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官能小説 【完結】Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 13話
過去について

恋が全てではない。それは痛いほどよくわかっている。否、恋を全てにしてしまったら、その恋が消えてしまった時、自分を保ち続けることが難しくなってしまう。だから、全てではないと思うようにしているのかもしれない。
春には恋人がいた。
同い年で綺麗な顔立ちのデザイナーだった。
彼は中途採用だったから、同期入社というわけではなかったが、同い年ということもあり、意気投合するのにも付き合うのにも大して時間はかからなかった。
けれど、別れの時は何の前触れもなくやって来た。
彼と春はいつものように二人のお気に入りのレストランで食事をしていた。彼はメインの肉料理を食べている最中に悪びれた様子もなく、“好きな人が出来たから別れよう”と言った。
春は自分の耳を疑った。
好きな人?
私以外に?
いつからその人を好きなの?
どんな人?
一体、誰を――?
様々な疑問が一気に頭の中を駆け巡った。しかし、その疑問を彼女が口にすることは一切なかった。その代わり、「わかった」とだけ小さく言った。その後の料理の味は覚えていない。
こうして、春の恋は呆気なく終わりを告げた。
しかしながら、その時、本当に終わったわけではなかった。会社に行くと、春の耳には終わったはずの恋の話の続きが次々と飛び込んできた。
春の恋人が好きになったという相手は、春が可愛がっていた後輩だった。そして、春と付き合っている間も彼と後輩はすでに恋愛関係にあったらしい。要するに、二股をかけられていたのだ。言われてみれば、彼は仕事を家に持ち帰り、終わらないデザインを仕上げたいと言っては、よくデートの予定をキャンセルしていた。同じ仕事をしている春は、彼の状況も気持ちもわかるので彼の言葉を疑わなかったが、その間に浮気をしていたのだろう。よくある話と言えばそれまでだが、とんでもないことだ。
春は三十歳までに結婚が出来たらいいな、と漠然と思っていた。
彼とは順調に愛を育んでいるものだと信じて疑っていなかったし、このまま結婚するのだろうとも思っていた。
だが、現実は全く違った。
自分の呑気さに呆れたし、彼も後輩も陰では自分のことを笑っていたのだろうと思うと腹が立った。それと同時に、彼に別れを切り出された時、泣いてすがらずに良かったと心底思った。あの時、彼女が取った行動が、辛うじて彼女のプライドを粉々にせずに済んだ。
しかし、噂はあっという間に広がっていく。
春は社内の仲の良い友人に話はしたが、彼女たちが噂として広げるはずがない。だとすれば、後輩が付き合っていることを吹聴しているのだろう。今まで日陰の身と言わざるを得なかったのに、彼が春と別れたおかげで付き合っていることを正々堂々と公表することが出来るようになったのだ。浮かれているのか、春へのあてつけなのか。春はきっと後者だろうと思った。
春は、そのまま、会社に居続けることが出来なかった。
恋を失い、裏切りを知り、彼女は失意の底に突き落とされた。そうすると、不思議なほど、デザインが浮かばなくなった。着る人が幸せになるような洋服をデザインしたいと思って、服飾デザイナーになったのに、着る人のことを考えられない。何も浮かばない。
ただのスランプだと上司は優しく声をかけてくれた。多分、春たちの三角関係のことを知っての優しさだったのだろう。
周りはみんな春に優しくしてくれる。それとは反対に後輩への風当たりは強くなっていった。しかし、後輩は何食わぬ顔で出勤をして仕事をしていた。自分を可愛がってくれる先輩の恋人を奪えるような図太さを持っているのだから、周りに何を言われようと堪えるはずもない。
でも、春にはそんな図太さはなかった。
二人の姿を見ることが辛いというのもあったが、何より、周りからの好奇の視線に耐えきれなくなった。後輩に恋人を奪われた間抜けな女だと思われることにも耐えきれなかった。
プライベートと仕事を分けられないようでは、社会人として失格だ。春はそう思った。
自分がどんな状態にあろうとも、デザインを描けなければ、プロのデザイナーとは言えない。
春は悩んだ結果、会社を辞めることを決めた。
心の矛盾
懐かしい夢を見た。
前にいた会社での夢だった。
春は最悪な目覚めに溜め息をつく。乱れた掛布団の端をぼーっと見据えて、もう一度溜め息をついた。
あの時の会社を辞めるという判断が正解だったのかどうかは今でもわからない。けれど、あのまま、会社に居続けたら、きっと自分が壊れていただろう。
たかが恋愛。されど、恋愛だ。
恋から愛に変わる瞬間を春はずっと待ち望んでいた。
なのに、恋は愛に変わらずに消えてしまった。
他の終わり方だったならば、気持ちの落としどころはどこかにあったのかもしれない。でも、裏切りによる終わりは春の心に大きな傷を残し、次の恋への道を閉ざしてしまった。
夏野に食事に誘われても、どこか乗り切れないのは、過去の恋の所為かもしれない。
そこまで考えて、春はベッドから抜け出した。
今日も仕事だ。いつものように始業三十分前には席に着き、仕事を始めていたかった。
今はあの時とは違う。周りの好奇の目に晒されることもなく、仕事をこなせば、評価をしてくれる人がいて居心地だって悪くない。社内恋愛に手を出したら、この穏やかな生活は壊れてしまうかもしれない。そう思うと、夏野とこの先に進むのは躊躇われた。
それでも、夏野からの次の約束を待っている自分もいる。
心に現れては消える矛盾に、春は翻弄されていた。
食事の誘い
いつも通り仕事をこなし、定時になった。
今日はパーッと飲みたい気分だ。しかし、そういう時に限って、桃も小都音も残業で一緒にカフカに行けそうにもない。一人で行こうか、という考えが過ぎる。
春は「お先に失礼します」とまだ仕事をしている同じ部署の人に声をかけると、エレベーターホールに向かった。
エレベーターの前に着くとボタンを押し、ぼんやりと階数を示す数字を見つめる。九階から規則的なリズムで数字は点滅し、しばらくすると、四階でドアは開いた。
「夏野さん……」
ドアが開くと、煙草を吸って来たであろう夏野が乗っていた。
「ああ、玖波さん。お疲れ様。今、帰り?」
「はい」
「今日って予定ある?」
「いえ……」
「じゃあ、ちょっと待ってて。俺も今日は定時で帰れるんだ。一緒に食事でもどう?」
「ぜひ」
何の躊躇いもなく、口から出た言葉に春は驚く。これではまるで夏野から誘われるのを心待ちにしていたようではないか。確かに誘われたいと思ってはいたが、即答してしまった自分に呆れずにはいられなかった。
春を残してエレベーターは閉まり、更に階下へと降りていった。
⇒【NEXT】夏野と過ごす時間は静かに過ぎていく。更にお酒を飲み進める二人は…。(Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 14話)
あらすじ
春には恋愛で深く傷ついた経験があった。一つは同い年で同僚の彼に突然「好きな人がいる。」と振られてしまったこと。もう一つは、同社の後輩に二股をかけられてしまい、会社に居づらくなって、会社もデザイナーも辞めてしまったことだ…。
恋がすべてではない。そう思うことで自分を納得させながら、春は自分を守っていた。
そんなつらい過去の夢を見た日の仕事帰り、偶然エレベーターホールで出会った夏野に 声をかけられ、食事に誘われた春は…。