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官能小説 【完結】Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 12話


迷い

迷いの男との食事
 

アンティーク調の椅子やテーブルが並んだ静かなフレンチレストランに春と夏野はいた。社内で妙な噂が立つのを避ける為、二人は仕事を終えた後、バラバラに会社を出ると、三駅離れた駅の改札前で落ち合った。そして、夏野が春を連れて来てくれたのがこのレストランだった。

「素敵なお店ですね」
「たまに来るんだ。お店の雰囲気も料理も好きで」
春と夏野はワインで乾杯をすると、運ばれてくるコース料理に舌鼓を打つ。
「こうやって、玖波さんと一緒に食事が出来て良かったよ。なかなか時間が作れなくて、待たせてしまったから、愛想を尽かされてしまったらどうしようと思ってて」
「仕方ないですよ。お忙しかったんでしょう?」
「ああ。やっとこの間、大きなプロジェクトが決まって。それが決まるまでの準備でバタバタしてたんだ」
「新しいプロジェクトが決まったなら、これからもっとお忙しくなるんじゃないですか?」
「そうだね。でも、楽しみの方が今は大きいかな」
夏野は選ぶ店も食事をするのも、会話も全てがスマートだ。春はそんな夏野に時折うっとりしながら、ワインを口に運んだ。芳醇な香りが口の中に広がっては消えてゆく。

「玖波さんは今、彼氏いるの?」
「いないです」
突然、話題を変えられたことに多少面食らったものの、春は平静を装って答えた。
「へぇ、それじゃあ、俺にもチャンスはあるって思ってもいいよね」
「え……」
夏野の言葉に春は驚き、持っていたグラスを置いた。最近、この手の質問をよくされる。桃が言うようにモテ期が来ている証拠かもしれない。
夏野はそれ以上何も言わずに微笑みを浮かべる。春は何を言うでもなく、再びグラスを持ち、残っていたワインを飲み干した。

恋愛センサー

その後のことはよく覚えていない。夏野の“俺にもチャンスはあるって思ってもいいよね”という言葉を聞いてからの春は上の空だった。
夏野と話したことも食事の味も、どれも上手く思い出せない。
翌日、春はぼんやりしたまま、いつもの三人で久々にカフカにやって来ていた。

「で、何もなし?」

小都音に言われて、春は頷く。
「えーっ、普通良い感じになったら、お泊りしちゃいません?」
「良い感じまではいかなかった気がする」
春は両脇に座る小都音と桃を交互に目だけ動かして見る。
「どこがよ。“俺にもチャンスはあるって思ってもいいよね”って明らかに口説いてるじゃない」
「でも、それって、社交辞令っぽくない?」
「それ、本気で言ってます?」
桃がぐいっと身を乗り出して、春を見る。
「だって……」
「ねぇ、春。今まで何人と付き合って来たの?」
小都音はチーズをつまみながら、春の返事を待っている。

「二人だけど……」
「二人かぁ……。なるほどね」
「何よ。何が言いたいのよ」
「その二人とも、告白されて付き合ったんじゃない?」
「どうしてわかるのよ」
「どうしてって……。春の発言聞いてたらわかるわよ」
「春さんって鈍いっていうか、恋愛する為のセンサーが壊れてるっていうか……」
「何よ、桃まで」
「よーく考えてみてください。夏野さんはわざわざ他部署の春さんに話しかけて、食事に誘ってるわけですよ。気がないわけないじゃないですか。そこへトドメの一言とも言える“俺にもチャンスはあるって思ってもいいよね”って言葉ですよ。完全に夏野さん本気じゃないですか」
「うーん……」
桃に詳細に説明されても、納得がいかない。夏野は確かにスマートに全てを進めてくれたし、一緒にいて嫌な思いなど一切しなかった。むしろ、自分には勿体ないほどの気遣いさえ感じた。けれど、何かがしっくりこない。好きというには薄っぺらく、楽しかったというにはどこか物足りなさがあった。第一、本気で口説く気があるなら、あんな回りくどい言い方などしなければいいのに、と思う。

春の恋愛事情

「まぁ、でも、これからかもね。夏野さんも次にご飯に誘ったら、そのままお泊りに持ち込むでしょ」
「ちょっと、小都音。まだ付き合ってもないのに……」
「あのねぇ、いい年して、付き合ってないからセックスしませんって、マジで言ってるの?」
「出来ることなら、順序はちゃんとしたいっていうか……」
「順序なんて悠長なこと言ってたら、逃すわよ」
「私も小都音さんの意見に賛成です! 既成事実から入るのもアリだと思いますよ」
矢継ぎ早に二人に言われて、春は思わず口をつぐむ。
小都音と桃の言うことも一理あるのはわかっている。けれど、相手のことをよく知らずに突っ走れるほど、若くもない。きちんと知った上で付き合うかどうかを決めたいというのが本心だった。けれど、小都音の言う通り、そんな悠長なことを言っていられないのもまた事実だ。チャンスはすぐに掴まなければ、あっという間に去ってしまう。

「次のデートですぐにホテルに行けとは言わないけど、せめてキスくらいはしなさいよ」
「キスかぁ……」
言われて、一体どのくらいしていないだろう、と考えて、春は途中で考えるのをやめた。すぐに思い出せないということは、それくらいご無沙汰ということだ。
「キスしちゃえば、その後のこともとんとん拍子に進みますよ」
桃はそう言うと、バッグの中から何かを取り出した。

「今使ってるのがそろそろなくなりそうだったので、予備で持ってたんですけど……。これ、春さんにあげます」
「私に?」
「コイイロリップって言って、ほんのり色づくんですよ。きっと夏野さんも堪らず、キスしたくなっちゃいますよ」
春は桃からコイイロリップを受け取ると、パッケージを開け、中身を取り出した。

「ピンクで可愛いね」
「パッケージも可愛いけど、つけた感じも可愛いんですよ」
そう言って、桃は春に向かって唇を軽く突きだして見せた。
「今、桃が使ってるの、コイイロリップなの?」
「はい!会社ではヌレヌレでケアして、仕事が終わったら、コイイロリップで色気をプラスしてるんです。だって……」
桃は少し離れたところで忙しく働いている稜治に視線を向ける。

「なるほどね……」
「そういうことですから、春さんも夏野さんと次にデートする時はこれ使ってくださいね」
「でも、私がこれ貰っちゃったら、桃の分がなくなっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫です。私、この間、まとめ買いしましたから」
桃はにっこり笑って言う。
小都音のことを話すこの間の稜治の顔が過ぎり、無邪気に笑う桃を見ていて、春は少し複雑だった。

「そう言えば、小都音さんって好きな人いないんですか?」
「ふふ、内緒」
「えーっ!ずるいですよー!私たちは喋ってるのに」
桃が唇を尖らす。

「もし、稜治さんのこと好きでも、私は構いませんからね。正々堂々勝負しますから!」
「そうね。その時はちゃんと言うわ」
「今、俺の名前呼んだ?」
一段落したのか、稜治は春たちの方にやって来て、足を止めた。空のグラスに氷を入れると、マドラーでかき混ぜグラスを冷し、ウィスキーを注ぐ。そして、再び、マドラーでかき混ぜると、口をつけた。
「ちょっと噂話してたんです」
「へぇ、それは気になるなぁ」
桃はキラキラした目で稜治のことを見ている。それは明らかに恋をしている目だった。
自分ももう一度、誰かをこんな目で見つめる日が来るんだろうか。

春は桃の横顔を見据えながら、夏野と内館のことを思い出していた。

⇒【NEXT】恋が全てではない。と言う事を痛いほどよくわかっている春だったが…。(Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜13話)

あらすじ

社内で妙な噂が立たないようにと夏野と春は駅前で落ちあい、アンティーク調の家具で統一された、静かな雰囲気のフレンチレストランにデート来ていた。

夏野もたまに来るというそのレストランで、会話を弾ませ食事をしていると、
突然、夏野から「今、彼氏いるの?」と質問をされた。
春がいないと答えると、夏野は「俺にもチャンスがあるって思っていいよね。」と意味深な言葉を春に残す。

春は翌日、そのことが頭から離れずぼんやりとしたまま、いつもの三人でカフカへ向かった…。

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野々原いちご
野々原いちご
小説家。 1984.3.12生まれ。 法政大学文学部…
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フリーのイラストレーター・漫画家(少女漫画・TL)
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