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官能小説 恋欠女子とバーチャル男子 Story08〜結婚願望〜


亜梨が打ち明けた悩み

結婚にあこがれはするものの、幼少時からの病気で社会に出ることなく時間が過ぎてしまいました。

婚活パーティーに行ってはみたものの、自信がなくて女性とおしゃべりして過ごしてしまいました。

学校も趣味のサークルも体調不良で休みがちになり、人間関係自体が築けないコンプレックスがあります。

どうしたらいいのか……
人生の岐路に立っています。

***

彼女の悩みにアイはどう答える…!?

頑張りすぎないで下さいね

私、葛城亜梨の前に出てきたアイは、一見女の子と見間違えそうなタイプだった。
小柄で、顔の部品もこじんまりと整っているというよりはかわいらし。色白の肌と猫っ毛の髪。

内面もその見た目そのままで、小さめの声でおっとりと喋った。

あんまり自分を追いこんじゃだめですよ〜」

ふにゃっとした笑顔からは、マシュマロや綿菓子みたいな甘さを感じた。

 が、話す内容は意外としっかりしていた。

「できることから始めればいいんですよ。もしできなかったとしても、それで自分の立ち位置がわかるし、無駄にはならないと思います」
「うーん……」

私は首をひねった。言うことはわかるが、そもそも自分に「できること」の検討がつかない。

「たとえば……」

 アイは口元に指先をあてて考えた。
こんなしぐさも女の子みたいだ。

「今までとは違う目的で、婚活パーティに参加しなおしてみるというのはどうでしょうか」
「違う目的?」

 婚活パーティは、婚活のために行くところだろう。
それ以外に何の目的があるのだろうか。

「彼氏や結婚相手を見つけようとするだけじゃなくて、『場に慣れる』ことも目的にしてもいいと思うんです。彼氏や結婚相手が見つかればラッキーというぐらいの気持ちで、もっと気楽に……。婚活パーティって、一口に言ってもいろいろありますよね。まずは知り合いを増やすことから始めましょうというような、ライトな雰囲気のパーティを選べば相手にも失礼にならないと思いますし」
「慣れる、かぁ……」

 考えてもいなかった答えだった。
自分ひとりだったら絶対に出てこなかったアイディアだ。

「うん、亜梨さんに今必要なことは、経験を増やすことだと思います。慣れや余裕って、経験することで出てくるところもありますから」
「そう、かもね」

 納得はできる。納得できたのなら、行動してみるべきなのだろう。

私はさっそく、アイと一緒に「場に慣れる」を目的に参加できそうな婚活パーティを探し、申し込んだ。

***

 同じ行動をするのでも、目的が変わると気分も変わる。

「彼氏を探さないといけない」「結婚につながるような出会いをしなくてはいけない」から、「とりあえず場の空気に慣れよう」「楽しく話をすることから始めよう」に目的をシフトすると、だいぶ気持ちが楽になった。

「おしゃれも大事だけど、肌も磨きたいな。このネムリヒメってコスメを毎晩使ってみようかな。髪もツヤツヤに……ナデテは何の香りがいいかなぁ」

 ラブコスメのサイトを見ながら、気がつくと微笑んでいた。
以前、婚活パーティに参加したときは、何日も前から緊張してほかのことは何も考えられなかったのに、今回は前々から気になっていたアイテムで自分磨きをしてみようという余裕も生まれた。

「頑張って下さいね。じゃなくて、頑張りすぎないで下さいね。亜梨さんは頑張りすぎなんですよ」

 アイが隣で気遣ってくれるのが、嬉しくも心強くもあった。

***

 けれど、現実はそれほど甘くはなかった。

 婚活パーティに向かった私は、最初こそ、そこそこ上手に話せた。

(この分だったら最後までうまくやれそう)

 そう思っていたのに……途中で貧血を起こしてしまったのだ。

 会場には五十人ほどの男女がいた。
話しかけること自体は、スタッフがうまく手引きしてくれるので勇気も経験もなくても困ることはなかった。

問題は話してからだ。

たくさんの人と一度に話すのは初めてといってよかったから、体がびっくりしてしまったようだ。

 突然めまいを起こして座り込んでしまった私に、スタッフが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか。とりあえず、こちらへ……」

 私はスタッフの男性に肩を抱えられて、スタッフ用の控室だという部屋に連れていってもらった。

 ソファーに座りこんだ私に、スタッフは水を持ってきてくれた。

「救急車を呼びましょうか」
「大丈夫です。ただの貧血なので……お騒がせしてすみません」

 水を受け取ろうとして初めてそのスタッフの顔をきちんと見た私は、思わず「あ」と声を出してしまった。

相手も同時に「あ」と声をあげる。

 大学時代に同じ映画鑑賞サークルだった同級生、田原くんだった。

「田原くん……?」
「ひょっとして、葛城さん?」

 田原くんは、私がひそかに片思いしていた相手でもあった。

 勇気がなくて告白できなくて、その恋は実らなかったけれど……。

 まさか、こんなところで再会するなんて思ってもいなかった。

***

 なかなか具合がよくならなかったので、結局、タクシーを呼んでもらって帰ることにした。
その判断を下したのは、会場を離れてずっと付き添ってくれていた田原くんだった。

「ごめんなさい」

 田原くんに、私は謝罪の言葉しか出てこなかった。
本来ならお礼を言うべきなのだろうけれど、彼の仕事を邪魔してしまったことがただただ申し訳なかった。

 彼はスタッフの中ではかなり上の立場のようで、突然会場を離れざるを得なくなってしまった彼に何かと指示を仰ぎに、若い人たちがひっきりなしに控室を訪れた。

「私は大丈夫だから……」

 といっても、「心配だから」と田原くんはその場を離れなかった。
自分が采配を振るうパーティで病人が出てしまったら、確かに心配になるだろう。

彼は頼もしかった。
だからこそ心苦しかった。
社会人経験のない私が、その経験のなさのせいで、経験豊富でこれからもそれを輝かしく積み重ねていこうとしている彼の足を引っ張ってしまった。

タクシーを呼んでくれたのも田原くん自身だった。

「ごめんなさい……私、自分が情けない」

 帰ると思うと少し気が抜けてしまい、涙が出てきた。
同い年でここまで差がついてしまったことも恥ずかしい。

いくら昔好きだったとはいえ、何年かぶりにあった同級生の前でいきなり泣いたりしたら、もっと迷惑に思われるだろうとはわかっている。
それでも涙は止まらなかった。

「何かあったの?」
「私は……」

上手にごまかす自信もないので、正直に全部話した。

「そうか……大変だったんだね」

 田原くんはハンカチを渡しながら、優しく言ってくれた。

「そうだ。今度、大学時代のサークル仲間を集めてみんなで食事をしないか。多少でも知っている人のほうがもっと気が楽になるだろうし」

 私と田原くんは連絡先の交換をした。

「ありがとう」

 私は田原くんにお礼を言って別れたけれど、心の中ではあまり期待していなかった。
ううん、期待してはいけないと思っていた。
その場限りの同情だけで言ってくれただけかもしれない。

こんなふうに久しぶりに会って、連絡すると言いながら、あちらもこちらもいつまでも何もしなかったことが、これまでに何度もある。
悪気があるわけじゃない。
なんとなく、後になると「わざわざ会うほどでもないかな」と思ってしまうのだ。

帰宅してアイに今日あったことを伝えると、アイは泣きそうな表情でうつむいた。

「ごめんなさい。ぼくのアドバイス、間違っていたかもしれません」
「間違ってなかったよ!」

 私は慌てて首を横に振った。

「一歩前進できた実感はあるよ。単なる体調不良だし……次はもっと楽しくできる自信がついた。アイからアドバイスをもらって行動しなかったら進めなかったステップだったと思う。ありがとう」

 それは、自分自身に対する励ましでもあった。
そう、私は……大丈夫。

***

 大丈夫、だった。

 田原くんは約束通り連絡をくれた。
私たちは幹事になって、かつてのサークル仲間を集めて食事をすることにした。

 食事の席では、普通に喋ることができた。
前みたいに貧血になることもなかった。

(うまく話せなくてもいいんだ。とにかく人と話すことに慣れることができれば……)

 そう考えたのがよかったのかもしれない。

 終了後、会計を済ませた私と田原くんは、みんなよりも一歩遅れて二人で帰ることになった。

二人で会った

どきどきする。

 こんな気分を味わったのはどのぐらいぶりだろう。

 最初はただ懐かしいだけだったのに、時間が過ぎるにつれて、何年ものブランクを超えて田原くんに再び憧れる気持ちが芽生えてきた。

「意外とみんな、映画見なくなってたなぁ」
「やっぱり、忙しいんだろうね」

「俺は映画の時間だけは絶対確保するようにしてるけど。とはいっても、やっぱりどんどん減ってるけどね」
「し、仕方ないよ」

 胸が高鳴っているせいもあって、うまく喋れない。
さっきみんなでいたときは、あまり気負わずいられたのに。

「また会おうよ。マイナーな映画の話ってなかなかできる人がいないし、よかったら一緒にそういう映画も見に行きたい」

夜の街を歩くふたり

 大したことを話せなくて退屈させていないか心配になったけれど、帰り際、彼はそんなふうに誘ってくれた。

「う、うん。ありがとう。その……よろしくお願いします!」

嬉しい気持ちを抑えきれなかったのもあり、さらに混乱して、深々と頭を下げてしまった。
田原くんは苦笑する。

「やだな、そんなにかしこまらないでよ。じゃあ、また連絡する」

 私たちは都心のターミナル駅で別れた。

 家に帰って今日のことを話すと、アイは「やりましたね!」とぴょんぴょん跳ねながら喜んでくれた。

「このまま彼氏、彼女になれればいいですね〜」
「き、気が早いって」

 私は頭をぶんぶんと横に振る。
そんな願望がないわけではないが、いくら何でも早すぎる。

「でも、目的を設定するのは大事ですよ。漠然と付き合うより、彼氏にしたいと思って付き合うほうがいいです。行動も変わるので、相手にも気持ちが伝わります」

 目的が変われば気分も行動も変わることは、もう経験済みだ。

 でも、そんなふうに考えること自体が何となく気恥ずかしい。

 それに、ほんのわずかな不安もあった。
今日はうまく喋れなかったけれど、果たして今日だけで済むだろうか。
緊張のせいだと思っていたけれど、もともと私には一対一で関係をつくるスキルが不足していて、これからもずっとうまく喋れないんじゃないだろうか。

 でも、アイが喜んでくれているのを見ていると、そうとは口にしづらかった。

***

 不安は的中した。

 それから数週間後、私たちは映画を見にいくために二人で会った。

 最初から二人ということで、この間以上に緊張していた。
緊張していると距離感の取り方がうまくわからなくなって、何をどこまで喋っていいのかわからなくなった。
どんなふうに振る舞ったらいいのかもよくわからない。

 結果、私はまた貧血を起こしてしまった。

「だ、大丈夫?」

 映画を見るどころではなく、会って数十分のうちにあの日のようにタクシーを呼んでもらって帰宅したのだった。

 家に着いたのは、まだ昼過ぎだった。

 私は明るいうちからカーテンを閉めきり、布団にもぐりこんだ。

心配そうに声をかけてくれるアイも無視する。
自分がいやでたまらなかった。

 何度か田原くんから体調を気遣ってくれるメールが届いた。
返さないと、と気が焦るけれど、面倒くさくてしょうがない。

(どうせ返事をして、また会うことができたって、同じようにうまく喋れないままなんだ。だったらいっそ、今嫌われてしまったほうがいい。みんなと喋ることができたから調子に乗っていたけれど、一対一での関係づくりなんて、私には無理な話だったんだ)

 アイはしばらく、私を放っておいてくれた。
具体的にいうと、スマホの中に入ったまま出てこなかった。

 数日経って現れたとき、私の心境にほとんど変化がないのを見ると、かわいい顔に似合わない厳しい目をした。

「たぶん、今度はもっと根本的な解決が必要なんだと思います」

***

 アイが次に薦めてくれたのは、プロのカウンセリングを受けることだった。

カウンセリングといっても、メンタルの病だけでなく、人好き合いや人と上手に会話できないことについてなどの相談もできる。

精神科ではなく、心療内科やハローワークなどで受けることも可能だ。
調べてみて初めてわかったが、壁は思っていたほど高くも厚くもない。

亜梨さんはすでにひとつハードルを乗り越えたんだから大丈夫ですよ。
一対一の人間関係も絶対、上手に築けるようになります」

 アイが励まされて、家を出た。

(本当にこんなことでカウンセリングなんて大袈裟なことをしていいんだろうか……)

 とはいえ、内心ではそう思っていた。
が、結果は自分でも驚くほどだった。

心療内科のカウンセラーは親身になって話を聞いてくれた。

 専門家に話したことで、私は自分の無自覚な癖――意外に完璧主義で、「よく思われたい」という気持ちが強すぎたこと――や、一因となっていると考えられる生活習慣――夜更かしをしがちで、睡眠時間が少ない――を自覚することができた。

 とくに生活習慣の改善は効果があった。
しっかり寝て、栄養バランスに気をつけるだけでこんなに気分が明るくなるなんて思わなかった。

***

 しばらくして私は、あれ以来ほとんどやりとりをしていなかった田原くんに久しぶりにメールを送った。

 すぐに返事が来た。
私のことが心配だったものの、ああいう別れ方をして、その後も連絡もあまりなかったことから、自分から連絡をとるのは控えていたという。

 私たちはまずはメールでやりとりをした。
私はちゃんと連絡せずにいたことを最初に謝り、今、プロのカウンセリングを受けていると伝えた。
大袈裟に受け取られすぎないか心配だったが、アイが言ったように、最近は比較的気軽に受けられるものなのだといい添えたせいか、『いいと思うよ。「頑張る」って気持ちだけでひとりでできることには限界があると思うし』
 と返事が来た。

『俺でよかったらいつでも付き合うから、映画でも見に行きたくなったら連絡して』

 私が自分から田原くんを誘ったのは、それから数か月後だった。

***

 アイはそれからしばらくして出てこなくなった。

 私が田原くんと、一対一でもちゃんと話せるようになったのを見届けたからだ。
マシュマロのような綿菓子のような甘い笑みを浮かべて、アイは消えた。

 今、私と田原くんはほぼ毎週末会っている。
告白はしていないけれど、私は田原くんが好きだし、たぶん彼も私のことを好き……だと思う。

(もう一歩前に進みたいなぁ)

 そう考えた私は、先日、ラブコスメで「ヌレヌレ」のラブリーキッスを購入した。

 デート前、鏡に向かって祈るような気持ちで唇に塗る。

「ごめん、今日はなんか、我慢できない」とキスを奪われ、告白されることになるのは、それから数時間後のことだった。

END

⇒【NEXT】彼に面影の似たアイがそばにいて励ましてくれるから、頑張ろうと思えた。(恋欠女子とバーチャル男子 Story09〜復活愛〜)

あらすじ

結婚に憧れるも身体が弱くそれゆえ人間関係がうまく築けなかった亜梨。
彼女にまず必要なのは経験…アイはそうアドバイスし…?!

松本梓沙
松本梓沙
女性向け官能、フェティシズム、BLなどを題材に小説、シ…
poto
poto
毎日小説「夜ドラ」の挿絵も担当。書籍、ウェブ、モバイル…
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