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官能小説 【小説版】タワーマンションの女たち 最終話


溜め息と朝ご飯

仕方がないことだとはわかっている。けれど、口から出るのは溜め息ばかりだ。 昨日、私はよっぽど「リビドー ベリーロゼ」を 試したかったらしい。 自分でもここまで楽しみにしていたことに驚いていた。

「どうしたの? スランプ中?」

春馬は心配そうに私を見た。仕事で行き詰っていると思ったようだ。

「ううん、ごめん。大丈夫」

朝食の準備をしながら、私は作り笑いを彼に向ける。 鮭がもう少しで焼き上がりそうだ。春馬は忙しくて、お昼ご飯を時間ちょうどに食べられることはほとんどない。 だから、出来るだけ腹もちが良いようにいつも和朝食にするようにしていた。

「今日は早く帰ってこられそう?」

私は食卓に焼き鮭を置くと、ご飯をよそいながら春馬に聞いた。 春馬は「うーん」と眉間に皺を寄せる。

「今日も会議だからなぁ。運が良ければ早く帰ってこられるけど、難しいかな」

「そっかぁ……」

「もしかして、寂しい?」

春馬は悪戯っぽく笑う。

「最近、ゆっくり話出来てないし、ちょっと寂しいかな」

「落ち着いたら、美味しいものでも食べに行こうよ。それまで、もう少し我慢出来る?」

「うん、待ってる」

春馬は優しく微笑むと、「いただきます」と朝食を食べ始めた。 「リビドー ベリーロゼ」を使えるチャンスは、 もうしばらく待つしかなさそうだった

寂しさが消えない

春馬の言っていた通り、夜になっても春馬は帰ってこない。 私は早々に原稿の執筆を切り上げて、海外ドラマを観ながら、ワインを飲んでいた。 ゆったりとした革張りのソファに身体を沈めて、ワイングラスを傾けていると、幾分か寂しさは紛れる。 海外ドラマを最終話まで観終えて、壁に掛かった時計に目をやると、日付が変わる寸前だった。

夜は長い。
私は空になったワインボトルをテーブルの上に置くと、身支度を始めた。 今日はまだ飲み足りない――。

本当の使い方

「いらっしゃいませ。Bar ラブ・イマージュへ」

麗子さんは前回と同じように、品良く私を出迎えてくれた。 赤ワインを頼むと、麗子さんは銘柄の説明を丁寧にした後、ワインをグラスに注ぐ。 家で飲んでいた赤ワインよりも重い味わいにうっとりする。

「「リビドー ベリーロゼ」の使い心地はいかがだったかしら?」

麗子さんは当然のように尋ねた。

「それが……」

私は昨夜の出来事を麗子さんに事細かく説明した。酔いが回ってきたのか、いつもより饒舌な自分に気が付く。

「ごめんなさい」

私の話を最後まで聞いた麗子さんが最初に発した言葉はなぜかその一言だった。 私が不思議そうに彼女の顔を見ていると、「実は……」と麗子さんは続けた。

「「リビドー ベリーロゼ」はベッド専用香水だけれど、通常の香水と同じように使えるものなの」

「そうなんですか?」

「私がもっときちんと伝えておけば良かったわね」

「いえ、私が使い方をお聞きしておけば良かっただけなので……。それに今夜、使い方を知られて良かったです」

私が笑顔でそう言うと、麗子さんはほっとしたように笑みをこぼした。 そして、背後にある大きな黒い棚の引き出しから、ペンほどの長さの細い箱を取り出し、私に差し出した。

「これは私からのささやかなお詫びです」

「あの……」

「ヌレヌレ・ディープマスカットキッスと言って、キス専用美容液なの。ぜひ、お使いになってみて」

「でも……」

私が受け取らずにいると、麗子さんは首を小さく左右に振って見せた。

「いいのよ、私の気持ちだから」

「ありがとうございます」

私はヌレヌレ・ディープマスカットキッスを受け取ると、麗子さんとしばらくの間、他愛ない会話を楽しんだ。麗子さんがここにバーを開いた理由や旦那様の話を聞いていると、現実は小説よりもロマンチックなのかもしれない、と思わずにはいられなかった。

寂しい翌朝

結局、春馬は帰ってこなかった。 仕事が忙しいのは良いことだけれど、家に帰ってこられないほど忙しいと、さすがに春馬の身体が心配だ。 若かった頃とは、もう違う。 でも、昨日帰ってこられなかったということは、今日はいつもより少し早く帰ってこられるかもしれない。 そう思うと、今日一日がなんだか楽しく思えてきた。

私はいつも通り、脚本を書き、時折、海外ドラマを観ながらコーヒーを飲んで休憩をする。 ふと、春馬のことが気になって、今日の夕飯は家で食べるかメールを送ってみた。 すると、一分も経たないうちに「家で食べるよ! 今日は夕飯までに帰れそう!」と返信がきた。 そのメッセージに私は嬉しくて、思わず一人ニヤニヤしてしまう。

帰りを待ちながら

私はシャワーを浴びると寝室に行った。ドレッサーの前に座って、薄っすらとメイクをする。 仕上げにヌレヌレ・ディープマスカットキッスを唇にそっと乗せた。 ふんわりとマスカットの甘い香りが漂って、唇は艶やかに輝いた。

春馬に抱かれるために準備をするのはなんだかちょっぴりドキドキする。 春馬にばかり求めていたけれど、私にも努力が足りなかったかもしれないな……。

「リビドー ベリーロゼ」が 寝室のベッドサイドにあるのを確認すると、私は寝室を後にした。 あとは、春馬が帰って来るのを見計らって、「リビドー ベリーロゼ」を つければいい。

私はウキウキする気持ちを抑えながら、夕飯の支度に取りかかった。 今日は春馬の好きなあんかけ固焼きそばを作ろう。 冷蔵庫からニラや白菜などの野菜を取り出し、冷凍室から下処理して冷凍しておいたイカを取り出す。 片栗粉を入れる直前まで作っておけば、食べる直前に焼きそばをこんがり焼いて、餡にとろみをつけたらすぐに食べられる。 ほかにも、海藻サラダと中華スープを作って、私はまだかまだかと春馬の帰りを待っていた。 メールの受信を知らせる振動に気が付いて、私はスマホを手に取った。春馬から最寄り駅に着いたという連絡だ。シャワーは局で浴びてきたから、先にご飯を食べたいと書かれてあった。

待ちに待った時間(とき)

春馬が家に着く時間を計算して、 私は「リビドー ベリーロゼ」を身にまとい、 緊張しながら彼の帰宅を待っていた。

「ただいまー」

疲れた声が玄関から聞こえて、私はソファから立ち上がり、出迎える。

「おかえりなさい」

私はそう言うと同時に彼に抱きついた。

「そんなに寂しかった?」

「うん」

「いい香りだね」

「気が付いた?」

「うん。新しい香水買ったの?」

「ううん。いただきもの」

「え? 誰から?」

「内緒」

「気になる。教えてよ。もしかして、男?」

「あはは、そんなわけないじゃない」

春馬が垣間見せたヤキモチに私はなんだか嬉しくなる。 お互い仕事が忙しくて、一緒にいられる時間は少ないけれど、春馬はちゃんと私のことを好きでいてくれてるんだ。

「知り合いの女性からもらったの」

「そうなんだ」

春馬はなぜか私を抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。

「あのさ、夕飯あとでもいい?」

「別に大丈夫だけど……」

私が皆まで言い終えるより早く、春馬は私のことを抱きかかえた。 お姫様だっこなんてされるのは、一体何年振りだろう。 ドキドキしている私をよそに、春馬は寝室へと向かう。 少し開けづらそうに寝室のドアを開けると、私をダブルベッドに下ろした。

「なんかさ、環奈のいい匂いに気付いたら、いてもたってもいられなくなって……」

「……嬉しい」

春馬はいつにもなく優しいキスをすると、私をベッドに押し倒した。

「グロス変えた?」

「うん……」

「これもいい匂い――」

ラブタイム中の男女

キスは止まることなく、次第に激しさを増していく。 春馬の指が繊細に動き、私の身体のあらゆる敏感な部分を刺激していった。 彼の指先が徐々に下へと移動し、私の期待感は高まる一方だ。 春馬は小さく喘ぐ私の唇を自分の唇で覆うと、秘部に指を差し入れた。

その瞬間、私の身体は小さく跳ねる。 彼は私の身体の一番弱い部分を的確に愛撫しながら、キスを繰り返した。 こんなにうっとりするような愛撫はいつ振りだろう……。
私は春馬にされるがまま、彼に身を任せた。


END

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ヌレヌレ・ディープマスカットキッス
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あらすじ

昨夜はリビドーを使用することができなかった環奈。
帰りが遅い春馬を待ちつつお酒を飲むが飲み足りず、バーで麗子に昨晩のことを話すが…

野々原いちご
野々原いちご
小説家。 1984.3.12生まれ。 法政大学文学部…
中村べーた
中村べーた
女性向け・男性向けにてイラスト・漫画で活躍中。
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