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官能小説 Sweet of edge 桃と稜治編「恋の行方は」
久しぶりの再会

暗い路地裏に入り、ハイヒールの音だけが空しく響く。桃は古びたドアの前で足を止めると、一つ大きく深呼吸をした。
来るつもりはなかった。けれど、来ずにはいられなかった。
ドアの取っ手に手を掛けて、そのままゆっくりと手前に引く。
すると、ドアベルが鳴った。
久々に聞く音に桃の気持ちは揺らぐ。
彼女はカフカの店内に足を踏み入れると、真っ直ぐ前を見た。
「いらっしゃい」
稜治は少し驚いたようだったが、平然と桃を迎える。しかし、桃は稜治の顔が一瞬こわばったのを見逃さなかった。
桃は閉店間際のカフカのカウンター席に何も言わずに座る。その場所は桃がいつも座っていた席だった。
「もう来てくれないかと思ってた」
稜治は嘘か本当かしおらしい様子で言う。
「小都音さんと春さんに予定があるから、一人で来ただけです」
桃は稜治のことを見ずに小さな声で答える。声が震えなかったことに心底ほっとしていた。
稜治はそんな桃の姿にそれ以上何も言えずに黙ったまま、そっと桃がいつも好んで飲んでいたカクテルを差し出す。桃は自分の前に置かれたカクテルの揺れる表面を見つめながら、ぼんやりと稜治と最後に会った日のことを思い返していた。
一人で閉店間際のカフカに立ち寄った桃は、話し相手がいないこともあって、ハイスビートでお酒が進み、気が付けばいつもの倍以上のアルコールを飲み干していた。けれど、彼女が強かに酔っているのは、それだけが理由ではなかった。早く酔って、普段は言えないことを口にしたかったのだ。
「桃ちゃん、ちょっと飲み過ぎじゃない?」
店内にはすでに桃以外の客はいない。
稜治はカウンターの反対側でグラスを洗いながら、今にもカウンターに突っ伏しそうな桃を見ていた。
「だってぇ……」
窘める稜治に桃は甘ったるい声で答える。
「何か嫌なことでもあった?」
稜治は酔いつぶれそうな桃の顔を心配そうに覗き込んで言った。
「そういうわけじゃないんですけど……。飲みたい時もあるんですぅ……」
桃は口を尖らせながら答えて、「ねぇ、稜治さん」と潤んだ瞳で稜治を見上げた。
「私、稜治さんのことが好きです」
桃はずっと言いたかった一言をようやく口にした。拒否されれば、酔っていた所為にすればいいし、受け入れてもらえればお酒の力に感謝すればいい。桃はその程度に考えていた。稜治が他の女性(ひと)を好きだということをわかって告白をしているのだ。そのくらいの打算があったって、きっと罰は当たらない。
「はいはい。わかったから、グラス置こっか?」
稜治は桃の告白を受け流し、桃の小さな手からグラスを取り上げた。
「もうっ……! 本当なのに」
「桃ちゃん、酔ってるでしょ?」
「そんなことないもん……。本気で稜治さんのこと……」
「はいはい。わかったからね」
稜治はまるで子どもをあしらうかのように、桃の頭をぽんぽんと撫でた。
帰りたくない
カフカの閉店時間を一時間ほど過ぎていた。
夜の空気は少し冷たく、妙な落ち着きをはらんでいる。
終電がないのは明らかだった。
稜治が閉店作業の最後確認をしている間、桃は入口の左横にある花壇に腰をかけて、ぼんやりと数十メートル
先に見える大通りの行き交う車のヘッドライトを見つめていた。
せわしない灯りになんだか気持ちが逸る。
「お待たせ」
「ううん」
桃は首を左右に振り、稜治を見上げた。
桃が立ち上がろうとしたのを見て、稜治がそれを手で制す。桃は意味がわからずきょとんとした表情で稜治を見据えた。
「タクシー捕まえるから待ってて」
稜治は大通りに向かって歩き出そうとする。桃はそんな稜治の服の裾を引っ張った。稜治は反射的に振り向くと、不思議そうに桃を見た。
「帰りません」
桃ははっきりと口にする。
「え?」
稜治は桃の言葉に戸惑いを隠しきれなかった。
桃は懇願するように稜治のことを潤んだ瞳で見つめる。

その眼差しの意図することに気が付いた稜治は、堪らず視線を地面へとそらした。
「帰りたくないんです」
稜治が悩んでいることを察した桃は、ダメ押しとでも言うようにいじらしく言う。
稜治はしばらく考えた後、「わかったよ。家に来る?」と微笑んだ。
好きな男性(ひと)に抱かれるというだけで、どうしてこんなにも幸せな気持ちになれるのだろう。
桃は稜治の広い背中に腕を回し、快感の波が押し寄せる度に爪を立てた。
ほとばしる桃の甘い声に後押しされるように稜治の動きが激しさを増していく。
桃は稜治の気持ちを聞いていない。
稜治が小都音のことを好きなのは、桃だってわかっていた。けれど、小都音は稜治の誘いを悉く断っている。
叶わない恋よりも、手を伸ばせば手に入れられる恋を選んだのだろうか。
それとも、稜治は自分を小都音の身代わりにしているのだろうか。
そういった思いが心の中でぐるぐると回り続けるのを振り払うように、桃は稜治との快楽に身を委ねていく。
理性がどこかに飛んでしまいそうなほど、桃は大きな快感に飲まれた。そして、稜治の動きがぴたりと止まり、彼は静かに果てた。
忘れたくても
カーテンの隙間から差し込む陽射しに、桃は朝が来たことに気が付いた。隣を見ると、稜治はいない。桃はまだぼんやりとする意識のまま、昨日は気にならなかった稜治の部屋のインテリアにしばし視線を漂わせた。白を基調としていて爽やかな雰囲気に統一されている。雑誌で見たことのあるソファや棚がバランス良く設置されているのを見ると、きっと稜治はインテリアが好きに違いない。そして、桃はそんな些細なことも知らなかったことに稜治と自分の関係の浅さを見た気がしていた。
桃はふと音のする方に目を遣る。その方向にあったのはキッチンがあり、朝食を作っている稜治の姿が視界に入った。
「桃ちゃん、起きた?」
「はい……」
桃は掛布団で身体を隠しながら、床に落ちている下着を拾い上げると、稜治の目につかないように身に付ける。
「もうすぐ、朝ご飯出来るから。コーヒーでいい?」
「ありがとうございます……」
朝食を作ってくれることは嬉しい。けれど、男女が初めて朝を迎えたような、そんな甘い雰囲気がないことが桃の心には引っかかっていた。
「ねぇ、稜治さん」
桃は稜治に背を向けて洋服を着ながら、躊躇いがちに口を開く。
「何?」
手際良く、フライパンを煽りながら、稜治は返事をした。
「昨日のことなんですけど……」
不安と期待に押し潰されそうになりながら、絞り出すように声を出す桃の言葉を稜治の言葉が遮った。
「桃ちゃん、早くいい男(ひと)見つけなよ」
稜治の言い放った言葉に桃は耳を疑った。
お酒の力を借りたとは言え、桃は勇気を持って自分の気持ちを伝えたはずだ。
稜治だって、告白がいい加減なものではないとわかっていたのではないだろうか。それとも、稜治には自分の想いが伝わっていなかったということだろうか。稜治にとっては所詮、端から遊びでしかなかったということだろうか。
桃の頭の中をさまざまな可能性が過ぎっては消えていく。
桃はただ呆然とブラウスのボタンに手を掛けたまま、何も出来ずにいた。
桃はグラスを磨く稜治のことをカウンター越しに見据える。
あの日、桃は稜治の作ってくれた朝食を食べずに稜治の家を飛び出した。
大人なら何食わぬ顔で朝食を食べ、次のチャンスを狙うべきだったのかもしれない。けれど、桃にはそんなことは出来なかった。軽口を叩く余裕すら持てないほど、桃は稜治に本気になってしまっていたのだと、この時ようやく気が付いたのだ。
稜治と寝た直後、桃は稜治のことを最低だと思った。こんな男、こっちから願い下げだとも。けれど、日が経つにつれ、稜治への腹立たしさは薄れていき、その代わり、好きだという気持ちが再びふつふつと沸きあがってくるのを感じていた。
自分の愚かさは自分が一番よく知っている。そして、どんなに愚かだとわかっていても、好きな気持ちを抑えられなくなるのが恋だということも。
桃は稜治の姿を見つめながら、そんな自分のことを持て余していた。
揺らぐ景色
桃はカクテルを飲み終えると、代金をカウンターに置き、バッグを手に取った。視線を店の奥に向けると、稜治が接客をしているのが見える。結局、桃は稜治と何も話さず、カフカを出た。
なんの為に自分はカフカに行ったのだろう、と桃は自問する。しかし、答えはぼんやりとしていて、はっきりとはわからなかった。
カフカのある路地から大通りが見える。行き交う車のヘッドライトが不規則に夜の街を照らしていた。あの日、稜治の背中越しに見た景色と重なって、桃の胸の奥は静かに痛む。カフカのある路地をもう少しで抜けるという時だった。
「桃ちゃん、待って」
背後から声がして、桃は振り向く。そこには息を切らした稜治の姿があった。
「この間はごめん」
稜治は罰が悪そうに視線をそらし、困ったような表情を浮かべていた。
「謝らないでください。惨めになるじゃないですか」
桃は溜め息交じりに言うと、稜治を真っ直ぐに見た。
稜治は桃の視線に気が付き、顔を上げる。二人の視線がぶつかるが、桃はそれ以上、何かを言う気にはなれなかった。
「今日は来てくれてありがとう」と稜治は言った。しかし、桃は答えない。「また来てくれる?」と問う稜治に桃は視線をそらし、「いえ」と小さく答えた。そして、そのまま、踵を返して、駅に向かって歩き出す。
叶わない恋を引き摺るのは自分らしくない。今までずっと、来る者追わず、去る者追わずだったじゃない――。
桃はそう思いながら、稜治を振り返ることはなかった。
朝は当たり前のようにやってくる。どんなことがあっても、日常は過ぎていくのだと朝が来る度に思った。
カーテンの隙間から差し込む陽射しに目を細めながら、窓を開ける。涼しい風がカーテンを揺らし、桃の頬を撫でた。桃は自分の頬に指を這わせ、自分が泣いていたのだということに気が付いた。どんな夢を見ていたのだろう、と思い、不意に浮かんだのは稜治の顔だった。
稜治のことを忘れようとするほどに稜治のことが心の中を占めていく。稜治と桃の認識の違いは明らかで、それは埋めようもない。それをわかっているからこそ、桃は稜治のことは終わりにしようと決めたのだ。それなのに、会えなければ会いたいという気持ちは増していくばかりで、際限がないように思えてならなかった。桃は溜め息をつくと、かぶりを振る。
今日も長い一日が始まるな、と思いながら、桃は洗面所に顔を洗いに行った。
素直な気持ち
数週間後、久々に桃は春と小都音と食事にやって来ていた。春が会社を辞めてから、行きつけにしているスペインレストランらしい。テーブルや椅子はアンティーク調に揃えられ、暖色系の灯りが店内を優しく包み込んでいる。こじんまりとはしているが、桃の好きな雰囲気の店だった。
「春さん、最近どうですか?」
桃は自分が悩んでいることを悟られないように、いつものように明るく言った。
「起業の準備で忙しいかな。デザイン画も描かなきゃいけないし、サンプルも作らないといけないけど、事務的なことも多くて」
「でも、うちの会社にいた時より、生き生きしてるわよね」
「そりゃあね。自分のしたいことをしてるんだもの」
確かに桃から見ても春は輝いて見えた。
「桃と小都音はどうなの?」
小都音は一瞬桃に目配せしたが、桃が「どうぞ」と小都音の話を促した。
「私は相変わらずよ。仕事も恋愛も特に変化はなし。一日一日を淡々と過ごしてるわよ」
「私も小都音さんと同じです。営業に移れずに事務仕事ばーっかり!」
「でも、仕事には遣り甲斐はあるし、現状としては満足かな。あとは、出世と結婚が出来れば、なんの文句もないわ」
「ふふ、小都音らしいわね」
春は笑いながら、白ワインを口にする。桃は小都音の口から飛び出した結婚という言葉に動揺してしまい、何も言葉が出て来なかった。
稜治はいつか誰かと結婚してしまうのだろうか。そう思うと、桃の中で結婚というものが急に現実味を帯びたもののように思えた。
春と小都音との会話の中で、ちらほら結婚という言葉は出てきていた。けれど、桃は春たちに比べて三十歳になるまで時間があったし、あまりピンときていないというのが正直なところだった。それに結婚なんてしたい時にいつでも出来るとも思っていた。それは結婚に焦っている人たちを見ても何も変わらなかった。それくらい、結婚は桃自身にとって、遠い存在の話であり、いつかするものであって、今すぐするものではないという認識だったのだ。
けれど、稜治と付き合えていたなら、どうだろう。その気持ちに何らかの変化があったかもしれない。そう思ってしまった自分に桃は少し狼狽えていた。
もしかしたら、心のどこかで稜治との結婚を期待している自分がいたのかもしれない。いくらかお酒も進み、気分良く酔いが回り始めた頃、「あ、そうだ」と春は何かを思い出したようにバッグに手を伸ばすと、中から一通の封筒を取り出した。桃と小都音は不思議そうにその封筒を見据える。
「これ、稜治さんから桃にって預かったのよ」
「私にですか……?」
桃は怪訝な顔をしながら、春から封筒を受け取る。それは優しい水色をしていた。
桃は春と小都音と駅の改札の前で別れると、稜治からだという手紙の封を切った。春から封筒を受け取った瞬間、中身を読みたくて仕方なかったが、敢えて、気にしていない風を装った。それは桃のせめてもの強がりだった。封筒の中には一枚の便箋が丁寧に折り畳まれ、文字が綴られている。初めて見る稜治の字はどこかいびつで愛おしかった。
桃はいてもたってもいられなくなり、稜治からの手紙を封筒に戻すことなく、ぎゅっと握り締めたまま、大通りへと走り出す。急いでタクシーを拾い、乗り込むと、カフカの近くの大通りの名前を口にした。桃の気持ちは急いていた。一秒ですら惜しかった。
タクシーが走り出すと、景色が流れていく。まるで、時間を早回しするような光景に桃の逸る気持ちは加速していった。カフカのある路地の前でタクシーを降りると、桃は走った。ヒールの音が静かな夜の街に響く。
カフカの前で足を止めると、桃は勢いよくドアを開けた。ドアベルがけたたましく鳴る。目に飛び込んできたのは、カウンターの片付けをしている稜治の姿だった。
「すみません。もう今日は閉店で……」と言いながら、稜治はドアの方を振り向く。稜治は桃の姿を見て、息をのんだ。
「桃ちゃん……、来てくれたんだね」
顔をほころばせる稜治とは反対に、桃は肩で息をつきながら思いつめたような表情で稜治を見つめていた。
「だって、これ……」
桃はさっき春から受け取った手紙を稜治の前に突き出した。
「ずるいです。こんなの……」
「でも、それが俺の正直な気持ちだからさ」
稜治は桃を真っ直ぐに見つめる。桃は口を開こうとするものの、涙で視界がぼやけかけて、ぐっと口をへの字に結んだ。稜治に泣き顔を見せるのが嫌だった。
「ねぇ、桃ちゃん」
「……」
「桃ちゃんの気持ちは?」
稜治は桃に優しく問いかける。
「同じ気持ちに決まってるじゃないですか……!」

桃の言葉を聞くと同時に稜治は桃を抱きすくめた。稜治の温かな腕の中で桃はゆっくりと目を閉じる。閉じられた瞼からは涙がこぼれ落ち、嗚咽が漏れた。埋まるはずがないと思っていた。もう交わることすらもないと思っていた。けれど、今、桃は稜治の腕の中にいる。
桃の手からはらりと落ちた手紙には、“好きです”と一言だけ書かれてあった。
END
あらすじ
稜治のことを好きな桃は、その思いをついに彼に伝えた。
しかしその告白は稜治に軽く流されてしまう。
桃は「帰りたくない」と彼に伝えて…