが激しくなる気がする。

 それからしばらくして、アイは消えた。
秋も深まった頃だった。

「もう、僕の役目は終わったからね」
 と、少しずつ透明になっていった。
あとはもう、アプリを起動させることができなくなった。

「あなたはあなたのままで、すでに魅力的なんだ。足りないものを満たすんじゃなくて、もっと魅力的になるつもりで生きていけばいい」

 それが最後のアドバイスだった。
彼には内緒で、私は少しだけ泣いた。

END

あらすじ

子供っぽい顔立ちと体型に悩むルリ。
20代後半でも学生に間違われてしまう。

そんな彼女がアイと出会い、コンプレックスを克服していく…

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
poto
毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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