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官能小説 【完結】Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 15話


加速する想い

何事もなく数日が経った。

春は夏野と食事に行き、内館と会ったことを桃と小都音に軽く話したものの、特に進展のない話に二人はつまらなそうに相槌を打っただけで、それ以上、何も追求はしてこなかった。

春は化粧直しをしながら、桃にもらったコイイロリップの存在を思い出す。
この間、夏野とカフカに行った時、つけるのをすっかり忘れていた。もし、コイイロリップをつけていたら、夏野は自分にキスをしたのだろうか。
そこまで考えて苦笑する。

どれほど、自分は恋に飢えているのだろう。
あんな形で恋人を失ったにも関わらず、また恋がしたいと思っていることにもへきえきした。
あれから、内館にも会っていない。一人でカフカに行くこともなかったし、桃と小都音と行く時は、内館が来る時間にはかぶらない。
倉前は相変わらず春に親切だったが、結局、あれ以来、食事に誘ってくる気配もなかった。あれはただの社交辞令だったのだろう。

化粧直しを終えて、廊下に出た春を「玖波さん」と背後からが呼び止める声が聞こえた。
「はい」
振り向きながら返事をすると、倉前が小走りで近寄って来た。手に鞄を持っているところを見ると、営業先から帰って来たところなのだろう。

「あの、突然なんですけど、明日の夜って空いてますか?」
「残業がなければ……」
「もし良かったら、食事に行きませんか? 美味しい沖縄料理屋さんを見つけたんです」
「じゃあ、ぜひ……」
断る理由も思いつかず、春は答える。
「良かった。実はもう予約しちゃってたんです。仕事が終わったら、このお店で落ち合いましょう」
そう言って、倉前はショップカードを春に手渡すと廊下を走って行ってしまった。春はその後ろ姿をただ呆然と見送る。

社交辞令じゃなかったんだ、と思い、どうしたものかと考える。
仮に倉前が春に好意を寄せていたとしても、春は倉前の好意に応えることは出来ないと思った。それは、夏野に心を奪われているからに他ならない。

恋愛対象圏内だとか、気になる相手だとか、都合の良い言葉で夏野のことを片付けていたけれど、春は夏野に恋をしていることに漸くこの時気が付いた。
決定打に欠けていたのではなく、春の自制心が気持ちに歯止めをかけていたにすぎなかったのだ。

「どうしよう……」
ぽつりとつぶやいて、春は倉前の食事を断る理由を探していた。

彼の嫉妬

「仕方ないわねぇ」
久しぶりに来たカフカで小都音は大袈裟に言ってみせた。桃は用事があると言って、今日は珍しく一緒に来ていない。
「私が代わりに行ってきてあげるわよ」
「え?小都音が?」
春が倉前に誘われたことを悩んでいると伝えると、意外な答えが返ってきた。

「連絡先も知らないなら事前に断るのは難しいでしょ。会社でそういう話が出来る機会もそうそうないだろうし」
「それはそうだけど……」
「待ち合わせ場所が決まってるなら、私が代わりに行って、春が来られなくなった理由を説明してあげる。理由なんて何でもいいのよ。親が急に家に来ることになったとか、体調が優れないとか。でも、お店は予約してるし、理由を伝えるために私が来たって言えば、ある程度は丸く収まるでしょ」

「でも、本当にいいの?」
「いいのよ。気にしないで。営業部の合同飲み会で挨拶もしてるから、面識あるし」
「ありがとう」
「困った時はお互い様ってね。それにしても、漸く、春が自分の気持ちを認めるとはね」
「夏野さんに言われたの。“玖波さんは内館のことが気になる?”って。他にも内館さんと夏野さんへの態度が違うとか、内館さんとは仲が良いんだねとか言われて……。その時、誤解されるのは嫌だなって思ったの」
「ねぇ、春ってバカなの?」
「え?」
小都音の容赦ない言葉に春は目を丸くした。

「どうして、そこまで言われて気が付かないのよ!それって、夏野さん、完全に内館さんに嫉妬してるじゃない」
「嫉妬?そんなことないよ」
「夏野さんは、春が内館さんと仲が良いことに嫉妬してるから、わざわざそんなこと言うのよ。これは完全に脈ありよ」
小都音の言う通り、夏野の言葉や態度を振り返ると、嫉妬していたと考えるといくらかしっくりくる点はあった。しかし、その反面、それを嫉妬だと思うのは自惚れのような気がした。

「取り敢えず、次のデートで色々わかるんじゃない?いつなのよ、次のデート」
「それがまだ決まってなくて……」
そこまで言って、春は急に不安になった。内館との仲を誤解して、次のデートに誘ってもらえないかもしれない。

「まっ、そのうち決まるわよ」
「だといいんだけど……」
自分の気持ちを自覚したら途端に不安が押し寄せてくる。春は夏野から連絡が来ていないかスマートフォンを確認した。しかし、受信メールは一通もなかった。

突然の出来事…

結局、昨晩、夏野から連絡はなかった。自分から連絡しようかとも思ったが、春にはどうしても出来なかった。勿論、自分から積極的になって失敗した過去を思い返せば、待ちに徹するのが良いとは思う。けれど、そろそろ、自分から動き出しても良い時期なのではないかとも思っていた。
春は人事部に提出する書類を持ってエレベーターに乗り込むと、十一階のボタンを押す。エレベーターが閉まりかけた頃、ドアの間に手が差し込まれ、少々乱暴にドアが開かれた。

「夏野さん……!」
その手の主を見て、春は驚きの声を上げる。
「ごめん。玖波さんの後ろ姿が見えたから、急いだんだけど間に合わなくて」
春を見つけて走ってきたらしく、夏野は少し息切れしている。
「九階ですか?」
「ああ、お願い」
春が九階のボタンを押すと、エレベーターのドアはゆっくりと閉まった。
「最近、新しいプロジェクトの関係で忙しいんだけど、落ち着いたら、また食事に誘ってもいいかな」
「はい、ぜひ」
春は笑顔で答える。夏野はその笑顔に安心したように微笑み返す。
あっという間にエレベーターは八階を通り過ぎ、九階へと着こうとした。その時、不意に夏野は春の肩を抱いた。

一瞬の出来事に春は思わず息を止める。
瞬きするスピードで、夏野は春に口づけた。

突然エレベーターでキスされる
 

「それじゃあ」
エレベーターが九階に着くと、夏野は涼しい顔をしてそのまま降りて行ってしまった。
春は夏野の後ろ姿を呆然と見送る。その間にもドアは静かに閉まった。

「今のって……」
春はつぶやいて、唇にそっと触れた。それと同時にコイイロリップをつけていたことを思い出す。“きっと夏野さんも堪らず、キスしたくなっちゃいますよ”という桃の言葉が過ぎった。

「キス……されちゃったんだ……」
未だ現実感のないまま、エレベーターは十一階に到着し、ドアが開くと目の前にはエレベーターを待つ見知らぬ社員がいた。春は軽く会釈をすると、何事もなかったように人事部へ行き、書類を提出した。
唇には夏野の温もりがまだ残っている。

⇒【NEXT】夏野の他に気になる人がいるかと考えた時に、春の頭に一瞬浮かんだのは…。(Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 16話)

あらすじ

前回の内館と夏野との食事の帰りに夏野に言われたことが気になって頭を離れない春。
夏野のことを考えていると、廊下で倉前に翌日の夜の予定をきかれ、春は倉前と食事をすることになった。
夏野のことが頭から離れない春はどうしても乗り気になれないと、小都音に相談する。

「どうして、そこまで言われて気が付かないのよ!それって、夏野さん、完全に内館さんに嫉妬してるじゃない」
と小都音に諭されるも、いまいち実感の湧かない春。

夏野からの連絡はなく悶々と過ごす春だったが、ある日、春が会社のエレベーターに乗ろうとすると、走って息を切らした夏野が一緒にエレベーターに乗りこみ…

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野々原いちご
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小説家。 1984.3.12生まれ。 法政大学文学部…
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フリーのイラストレーター・漫画家(少女漫画・TL)
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