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官能小説【1話】夢も欲も愛も飼い慣らして


蓋をした情熱

一生懸命頑張るってなんだろう。
必死になるってなんだろう。
あ、あのスーツの女の人かっこいいな。
あー、あの人は斬新でおしゃれだなー、勇気あるー。
あの人は無難にみんなと同じ格好してますって感じ。

桃花は友人の愛を待ちながら、ぼんやりと待ちゆく人を眺めていた。
久しぶりの土曜休み。
やっとシフトで回ってきた週末休みに会う相手は、恋人でもすっごく特別な人でもなんでもなく、ただの友人だ。

スマホとバッグを片手にただぼんやり人間ウォッチをしていると、頭に浮かんでくるのは大抵どうでもいいことで。
時折、胸をかすめる過去の熱が疼きはするけれど、それもさして本気じゃなかったんだろう、ていうか本気って何?といったふうに桃花の思考はいつもぼんやりとしていた。
でも本当は「情熱」に蓋をして見て見ぬふりをしているだけであることは、桃花だって分かっている。

考えたくない。
思い出したくない。どうだっていい。
そうだ、何もかも、どうだっていい――。

愛と桃花

「ごめん、お待たせー!」

待ち人である愛が、大きく手を振りながら桃花に駆け寄ってきた。

「もー、待ったよ。30分」

「ごめんごめん。髪巻くの上手くいかなくってさー。けどどう?可愛いでしょ?」

ふわりと髪を揺らす愛を見ながら、桃花は素直に笑顔になった。

「うん、可愛い。バッチリじゃん。てかそのワンピどこで買ったの?めちゃ可愛い」

「いつものとこだよ!今セールやってんの。桃花のとこもでしょ?」

「うん、だね」

フェミニンかつギャルっぽい服装を好む愛は、桃花の勤めるショップに立ち寄ることはほぼない。
いくら同じビルに入っているショップでも、一般寄りながらモード感のある桃花の勤務先のショップは愛には少しも刺さらないようだった。
桃花自身は元々モード系ファッションが好きで、ふたりは趣味が違いながらもお互いのビジュアルを褒め合うような関係性だ。かつ、専門学校時代からの気の置けない友人同士。

「とりあえずさ、おしゃべりしようよ!積もる話がいっぱいある!」

女子っぽくキラキラ目を輝かせながら言う愛に、桃花はふたつ返事で同意した。
ふたりの積もる話はもちろん「恋バナ」「ファッション」「職場の愚痴」大抵この3つだと決まっている。

「可愛いカフェ行きたいよね」

「あ、さっきたまたまた見つけたんだけどさ、こことかどう?パンケーキ美味しそう」

桃花がスマホで見せると、愛は嬉しそうに目を輝かせた。

「わ、めっちゃ映え!行きたい行きたい」

女の子らしく全身で表現する様子を見て、やっぱり愛って可愛いよね、と桃花は実感した。
愛いわく、桃花は「クールキャラ」らしい。

出会い

――それは、ふたり連れ立って目的のカフェへ向かう途中だった。

「あれ?あーっ、やっぱり!叔父さん!叔父さんだー!」

「え?」

愛が人混みの中目ざとく見つけて大きく手を振ったのは、ダンディな雰囲気の男性だった。

「ああ、愛じゃないか。すごい偶然だな」

「うん!叔父さん何してるの?」

「打ち合わせの帰り。愛は……友達と一緒か?」

申し訳程度の会釈を桃花がすると、男性は笑顔で返す。笑うと少しだけ目尻に皺が寄る。
きっと、私よりも一回り以上年上の人だ、叔父さんって言ったくらいだからそりゃそうか、と桃花は深く考えるでもなく考えた。

「うん、そう!これから友達と一緒にカフェ行こうと思って。ねー、叔父さんもう打ち合わせ終わったんでしょ?ねーねーパンケーキおごってよー!」

「えっ」

官能小説挿絵:男性に気まずそうな視線を送る女性

男性の腕へ無邪気にしがみつく愛を見ながら、積もる話をするんじゃなかったのか、この人がいたらできないけど、と思ったけれど、はっきりそうとは言えないまま桃花は黙っていた。
そんな桃花の様子をチラリと見て、助け船を出したのは男性のほうだ。

「可愛い姪っ子と友達におごるのはいいけど、俺がいたら邪魔だろう。ふたりで行っておいで」

「えっ、ホントに!?」

財布から五千円札を出そうとするのを見て、愛は嬉しそうに声を上げたけれど。

「や、愛はいいけど、私は…。悪いので」

断った桃花に、男性は視線を向けた。優しい目元だと思っていたのに、いざ視線が絡むと意外と鋭い。
桃花は思わず目を逸らした。

「――じゃあ、両手に花ってことで、同席させてもらおうかな。次の仕事があるから途中で退散するけど」

「うん!ね、いいよね?桃花」

「……うん、私は別に」

「やったー!あのね、叔父さん。この先に可愛いカフェがあって。桃花が見つけてくれたの!それでね――」

愛は器用に男性と桃花、交互に会話を振りながら歩き始める。
何度か桃花は男性と目が合った。口調も物腰も柔らかい。それなのにどうしてだか居心地の悪さを感じて、桃花はよく分からない気持ちになっていた。

えぐられた古傷

カフェでは桃花と愛はパンケーキとアイスティ、男性はアイスコーヒーを頼んだ。

「桃花はね、カリスマショップ店員で先月の売り上げもNo.3だったんだって!すごくない?それにね、専門学校の時も先生からすごい褒められてたし、たくさんコンペにも応募してたんだよね?もー、私とは大違いだよー。だってママも文句言ってたでしょ?せっかく専門出したのに全然関係ない事務やってるとか意味ないって。でもさ仕方ないよね。おしゃれには憧れるけど、だからってみんながみんなそーいう仕事につくわけじゃないし。あ、私ちょっとトイレ」

マシンガンのようにしゃべる愛の話を、桃花も男性も相槌を打ちながら聞いていた。
そのせいか、愛が席を立ってしまうとその場はしんと静かになる。

「桃花さん、だよね。愛とは専門学校からの付き合い?」

先に口を開いたのは男性のほうだった。

「はい、同じ服飾デザイン科専攻で。当時から一番仲が良かったんです」

「そう。愛は無邪気っていうか子どもっぽいっていうか、あんな性格だから迷惑かけてない?」

「いえ、楽です」

「楽?」

「あ、失礼だったらすみません。仕事以外でとめどなく話すのって面倒じゃないですか。だから」

「ああ、なるほど。ショップ店員さんってもっとおしゃべりで陽気な人が多いのかと思ってたよ」

「……私、陰気ですか?」

「いやいや。はは、参ったな、そういう意味じゃない。真面目そうだと思っただけ」

どうしてだろう、と桃花は思った。
他人に愛想よく明るく話すことなんて本当ならいくらでもできる。この人の前でだって、本来の自分とは違う姿で、まるで仕事の時のように振る舞うなんて容易だっただろう。
それなのに、桃花はそうしなかった。

「真面目とかじゃないですよ。面倒くさがりなんです」

「でも、学生時代はコンペにもたくさん応募したって」

「……ですね」

「でもそのぶんたくさん落ちた、か」

「え……?」

「つまり君は服飾デザイナーになりたかったってわけか。愛とは違って本気で」

「……なりたかったかもしれませんが、おじさんの言う通りコンペは負け続けたんで。その程度です」

「どの程度?」

「その程度ですよ。おしゃれな感じだしカッコイイよねー、程度です」

「へえ、そう」

「…………」

「じゃあどうしてそんなムキになってるんだ?」

「なってないですよ」

「失礼だったなら謝ろう」

「失礼に決まってます。他人にズカズカ入り込んで古傷をえぐるようなこと、愛のおじさんのくせにデリカシーないですね。愛とは全然違う」

「やっぱり古傷だったんだ」

「っ……!」

「失礼。君は面白い子だね。愛の友達だっていうからもっと……、適当な感じかと思ってた」

「愛にも失礼だし、私にも失礼だよ、おじさん。喧嘩とかしたくない。愛は友達だから」

「俺も同意だ。君と喧嘩したくないし、姪っ子は可愛い」

「じゃあ」

「成果の得られない努力はつらいよな。けどまだ成果にたどり着いてないって可能性もある」

「ごめんごめん、何話してたのー?」

そこで桃花と男性の話は打ち切られた。愛がお手洗いから戻ってきたからだ。

「世間話。じゃあ俺はそろそろ時間だから行くな。愛、仕事頑張れよ」

「はーい。ありがと、叔父さん」

男性は伝票を持って席を立った。
桃花はその姿をチラリとだけ見送って、残りのパンケーキにフォークを当てた。

⇒【NEXT】数日後の夜、桃花のスマホに愛からメッセージが入った。(夢も欲も愛も飼い慣らして 2話)

あらすじ

一生懸命頑張るってなんだろう。
必死になるってなんだろう。

桃花は「情熱」に蓋をして、ただぼんやりと日々を過ごしていたが…。

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