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小説サイト投稿作品2 「触れてほしくて」(ペンネーム:月ヶ瀬 アンさん)
「触れてほしくて」(ペンネーム:月ヶ瀬 アンさん)
〜LC編集部のおすすめポイント〜
登場人物たちの言葉のところどころに棘がありながらも、時間の流れがゆっくりと感じられる作品です。
突然の雨というシチュエーションも素敵♪
失恋して髪を切った主人公と共に雨宿りをするのは、調子を狂わせるようなことばかり言う後輩の彼。
主人公の心の移り変わりがうまく描かれています。
降ってくる手のひらにキュンとしてしまうとともに、余裕のある彼の言動に終始ドキドキしてしまう主人公。
思わず共感してしまいました…!
先輩と後輩
「雨、強くなってきましたね」
雨に降られて、一時しのぎに駆け込んだビルの軒先。
待てば待つほど強くなる雨を見つめながら、彼がため息をつく。
「営業先からの帰りでよかったよね。行きだったら最悪」
顔をしかめてそう言うと、「確かに」と彼が肩を竦めて笑った。
私とふたつ下の後輩である彼は、ふだんチームを組んで営業をしている。
私たちはたった今、長い間難航していた商談をうまく纏めてきたところだった。
上司にいい報告ができると、意気揚々と取引先を出てきたのに、10分も歩かないうちに、まさかの雨に襲われた。
少し待っていればおさまるだろうと、適当なビルの軒先に駆け込んだものの、雨は一向にやむ気配がない。
「今日の天気予報、雨降るって言ってたっけ?」
少なくとも、私は聞いていない。
いつも見ている朝のニュース番組。
それに出ている誠実そうな気象予報士のお兄さんの顔を思い出しながら不平をこぼすと、彼が呑気に笑った。
「さぁ?俺、天気予報とか見ないからわかんないっす」
彼はいつも、他の同世代の男性社員よりセンスがよく清潔そうな格好をしている。
だから私は、彼の発言に目を丸くした。
「嘘。じゃぁ、毎日服装とかどうするの? 暑いか寒いかで、着ていくものも変わるでしょ?」
「そんなの、勘です」
首をぐっとあげて私よりかなり背の高い彼を見上げると、彼が歯を覗かせて笑った。
「何それ」
「それより先輩……」
呆れたように苦笑すると、彼が私をじっと見下ろしてきた。
ロングヘアーにこめた想い
「髪、随分思いきりましたね」
彼に言われて、すっかり無防備になってしまった首元を手で隠した。
「今さら?」
「朝から言いたかったけど、商談のことで先輩ピリピリしてたから」
上目遣いに睨むと、彼がおどけたように少し肩をあげた。
「別に、失恋とかそんなんじゃないから」
「俺、何も聞いてませんよ? それ、自分で言っちゃうと逆に失恋したみたいに聞こえますけど」
彼にからかうように笑われて、頬がかっと熱くなる。
私は口を閉ざすと、彼から視線を外して降り続ける雨を睨んだ。
大学時代からずっと綺麗に手入れして伸ばしてきた髪をばっさりと切ってショートにしたのは、学生時代から仲のいい男友達のせいだった。
私は大学に入学してすぐの頃からその男友達に片想いをしていた。
彼は私のことを気の合う女友達としか思っていなくて、私に対する扱いは他の女の子に比べて随分と軽かった。
恋愛相談だって普通にしてくるし、飲み会の席では私を気遣うことなくガンガンビールを勧めてくるし。
初めからずっと、女として彼に意識されていなかった。
完全な、完璧な片想いだった。
男友達が好きになったり、彼女にするのは、決まって清楚で女の子らしい、髪の長い女の子だった。
飲み会の席で酔っ払った男友達が、「彼女の長い髪を撫でるのが好き」と言っているのを聞いて、私も髪を伸ばした。
一度でいいから、彼に触ってもらいたかった。
いつか、もしかしたらそういうときがあるかもと期待してた。
でも……
ずっと思い続けてきた男友達は、半年後に結婚するらしい。
だから私は男友達への未練を断ち切るために、長く伸ばした髪をバッサリ切ってショートにした。
一瞬だけのときめき…
降りやまない雨を無言で睨んでいると、私たちの前を一組のカップルが歩いていく。
買ったばかりらしい一本の新品のビニル傘をふたりで挿して肩を並べて歩く姿は、羨ましくなるくらい仲睦まじい。
傘を挿す彼氏が、空いている方の腕を彼女の肩に回して彼女が濡れないように引き寄せる。
笑って顔をあげた彼女の長い髪を指で梳いて撫でながら、幸せそうに笑う彼。
そのカップルの姿が、不意に男友達とその婚約者の姿に重なった。
辛いな。
あのカップルは赤の他人なのに。なんだか、虚しい。
短くなった髪のせいで首元の風通しがよくなりスースーしすぎる。
「やっぱり、男の人は長い髪のほうがいいのかな」
なくなってしまった髪を惜しむように首の後ろを触っていると、頭の上にぽすっと何かが載っかった。
不思議に思って顔をあげると、いつの間にか後輩の彼が私の顔を覗き込んでいた。
「俺は短いの好きですよ」
彼の言葉に、ほんの一瞬だけときめく。
彼は私の短い髪を乱暴にわしゃわしゃと撫でると歯を覗かせて笑った。
「先輩、長いのも良かったけど短いのも似合ってますよ。トイプードルみたいで」
「え……」
トイプードルって。
私、犬っぽく見えてるの――…?
ずっとずっと大切に伸ばしてきた髪を、ものすごい覚悟で短く切ったのに。
彼の無神経な発言に、ときめく気持ちが一気に冷めた。
心地よくて、されるがまま…
「このまま待っててもしょうがないし。私、先のコンビニ行って傘買ってこようかな」
少し不機嫌な声を出しながら、ビルの軒先から身を乗り出す。
「待って。今出て行ったら、傘を手に入れても意味ないくらいにずぶ濡れになりますよ?」
雨の中に出て行こうとする私を彼の手が引き止めた。
後ろから手首を引かれたかと思うと、背中からふわりと抱きしめられるみたいに彼の腕につかまる。
「もうちょっと、一緒に雨宿りしません?」
息を吐くように顔のそばでささやかれて、耳朶が熱くなる。
「ちょっと、ふざけないでよ」
彼の腕から逃れて振り返る。
不覚にも熱くなる頬を意識しながら顔をあげると、彼がクスリと笑って私の頭に手を載せた。
彼の大きな手のひらが、今度はそっと私の頭を撫でる。
彼の手のひらから伝わってくる熱に、火照った頬がさらに熱くなる。
「……」
恥ずかしい。
でも、頭を撫でられるその感触は心地よくて。彼にされるがまま、どうすればいいのかわからなかった。
「先輩、可愛い」
彼が頭を撫でる手をゆっくりとおろして、短くなった髪の毛の先に指を絡める。
指先でそれを弄びながら、私に顔を寄せた彼がそっとささやいた。
「先輩、好きです」
大きく目を見開いて、息を飲み込む。
降り続ける雨の音に、彼の声が静かに掻き消されていった。