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小説サイト投稿作品63 「カクテルよりもあまいkiss 前編」


「カクテルよりもあまいkiss 前編」

〜LC編集部のおすすめポイント〜

「地味な仕事を任されている地味な女」の友里のもとへ。
イケメンで仕事ができる上司、東課長が目の前に現れてから、すべてが変わった…
コンタクトレンズ、髪型、メイク、そしてドレス。
パーティーのためにと、まるで別人のように綺麗になっていく友里だが、やはり課長のことが気になって…

女の子がどんどん綺麗になっていく変身ストーリーってやっぱり女性の憧れですよね。
あくまで「パートナー」として参加したパーティーで、友里は彼を射止められるのか?
女性の複雑な心境が細かく描かれていて、共感できるシーンが多いのではないでしょうか。
彼もまた素敵な男性で、思わずキュンとときめいてしまいます♪

この日のために

月が輝く夜。季節は初夏に移ろうとしていた。梅雨前にはめずらしい透明な夜風が、微かに頬をかすめてゆく。

青山にあるレストランで開かれたガーデン・パーティ。
店の外に設置されたデッキから降りた中庭には短く手入れされた芝生が敷かれ、足元に置かれたアンティークのランプの明かりが夜をセピア色に染め上げる。
あちこちに配置された丸テーブルの真っ白なクロスの上には、銀に輝くお皿に色鮮やかなフランス料理が一口サイズに美しく盛り付けられ、パーティをきらびやかに演出している。

レストランには小さな「裏庭」もあるって聞いたけど、今夜は使わないらしい。
官庁の人達との会食なんていうから、てっきりホテルだと思ったのに。

個人宅を改造して造られたというレストランは、周囲を囲む背の高い木立に外界の賑やかな明かりや喧騒を遮断され、どこか「森の中」を連想させた。
隙のないセッティングはあの人らしい。

「こっちだ。中庭を案内する」

思わず感心すれば、その当の本人が、デッキに立つ私に手を差し伸べた。その姿を見て、私は内心、ため息をつく。
(まったく、もう…)

すらりと高い背。物柔らかで落ち着いた物腰。
涼やかな目元には微笑が湛えられ、いやになるほど、スリーピースのダークスーツが似合っている。

「課長…」

胸苦しさに、私は大きく深呼吸をする。

(しずまれ…心臓!)
デッキからゆっくりと階段を降り、ライトアップされた夜のガーデンへと踏み出した。
流れるような動きで私の手を受けた人がエスコートの位置に着く。
その人が選んでくれた明るいブルー・グレーの上品なイブニングドレスはワンピースタイプで、歩くと裾がゆるやかに揺れる。
店からデッキへ出たときからすでに、視界の端々で男の人の視線を感じて、逆に不安になる。

「大丈夫だ。何かのときは俺がちゃんとガードする」

耳元でそっとささやく低い声に、私はこくりと頷いた。
頑張らなきゃ…私はこの日のために綺麗になったのだから。大好きなこの人のために…

今思えば、一目ぼれ

染めもパーマも無い髪をゴムで束ね、太い黒縁フレームのメガネ。
特に目立った能力も無いし、そもそも、目立つのが苦手。
メーカーの品質保証管理部で、完成した製品を発売前に検査する地味な仕事を任されている地味な女。
それがつい、この前までの私。そう。東課長が私の前に現れてから、全てが変わった…。

あの日私は、冴えない青の作業着を着て椅子に座り、機械の前で前かがみになって新製品の検査に集中していた。
そんなとき、急に自分の手元が「ふっ」と暗くなって、私は初めて、誰かが自分の目の前に立ったのに気付いた。

「…?」

ぼんやりと手元から視線を上げてまず目に入ったのは、作業者ばっかりのうちの部では見掛けないスーツだった。
しなやかそうな生地に一見、無地のダーク・グレーに見えるけど、良く見ると色の濃淡と系統の違うグレーの糸が織り合わせてあるという、凝った作りのスーツ。
それは、製造部だけじゃなく、メーカーということもあってあまりおしゃれを重視する人の居ないこの会社では、滅多にお目に掛かれない。
さらにその上へと視線を上げると、とても高い位置からこちらをふわりと見降ろしている瞳とかち合った。背の高い人だった。

「石浦 友里(いしうら ゆうり)さん?」

そう言ってその人は、そつのない笑顔でにっこりとほほ笑んだ。
長く、きれいなラインで描かれている、一重にしては大きな目元が優しく歪んだ。
形の整った唇から発せられた落ち着いたトーンの声としゃべり方は、ぱっと見は20台後半の見た目からは想像できない余裕を感じさせた。

「は…はい。…っあっ!」

私はたぶん、どぎまぎして、赤くなっていたと思う。
検査のための器具が手から滑り落ちてしまい、ドタバタと焦った。
するとその人は、慌てることもなく、スッと差し出した長い指でテーブルから落ちた銀色の器具を難なく受け止めた。

「実はね。友里さんに折り入って頼みがあるんだ」

器具を私に返してくれながら、ごく自然に私の名前を口にした。
それだけでもかなりどきどきさせられたのに、次に出てきた言葉を聞いて、私は言葉を失った。

「今度官庁のお偉方を招いたパーティーを主催するんだが、エスコートする相手がいなくて困ってるんだ。 初対面でおこがましいのを承知の上で頼む。俺のパートナーとして一緒にパーティに出席してくれないか?」

まるで朝礼の定時連絡のように淡々とそして次々と繰り出される単語に理解が追いつかない。私は首をかしげた。

「ぱーてぃ?…ぱーと…なぁ…?」

その人は私の戸惑いなど、お構いなしで一方的に話を進めてゆく。

「友里さんは製品についても詳しいしいてくれると助かる。お礼といっては何だが、ドレスは俺がプレゼントする」

そこまで言い切ってその人は、“悪くないだろう?”と言いたげに、眉の端を少し上げた。
私がパーティ…この人のエスコートで?…おまけに…ドレスのプレゼントって…?
すっかり混乱した私の手は、器具を渡そうとするその人と指先が触れ合った途端にビクリと震え、またもやそれを取り落としそうになった。
次の瞬間、私の手は、その人の大きな手に器具ごとしっかりと包むように握られてしまっていた。
その人は、私の手を握ったまま、笑った。

「大丈夫?…もしかして俺のこと、警戒してる?こわがらないでくれよ。とって喰ったりしないから」

たった今までの整った大人の顔が、子どもみたいないたずらっぽい笑顔に変わった。
心臓が破裂するかと思った。今思えば、一目ぼれ…だったんだと思う。
それが、あの人、営業一部渉外課の東 由紀也(あずま ゆきや)課長との出会いだった。

東課長の噂は、同僚の女子達からよく聞かされていた。
噂の殆どは、イケメンで仕事ができる上に、全てにおいて対応が大人だというものだった。
扱いが難しい上司や、自分に絡んでくる女子のあしらい方。デキル男は全てにおいて、デキルのだ。と。
そして、「詩織さん」という、才色兼備と噂の高い、技術部の女の人と付き合っているとかいないとか…。

胸がふわっとあたたかく…

中庭に出るとすぐ、私の手にドリンクがないのに気付いた課長は耳元に口を寄せて囁いた。
そんなことをされただけでも、顔が熱くなる私は相当、このひとにまいっているらしい。

「アルコールは苦手だったな?残念ながら、ソフトドリンクは店の奥だ。誰かと会う前に飲み物を持ってきておく。少しのあいだ、独りで待てるか?」

そう言って私の顔を覗き込んでくる課長の表情は、少し、心配そうだ。
口が悪いくせに、そんな優しさをみせてくれるのが嬉しくて。
私は慣れない場所で独りになる心細さを隠してにっこり笑った。

「大丈夫です。こどもじゃありませんから」
「へぇ。そいつは初耳だ」

おどけて見せるその人に、私もちょっとむくれてみせる。こんな他愛ないやりとりで、何だか胸がふわっとあたたかくなる。
そんな、甘やかに動く本心を、そっと隠して私は言う。

「子ども扱い、しないでください」
「はいはい。じゃ、少し辛抱な…」

そう言って笑った課長は、私の頭を軽く叩いた。ダークスーツが、華やかな人々のあいだを縫うように消えた。

鏡の中の私

「え…?官庁の方々の接待?…東課長が?」
仕事の椅子に座ったまま、今度こそ落とさないように検査の器具を握りしめ、ことの詳細を訊き返した私に、東課長は「頼みたいこと」の説明を始めた。

「今度、うちで新製品を出すだろう?それを他社に先がけて販売したいんだ。 それには官庁の許可が要る。この製品は官庁の検査を通さないと販売許可が下りないからね。 その検査は工程が複雑だから、官庁は一度、“お試し検査”をするんだ。 その“お試し検査”にうちの製品を使ってもらえば、事実上、うちの製品は検査済みになるから、 他社が検査に掛かるころには、うちは販売に踏み切れる。 他の会社より先に売り出しておいて少しでもシェアを拡げたいんだ。わかるかい?」

東課長の切れ長の目が私の瞳を覗き込んだ。

私はますます戸惑った。

「何となくですが…でも、私でお役にたつんでしょうか?」
「今度のパーティにはその官庁の担当官の宮下さんも招待しているんだ。 接待をすることそのものは俺も慣れてるんでどうってことない。 ただ、製品知識について専門的なことを詳細に突っ込まれると畑違いの俺としてはさすがに心もとなくてね。 そこで、パートナーという名目で君にも傍にいてもらえれば俺としても心強い。 うちの製品を検査に使ってもらえるようにもっていく協力をして欲しいんだ」
「はぁ…」

私はあいまいに返事をした。いくら話を聞いても、他人事みたいだ。
でも、課長は私が難色を示しているのをものともせずに、顧客に製品説明をするみたいに淀みなく続ける。

「君ならうちの会社の検査官として、知識もあるし、立場的にも担当官にうちの製品を検査に使ってもらえるように依頼したとしても不自然じゃない」
「でも…」

正直、自信ない。
渉外部の課長が技術分野の詳細までは把握していないのと同じで、検査が専門の私は、パーティなんて無縁だ。
でも、東課長はといえば、私の鈍い反応をさらっと無視して既にことを勝手に決めたようだった。
その細長い指をあごに添えて思案顔でこちらを見た。

「まずは…その、メガネだな」
「は?」

その日、東課長は私の上司に掛け合って私を定時で退社させるように手配した。
我が品質保証管理部の部長は昔堅気の頭がカタイ人として有名で、その部長を難なく説き伏せたと聞いて、東課長の交渉能力には呆れるやら感心するやら。

そして、連れて行かれたのは…。

「眼科…?」

病院の看板の前で訝しげに課長を振り返った私に、東課長は当然のことのように答えた。

「そうだ。ここでコンタクトに換えるんだ」
「!?」

それからは、怒涛のように全てが東課長のペース。
コンタクトの次は、サロン。長い髪をセミロングに切ってゆるいパーマをかけて色も明るく染め変えられた。
それだけで、鏡の中の私は別人だったのに。

従兄からのプレゼント

「従兄がメイクアップ・アーティストでね」

そういう東課長に連れて行かれたのは、都心にある大手デパートの一階。
きらびやかなフロアにでんと構える、外国メーカーの化粧品売り場だった。

「ユキ!!久しぶりじゃない!あらぁ?可愛い子ねぇ?」

出てきたのは、どこから見ても、おしゃれな『男の人』。でも言葉や仕草は女性そのもの。
東課長の従兄さんは、「オネエ」という類の人らしかった。
その人にお化粧され、ひとりでも再現できるように今更だけどお化粧のノウハウを教わった。
それはまるで、魔法にかかったかのようだった。

「あ、そうそう、ドレスも渡されてるのよ、ちょっと着てみて…あら〜、ちょっと!ぴったりじゃないの!! サイズまでドンピシャなんて、ユキったらあなたのこと、どんな目で見てんのよ、ねぇ〜?エッチな男よねぇ!」

けらけらと笑いながら促され、姿見を見た。
そこに映っていたのは、淡い色のやわらかなイブニングドレスを着て、信じられないほど綺麗になった自分だった。
今までの自分が見たら、絶対に、“羨ましい”と思ったはず。ううん、自分だなんて、気付かないかも。

「素材がよかったのねぇ!どっから見ても、“非の打ちどころのない美人”よ〜。ねぇ、ユキ?」

従兄さんの問いかけに、私を見た東課長は軽く肩をすくめて、「まぁ、そんなもんだろうね」と、あっさり答えた。

何だか。ちょっとがっかりした。
少しはお世辞でも、“綺麗になった”ぐらい、言ってもらえるかも?なんて、ほのかな期待していた私…。
でも、帰りがけ、従兄さんが東課長に聞こえないように私に囁いた。

「ユキが女の子連れてきたなんて、初めてよ。あのコ、根が照れ屋だから、あんな言い方したけど、 本当は、絶対、綺麗だって思ってるわよ。あの“素っ気ない態度”が証拠。自信もってね!」

そうして、1本のリップを渡してくれた。

「これね。ワタシからのプレゼント。 当日、つけていくといいわ。あ、当日まではおあずけよ?約束ね。その方が効果的だから!」

にっこり笑ってウインクする従兄さんに、私はお辞儀をした。

必死の笑顔で

ソフトドリンクを取りに行った課長は、なかなか戻らなかった。
女がひとところに立ち止まったままでいると目立つらしい。入れ替わり立ち替わり、男の人に声を掛けられる。
人みしりの私は、必死に笑顔を繕いながら誘いをかわすのも苦痛になって、つい、その場を逃げるように動いてしまった。

店の隅に、グランドピアノが置いてある。そこだけ、忘れ去られたように静かな空間ができていた。
逃げ場を見つけてホッとした私は、その脇にあるソファにそっと腰掛けた。
でも、ここでさえ、安住の地とはならなかった。東課長を探しに行こうか迷っていると、にこやかに語りかけてきた男の人がいた。
東課長から聞かされていた…検査官の宮下さんだった。

「こんばんは。私が担当官の宮下です。さすがは東さんだ。こんな素敵なところでパーティなんて、なかなかないな。 東さんから伺いましたよ。検査官をされているとか。こんな可愛い方と一緒に仕事ができるなんて、あなたの職場の方はラッキーだ」
「あ…いつもお世話になっております」

差し出された名刺の名前を見た私は、慌てて立ち上がるとお辞儀をする。緊張を隠して必死に笑顔をつくった。

「あ。どうぞ座って。堅い挨拶は抜きですよ。おや?飲み物はお持ちではないですか?…あ、君」

宮下さんがボーイさんを捕まえて何か小声で話すと、ボーイさんは心得たように頷いて去っていった。
ほどなくして現れたボーイさんが手にしていたグラスには、オレンジ色のきれいな飲み物が注がれていた。
宮下さんがそれを私に差し出した。

どうしよう…東課長はまだ戻らない。
でも、この人は、うちの会社にとっても、東課長にとっても、仕事上大切な人だと聞いている。
断れば、気分を害するかも…。

「…ありがとうございます」

私は重い気持ちとは裏腹に、笑顔を取り繕って小さく頷くと、そのグラスを受け取った。

後編へつづく…

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