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小説サイト投稿作品22 「魔法のハンドクリーム」(ペンネーム:okieさん)


「魔法のハンドクリーム」(ペンネーム:okieさん)

〜LC編集部のおすすめポイント〜

「女」から「母」へ…幸せには違いないけれど、複雑な気持ち。
今は旦那となった彼にまた手をつないでほしい…そんな切なさがリアルに描かれています。

ハンドクリームひとつで、カサカサだった手にツヤがよみがえる。
また手をつないでもらえた藍子の喜びが手に取るように伝わってきます!
いつまでもときめきを忘れない夫婦でいたいですね♪

「女」から「母」へ

「カサカサ」

自分の手を見て、そう呟いた。
社内恋愛を実らせ結婚したのは3年前。あのときは毎日自分磨きに専念していた。
給料日には会社帰りにショッピング。コスメにも敏感で新色が出るたびにチェックしていた。
香水はあまり好きじゃなかったぶん、ハンドクリームやボディクリームにも拘って香りのいいものをつけてたっけ。

それなのに、今のあたしときたら、朝から家事と育児に追われて気がつくとカサカサ。
結婚と共にすぐ妊娠してあっという間に一児の母。そのとき、産まれた千陽はもう2歳。
ワガママ放題の大怪獣。イヤイヤ時期真っ只中であたしは毎日イライラしてる。

「ママーッ!ご飯!!」

千陽に呼ばれて急いで彼女のご飯を用意する。
結婚前は家事から逃げていたつけか、洗い物で手はカサカサでところどころ赤切れしてる。そんな手は自分で見ていても嫌になるけれど構っていられなかった。

気がつくと自分の周りにある服は動きやすい服が多くて、結婚前に買った服はほとんどタンスの肥やしになってる。それすら意識してなかった。
毎日、目まぐるしく過ぎて行く日々。
ヒールを鳴らしながら背筋を伸ばして歩いていたのがもう随分、昔に思えてしまう。それくらい自分の生活は一変してしまった。

それなりの幸せ

そういや久しく手も繋いでいないな。
千陽を連れて近くのスーパーに買い物に来ると、大学生らしいカップルが幸せそうに手をつなぎながらカゴに商品を入れていく。
最近、あたしが手を繋ぐのは千陽ばかり。大翔の手なんて触れることもなくなった。

「ほらっ」

デートの待ち合わせのときには決まってあたしより早く大翔が手を差し出してくれる。
藍子はすぐ迷子になるからなんていう名目で繋がれる手はとても幸せを感じた。大切に守られてる感じがしたんだ。

「ママーッ!!これ買って」

ふと手に温もりを感じると千陽があたしの手を握り、片手にはお菓子を握りしめていた。
今のあたしの左手は千陽の専用になっているな。

「ダーメ。このあいだこれ買って、千陽食べなかったでしょ?違うものにしなさい」

千陽の手をキュッと握りしめて片手でカートを押しながらお菓子売り場に行く。
千陽はパッと手を離してお目当てのものを見つけたみたい。

別に今が幸せじゃないなんて言わない。
好きな人と結婚して、子どももいて生活は変わってしまったけれど毎日、それなりに幸せ。
だけどふとしたときに考えてしまう。あたしはもう『ママ』でしかないんだなって。

そういや、洗剤が切れてたんだっけ。忘れるところだった。
ここのスーパーには食品しか売っていないから、買い物を済ませて駅前の薬局まで自転車を走らせることにした。

魔法のハンドクリームとの出会い

薬局に着き、洗剤をカゴに入れてレジに向かう。
千陽は大好きなキャラクターのバンドエイドを手にしていたけれど高いから却下。
グズる千陽を抱っこして歩いているとハンドクリームの場所が目に止まった。

せめて、ハンドクリームくらいは塗るかな。そこにあった試供品のハンドクリームを一つ手に取り、蓋を開ける。
甘くて癒される香り。そっと手に取り塗ってみると、カサカサだったあたしの手が少しだけ透明感を取り戻した。

「…いい匂い」
「チーも!チーも塗る。いい匂い塗る」

ハンドクリームを塗った手を嗅いでいると、横から千陽がピョンピョンと飛び跳ね、自分にも塗れと催促する。
仕方がないからほんの少しだけ手に取り、千陽の手にも塗ってあげた。

「いい匂い」

最近、なんでもあたしの真似をする千陽。自分の手を鼻に持って行き、匂いを嗅いでいる。
確かにこれなら香りもいいし、ツヤツヤになる。
カゴに入れようと手に取ったけれど、値段を見てそっと元の場所に戻した。節約、節約。

結局、その日はハンドクリームを買わず、洗剤だけを買って家に帰った。

カサカサの原因

晩ご飯は麻婆豆腐。千陽もモリモリ食べる。大翔はまだ帰ってきていない。
最近、残業続きで一緒に食事もできていない。土日の休みも趣味に没頭するか、連れて行ってくれたとしても買い物くらい。
千陽だって寂しがってるけれど、頑張ってくれているのに趣味を止めさせるのもなんだか気が引けた。

ジャーと水道の水を流して洗い物をする。相変わらず、荒れた手。
寒いからと水じゃなくお湯で洗うからだと原因はわかっているけれど、氷水のような冷たい手で洗い物をするなんて過酷なことできない。
母親にはよくゴム手袋をすればいいのと言われるけれど、それもなんだか手間で。結局、自分のカサカサの原因はあたし自身。

夜、遅く大翔が帰ってきた。千陽はもう夢の中。
携帯を見ながら、テレビをつけながらろくな会話もせず、食事を済ませてお風呂に入る大翔。
あたしはまたゴム手袋もせず洗い物をする。

「痛い!!」

さすがにハンドクリームも塗らずに放置しすぎたのか、あたしの赤切れは水に染みるほど酷いものになった。
濡れると痛いからバンドエイドを貼るもすぐに剥がれてしまう。自業自得。
ようやく嫌々ながらもゴム手袋をつけたけれど荒れた手はなかなか治らなかった。

そっと握られた左手

「ママーッ!!いい匂いのん!」

日曜、久しぶりに大翔がみんなで出掛けようと車を走らせ、ショッピングに連れてきてくれた。
そこで何かを見つけたように急にあたしの手を離し、走り出す千陽。
急いで追いかけるとニコニコと手に取っていたのはあの日のハンドクリームの試供品。

これいい匂い、塗ってと催促する千陽。後から追いかけてきた大翔にも、これいい匂いとやたらと勧める。

「はい、千陽。手、貸して」

また少量のハンドクリームを手に取って千陽の手に塗ってあげると、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる。

あたしも塗ろう。
手に取りゆっくりとそれを滑らせると、魔法がかかったかのようにあたしのカサカサで赤切れでボロボロの手が綺麗になっていく。
うん、やっぱりいい香り。

「それ、買わないの?」
「うん。だって高いもん」
「いいじゃん、ちょっとくらい。俺が買ってあげるよ」

試供品を棚に直し、その場を後にしようとすると新しい商品を大翔が手に取りレジに持っていく。
いいよと言って断るのに自分の財布からお金を出してハンドクリームを買ってくれた。

「はい、藍子。ちょっと遅くなったけどクリスマスプレゼント。いつもありがとう」
大翔からそう言って渡されたハンドクリーム。
クリスマスなんてもう随分前に終わってもう年だって明けてる。
それでもその気持ちが嬉しくて思わず瞳が潤む。

「ママ?大丈夫?お腹痛いの?」
「ううん、嬉しいの」

そっと握られた左手。
でも、それは千陽の手じゃない。
千陽を抱っこした大翔の手。

「じゃあ行こっか」
強く握り締められた手。
そっか、あたしこの手が恋しかったんだ。
千陽の手も好き。小さくて可愛い。
だけど大翔の大きく包み込んでくれるようなこの手が好き。
あたしが笑うと千陽も大翔も笑ってくれる。これがあたしの幸せ。

強く握り締められた手を大事にこれからもこの幸せが続きますように。

okieさん/著

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