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小説サイト投稿作品69 「天使な君の悪魔な誘惑」


「天使な君の悪魔な誘惑」

〜LC編集部のおすすめポイント〜

いい香りのする彼女に一目惚れして、その手をとって学内を走り抜け…
女性が一度は憧れてしまうようなシーンがたくさん詰まった作品です。
お兄さんの存在もスパイスになっています♪彼の必死さもまた可愛いですね。

こんなふうに、気になる人に追いかけられてみたい!と思う方も多いのではないでしょうか?
2人の様子が微笑ましく、その後の未来が気になります!

僕を夢中にさせたもの

(なぁ…このコ、可愛くね?)

大講堂での大学の講義は嫌いじゃない。経済学は好きだから尚更だ。
大講堂はひろびろしていて、教授がマイクでマルクスについて語る声が響いて、なんていうか、開放感がある。
だから、高校からの親友=悪友の、いつもだったら「くだらねー」と一笑に付す囁きに、ちょっと意識を向けてみる気になったんだ。

(何だよ。背中しか見えないじゃん。それで何で可愛いってわかるんだよ。)

僕はひそひそ声で隣の親友に抗議した。
親友の斜め前の席に座る、その女の子は当然のことながら後ろ向きだった。 そんなんで顔が可愛いとか、コイツ、何言ってんだ。

ただ…ほっそりとした肩にゆるやかにかかる、艶やかなセミロングの髪がとても可憐な印象を醸し出していた。
鼻息も荒く、親友は即座に反撃してきた。こうなるともう、マルクスもへったくれもない。

(香りだよ。カオリ。ほら、シャンプーみたいな、爽やさの中にもそこはかとなく漂う気品ある甘さっていうか、清楚な色気っていうかさ…)

(お前は化粧品の評論家かよ。「清楚」と「色気」が両立するわけねーだろ。だいたい、女の使ってるシャンプーの香りなんて、どれもこれも大体一緒…)

そこまで言って、僕は言葉を失った。教授の不機嫌そうな視線と目が合ったのも理由の1つだが、 窓から入ってくる5月の風とともに、僕の鼻腔に認めたくないが親友の評論通りの香りがふわりと届いたからだ。
そのときだった。教授の視線をたどった彼女が僕を振り返ったのだ。

その瞬間―
僕の心は、黒曜石のような、深い黒の瞳に吸い込まれてしまったようだった。 いたずらな風が、追い打ちをかけるように、彼女の魅力を香りに変えて僕を刺激した。
僕は、彼女から目が離せなくなった。彼女が僕の視線が自分に向いていることに気がついた。
思いもかけず僕と目があった彼女が驚いたように長い睫毛を伏せるのと、親友が僕の脇腹を小突くのと、抗議の視線を無視された教授が 講堂中にマイクの声を響き渡らせるのが、ほぼ同時だった。

「あーー。そこの君。君の興味は資本論よりもそちらのお嬢さんにあるようだ。聞く気がないなら出てゆきたまえ」

僕の母は北欧系のクオーターだ。
母から受け継いだ顔立ちと身長のおかげで、こう見えて女の子には不自由していなかった。 その気になれば、彼女ぐらい、がっつかなくったってできるとタカをくくっていたはずだ。
それなのに。
ちょうど、それまで付き合っていた子と別れたばかりで、どうかしていたとしか思えない。
そうじゃなきゃ、その場で立ち上がり、静まり返った講堂で
『確かに彼女に見とれていました。一目ぼれってやつかもしれません。でも、マルクスも好きです。だから出て行きません』
なんて、宣言したりなんかできるもんか。

その後はもう、メチャクチャだった。
教授はそれ以上、僕に出て行けとは言わなかったが、 マルクスそっちのけで突然、ゲーテなんか暗誦したかと思えば独自の恋愛論など展開し始めちゃうし、 親友にはブーブー文句を言われるし、周囲の視線は痛いし。
…でも、肝心の彼女は顔を真っ赤にして慌てて前を向いてしまい、とうとう、 授業が終わるまで振り向いてはくれなかった。そりゃそうだ。

講義が終わると、それを待ちかねていたかのように、 彼女は手早く荷物をまとめ、周囲の好奇の目から逃げるように講堂の入口へと足早に去ろうとする。
僕は、構わずノートや筆記具をリュックにぶちこむと、親友の制止の声も聞かずに彼女に走り寄った。

「ね、君、待って!…ごめん!」

おびえたように僕を振り返る君の瞳は、やっぱり吸い込まれそうで。 息をのむ。彼女の視線が、そっと周囲に走らされる。
ふと周りを見回せば、それこそ講堂中の学生が動きを止め、 ことの成り行きを見定めようと、こちらに注目しているようだった。暇な連中め!

「こっちへ!」

僕は咄嗟に彼女の手首を掴むと、講堂の外へと走り出た。

「きゃ…」

手首は細く、強く掴んだら折れてしまいそうだった。

「あ…あのっ…」

戸惑う彼女の唇は赤く、そこから漏れる声は柔らかに耳に響く。僕は走りながら言った。

「ここから離れよう。その方がゆっくり話せる!」

「え…?話す…って…?」

「いいから。外野の邪魔がないところへ行こう」

僕は彼女に抵抗する隙も与えず、走り続けた。彼女は僕の勢いに押されたのか、素直に手を引かれて走る。
どうやら多少は有名人らしい僕は、キャンパスのところどころで女の子に声を掛けられる。

「…瞬…!その子、何?」

途中、そんな声が聞こえた気もした。だけどそんなもの、今は無視だ。
講堂から大して離れていない場所には芝生が敷かれたキャンパスの広場があり、 その南側に、大きな木が立っている場所がある。オープンだけど、奥まっているぶん、人目にはつきにくい。
今日は天気も良く、青空の下、木は芝生に涼し気な木陰を落としていた。僕の特等席。そこに彼女を連れてゆくと、ようやく、足を止めた。

彼女を見ると、白い肌を上気させた横顔は、まだ少し、苦しそうに息を弾ませていた。
綺麗な黒髪がすこし乱れて頬にかかり、白いワンピースを着た姿に、不覚にも僕は、 天使を間違って連れてきちゃったみたいだ…なんて思ってしまった。

ふわりと漂う

「…ごめん…名前、まだ聞いてなかったね。…僕は、篠原瞬」

僕の言葉に、彼女が視線を上げた。でも、何も答えない。
戸惑うような表情のまま、答えようかどうしようか、迷っているようだった。
また、あの「香り」がふわりと漂う。まったく、どうしちゃったっていうんだ。
女の子と話すのが初めてなわけじゃないのに、上手く言葉が出てこない。

「…ごめん。なんだか、これじゃまるで誘拐だよな」

言うに事欠いて「誘拐」ってなんだよ!自分で自分の頭を叩きたくなった。
思わず、口を手で押さえてそっぽを向いてしまった僕。最悪だ。ちっとも、イケてない。
この、落ち着かない感情は何なんだ!
でも彼女はそんな僕を見て、かえって安心したようだった。クスリと肩を震わせて微笑した。

「私…ここの学生さんじゃないんです。聴講生だから…」

やっぱりとても、柔らかな声だった。

「そうか…聴講生だから、見かけたことがなかったんだ…」

納得した。いや、それ以上に、この笑顔…。やばい…頭の芯がぼーっとなる。
と、少しためらった後、彼女は思いもかけないことを言った。

「それもありますけど…いつも、篠原…さんは、前の方の席で、一生懸命、講義聞いていますよね? 私はいつも後ろの方の席に座っているから」

そう言って、濡れたように光る睫毛を伏せた。

「え?」

もちろん、これでなぜ彼女が今まで、ぼくの視界に入ったことがなかったのか納得いったけど、 それより僕が気になったのは、僕が講義を熱心に聴いていると彼女が言ったことだった。
もしかして、彼女は以前から僕を知っていた…?それだけで、有頂天になる。
ああ…相手の言動に一喜一憂って、こういうことか。しっかりしろ!僕!
自分に喝を入れ、なんとか彼女に近づけないかと知恵を絞る。

「そうか…でも、ということは、知り合いもあまりいないんじゃない? 僕でよければ…その…あの…そうだ!ボディーガードとか!…どうかな?」

「ボディー…ガード…?」

彼女が怪訝そうに僕の顔をうかがう。

「そう、年中無休。今ならお試し期間で完全無料。そこそこ、役に立つと思うよ? ほら、この学部、男ばっかだし、君みたいに可愛いと…その、何かと、不安かなーなんて…やっぱ、ダメかな…」

自分がここまで強引に連れ出したことなど棚に上げ、まるで、一日無料体験実施中の住居用モップのセールスマンばりの売り込みをしてしまう僕。
あほか。何だよ、ボディーガードって!?自分で自分にツッコミを入れる。
“よかったら、僕と付き合わない?”って何で、今までの女の子達相手みたいにさらっと言えないんだよ!

彼女の澄んだ、黒い瞳で見つめられたら、なんか、ヨコシマな気持ちが恥ずかしくなったっていうか…。
何だよ、この弱気さって…カッコ悪さ超ド級の自分に内心頭を抱えたとき、
静かで、それでいて空気を震わせるような低い声が響いた。

触れたいあの髪

「…これはまた、奇特な騎士もいたもんだ。どうする?愛?とりあえず、お試し期間だけでも利用させてもらうか? また、突然、何処かへ連れ出そうとする輩がいないとも限らないからな」

突然、振りかかった、予期しない声に飛び上がらんばかりに驚いた。
振り向くと、そこには、ダークグレーのスーツのスラックスに片手を突っ込んで立つ、背の高い男の姿があった…。

「…由紀也さん!」

「…え?」

し…知り合い?っていうか、まさか…この展開は…彼氏?がっくりと膝から力が抜けそうだ。

「そろそろ授業が終わるころだと思って迎えに来れば、逃避行よろしく手を取り合ってこちらに走ってくるのが見えたんでな」

男の年齢は一見、20台後半に見えた。
でも、そのスーツの広い肩に纏うのは、30代と言っても通るような大人の男の余裕のそれで、大木の幹にゆったりともたれている。
――だめだ…太刀打ちできない…。その迫力に、僕は一瞬、弱気になった。
校内は禁煙ということすらモノともせずに、くゆらす煙草の煙に鼻腔が刺激されてくしゃみが出た。

「っ…くしゅっ…も…もしかして…彼氏?」

なるべく、鼻で呼吸しないように気をつけながら、必死で平然を装い訊いてみる。
彼女が慌てて口を開いた。

「あ…由紀也さんは…」

「そうだ、と言ったら?」

ふっと笑うと、彼女の声を遮って男が答えた。

「あなたには聞いてません」

男に笑われたことで、妙に気持ちが落ち着いた。
僕は彼女に向き直った。

「この人がもし、君の恋人なら、僕はきっぱり諦める。 でも、もし、そうでないなら…僕にチャンスをもらえないか?  君が聴講に来ているあいだ、僕にボディーガードをさせて欲しい。 そしてもし、その先、もし、君が僕を気に入ってくれたなら、僕と、付き合って欲しいんだ」

彼女の瞳が見開かれた。細い指を口元にあてて、信じられないという顔をしている。

「私…いつも真剣に講義を聞いているあなたを見ていて、きっと、経済学が好きなんだなって。 いつか、一緒に話せたらって思っていたの」

「え!?…ホント?」

慌てて彼女の顔を覗き込むと、恥ずかしそうに小さく、小さく頷いた。

「っしゃぁ!!」

思わず、ガッツポーズをする僕。ん?…待てよ。ってことは、この男は…?彼女が、僕の視線に気づいた。

「由紀也さんは…私の兄なの」

「兄…。」

ホッとしたのは束の間だった。
ことの成り行きを黙って見ていた男は、憮然とした顔で煙草をシガレットケースに揉みつぶすと、悠然と彼女に近付き、当たり前のように彼女の頭に手を置いた。

「兄と言っても、親が再婚同士の連れ子でな。血の繋がりはない。…いいか?  あくまで、聴講中はボディガードだ。その間、妹に相応しくない振る舞いがあれば、話は白紙だ。 もちろん、手を出したら俺が許さん」

「血のつながりが…ない…」

またモクモクと不安が募る僕の心中を察したか、男の指が、まるで見せつけるように、彼女の髪を梳くように撫でる。
その仕草がいかにも愛し気で、僕は猛然と嫉妬心に駆られたが、掌をぐっと握りしめて堪えた。

「由紀也さん…」

彼女が困ったように兄と僕とを交互に見比べている。
深呼吸すると、自分でも驚くほど冷静に声が出た。

「…わかりました。でも、聴講が終わった時点で、彼女が僕に好意を持っていてくれたら、認めてくれますね?」

ふん。と兄は鼻を鳴らした。

「いいだろう。せいぜい、頑張るんだな。――愛。行くぞ」

兄の言葉には逆らえないらしい。彼女が、心配そうにこちらに会釈をした。
彼女、東 愛(あずま あい)の兄は、僕には一瞥もくれず、まるで恋人でも連れてゆくかのように愛の髪に手を置いたまま、彼女を連れ去った。
門の外をそっと窺うと、これ見よがしの外車が停まっていた。
これ以上ない完璧なエスコートで妹を車に乗せた彼女の兄は、羨望の視線を送る女子学生を尻目に、低いエンジン音を静かに響かせて走り去った。

(いくらなんでも、あれはやりすぎだろっ!?シスコン兄っ!)

罵倒する言葉もまさか、まがりなりにも彼女の兄に吐くわけにはゆかず…。

「瞬くん?どうしたの?」

キャンパスの学生門の影から外を窺っているという、明らかに様子の怪しい僕を見つけ、女の子達が話しかけてきても、頭の中が彼女一色に染まっていた僕には何も届かなかった。

「あ〜〜〜〜っ!! あの髪、触りて〜〜〜!!」

このときから、僕の苦悩の日々が始まることになる…。

私の気持ち

最近、由紀也さんは車を変えた。紺色の外車で、みんなが知っている高級車と言われる車種らしい。この車で私の短大まで由紀也さんが迎えに来ると、友達が羨ましがる。
でも、私はそういうの、よくわからない。

お母さんが再婚したのは、私が小学6年生のとき。その時、新しいお父さんの息子さんだった10歳年上の由紀也さんは大学4年生。
優秀な成績で卒業して、一流企業と言われる会社に入社した。
カッコよくて優しくて、大人のお兄さんが私の自慢になった。
由紀也さんはモテたからすぐに彼女ができたけど、いつも私を優先してくれて、それが嬉しくもあり、ちょっとこそばゆくもあった。

でも最近、新しくお付き合いを始めた彼女さんは、別みたい。由紀也さんは、何気なく私より彼女さんを優先することが多くなった。
それは、ちょっとさみしくもあったけど。でも、私も由紀也さんばなれをするきっかけになった。
そんな中、聴講に行った大学の講義で彼を見かけた。

「…由紀也さん、どうしてあんなコトしたの?」

もちろん、いつも私に優しい由紀也さんだけど、今日のはちょっとやりすぎだ。
あんなふうに髪に触るなんて、今までなかった。妹の私だってドキッとしちゃう。
それに、私と血の繋がりがないことまで初対面の彼に話すなんて、聞きようによっては由紀也さんが私に特別な感情を持っているみたいだ。

革のハンドルを握る由紀也さんは、ニヤリと笑った。

「彼、モテるタイプだな。ああいうタイプはライバルがいると燃えるんだよ。ムキになって、“ああ、若いな〜”って感じだったな」

「由紀也さんったら…それでわざと?」

「でも、お前が彼に手を引っ張られてるのを見たときはさすがに“何事だ?”って焦ったぞ。まったく。手の早そうな奴だから、ちょっとクギ刺しておいた」

由紀也さんは豪快に笑った。呆れた。でも、確かに、その通りだと思う部分もある。
キャンパスで偶然見かける彼は、いつも女の子に囲まれている。だから、私なんて、目に止めてももらえないかもって思ってた…。

「…で?そのヘアコロン、彼女から教わったのか?」

「え?」

私は髪に手をやった。

「それな。その香を嗅ぐと、なんていうか…だな。まぁ。男は嫌いじゃないだろうな、…思わず、手が伸びるっていうか…な。まぁ、あんまり乱用するなよ」

と、前を見たまま、困ったように言葉を濁す由紀也さん。いつもオトナな由紀也さんが照れている。何だか、可愛い。

由紀也さんの彼女さんは可愛らしくて、とても話しやすい人だから大好き。
彼となかなかきっかけがつかめないって話をしたら、こっそり彼女さんがこのコロンを教えてくれた。 ドキドキしながらコロンをつけて、そっと彼の近くに座ってみた。
そして…奇跡は起きた。今度から、聴講がとても楽しみ…そして、ドキドキだ。

天使をこの手に

僕が彼女のボディーガードをかって出てから、2ヶ月が過ぎようとしていた。
とにかく、とにかく、幸せなんだか、地獄なんだかわからない。
彼女・愛ちゃんと一緒にいられる時間があるのは幸せなんだ。毎週、経済学の講義が待ち遠しくて仕方ない。そのために一週間、生きてるようなもんだ。
でも、手を伸ばせば触れられる位置にいる彼女に触れられないっていうのはまったく、地獄。
いわゆる、ヘビの生殺しってやつ?

ガールフレンドも整理して、シスコン兄貴を認めさせるため、経済学だけでなく、サボり気味だった他の教科も必死に勉強している。
読書家の彼女が読んだという本も懸命に読んだ。
ここ数年の芥川賞作品や直木賞作品も、ドラマで一世を風靡した小説も制覇した。

「なぁ、お前、やつれてねぇ?小説なんて、ページめくったことすらなかったくせに」

親友が、呆れ顔で僕の顔を見た。

「う…いや。小説読むぐらい、どうってことない。問題は彼女に触れられないことなんだ。」

そういう僕は、今更、ドラマの原作本なんか手にしている。

「最初はお前に彼女を持っていかれて腹が立ったけど、今のお前見てると、つくづく、俺にはムリ目な女だったんだってホッとするよ」

「僕はあの、シスコン兄貴に愛ちゃんとの付き合いを認めさせるぞ!」

「なるほどね。せいぜい、がんばれ…ってか、あれってば噂をすればじゃね? 今日は聴講の日じゃねーのに来てるってことは、お前に用事じゃねーの?うっわ〜。すっげー、こえー…」

しつこいようだが親友=悪友の指さす方を恐る恐る見れば、キャンパスで浮きまくっている例のダークスーツが目に留まる。
“じゃ、ご愁傷さま”片手を上げてさっさと退散する親友の背中をひと睨みし、僕は軽く深呼吸した。
そして、相変わらず悠然と煙草をくゆらす、愛ちゃんの兄貴に向かってまっすぐ歩いた。

「ずいぶん、頑張ってるみたいじゃないか」

僕の顔すら見ないで愛ちゃんの兄貴は言った。後ろには、いつものように車。
ごく普通の生活を送る学生には、絶対に手が出せないような代物だ。男女を問わず、羨ましげに視線が集まる。

「今日は、僕に用事ですか?」

僕は不機嫌さを隠しもしないで返事をする。
たとえ愛ちゃんの兄妹だって、この人はぼくにとって恋のライバルとなんら変わりがない。

「まぁな。今度、愛の短大で学園祭があるのを知ってるだろう?」

「ええ。愛さんから聞いています」

「そこで、何人かの女子の手だけを見て、パートナーを探し当てるってイベントがある。それに参加してみないか? 見事、愛を探し当てたら、君を愛の恋人と認めよう」

「ほ、本当ですか!?」

僕は、思わず半歩進み出た。そんな僕を、シスコン兄貴は冷やかに見返した。

「その代わり、間違えたら愛には二度と近づくな。…言っとくが甘く見るなよ。開催する側は似たような手の子を探してくるからな。かなり難易度は高いぞ。それでもやるか? なんだったら、このまま、無難に聴講が終わるまで引き延ばしてもいいぞ?」

「やります。僕は間違えません。かならず、愛さんを探し当てます!」

「話は決まったな。じゃ、学園祭の日に」

低いエンジンを響かせて走り去る車を見送って、僕はちょっと後悔した。
最初のあの時以来、ぼくはまだ、愛ちゃんと手を繋いだこともない。本当に…大丈夫なんだろうか?

君の香り

短大の学園祭は、女子ばかりということもあってか、華やかだ。
僕は、物珍しくってきょろきょろした。
入口で配られた案内を頼りに、人混みをかき分けるようにキャンパスを進むと、目的の会場と思しき仮設ステージが設定されていた。
僕は、目立ちたがり屋じゃない。正直、かなり怯んだ。

「どうだ?おじけづいたか?」

振り向けば、いつの間にそこにいたのか、シスコン兄貴。口元には余裕の笑み。あー、くそ。負けたくねー!

「手続きは済んでる。出場者は裏へまわれ」

顎でステージを指す兄貴。言われて僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「のぞむところです」

言葉だけは威勢よく返したつもりだが、空回りに聞こえていないといいなと心の奥で思った。

「さあ!いよいよ始まりました!毎年恒例、【彼女は何処だ!?】です! …このイベントで去年、愛しい彼女を当てられなかった彼氏は、その場で振られたとか! さぁ、今年のトップバッター、行ってみましょう!」

縁起でもないことを言うな!!
妙にハイテンションの司会のアナウンスに、内心、毒づきながら、渋々、ステージへと上がる。

わぁっ!!と、歓声と拍手。おいおい、聞いてないぞ。こんな大きなイベントだなんて。
緊張が一気に背筋を走り、僕は拳を握りしめた。
舞台の中央には大きな木のつい立てがあり、中央に穴が開いている。どうやら、あの衝立の向こうから、女の子が手を出すらしい。
穴には、差し出された手以外は見えないように、裏側からカーテンの様に布が張られている。

マジかよ。これで失敗したら、愛ちゃんとは終わりってことだよな?失敗できないぞ。

「おー!トップバッターにふさわしい、イケメン君ですねぇ〜」

緊張で司会の声もろくに耳に入らない。

「では、これから、3人の女子に代わる代わるこの穴から手を出してもらいます。その中の1人が、彼の彼女さんです。 彼は彼女をちゃんとあてられるでしょうか?さぁ1人目の方、穴から手を出して下さい!」

えっ!?もう、始まるのかよ?そう思うが早いか、穴からか細い手が差し出された。

「さぁ、どうぞ、近くへ寄ってみてください。触ってもいいですよ」

言われるまま、衝立に恐る恐る近寄った。その手は白くて、細くて…“この手だ!間違いない!”僕はホッとした。

「いいですか?」

司会に訊かれ、ぼくは自信たっぷりに頷いた。

「では、次の方!手を出して下さい!」

次の手が差し出された。

え…?頭が混乱する。こ、これ、さっきの手と同じじゃねーの??
白くて、か細くて…最初に差し出された手と、今、目の前に差し出された手との違いが、全く分からない!
どちらも彼女の手に思える。僕の額から冷や汗が流れ落ちた。“難易度は高い…”シスコンの言葉が頭をよぎる。ヤバイ。

「さぁ、では、最後の方、手を出して下さい!」

僕が無反応なのを見て、司会はさっさと先を進める。3人目の手が差し出された。
僕は絶望した。3人目の手は、1人目と2人目とやはり全く一緒に見えた。
白くて、か細くて…。違うといえば、緊張しているのか、微かに震えているぐらいだ。
(だめだ…終わった…)僕は、3分の2の確率で愛ちゃんを失ってしまう。

そのとき…

香りだ。そう、間違いない。あの“香り”がした。
ああ…そうか。僕の為に…。僕が、君のこの香りを忘れるはずがない。
君という天使の誘惑はまるで小悪魔的みたいに僕を捉えて離さない。僕は3番目の震える手をそっと握った。

「彼女です」

わあっ!と歓声が上がった。
そして、僕はといえば、司会の静止もきかずに思わず衝立の後ろへ走り込み、驚いてはにかむ彼女の髪に手を置いた。
その艶やかな髪はぼくのもの。キラキラと涙で光る黒曜石の君の瞳とともに、確かにこの手に、今、掴んだ…。

その直後、人目も気にせず、派手なキス・シーンをステージ上で披露した僕が、シスコン兄貴に大目玉をくらったのは言うまでもない。

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