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小説サイト投稿作品52 「唇に魔法―2」
小説サイト投稿作品52 「唇に魔法―2」
〜LC編集部のおすすめポイント〜
片思い相手である同僚の樋川君と順調に距離を縮めていた主人公。
しかし、ここ数日間、すれ違いばかりが続いている。
彼は友達?恋人?そんなとき、香水を持った彼が主人公の前に現れて…!?
友達と恋人のあいまいな境界線の上で揺れる主人公の気持ちに共感します。
はっきりさせたいけど、どうしたらいいのか分からない恋の切なさ…
樋川君の王子様のような台詞にも注目です!
おまじない
なんとか残業を終えて立ち寄った誰も居ない化粧室で、私は人知れず溜め息を吐いていた。
昔から『溜め息を吐くと幸せが飛んで行く』なんて言われているらしいことを知って、
慌てて抑えようとするものの、既に出てしまったものは仕方がない。
私から幸せを飛んで行かせようとしている悩みのタネを思って、私は'あの夜'に束の間思いを馳せてみる。
あの夜――
突然ずっと憧れていた同僚の橘川君に誘われて、はじめて食事をして夜景を眺め、それから本格的なデートに繰り出した。最初の方こそ雲行きが怪しかったものの、
その後の週末を挟んでどんどん仲を深めた私達は'友達以上恋人未満'の距離にまで一気に上り詰めていた。
その後も、お互いに暇を見付けては誘い合って、いつなりとなく何処かへ2人きりで繰り出したのだけれど…。
最後のデートからもう何日も経っているのに、お互いに仕事が忙しくて、ここのところはすれ違いばかりが続いている。
私の方は年度末に追われて、彼は彼で繁忙期も追い込みに掛かっていて…
このあいだまで出張詰めで、ロクに会社でその姿を見掛けもしなかった。
早く帰って来ますように。
その不在を寂しいと思いながらも、そう祈るように願って、私はワタシでこなすべき仕事に従事する。
いつも仕事上ではまるで接点のない私達だけれど、橘川君はまめに電話やメールをくれたから、今当たっている業務の進捗や
いつ帰るかってことまで、きちんと把握することができて、そこに不安なんて微塵も抱かずにいた。
それなのに…
今日ようやく長きに亘る出張を終えてオフィスに戻った彼は、何処かよそよそしくて話し掛けに来てもくれなかった。
私の方から試みようとしても心なしか避けられているようで、それまでずっと続いていた連絡さえもぷっつり途絶えてしまったまま。
もしかしたら私のことなんて、どうでもよくなっちゃったのかな……。
『だから、このまま大切にしたいんだ』
何度目かのデートのときに、全然手を出して来る気配のない関係に不安を感じるこの胸をなだめすかすように、彼はそう言ってたっけ。
『俺だけのものにしたいって気持ちに見合う'然るべきとき'が来るまで』
そんな甘い言葉を欧州帰りらしくまっすぐに、でも、いつもよりさらに優しい笑顔で微笑んでくれたあの言葉はもう無効になっちゃった?何度もしてくれたキスの感触は、こんなにもはっきりとこの唇に残ってて、その柔らかさも温もりもまだここに、すぐ側にあるような気がするのに…。
それを思い出しながら、私はこの目に涙が浮かんで来るのを拭い切れずに、そのまま頬に伝えた。ちょっと泣けて来たときには、いつもみたいに乗り切るんだ。
この'おまじない'で――
そうして、ようやく乾いた涙の雫を唇の輝きに変えて、私は化粧室を振り返らずに後にした。
会いたい気持ち
そのまま会社を出ようとするものの、大抵の勤め人は、もうすっかり帰ってしまっていた。
あるいは、それが仕事中毒なら、まだ残って仕事と格闘してるか…
どちらにせよ、今ここにいるのは私1人きりで、いつだって賑わいを見せる朝とは別の顔を見せるエントランス前を急ぐ。
こう言うイヤなことがあった時は、さっさと家に帰ってフテ寝するに限る。
あるいは、折角こうして口紅を落として元気を出すためにグロスを塗り直したんだから、
何処かのバーに飛び込んでみるのだって手かも知れない。
こうして'おまじない'をしたんだから、なにかいいことが待ってるかも知れないんだし――
いまいち決め手に欠ける妥協案に考えめぐらせながら、いつにも増してにじんで見える夜景に縁取られた湾沿いを歩く。
既に社会人になってから見飽きたこんな景色でさえ、あの夜にはかけがえのない唯一無二に見えたんだけどな…。
そう思いながら、あの夜を思うだけで、私は何故かあふれ出る涙を止められずに戸惑ってしまう。
やっぱり何処へも、ましてバーになんか行けない。このまま家に帰ってフテ寝もできない。
私が今したいこと、どうしてもただひとつ欲しいものがあるって気付いちゃった。
でも、それは今更もう叶わないお願いなのかも知れない。それも、もしかしたら永遠に――
「今すぐに会いたいよ、橘川君…」
いつの間にか、そんな欲望が独りでに唇に乗せられて、私は自分のことなのに思わず驚いてしまう。そのつぶやきは、こうして口に出しただけなのに、
それが却って心に募るモヤモヤを吹き飛ばして、すっきり晴らしてくれたような気がする。
たとえば、ほんの些細な出来事でも日記帳に書くことで記憶に残り続けるのと同じように、そのまま声に出してみるって言う行為は、
絶対的な力を持っているのかも知れない。
プレゼント
そんな確信を強めながら、私はこの舌にもう一度緩やかな力を込めてみる。またここで会いたいよ、橘川くん…。
「そのお願いを叶えてあげるよ」
――何故か明瞭に返事が聞こえた気がして、私は思わず大袈裟な悲鳴を上げそうになって、この視線を凝らしてみる。
何処を見渡しても確かに闇が広がるばかりで、そこに幻想の姿はない。
きっと空耳だったんだって決め込んだところへ遊歩道沿いを等間隔に植わる木の一本の木陰から見慣れた中背が姿が現れた。
「ひどいな。誰よりも愛しいはずの彼氏を幽霊みたいに」
そこに立っているのは中背で、全体的に小作りながらひどく整った印象の――
「橘川くん!でっ、でも、一体どうしてここに?っていうか、今『彼氏』って言わなかった!?」
私が驚きのあまりに早口でまくし立てると、それさえも想定の内だと言わんばかりに、いつもの柔和な笑顔で橘川くんは微笑んで見せる。
「なに驚いてるの。彼氏は、カレシでしょ?」
そう言われて、私は例の言葉を改めて思い出す。
あの『大切にしたい』ってアレは、もしかしたら'彼氏として'って意味だったのかな…?
もしそうなら、そうだってハッキリ言ってくれたらよかったのに。
まさかこんなに簡単に友達以上恋人未満の壁を越える日が来るなんて。
そんなの'ないものねだり'だって分かってるけど、それにしたって、折角なら悶えちゃうくらいに甘い愛の言葉が欲しかったのに!
「あはは…、ごめんね。あまり気の利く彼氏じゃなくて。でも、君が今までにその唇を近付けたどのお菓子よりも甘いものあげるから許して」
ちょっとふて腐れて見せる私に、橘川くんは小さな淡い色の箱を、
私の前に差し出して来る。さっき言ってた『甘いもの』って、もしかしてお花とか?
でも、それにしては小さ過ぎて、それにやけにしっかり包まれてるし…。
「そんなのより、もっとずっといいものだよ。ほら、早く開けてみて」
今ここで?
そう呼べるって分かってからまだ時間の浅い『彼氏』からの
ちょっと強引な要求に、私は恐る恐るながらラッピングを解いてみる。
幾重にも、それこそ'厳重'とさえ言えるほどに堅いガードを掻い潜って、その姿を見せたのは――
これって、もしかして香水?
つまりは、どんなスイーツよりも果物よりも、この香水の方が味わう価値ありってこと?
ついさっき、ちょうど目にしたマリリン・モンローの逸話を思い出しながら、私は自分の顔を伏せることで精一杯だった。
その当時に撮影していた映画の現場で「何を着て寝ていますか?」と訊かれた彼女が
「香水だけよ」と答えた逸話はあまりにも有名なのらしい。
まして欧州帰りの橘川くんが、そのことを知らないはずはない…と思う。
そんな邪推に顔を赤らめる私に、それを知ってか知らずか彼は無邪気に、その効能を言上げてみせる。
「それってベッド専用の香水なんだって。これを着けると特別な人の前で特別な効力を発揮するらしいよ。 ちょっと恥ずかしいけど、どうしても君につけて欲しくて買っちゃった。今日の誕生日プレゼントにつけてよ」
そんな簡単に誕生日プレゼントって言ったって…私が生まれたのって今日じゃないんだけどな。
「君じゃなくて、俺のだよ。やっぱり宣伝不足だったか」
そう苦笑する橘川くんを尻目に、私はパニックになりつつある頭の中を、やっとのことで整理してみる。
たった数分前にはもうダメかもって思ってた片想いの相手が実は彼氏で、その彼氏は知らなかったけど今日が誕生日で、
しかも自らそのプレゼントとして用意して来たのは'ベッド専用香水'なんて甘やかにもほどがある代物で――
あまりに荒唐無稽話に、私の眉間は'これ以上ない'ってくらいに寄せられて、きっとひどい顔をしてたと思う。
だって、それならどうして今日あんな態度をとったりしたの?
ようやく待ち遠しかった出張からのご帰還だったって言うのに。
「俺だって我慢してたんだ。もし少しでも近寄ったり話したりなんかしたら、 みんなの見てる前だって、そのまま君を――。でも、流石に職場でそれはまずいからね」
二人の楽園
そう言われて、私は改めて掌の中の香水を見つめてみる。
「君にキスして、あちこちに触れて、それ以上のことがしたくて堪らなかった。 今夜これを渡して、然るべき場所でそうなろうって思ったんだ」
よく考えれば――よく考えなくたって、
彼の言う'然るべき場所'は、これがベッド専用香水と謳っている以上は'そう言うこと'に違いない。
あらぬ考えに思い当たって、ほんのちょっと具体的過ぎる想像に緩み掛けた両頬を押さえる。
そんな他愛もない仕草さえ「可愛いね」って誉めてくれた橘川くんは、そのまま私を抱き締めてこの耳に優しく囁き掛ける。
「君を『大切にしたい』って言ったよね。これからも、それは変わらないから。どんなときだって――」
彼の言う『どんなとき』の中には、たぶんベッドにいる時のことも含まれるんだろう。
そのことに気が付いて伏せようとした私の顎を、彼は鮮やかな手つきで捕らえて、そのままゆっくりと唇を重ねる。
…ああ、あのキスだ。
あの夜に、ここからそう遠く離れない場所で交し合ったのと同じに甘い――。
あの時は星空と夜景に見守られていたけれど、今夜の星空は厚い雲に
隔てられてその姿を隠し、さっきまでの夜景は、何故か一層にじんで、その鳴りを潜めてしまっている。
でも、私を見つめてくれる目の前の瞳は、あのときと同じくらいか、それよりももっと強くてまっすぐな光を放っていた。
「それを使うの…今夜じゃなくてもいいよ。俺はいつまでだって待つから。君の気持ちに準備ができるまで」
そんなこと、もう言わないで…!
ここまで来て、まだ堪え続ける彼の言葉に衝き動かされて、今度は私の方から我慢できずにくちづける。
ちょっと驚いたように口許を緩めながらも、そんなじゃじゃ馬さえ、橘川くんはちゃんと受け止めてくれる。
その証拠に、彼はこの身体に回した腕の力をより一層強めてくれたから。
これ以上ないくらいに、『もう待てない』と言わんばかりに。
「'その場所'へ行こうか。君の気持ちが変わっちゃわないうちに」
私の気持ちはとっくに決まっていて、そう簡単に変わっちゃうわけなんてないんだけどな。
そんなことも分かってないなんて、橘川くんは、彼の言う通りにまったく
『気の利かない』彼氏だ。でも、そんなところも何処か可愛らしくて憎めない。
彼が差し出した掌に、私は香水を持っているのとは違う手を重ねて応えながら、 これからきっと導いてくれるはずの楽園に向かって、2人で足並みを揃えて歩き出した。