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官能小説 【完結】Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 14話
停滞
予め、行く場所を決めていなかったこともあり、春と夏野は同時に会社を出た。誰かに見られたらなんて言い訳をするつもりなのだろうと思ったが、それは口にしなかった。きっと夏野のことだ。上手く誤魔化してくれるに違いない。
「何か食べたいものはある?」
「うーん……。今日はカフカにでも行こうかなって思ってただけだったので……」
「カフカ?」
「イタリアンバーです。よく小都音たちと行ってて」
「へぇ、イタリアンバーか。俺が行ってみたいって言っても大丈夫?」
「ええ、勿論」
そう答えてから、春はハッとした。あそこには常連客として内館がいる。デートをしている相手が夏野だと知られたら、何を言われるかわからない。必死で別の場所を提案しようと思考を巡らすものの、良い案は何も浮かばなかった。
「じゃあ、そのお店に連れて行ってもらえる?」
「はい」
春は若干引きつった笑顔で夏野に答えると、内館と出くわした時の言い訳について考えていた。
穏やかな気持ち
ドアを開けると、ドアベルの音が響いた。
「いらっしゃい」
稜治はいつものように笑顔で出迎えてくれる。
時間が早いこともあって、カフカにはまだあまり人がいなかった。
「そちらの方は……」
「同じ会社の夏野さんです」
「どうも。玖波さんにここの話を聞いて、連れて来てもらいました」
「そうでしたか。どうぞ、ゆっくりしていってください」
稜治は営業スマイルを夏野に向けると、呼ばれた席へとオーダーを取りに行ってしまった。
春と夏野は当たり前のようにカウンター席に座る。春の定位置は変わらない。
「雰囲気の良いお店だね」
「ありがとうございます。偶然見つけたお店だったんですけど、マスターの稜治さんも良い人だし、お酒も料理も美味しいから通うようになって」
春の話を夏野は優しい顔をして聞いている。
温かな眼差しを向けられていることに気付き、春はなんだかちょっと照れ臭かった。
春はピーチフィズを、夏野はウィスキーのロックを頼み、すぐ後にいくつか料理を頼んだ。
稜治はドリンクを提供した後、慣れた手つきで調理を始める。
「料理が出来る男性っていいね」
夏野は稜治の手際の良い姿を見て言った。
「夏野さんは料理されないんですか?」
「俺はしないね。苦手で」
「へぇ、ちょっと意外でした」
「出来そうに見える?」
「苦手なことがなさそうに見えてたから……」
夏野は春のその言葉にくすっと笑う。
「苦手なことはいっぱいあるよ。料理、掃除、洗濯……って家事全般。玖波さんは家事得意?」
「出来ないわけじゃないですけど、料理はあんまり。掃除は好きですけど」
「綺麗好きなのはいいことだよ。料理はコンビニとか外食でカバー出来るけど、掃除だけは自分でするしかないから」
「ふふ、そうですね」
他愛ない会話を続けながら、春たちはグラスを傾けた。
夏野と過ごす時間は静かに過ぎていく。朝見た夢のことなど、忘れてしまえそうなくらい穏やかな気持ちになれた。
一体、何杯のお酒を飲んだだろう。
ちょっと食事をするつもりが随分と飲んでいることに春が気が付いたのは、何度目かのドアベルの音が聞こえた時だった。
「いらっしゃい」
稜治の声の調子で店に入って来たのが、内館だとすぐにわかった。
内館が来る前に帰ろうと思っていたのに、夏野と話が盛り上がり、その時機を逃してしまっていた。
「いつものを」
内館がそう言うと、声で気が付いたのか、夏野は少し意外そうに内館の方を見た。
「やっぱり、お前か」
「夏野じゃないか……! えっ、それじゃあ……」
内館は春のデートの相手が夏野だということを知り、驚いた様子を見せる。
春は頭を抱えたい衝動に駆られるのをぐっと堪えた。
「お前もここの常連だったんだな」
「ああ、昔、よく美希と来てたんだよ」
「そうだったのか……」
“美希”という名前を聞いた夏野の表情が一瞬曇る。その表情に春は引っかかったものの、口を挟むことは出来なかった。
「良かったら、一緒に飲まないか?」
夏野は予想外の言葉を口にする。
「夏野たちはデートだろう? 邪魔するのは悪いよ」
「別にいいですよ、私は」
春の言葉に内館は「それじゃあ」と春の隣に席を移す。
自分でもなぜ内館と一緒に飲むことを了承してしまったのか、わからなかったが、このまま内館の存在を気にしながら、夏野と話をするのは気が引けたのも事実だ。
「お待たせ」
稜治が内館の前にグラスを持ってくると、三人は意味もなく乾杯をした。
淡い期待

内館と夏野が高校時代の同級生だという話は以前聞いていたが、二人が親友だったという話は初耳だった。
春は夏野と内館の話を聞きながら、どうして今はほとんど連絡を取っていないのだろう、と不思議に思う。
「それじゃあ、玖波さんは内館とよくここで会ってるんだね」
「時間帯が重なると、会うことはありますけど……」
「そう言えば、彼女の家の近くで偶然会ったこともあったよ」
「家の近くで? 近所なの?」
夏野の質問に春はかぶりを振った。
「いえ、内館さんが仕事で近所のスーパーにいらっしゃってて」
「スーパー?お前、なんの仕事してるんだ?」
「化粧品会社の営業だよ。ワゴンに商品並べて説明してるの、一度くらい見たことがあるだろう」
「ああ、あれか。それをお前がやってるところに玖波さんが通りかかったのか」
「はい、すごくびっくりしました」
「それにしても、偶然がよく重なるね」
夏野が少しとげのある言い方をしたのが、春は気になった。
「まさか、あの日にぶつかった相手とこんな風に話すようになる日が来るとは夢にも思わなかったけどな」
「私もです。まさか、こんなにちくちくぶつかったことを言われ続けるとは思いませんでした」
「言ったでしょう?年内は言い続けるって」
「その根に持つ性格、どうにかならないんですか?」
「別に根になんて持ってませんよ。年内は言い続けないと、また同じことを繰り返すかもしれないと思って、忘れないように言ってあげてるんです」
「あの日は急いでたって言ってるでしょ?普段なら、ちゃんと拾います」
「急いでたって、拾わなきゃいけないって言ってるんですよ」
「だから、遅刻出来ない会議があったんです」
「相手だって、同じ状況だったかもしれないって考えなかったんですか?」
「それは……」
「ほら、自分のことしか考えてないから、ああいう行動に出るんですよ」
口ごもる春に内館は溜め息混じりに言う。
「もうそれくらいにしてあげたら?」
夏野は呆れ顔で春と内館を見た。
「夏野が言うなら、仕方ないな」
内館はそう言うと、ウィスキーを飲み干し、おかわりを稜治に頼んだ。
「明日も仕事だし、俺はそろそろ帰るけど……」
夏野は伺うように春を見る。春は「私も帰ります」と即答した。
夏野が支払いを済ませると、二人はカフカの外に出る。湿気を含んだ風が肌を撫でていった。アルコールで少し火照った身体に心地良い。
「ご馳走様でした」
「こちらこそ、急な誘いに付き合ってくれてありがとう」
夏野はカフカにいた時よりも、どこかほっとしているように見える。
「すみません、また内館さんと言い合いになってしまって……」
「仲が良いんだね。内館と」
「え?」
想像していなかった言葉に春は間の抜けた声を出した。
「俺といる時とは大違いだなって思って」
「それは……」
確かに夏野に遠慮はある。それはまだ数回しか話したことがなく、恋人候補として見ているからだ。内館とはそもそも立っている場所が違い過ぎる。
「玖波さんは内館のことが気になる?」
「そんなことないですけど……」
「そうか」
夏野はそれだけ言うと黙った。何かを言いかけてやめたように春の目には映る。
もしかしたら、夏野は春が内館を好きだと誤解したのかもしれない。春は誤解されるのだけは嫌だと思った。
何も言わずに、春と夏野はどちらからともなく歩き出す。駅に着くと改札を抜け、反対方向に帰る二人は階段の前で別れた。
ふいに小都音に言われた“次のデートですぐにホテルに行けとは言わないけど、せめてキスくらいはしなさいよ”と言う言葉が脳裏を過ぎる。
キスどころかハグすらもない。それどころか、甘い言葉の一つも、次の約束すらない。
順調に恋が進んでいるとはとても思えなかった。
夏野に初めて食事に誘われた時は、恋が始まった気がした。けれど、今は違う。
恋なんてやっぱり遠い存在なのかもしれない。
春はホームに滑り込む電車を見ながら、淡い期待をなかったことにしようとしていた。
【NEXT】どれほど、自分は恋に飢えているのだろうと考えこむ春。そんな春に突然ある出来事が…。(Sweet of edge〜恋と愛の間で揺れてみて〜 15話)
あらすじ
職場からの帰り、エレベーターホールで偶然出くわした夏野に食事に誘われた春。夏野に食べたいものの希望を聞かれ、二人でカフカに行くことになった。
春の頭によぎったのは、夏野と飲んでいるところをカフカにきた内館に見られてしまうのでは…という不安だった。
カフカで夏野と二人で楽しく飲んでいると、後からやってきた内館と偶然居合わせ、春の恐れていたことは現実となった…。