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小説サイト投稿作品21 「マシュマロラズベリー」(ペンネーム:藍崎恵衣さん)
「マシュマロラズベリー」(ペンネーム:藍崎恵衣さん)
〜LC編集部のおすすめポイント〜
遠い彼を近くに感じたい…誰もが憧れる存在の彼に恋した主人公。
女子にとってバレンタインデーは大切な日。あなたはどんな思い出がありますか?
運命かと思ってしまうほどのシチュエーションで急接近する2人。
夢のようなお話にドキドキしてしまいます♪こんなとろけるような体験、してみたいですね!
今日はバレンタイン
ライブハウスを出た瞬間、冷たい風が私の頬を撫でた。
「うっ寒い」
発作的に出た言葉を飲み込むように、悴んだ手に息をかける。冷えて潤んだ瞳から雫がさらりと落ちた。
まるで涙の砂時計。寒さで一瞬凍結した時がさらさらと音を立て、再び動き始めた。
私の背中を押すようにライブハウスから続々と出てくる可愛らしい女性たち。
みんな『ラズベリー』のファン。
『ラズベリー』は人気急上昇中の4人組ロックバンド。
特にボーカルの瀬良瞬也はルックスもよく、ミントを浮かべた炭酸水のようにクールで刺激的。
女性は瞬也の巧みで伸びやかな歌声という魔法にかかってしまう。とろん、と子猫が陽溜まりで微睡むように。
私もその魔法にかかっている。
好き過ぎて、あまりにも大好きで、これからもずっと…、永遠に解けそうもない。
ライブがヒートアップすればするほど、ライブハウスを出た直後、虚無感に襲われる。
上昇した体温が一気に奪われ、指先から冷えていく。
瞬也のいない外の世界は私にとってなにもないのと同じ。テレビやポスターの中の瞬也だけでは満たされない。
もうこんな寂しい気持ちになりたくない。瞬也の瞳に映る景色を私の瞳に投影したい。
瞬也の瞬きの一瞬一瞬でさえ大切に見ていたい。ずっと一緒にいたい。
ライブハウスから出てきた女性たちが裏口へと流れていく。チョコレートの入った袋を提げて。
どの袋も『私、高級チョコですよ』とブランドのロゴが控え目だけど確実にアピールしている。
私の手にはどこにでも売っている赤い袋。でも中身はどこにも売っていない私だけのオリジナル。
今日はバレンタイン。
今の私を
───今朝5時、出勤前。
私はキッチンに立ち、クーベルチュールチョコレートを刻んでいた。
気分はショコラティエ。
鍋に生クリームと水あめを入れ、沸騰したら刻んだクーベルチュールチョコレートを加えて混ぜる。
そこにバターとコーヒーリキュールを入れて、バットに流し、固まってきたら手で丸める。
湯せんしたチョコレートでコーティングして、ラズベリーピューレをそっと添えるように乗せてできあがり。
料理は得意ではないけど、30歳を過ぎてそれなりにできるようになった。
私は今まで『なんとなく』で恋をしてきた。なんとなく付き合って、なんとなく別れて。
まだ20代だし、なんて自分自身に言いわけをして。そんな消化不良の恋はいつも自然消滅。
「愛してるよ、絢花」
そうやって無難な言葉で何度も抱き締められた記憶だけが、モノクロの雑踏となり胸に焼きついている。
時は移り変わるもの。
いつの間にか『まだ20代』から『もう30代』へと私という季節は一度も桜を咲かせることなく移り変わっていた。
だからこそ、若くて可愛い子を羨ましいと思うより、今の私を輝かせたい。
だって、過ぎてしまった時間は、どんなに足掻いても巻き戻せないのだから。ほんの少しでもいいから今の私を輝かせたい。
そう思いながらコーヒーリキュール香るハンドメイドのボンボンショコラを丁寧にラッピングした。
どうやらみんな裏口で出待ちをするようだ。
普段なら私もみんなが向かう方へ促されていくタイプ。でも今夜は違う。
みんなと同じ方へ向かったら、大勢いるファンのひとりにしかなれない。高級チョコレートの中に埋もれてしまう。
このまま正面の出入口で待とう。
もし瞬也が裏口から帰ってしまったら、それはそれでそういう運命なのだ。
神様がくれたご褒美
向かいにある営業を終えた美容室の鏡に私の姿が映っている。右手の中指で唇に触れてみる。
ぷるっとした果実のような質感と艶が指を通して伝わってくる。
それは今日のために、瞬也のために、そして私自身のために使ってきたラブコスメのおかげ。
瞬也は24歳。私は32歳。唇で歳の差を埋めたい。
唇から指を離した瞬間、車が止まる音がして、数秒後に「きゃー」というピンク色の歓声が噴水のように上がった。
裏口から『ラズベリー』のメンバーが出てきて、車に乗り込む姿が私の目にリアルを装い浮かんだ。
瞳から雫がぽつぽつと雨粒のように落ちていく。
泣いたってどうしようもないんだ、と自分を言い聞かせるように、涙を塞ぐように目を閉じかけたとき、正面の出入口から誰かが出てきた。
誰か、じゃない。それは私が待っていた瞬きの一瞬一瞬でさえ大切に見ていたい人。
「瞬也!でも、どうして車じゃないの」
「他のメンバーは車。俺は歩き。歩きたい気分なんだ」
瞬也はそう言いながらサングラスを外した。蒼さを秘めたブラウンの瞳が私を捉えている。
吸い込まれそう。頬を伝っていた涙が乾いていく。なにこのシチュエーション。神様がくれたご褒美?
毎日毎日、ヒールの底を磨り減らしながら営業で歩き回っている姿を神様は見ていてくれたんだ。
「いつも来てくれてるよね。ありがとう」
「えっ、そ、そんな。私、瞬也のことが。そうだ、バレンタイン。これもらってください!」
緊張で声が震えている。
私は思考回路の青と黄色の線が緩く絡まったまま、チョコレートの入った袋を渡した。
本当に食べたいのは…
「開けていい?」
「ここで、ですか」
「うん」
「…どうぞ」
瞬也は赤い袋から黒い小さな箱を取り出すと、私が今朝丁寧に結んだ銀色のリボンをほどいた。
そして、ネイルを塗りたくなるような繊細な指先でボンボンショコラを一粒口に入れた。
今、瞬也の口の中で、私の作ったチョコレートがとろけている。
そう思うだけで、体の芯がドクンドクンと波打ち、それが頬まで伝ってきて、耳の中に火照りをもたらした。
「うまいよ」
「本当ですか?」
「ああ。でも…本当に食べたいのはこっち」
チョコレートのついた瞬也の唇が私の唇に触れた。それはコーヒーリキュールの香りが漂う大人のキス。
「…柔らかい。マシュマロみたい」
「私の唇がマシュマロ?」
「そう、マシュマロ。もう1回させて」
「うん」
瞬也との2回目のキスは甘酸っぱいラズベリーの味がした。
もう抑えきれない。私の全てがミントを浮かべた炭酸水のように弾けた。
「私、瞬也のことが好き」
「俺もその唇が好き。それ以上に君が好きだよ。だからもう1回」
キスをせがむ瞬也が可愛くてたまらない。
その後、私たちは何度も何度も唇を重ねた。
唇って気持ちいい。私の唇はマシュマロラズベリー。
愛する人のその上で、甘酸っぱい刺激と共に焦らしながら、ゆっくりとろける。