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官能小説【4話】夢も欲も愛も飼い慣らして
日常
「いらっしゃいませー!店内全品30パーセント引きでーす!いらっしゃいませー!」
高い声を上げてお客を呼び込む。いつもの光景だった。
渋谷の一等地にあるファッションビル内のショップのひとつが桃花の職場だ。今はセール中で、どのショップもまるで応援合戦のような呼び込みをおこなっている。
「いらっしゃいませー!どうぞお手に取ってごらんくださーい!」
割引のポップを持ってショップの前に立つのは大抵新人の仕事だ。桃花は勤め始めて2年になるため、あまり店の前には立たない。それよりも接客だった。
「あの、すみません。これのSサイズってありますか?」
「あっ、申し訳ありません。今すぐ」
おかしいな、私。
お客様が手に取って商品を選んでいる時に気がつかないなんて、ぼんやりしているとしか言いようがない。
すぐに確認をしながら作り笑顔を張りつけた。
「ございますよ!試着なさいますか?よろしければこちらに合うブラウスもご一緒に――」
あの日から調子が狂っている。
そう。
貴之とセックスをした、あの日から――。
こぼれる言い訳
その晩桃花は、久しぶりにパソコンを立ち上げた。
デザイン用のツールを開こうとすると、久しぶりすぎて更新が入っていることに気がつく。
アップデートを待つ間スケッチブックを広げると、最近なんとなく浮かんだデザインを殴り書きした。
「別に本気でやろうと思ってるわけじゃないし。でもあの貴之サンがしつこいからさ」
言い訳は口に出ていた。
本気じゃなかった。
一生懸命じゃなかった。
頑張らなかった。
それらは、コンペに落ちた時の言い訳になる。今回も言い訳を作った。
――愛の叔父さんに頼まれたから。
言い訳は別に誰かのために必要なものではない。つらくて悔しい気持ちを誤魔化して、自分の気持ちに直視しないためのものだった。
桃花は、学生時代コンペに落ちるたびに上手になった。言い訳を作って逃げ道を確保しておくことが。
殴り書きしたデザインはどれもこれもどこかで見たような気がするものだ。それでも少し流行を取り入れてそれっぽくして、一部分だけオリジナルな箇所を入れれば、個人のデザインになる。
街に溢れるファッションはどれもこれも似たり寄ったりで誰かがいつか作ったのと同じようなもので、特別なものなんか本当はひとつもない。桃花はそう思っていた。
コンペで勝つってなんだろう。
才能ってなんだろう。
ま、考えたって仕方ないし。めんどくさい。
桃花はいつものように考えるのをやめて、アップデートの終わったデザインツールに向き合い始めた。
八つ当たりの先に
「ごめん。メール見たけど、呼び出される意味が分かんない」
呼び出されたバーで貴之を見つけた瞬間、立ったまま開口一番桃花はそう言った。
――素人でも分かる。これはエントリーできない。
貴之へ送ったデザインの返信はそれだった。
「言っとくけど、貴之サンがどうしても送れって言うから送ったんだからね。どうせ人数合わせとかそんなところでしょ?それなのに難癖つけられる私の身にもなってくれない?」
「いいから座れ」
「ヤダ」
「座れ」
「…………」
桃花は貴之の有無を言わせない様子に、渋々となりの椅子へ腰を降ろした。

「軽めのカクテルでいいか」
「なんでも」
「食事は?」
「いらない」
貴之がバーテンに声をかけて、飲み口の柔らかい軽いカクテルを、と注文する。桃花はふてくされた顔で、貴之の前にあったナッツをひと粒つまみ口に放り込んだ。
「つまりあれってこと?デザインは見込み違いだったけど、とりあえず私とまたヤりたいから呼び出したって感じ?そーいうの微妙」
「俺の返事が気に食わなかったんだろうが、コンペとはいえ仕事だ」
「だから?貴之サンって最初から思ってたけど本当に失礼だよね」
「――興味のあることはすぐに聞く。嘘は言わない。誠実に真面目に働く。その中で失礼が起きるのはいくらでも謝ろう。だが自分を変えるつもりはない」
「人と人とのコミュニケーションってあるじゃん。お互いに気持ちよく関係性を築くっていうの?そういうのがナイよねって話」
「君のことを理解したいから本気で接してる」
「つまり、本気とか本音とか、そういうのを振りかざして人を傷つけてきたんだ」
「そうなんだろうな」
「私今、すっごく嫌味とか言ってるんだけど」
「だろうな」
「怒らないの?大人の余裕ってやつ?気分悪い」
険悪な雰囲気を察して、バーテンが無言のまま静かに桃花の前へカクテルグラスを置いた。貴之がちらりとバーテンを見たので、
「ラムとオレンジ、炭酸を入れて飲みやすくしたカクテルです」
と、短く説明をした。
「ああ、ありがとう」
貴之は返事をしたが、桃花は何も言わなかった。
オレンジ色の綺麗なカクテルを見ながら、桃花は俯き気味で下唇を噛み締めた。貴之にいくら八つ当たりじみた悪態をついたところで、まるですべて自分に跳ね返ってくるかのように苦しい。
苦しいとかつらいとか、そんなものは全部、学校に置いてきたはずなのに。
「……私、貴之サンといると嫌な気分になる」
「そうか」
「なんか惨め」
「そうか」
「喧嘩売ったら買ってよ」
「時間の無駄だ」
「じゃあこの時間は?私とこうしてる時間は有意義なの?」
「そうだな。投資だ」
「馬鹿みたい。投資する価値もないのに」
「それは俺が決める」
「あ、分かった。やっぱ貴之おじさんって若い子が好きな変態なんだ」
「わざとだろ。おじさんって」
「そうだよ、わざとおじさんって言ったよ。おじさん」
「変態ってのは、あるひとつのことに夢中になれることだ。今の君よりずっといい」
「は?変態と比べないでよ。キモい」
「君の目は野心家の目だ」
「……は?」
「これでも仕事をする中で大勢の人間と出会った。野心家は野心家の目をしている。成功しているしていないに関わらず」
「……何が言いたいの」
「俺の見込み違いだったなら残念だが」
「だから何言ってんの。全然意味が分かんない」
「誰も笑わないから君の欲を言ってみろ。目標にたどり着けるのは続けた人間だけだ」
桃花はまた唇を噛み締めた。それから、オレンジのカクテルをほぼ一気にのどの奥へ流し込む。
貴之はそんな桃花を見て、潰れるぞ、とだけ言った。そして。「桃花」と、視線を向けた。桃花は出会って二度目のその呼び名に、小さく身をすくませた。
「君はセックスの快楽にしても本気じゃない。仕事も本気じゃない。昔の夢も捨てた。そんなに本気になるのが怖いか。本気になったら何が怖い」
桃花は、心の底を覗くような貴之の眼差しに怯えて即座に目を逸らした。逃げるようにしてまたカクテルを飲もうとしたけれど、もう空っぽだった。
沈黙が流れる。
「……関係ないじゃん。おじさんには」
「関係あるんだよ、桃花」
貴之が桃花の体を抱き寄せた。
抗う間もなく唇がぴったりと重なる。今日はふたり、違うアルコールの香りがする。桃花は何故だか泣き出しそうになった。
狂わされる。
掻き乱される。
桃花は唇を閉ざしていたけれど、貴之の舌はいとも簡単にそれを割り開き、桃花の舌をねぶった。ねっとりとした少し苦い味。
何を飲んだんだろう、と桃花は思ったが、すぐにそんなことを今考えられる自分が嫌になった。
「行くぞ」
「え、どこに」
答えないまま貴之が席を立つ。
貴之との会話はいつもどこか尻切れトンボで上手くはぐらかされているようで、桃花はどうしたら良いのか分からなくなる。
こんな静かなバーで大声を上げて店を出る貴之に何かを言うのは恥ずかしく感じられて、桃花は仕方ないじゃない、と思いながら彼の背中を負った。
あらすじ
それは、いつもの光景…のはずだった。でも違う。桃花は明らかに調子が狂っている。
貴之とセックスをした、あの日から――。