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官能小説 【完結】Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 4話


再会

その日はあっという間にやって来た。

心なしか、桃も小都音もウキウキしているように見える。
そんな中、春は平静を装いながら、第一営業部と第二営業部の合同飲み会に参加していた。
飲み会自体は会社近くの少し洒落たレストランで立食形式で行われている。
派遣社員は自由参加だったが、桃と小都音は勿論のこと、倉前からも勧められて参加することにした。

無論、春は夏野が参加するから参加したところが大きい。
不思議なほど、春の中で夏野の存在は日増しに大きくなっていた。
この感情はトキメキなのかもしれないと春は思う。子ども染みたふわふわした気持ちに振り回されているという自覚もあった。

この数年、恋をしていないからかもしれない。
これが恋に発展しなかったとしても、心が弾むような時間を持てることが今の春には嬉しかった。

合同飲み会

「ねぇ、春。紹介するよ」
そう言って、小都音は少し離れたところに立っている春に声をかけてきた。小都音の隣にいるのは、意外にも夏野だった。

「夏野さん、紹介します。第一営業部の玖波春さんです。彼女は派遣さんなんで同期ってわけではないんですけど、同い年で仲が良くって」
「玖波です」
「そう言えば、名前を聞いてなかったね。玖波さんか」
夏野は平然と言う。

「あれ?夏野さん、春のこと知ってるんですか?」
「ああ、偶然エレベーターで一緒になってね。何度か話したことがあったんだ」
「そうだったんですね。あ、すみません。ちょっと呼ばれてるみたいです。ご挨拶してきます」
小都音は白々しく言うと、近くにいた倉前たちのところに向かった。
春と夏野を二人きりにさせようとしているのが見え見えだ。

「でも、びっくりしたな。天ヶ崎さんと玖波さんが友達だったなんて」
「私は以前、夏野さんが小都音の先輩だって聞いたことがありました」
「なんだ。それなら言ってくれれば良かったのに」
「ええ、でも、言うタイミングがなくて」
「それもそうだね。こんな風に話したことはなかったから」
「でも、天ヶ崎さんとはどうやって知り合ったの?」
「たまたま、四階でエレベーターに乗るのが一緒になって、別々のフロアで降りたんです。その後、届け物をして乗った帰りのエレベーターもまた一緒になって。お互いそれが可笑しくって、その時たまたま話したのがきっかけでした」
「へぇ、エレベーターにはいろんな出会いがあるんだね」

自分たちのことも言っているのだろうか、と春は考え、すぐにその考えを打ち消した。
夏野が自分に話しかけたのは、ただの気まぐれだろう。

夏野はモテるのだ。女に不自由もしていないに違いない。
自分にとって、他部署の異性と話すことが珍しいからと言って、夏野にとっても同じだと思うのは、夏野に失礼な気がした。

「でも、良かったよ。名前が知れて。玖波春――いい名前だね」
「ありがとうございます。夏野さんのファーストネームって……」
「要って言うんだ。夏野要」
「素敵な名前ですね」
「ありがとう」
夏野は優しく微笑む。

やっぱり、噂に聞いている彼とは印象が大きく違う。
クールな雰囲気はあるものの、とっつきにくさはない。
きっと黒縁の眼鏡と涼しげな眼差し、それから営業成績が一番の仕事振りの所為で少し近付きにくいと思われているのだろう。
でなければ、自分がこんなに話せるわけがないと春は思った。

「夏野、ちょっといいか」
第二営業部の次長が近付いてきて、夏野に声をかけた。

「ごめん。またあとで」
そう言って、夏野は次長の元へと向かう。
春は化粧室に行くため、持っていたグラスを壁際のテーブルに置くと廊下に出た。

小さい男

廊下はしんとしている。
化粧室の場所を指し示す小さな張り紙を頼りに、春は奥へと進んでいく。
春が化粧直しを済ませて出てくると、向かいのドアから見覚えのある男が出てきた。

小さい男と言い合う女性
 

二人はお互いの顔を見て、「あ」と小さな声をあげる。

「あなたは……」
天然パーマの男は春を指差し、口をあんぐりと開けた。
「この間の……」
春も男を見て言った。

「あなたねぇ、ぶつかっておいて、あれはないんじゃないの?」
男はこの間ぶつかったことをまだ根に持っているようで、春ににじり寄った。

「ごめんなさい。あの日は急いでいて」
「急いでたのは私も同じですよ。あなたの所為で到着がギリギリだったんです」
「間に合ったんですね」
「ええ、走りましたから」
「あの時、拾うのを手伝ってたら、私は遅刻してました」
「それでもぶつかったんだから、一緒に拾うのが常識ってものでしょう」
「だから、謝ったじゃないですか」
「あのねぇ、謝ればいいってもんじゃないでしょう」

「小さい男……」
思わず、春は思ったことを口にしてしまってはっとする。

「小さい男って、あなた自分のしたことは棚上げですか?」
男の表情が曇る。
本音をこぼしてしまったのだから仕方がない。春は繕うのをやめた。

「あなたの言っていることはわかります。でも、私は謝りましたよね?そして、あなたは間に合った。それなら、何も問題ないでしょう?それとも、何か不都合でもあります?」
春が反論してくると思っていなかったのか、男は少し面食らったように彼女を見た。

「不都合はないですけど、ただ人としてどうなんだって話ですよ」
「あなたに言われたくありません」
「よくそんなことが言えますね」
春と男はほぼ初対面とは思えないほど、売り言葉に買い言葉の言い合いを続ける。

「……内館?」
夏野の声がして、春は男から声のした方へと視線を向ける。やはりそこには夏野が立っていた。

連絡先

「夏野……。久しぶりだなぁ!」

男――内館は夏野を見て、声を弾ませた。

「玖波さんと知り合いなの?」
「えっ、お前、知り合い?」
内館は夏野と春を交互に見た。

「ああ、同じ会社に勤めてるんだ」
「えっ……」
「玖波さんと何かあった?」
「何かあったも何も、この間ぶつかられて持ってた資料が落ちて散らばったのに、この人は拾わずに行っちゃったんだよ」
「だから、謝ってるじゃないですか」
「もしかして、出社が遅かったあの日?」
夏野は春がギリギリに出社してきた日のことを思い出していた。

「はい。朝から会議があって、どうしても遅刻出来なくて……」
「悪い、内館。許してやってよ。彼女はどうしても外せない会議があったんだ。いつもは早く出社してるんだけど、あの日だけはギリギリでさ」
夏野に言われ、内館は口をへの字に曲げた。

「夏野がそう言うなら仕方ない」
ようやく、内館の腹の虫はおさまったらしい。

「今度誰かにぶつかったら、ちゃんと拾えよ」
内館はそう言うと、夏野と二、三言葉を交わして行ってしまった。
「すみません……」
「どうして、玖波さんが謝るの?」
「迷惑かけてしまったから……」
「迷惑?僕は迷惑をかけられたなんて思ってないよ。玖波さんが戻って来なくて心配で来たんだけど、良かった。まさか、内館と揉めてるとはね」
夏野は肩を小刻みに振るわせて笑いを堪えている。

「内館とは高校が一緒でさ。悪い奴じゃないんだけど、真っ直ぐ過ぎるっていうか。どんな些細なことでもつい熱くなっちゃうんだよ。困ってる人も放っておけないしね」
「そうだったんですね……」
「それにしても、あの日、そんなことがあったとはね」
「はい……」
出来れば、夏野に知られたくなかった。
自分に非があることは重々承知している。
春は後ろめたさから気まずくなって俯いた。

「あのさ、玖波さん」
春は名前を呼ばれ、控えめに顔を上げた。
「良かったら、今度食事にでも行かない?」
夏野の言葉に春は耳を疑う。

「嫌だったら、無理にとは言わないけど……」
「い、嫌じゃありません……!」
「じゃあ、決まりね。連絡先、教えてもらってもいい?スケジュール確認して、連絡したいから」
「はい……!」

春は緊張しながらも、スマートフォンを手にした。 自分が夏野にデートに誘われている。その事実が夢のようで春には信じられなかった。



⇒【NEXT】春は夏野とのキスを心のどこかで想像していたことにハッとした。(Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 5話)


あらすじ

営業部の合同飲み会の日はあっという間にやってきた。
先日のエレベーターで、夏野と会話をしてから、
春の中で次第に大きな存在になりつつある。

春が合同飲み会に参加を決めたのも夏野が参加するからだった。

だんだんと春の中で、夏野の存在が大きくなっていく。
これが「恋」とはまだ言い切れない。
けれど、その感情を持てた事が春には嬉しかった。

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野々原いちご
野々原いちご
小説家。 1984.3.12生まれ。 法政大学文学部…
嶋永のの
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フリーのイラストレーター・漫画家(少女漫画・TL)
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