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官能小説 【完結】Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 11話
胸の痞え(つかえ)
内館は静かに春の話を聞いている。ぼんやりとした照明の中、春は続けた。
「今日、派遣会社の人が来て、契約を更新するのかしないのか、考えておくように言われて」
春はそこまで言って、グラスに口をつけた。
「それで更新するかしないか迷っている、と?」
「そんなところです」
「ちょっとした人生の岐路ですね」
「ええ。契約を更新したら、次の更新までは今の会社で働くことになるので、その岐路が先延ばしになるだけなんですよね。派遣社員として働くのにもいつか限界を感じてしまうんじゃないかなって思いますし、年齢を重ねていけば、転職するのも今より難しくなるでしょうし……」
「だとしたら、デザイナーに戻るというのも一つの選択肢として考えるのもいいかもしれませんよ。心の奥底では、デザイナーに戻りたいんじゃないですか?」
「それは……」
春はそれ以上、言葉が出て来なかった。
派遣で働くようになってから、仕事について考えることも、将来について考えることも増えた。勿論、それは自分が年齢を重ねているからというのもあるだろう。けれど、働くとはどういうことなのか、ということをこの歳になって漸くきちんと考えられるようになった気がしていた。生きる為だけに働くのではないということに気が付いてからは、今まで以上にあの時、デザイナーを辞めたことを後悔することが増えている。
「まだ時間があるなら、焦ることはないんじゃないかなって思いますけど」
「えっ……」
「どんなことでも、焦っていいことはありませんよ。そりゃあ、もっと早く決断しておけば良かったと思うこともありますけどね」
そう言って、内館は遠い目をする。その横顔はどこか寂しそうだ。不意に春は胸の奥がぎゅっと締めつけられるような気がした。
「ねぇ、春ちゃん。その後、彼とはどうなの?」
カウンターに戻ってくるなり、稜治は言う。まさか、春と内館が真剣な話をしているなどとは、露ほども思っていないのだろう。
「どうって……。まだ食事に行けてないんですよね」
「へぇ、なかなか時間合わない感じ?」
「相手が忙しくて。でも、一応、今週末あたりに行く予定です」
「いいなぁ。俺も小都音ちゃんとデートしたいよ」
稜治は苦笑しながら、グラスを磨く。
「稜治さんは片思い中?」
内館はウィスキーを一口飲むと訊いた。
「そう。かれこれ、一年くらいかなぁ。すっごく綺麗な子なんだよ。華やかな雰囲気があって、大人っぽくて。だけど、笑うと幼さが垣間見えてさ」
「稜治さん、綺麗な人、好きだもんね」
「まぁね」
内館の言葉に稜治は照れたように笑う。いつも冗談のように言っているけれど、稜治は小都音のことが本当に好きなのだろう。春たちが三人でいる時には見せないような表情を見て、春は何だか微笑ましく思った。
「内館さんって、彼女いるんですか?」
春は内館の方を見て、何となく訊いた。
「いや……いないよ」
変な間とともに内館は否定する。春は違和感を覚えたものの、敢えて何も言わなかった。否、言えなかった。その一瞬の間で、春は内館の瞳が悲哀に満ちた色に翳ったような気がしたからだった。
可愛げ
気が付けば、時間は随分深くなり、終電はもうなくなっていた。
「春ちゃん、大丈夫?電車ないでしょう?朝までここにいるなら、店開けておくけど……」
「タクシーで帰るから大丈夫です。明日も会社ありますし」
「それならいいんだけど……」
稜治は心配そうに言う。
「じゃあ、俺が送っていきますよ」
「えっ?」
内館の予想外の申し出に春は思わず驚きの声をあげていた。
「嫌なら別にいいですけど」
「嫌だなんて言ってないじゃないですか」
「どうだか……。あれですよ。別に送りオオカミになろうなんて、これっぽっちも考えてませんからね」
「そんなこと、わかってます。今日はやけに優しくて、気持ち悪いなって思っただけです」
「またあなたはそんなことを……。どうして、こう可愛げがないんですかね」
「あなたに可愛いなんて思っていただかなくて結構です」
「あーあ。デートをする男性が可哀想だなぁ。あなたの本性を知ったら、がっかりするでしょうね」
「私の本性?あなたが私の何を知ってるって言うんですか」
「ふふっ」
春と内館のやりとりを聞いていた稜治は吹き出した。
「何がおかしいんだよ?」
内館は不服そうに言う。
「二人って、本当に仲が良いなって思って」
「良くありません!」
「良くない!」
春と内館の声が重なり、稜治は更に笑う。
「春ちゃん、ちゃんと耕太に送ってもらいなよ。耕太は真面目だし、心配いらないから。それに時間も遅いし、ちゃんと家に入るところまで見届けてもらった方が俺も安心だしさ」
「わかりました。稜治さんがそう言うなら……。それじゃあ、よろしくお願いします」
春は言いながら、ちらりと内館を見る。内館はグラスに残っていたウィスキーを飲み干した。
唐突な言葉
タクシーが夜の街を走る。ネオンの光は、大人しかった昼間とは異なり、主張が激しい。春は流れゆく景色を窓からぼんやりと眺めていた。
「私で良ければ、いつでも話くらい聞きますよ」
「え?」
唐突な内館の言葉に面食らい、春は間の抜けた声を出した。
「仕事のこと。あなたのことだから、どうせ一人で悩んでるんでしょう?今日だって、耐えきれなくなって、喋ったんじゃないですか?」
「……どうして」
「見てれば、わかりますよ。それに……。いや、なんでもないです」
どうせ、また悪態をつくつもりだったんだろうな、と春は思いつつも、内館の親切心に感謝していた。誰かが自分を気にかけてくれていることも、いざとなれば、話を聞いてくれることも、春の心を少し軽くする。誰かに寄りかかって生きたいとは思わないけれど、誰かに寄りかかりたいと思うことはある。そういう時に、寄りかかれる相手がいるというのは、春にとっては心強かった。
全て成り行きだったが、内館との関係は不思議だな、と思う。あの朝、ぶつかった相手と再会し、話すようになり、そして、今、タクシーで隣に座っている。
「あ、ここで大丈夫です」
春がタクシードライバーに声をかけると、タクシーが止まった。
春がバッグから財布を取り出そうとするのを「いいですよ」と内館が制す。
「えっ、でも……」
「このくらいいいですよ。どうせなら、今度、カフカで会った時に一杯おごってください」
「じゃあ、次回」
春は内館にお礼を言うと、少し離れたところにある自分の住むマンションへと歩いた。オートロックを解除する直前に振り向くと、タクシーがまだ停まっていて、内館が春の方を見ている。稜治の言ったことを忠実に守っているらしい。
春はそんな内館の真っ直ぐなところをほんの少しいいな、と思った。
三人の好意
翌日、昼休みになると、春と小都音、桃の三人は社員食堂で定食を前に、春の昨晩のカフカでの出来事について盛り上がっていた。
「それで、内館さんとは何もなかったの?」
「あるわけないでしょ。送ってもらっただけなんだから」
「それにしても、春さん、すごいですよね。モテ期としか思えないです」
「今、夏野さん、倉前くん、内館さんって三人いるわけでしょ?誰がいいのよ。やっぱり、夏野さん?」
「それは……」
「案外、内館さんだったりして!」
「ダークホース的な?」
小都音と桃は、春をよそに盛り上がる。
もし、万が一、三人に好意を持たれていたとしたら、一体誰を選ぶのだろう。そう考えて、春の脳裏によぎったのは――。
⇒【NEXT】静かなフレンチレストランに春と夏野はいた。すると突然、夏野から予想外の質問をされる…。(Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 12話)
あらすじ
内館に仕事の悩みを相談した春。気がつけば時間はだいぶ遅くなっており、終電はもうなくなってしまっていた。
心配した稜治は、春が朝までいるならお店を開けておくと声を掛けたが、明日会社がある春はタクシーで帰ろうとした。
すると内館から「じゃあ、俺が送っていきますよ」と予想外の申し出をしてきたのだった。
帰りのタクシーの中で、内館は唐突に春に話し始めた。嫌味の一つでも言われるのかと思っていた春だったが、内館は春に「私で良ければ、いつでも話くらい聞きますよ。」と優しい言葉をかけ…。