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小説サイト投稿作品68 「濡れた唇の誘惑 後編」


「濡れた唇の誘惑 後編」

〜LC編集部のおすすめポイント〜

職場で憧れの藤野さんに片想いをする優奈のお話です。
バレンタインデーというイベントや尊敬している先輩の安永さんとの関わりでウェディングプランナーとして成長していく優奈を、つい応援したくなってしまいます!

ホワイトデーの夜、奇跡が起きる?!優奈の想いは実るのか?気になる藤野さんの心中は?
長編ですがどんどん読めてしまう作品です。感情移入できるポイントも多く、読みやすいですよ♪

突然の誘い

私がすべての接客を終え、スタッフルームに戻ると、会議室から支配人と安永さんを含んだ数人が出てきた。

「お疲れ様です。今までずっと?」

会議室に入ったのは、たしか…15時くらいだ。今、21時だから、6時間も?

「ううん。途中で行き詰っちゃって、休憩がてら支配人にカフェに連れて行ってもらったの」

と言っても、休憩なんてせいぜい1時間くらいだろう。だけど、安永さんの顔がとても輝いている。
充実した時間を過ごしたに違いない。彼女の仕事に対する情熱は、誰もが認めるものだった。
多分…安永さんには厳しかった旦那様の桐生さんも、その点は認めていたはずだ。

「安永さん、今日は泊まりですよね」
「うん」
「ご飯、いきませんか?」

もちろん「OK」の返事がもらえるとばかり思っていた。でも…。

「ごめん。そうしたいのはヤマヤマなんだけど…」

安永さんはとても照れくさそうな顔をして、口を開く。

「実は仕事を終えてから、こっちに向かってるの…あの人」

彼女のはにかむ笑顔で『あの人』が桐生さんのことをさすのだと、すぐにわかった。

「今回は大きなプロジェクトだし、今日は担当の仕事があってこっちに来られなかったんだけど、明日顔を出す予定なの。それに…ほら、今日ホワイトデーでしょ?」
「あっ!」

ホワイトデーだなんて、すっかり忘れていた。
それにしても、ホワイトデーだから一緒に過ごすなんて、なんてロマンティックな夫婦なのだろう。

「優奈ちゃんだって、お誘い、あるかもよ?」
「そんな…ありませんてば」

だけど『お誘い』と言われて、一瞬、藤野さんの顔が浮かんだ。
安永さんは「また明日来ます」と元気に帰って行った。

「だけど、もう帰っちゃったんだよね…」

藤野さんは、今日は早番だった。
だから、私と入れ違いに帰ってしまっていて、もうオフィスにはいないのだ。当然、お誘いなんてなかったし。
自分のデスクに戻ると、デスクの上にいくつもの小さなプレゼントの包みが置かれていた。バレンタインのお返しだろう。
ひとつひとつを見ていくと…私の好きな焼き菓子が多い。バームクーヘンや、かわいらしい色とりどりのマカロンもある。
それぞれに誰の贈り物か名前がついていたけれど…藤野さんからのものは見当たらなかった。

思わず出そうな溜息を呑み込む。
あんなに喜んでくれたから、もしかしてと期待した自分が悪い。
義理チョコの中のひとつとしてしか意識されていないのはわかっていたのに…。
なんだか泣きそうになった私は、慌てて事務所を飛び出した。

星が綺麗な夜に

今日は、星がきれいだ。昨日降った雨のおかげで、空気が澄んでいるのかもしれない。
南西の方角に見える上弦の月が、私を照らしてくれる。
楽しそうに帰って行った安永さんは、今頃桐生さんと会えただろうか。そんなことを考えながら、思わず溜息をついた。
会社から一番近い駅は、いつもより心なしか人が多いように感じる。
しかも、カップルが多いのは、今日がホワイトデーだからだろう。

「新井さん」
「えっ?」

バッグの中から定期を出そうとしていると、突然後ろから呼び止められて驚く。

「えっ?藤野、さん?」

そこにいたのはあの優しい笑顔の藤野さんだ。

「お疲れ様」
「お疲れ様です」

わけもわからず挨拶を交わすと、彼は驚いたような顔をしている。
そして、突然私の手首を引っ張って、駅から出ていく。

「ちょっと、藤野さん。どこに?」

なにも言わずに足を速める彼に問いかけても、彼は歩みを止めない。
そのまま彼は、近くの公園まで私を連れて行った。

「藤野さん?」

彼は公園の東屋で私の手を放すと、ジリジリ詰め寄ってくる。

「あ、あの……」

柱にぶつかってしまった私は、そのまま彼の顔を見つめていることしかできなくなった。

「メイク、変えたの?」
「はい。安永さんが、私には私に似合うメイクがあるはずだって言うから、メイクさんに教えてもらって」
「そう」

なんだか焦った様子の藤野さんは、大きな溜息をついた。

「すごく、似合ってるよ」
「ありがとうございます。あのっ…」

外灯の淡い光に照らされた藤野さんはいつもと違う。柔らかい雰囲気がまるでないのだ。

「ずるい」
「ずるい?」

私が言葉の真意をはかりかねていると、彼はさらに一歩近づいてきた。

「そんな濡れた唇で誘われたら、歯止めが利かなくなる」

彼は動けなくなった私にゆっくり手を伸ばして、私の頬に触れる。
ドクドクと鳴りだした鼓動が、彼にまで聞こえてしまいそうだ。

「好きだ」
「えっ」
「会社で優奈を見ているだけで幸せだった。だけど、もう我慢できない」

藤野さんに初めて『優奈』なんて呼ばれて、息ができなくなるほどの緊張が走る。

「俺と付き合ってくれないか?」

彼からの思わぬ告白に、唖然とする。

「ダメ、か?」

少し眉間にしわを寄せた藤野さんが、真っ直ぐに私を見つめる。

「私…」

なんだか胸がいっぱいだ。彼が私のことを好きだなんて。

「ダメじゃ、ないです」
「それじゃあ」
「私も…藤野さんのことがずっと好きでした」

思い切ってそう口にすると、緊張のあまり、ポロリと涙が一粒こぼれた。

「優奈……大切にする」

そう言った彼は、私の顎に手をかけ、ゆっくり近づいてくる。
彼が本当に私のことを?あまりの急展開に、思考がまったくついていかない。
だってさっきまで、彼からお返しがなかったって落ち込んでいたのだから。
少し潤んだような彼の目は、私から視線を外さない。そして私も…その瞳に吸い寄せられるように、瞬きさえできなくなってしまった。

「好きだ」

その言葉をきっかけにそっと目を閉じた私に、彼は唇を重ねた。
やがて離れて行った彼は、息づかいを感じるほどの距離で私を見つめる。
そして、さっき重なったばかりの唇に指を這わせる。

「グロス、とれちゃった、な」

いつもの彼に戻ったことで緊張が緩んだ私がクスッと笑うと、彼は私を強く抱きしめた。

「すごく、うれしい」
「私も……うれしい、です」

まさか今日、こんな告白をされるなんて思ってもみなかった。
彼の腕に包まれて、幸せを噛みしめる。彼から告白されるだなんて、夢のようだ。

「メイク、似合ってるよ」
「本当ですか?」

私が彼を見上げると、彼はいつもの笑顔を見せてくれた。
驚くことに彼は、バレンタインのお返しに食事を誘おうと、私の帰りを待っていたのだと言う。
なんの約束もしていなかったのに。

「危なかったです。安永さんとご飯行こうかと思ってました」
「安永さんは桐生さんと一緒だろ?」
「どうして、知ってるんですか?」

あははと笑う藤野さんは、私にスマホを見せる。

「桐生さんの惚気、いつも聞いてるから」

クールな印象の桐生さんが、惚気たりするんだろうか。

「桐生さんが上京する時、いつも飯に行ってるんだ。だけど今日は野暮用で行けませんって電話したら、安永さんが飯に行こうって言ってるから、明日の昼にしてくれだって。これってさり気ない惚気だろ?」
「あはは」

藤野さんの言うとおりだ。間接的に惚気ている。
だけど…尊敬する先輩との食事より、私を優先してくれたことを知って、ますますうれしくなった。

夢のような時間

藤野さんは私を雰囲気のいいレストランに連れて行ってくれた。
そこは、あまり大きなお店ではなかったけれど、
一歩足を踏み入れるととてもいい匂いが鼻をくすぐった。

「さて、優奈お酒いけるんだっけ?」
「いえ、甘いのしか」
「それじゃ、カクテルかな」

こうしてふたりきりで向かい合っているのが信じられない。
そして、あの唇が私の唇に触れただなんて、夢だとしか思えない。

「ここ、桐生さんに教えてもらったんだよ」

注文を済ませると、藤野さんが口を開いた。

「一緒に来るんですか?」
「そうそう。だから実は…優奈のことも相談してた」
「えっ!」

驚いた。ふたりが恋愛の話をしているところなんて想像できないし。
それに、彼に”優奈”って呼ばれるのがくすぐったい。

「もうずっと前から、優奈のこと好きだったんだ」
「そう、なんですか」

藤野さんは恥ずかしそうにコクンと頷いた。

「当然安永さんも桐生さんから聞いて知ってて、早くしないと誰かに取られちゃうぞって、わざわざ電話がかかってきたこともあったな」

安永さんが、そんなことを?

「あっ!」
「どうかした?」

それで安永さんはあのとき『まだ進展なしなの?』なんて口走ったんだ。

「いえ…」
「だけど…なかなか告白できなかった。俺、優奈のことが本当に好きで…もし断られたらって女々しいことを考えて、怖くてさ」

苦笑する彼が、なんだかかわいらしいけど、私だって同じだ。
もしも断られてしまったら、これから同じ職場でどう付き合っていったらいいのかわからないと思っていたから。
だから、安永さんが桐生さんに受け入れられるかどうかわからないというのに、
ローズパレスを辞め、彼を追いかけて行ったと聞いたときは本当に驚いたし、
自分の気持ちに素直になれる彼女を、カッコいいとも思った。私には、そんな勇気がなかったから。

「だけど、今日の優奈を見て、すごく焦った。こんなにいい女、安永さんの言うとおり、誰かに取られちまうって」
「そんな…」

なんだか恥ずかしかった。メイクを少し変えただけで、藤野さんを焦らせただなんて。

「俺、社内恋愛するからには、先に結婚を見据えてる」
「結婚…」
「いつかローズパレスのバージンロードを、優奈と一緒に歩きたい。そのつもりで、付き合ってほしい」

そこまで考えてくれるなんて。藤野さんの真剣な思いに、心が震える。

「だけど、安永さんが、そんなの当たり前だって。優奈を泣かせたら、私が許さないって」
「安永さんが?」
「そう。今日、帰るときにすれ違って、優奈に結婚を前提の付き合いを申し込むって伝えたんだ。そうしたら、そう言われた」

安永さんの心遣いに、泣きそうになる。ずっと面倒を見てもらった私は、彼女になんの恩返しもできていない。
それなのに、辞めてしまった今でも、私のことを気にかけていてくれるなんて。

「私…藤野さんのそういう気持ち、とてもうれしいです」
「ありがとう。そう言ってもらえると、俺もうれしい」

結婚だなんてまだピンとこないけど、もしそういうゴールにたどりつければ、最高だ。

「だけど俺たち、本当にいい先輩に恵まれたよな」
「はい」
「絶対に優奈を泣かせたりしない」

たくさんの人の思いを知って胸がいっぱいになった私は、
もううなずくことしかできなかった。

濡れた唇の誘惑

それから藤野さんとの会話が弾んだ。普段長い時間を共にしている彼とは、とても話が合った。

「俺……困ったことがあるといつも、桐生さんならどうするだろうって考えるんだ。だけど、桐生さんとはあえて違う方法で乗り越えられないかなとも考える」
「どうしてですか?」

私は不思議に思った。

「桐生さんが成功してきたのは、自分で道を切り開いてきたからだと思う。だから努力に裏付けされた自信もある。ああいう男になりたいと思うんだ」

桐生さんのことを目を輝かせて話す彼に好感が持てる。
目標にする人、尊敬する人だってよく伝わってくるし、目標に向かって努力を重ねる藤野さんを心からすごいと思う。
私も、安永さんに対して同じような尊敬の気持ちを抱いているけど、藤野さんと違うのは、真似をして近づこうとしたことだ。

「私……安永さんの真似をすれば、彼女に近づけるんだと思ってました」
「真似は大切だよ。だけど、それだけじゃ優奈のよさが消えちゃうだろ?」

私のよさ…か。今までよくないところをどうしようかとばかり考えてきたけど、いいところを伸ばすというやり方もあるのかもしれない。

「メイクだって、今まで安永さんの真似てただろ?」

そんなことまで、気づいていたの?

「なんで知ってる?って顔してるな。言っただろ。俺はずっと前から優奈が好きなんだ。穴が開くほど観察済み」
「そんな…」

思わず吹き出した。観察だなんて、おかしくて。
見られていたかと思うと恥ずかしいけど、同時にうれしさもこみあげてくる。

「そんなに笑うなよ。これでも真剣な告白なんだぞ」

藤野さんは優しく微笑んで、私の唇に手を伸ばす。

「優奈に本当に似合ってる」

彼が唇に触れた瞬間、ゾクッとした感覚が体を走り抜ける。

「優奈が、好きだよ」

私は胸がいっぱいになってしまって、うなづくだけで精いっぱいだった。
私のことを好きだと言ってくれる人がいるというのは、とても幸せなことだ。

「そうそう。このあいだ桐生さんと電話してて、優奈からのバレンタインが義理チョコだったってへこんでたら…」
「いえっ、あれは、あの……」

本命だったのに。藤野さんに気持ちを伝える勇気がなくて、皆と同じモノだったから仕方がないかもしれないけれど。

「なに待ってるんだ。自分から行けって叱られた。ホント、その通りだ」

バツの悪そうな顔をした彼は、運ばれてきた料理に手を付けた。
運ばれてきた料理はどれも美味しくて、大満足だ。
それは、藤野さんとの恋が成就したという、うれしい出来事のスパイスが効いているからかもしれない。

「お手洗い行ってきます」

食事がすべて済むと、私は席を立った。せっかく褒めてもらったのだ。
私はメイクさんにもらったグロスを取りだすと、取れかけてしまっていたグロスを塗り直した。

「お待たせしました」

席に戻ると私の顔を見た藤野さんは、一瞬目を見開く。

「それじゃ、行こうか」
「はい」

私達はレストランをあとにした。

「ごめん、遅くなっちゃったね」

彼との会話があまりに盛り上がって、もう23時半を超えている。

「私は明日も遅番なんです。藤野さん、朝早いでしょう?」
「そんなこと、気にしない。一秒でも長く、優奈と一緒にいたいから」

さらっとうれしいセリフを口にする藤野さんは、私の手を握って歩き始めた。好きな人と一緒だと、ただこうして隣を歩くだけでも心が躍ることを知った。
終電間近な電車に乗った私たちは、片時もつないだ手を離さなかった。
やっと思いが成就したのだ。もう離れたくない。
マンションまで送り届けてくれた彼は、エントランスで私の手を強く引いて抱き寄せたあと、壁に私を押し付け、唇を重ねた。
こんなところで…誰か来るかもしれないのに。そう思ったけど、その危うさが、かえって私の気持ちを高ぶらせる。

「優奈」

ゆっくり唇を離した彼は、鼻と鼻が触れるほどの距離で、私の名を口にする。

「その唇は危険だ。男を本気にさせる」
「えっ?ん…」

再び私の唇を奪った彼は、今度は私の唇を割って入ってきて、激しく口内を犯し始めた。
いつもとは違う”男”を全開にした彼に少し驚いたけれど、幸せすぎて涙がこぼれる。

「藤野さん、こんなところで…」

ハッと我に返った私がようやくそう口にすると、「また、取れちゃったな」と私の唇に指を這わせる。

「本当は、もっとゆっくり進むつもりだったのに。この唇が悪いんだぞ。俺を誘うから」
「そんな…」

クスッと笑いながらそう口にした彼は、私をもう一度抱き寄せて囁く。

「帰したく、ない」

私はその言葉に返事をする代わりに、彼の背中に回した手に力を込めた。

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