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小説サイト投稿作品23 「ずっと、抱きしめていてほしいから」(ペンネーム:及川 桜さん)


「ずっと、抱きしめていてほしいから」(ペンネーム:及川 桜さん)

〜LC編集部のおすすめポイント〜

幼なじみの彼を振り向かせたい!
女として見られてないのではと落ち込む佳奈は、旅行で意識させようと奮闘する。

旅館での彼とのドキドキの展開に胸がきゅんとしてしまう作品です。
言われてみたいセリフもたくさんある、大好きな彼に囁かれてみたくなりますね♪

幼なじみ

「そう、それでさ、いざ事を進めようとしたら、脇毛の処理が甘いことに気付いちゃってさ。 さすがに指摘はしなかったし、気付かないふりしたけど、なんだかこう、もやもやってしたものが残って気持ちが冷めちゃったんだよね」

颯真(そうま)は、半年前に別れた彼女とのエピソードを、ビールを片手に話していた。
安い居酒屋のチェーン店で二人きり、ロマンチックの欠片もない話を聞かされている私は苦笑いするしかなかった。

「ああ、まあそうだよね。そこはマナーみたいなもんだよね」
同調する言葉を述べると、颯真は満足気な笑みを浮かべて、ビールをごくっと飲み干した。

お互い仕事帰りに会ったので、颯真はスーツ姿だった。
あまり見慣れない格好だから、颯真がいつもより大人っぽく見えた。

颯真は大手メーカーの営業職をしている。
人懐っこい笑顔を浮かべて、すんなり人の懐に入るのが上手い颯真だから、営業はとても合っていると思う。

一方、私は小さな会社で、派遣などの人材コーディネーターをしている。
オフィスカジュアルだから、一応きちっとした格好はしているけれど、地味だった。
しかも今日は、あまり気に入ってる洋服ではない。
スーツを爽やかに素敵に着こなしている颯真に比べて、自分はなんて地味で不釣り合いなんだろうと思って、密かに落ち込んでいた。

「お兄さん、ビールおかわり。佳奈(かな)もおかわり大丈夫?」
「私はまだいいや」
「そか」
颯真の話に同調したのはいいものの、私は内心ひやりとしたものを抱えていた。
そういえば、今日ちゃんと剃ってきたっけ?
久しぶりに颯真に呼び出されたから、仕事を早めに切り上げて喜んで来たはいいけれど、今日まさか颯真と会うとは思っていなかったから、念入りに処理なんてしていない。

颯真の元彼女だって、最初はきちんとしていただろうけど、慣れてくればおざなりになるものだ。
女としての意見をいうならば、元彼女に同情する。
けれど、私は颯真が好きだから、つい颯真に同調してしまったのだ。

それに、いくら私が今ここで、体毛の処理を心配したところで杞憂に終わる。

颯真とは中学からの幼なじみで、就職してお互い26歳になった今でも、友達の枠を超えたことは一度もない。
私はずっと、颯真を男として意識していたけれど、いつだって颯真には彼女がいた。
長く続いている彼女がいるわけでもない。
颯真は何人もの女性と付き合ってきた。
その歴史の中で、私は颯真と何度も遊んだり、ご飯を食べたりしていたけど、彼女に昇格することはなかった。

つまりはそういうこと。
颯真は私を女として見ていないのだ。

女としての決意

お互い大分飲んだところで、終電の時間になったのであっさり別れた。
ほらやっぱり。心配なんてしたところで無駄だった。
なんだか無性に自分が情けなくなって、まだ電車はあったけれど、歩いて帰ることにした。
家まで二駅分の距離。
春になったとはいえ、夜風は肌寒い。自分で更に人恋しくしてどうするんだと自嘲しながら空を見上げる。

やっぱり会うと、好きだなって思う。
颯真に彼女がいる間、私だって彼氏を作ったりしたけど、颯真と会うと、彼氏は色褪せて見えて、いつだって長くは続かない。
颯真は、私のことを女として意識していないってことは分かってる。
現に今日だって、京都に行きたいなって何の他意もなく、ぽろっと口から願望が零れただけなのに、颯真はこう言った。

「一緒に行こうよ」
「いや、仙台から京都まで片道5、6時間かかるんだよ。日帰りじゃ行って帰ってきて疲れて終わりじゃん」
「じゃあ、泊まろうよ」
「は?」
「大丈夫だって。何にもしないから」
「そりゃ何にもないだろうけどさ……」
泣きそうになって、慌てて顔を下げて苦笑いをした。

何にもしないからって、なにそれ。
お前のことなんて、女として見てないって遠回しに言われた気がした。
わかってるけどさ。わかってたけどさ、こうはっきり言われると傷つくよ。

「いいよ、一緒にいこう」
私は顔を上げて、笑顔で言った。全然気にしてないそぶりを装って。
私たち友達だもんね、意識すること自体おかしいもんね、なんてニュアンスを言葉に込めて。

こうして、泊まりの京都旅行が決定してしまった。
恨めしい気持ちで颯真をじっと見ていたけれど、颯真は何食わぬ顔でビールを飲み続け、いつもと変わらないくだらない話で盛り上がって、そして今日も何の進展もなく解散した。
気があるそぶりを全く見せていない私にも問題があるのかもしれないけど、 もしも私の気持ちに少しでも気付いてしまったら、きっともう会ってはくれないような気がして前に進めない。 前に進みたいけれど、進めない。

前に酔いつぶれて颯真の家に泊まった時があったけれど、見事なまでに颯真は何もしてこなかった。
きっと今回も、普通に京都に遊びに行って、そして何もなく帰ってくるのだろう。
何もなかったことで、毎回寂しい気持ちになってるなんて気付いてないんだ、あいつは。

「颯真のばかやろう!」
私は満点の星空に向かって叫んだ。

みてろよ。
二人で泊まろうなんて言ったその余裕な顔を変えさせてやる。
私だって女なんだって嫌でも見せつけてやるんだから。
何にもしないから、なんて言ったことを後悔させてやる!
どきっとして、目のやり場に困って、悶々とした一夜を過ごすがいいわ! ばか颯真!

この日のために

そして一か月後、約束通り私と颯真は京都に来ていた。
朝から新幹線の中でビールを飲んで、ほろ酔いかげんで観光した。
京都は観光客で溢れていて、人並みに潰されそうになったりもしたけれど、私たちの距離は変わらなかった。
肩が触れ合っても、ドキリとした雰囲気さえ流れない。
長い間幼なじみをしていたせいで染みついた二人の関係は崩れる様子もなかった。

そんな中、旅館に着き、軽く温泉に入ってから個室食事処で和食会席を食べて部屋に戻ると、布団が横に並べて敷かれていた。
その光景を見たとき、さすがに私たちの間にも緊張感が走った。

颯真はそわそわと落ち着かない様子で、横に並んだ布団を離すかそのままにするか悩んでいるようだった。
今しかチャンスはない! そう思った。

一か月間、この日のためにお風呂上りに毎晩全身のケアをしてきたのだ。
弾力あるつるつるの肌になって、私だって女なんだって嫌でも認識させてやるために。
特別なジェルを全身に塗っていたおかげで、剃刀負けしてポツポツが目立っていた脇毛も綺麗になった。
だから、処理が甘くて幻滅されることはないだろう。
それどころか、つるつるの肌に触れたことによって、どきりとさせてやるんだ。
私と一緒に泊まっても、欲情なんてしないだろうと思って簡単に旅行を計画したであろう颯真にぎゃふんと言わせたい。

私の肌を撫でる手

「ねえ颯真、見て。温泉に入ったらこんなに肌がつるつるになった。触ってみて」
私は布団の上に座って、腕を差し出した。

「わ、本当だ」
颯真も布団の上に座って私の腕を触る。
颯真の男らしい大きな手で触れられると、どきっとさせたい側の私がどきどきしてしまう。

「ここの温泉成分って凄いな。でも、俺の肌は別にいつもと変わらないけど」
そりゃそうだ。私がこんなにスベスベなのは、毎晩ケアしてきたからだ。

「ほら、足もつるつる」
私は浴衣の下から膝小僧が見えるくらい足を出した。
すると颯真は、少し戸惑う様子で、恐る恐る私の足に触れた。

「気持ちいい……」
颯真の口から感嘆の声が漏れる。
颯真は目を輝かせながら、私の足を撫で続ける。
その様子にすっかり満足した私は、撫で続ける颯真の手を止めて、浴衣の下に足を隠した。

「はい、もう終わり」
名残惜しそうな颯真の顔。
まるでおあずけされている犬のようだ。

どうよ、颯真。私だって女なんだよ。
いつまでも余裕ぶるなよ。

私はすっかり立場が逆転した感じがして、とっても気持ちが良かった。
立ち上がって、テレビでも見に行こうとしたその時だった。
颯真の手が、私の手首をがしりと掴んで、一気に引き寄せられた。

「きゃっ」
体勢を崩された私は、その場に座り込んだ。
そして颯真は、そんな私を力強く抱きしめる。
颯真の腕の中にすっぽりと収まった私は、今何が起きているのかさっぱり分からなかった。
ただ、胸がはち切れんばかりに鳴っている。

「……颯真?」
いつもと全然違う様子の颯真に、思わず小声で呼びかける。
大好きな颯真に抱きしめられて、心臓が口から飛び出そうなくらい緊張している。
ドキドキしている。

「このままずっと、抱きしめていてもいい?」
颯真の甘く切ない声が耳に届くと、たまらなく胸がきゅっとした。

「ずっとってどれくらい?」
颯真の背中に腕をまわして、少し甘えた声で聞く。

「ずっとはずっとだよ」
「なにそれ、答えになってないよ颯真」
恋人同士のピロートークのように甘くじゃれあいながら、颯真は私の肌を撫でる。
その手の感触に、思わず身体が熱くなっていった。

「明日も明後日も、一年後も、ずっと」

ずっと、抱きしめていてほしいから

「え?」
予想外の言葉に、驚いて顔を上げる。
すると颯真は、私の顔を見下ろしながら優しい微笑みを浮かべた。

「そろそろ俺のものになってもいいんじゃないの? 佳奈」
「俺のものってどういうこと?」
「本当佳奈って鈍いよな。付き合おうって言ってんの」
「ええ!?」
思わず大きな声で叫ぶと、颯真は呆れたように言った。

「やっぱり気付いてなかったか。俺が佳奈を好きだったってこと」
「嘘っ! いつから!?」
「ずっと前から」
「だって颯真はいつも彼女いたじゃん!」
「佳奈が全然俺に興味ないからだよ。何度も佳奈を諦めようとしたけど駄目だった」
「でもでも! 私が酔っぱらって颯真の家に行った時何もしてこなかったじゃん!」
「あのな、吐いて酔い潰れてる女に手を出すほど俺は鬼畜じゃない!」
「でも、でも、でも……」
驚きすぎて頭が真っ白だった。
颯真が私のことを好きだった?
そして今、付き合おうって言ってくれてる?

「返事は? 返事もらえないと、この手がこれ以上、上に進めないんですけど。 俺の手が、早くもっと色んなところ触りたいって言ってて、今にも暴走しそうなんだよね」
颯真の手は、私の太腿を撫でていた。
今でさえけっこう際どいというのに、これより更に上にいったら……。

「何にもしないって言ったじゃん」
「そう言えば、一緒に泊まってくれると思ったから」
「なにそれ、最初から嘘ついてたってこと?」
「佳奈が嫌がるようなら、何もしないつもりだったよ。本当に。佳奈のことは、誰よりも大切にしたいから。 でも、佳奈が俺に理性を失わせたんだ。こんな綺麗な肌で俺を誘うから」

誘ってなんか……!と反論しようとして、やめた。
煽ったのは私。
こういう展開になることを望んでいなかったわけじゃない。
でもまさか、ここまで反応があるとは思ってもみなかった。

「佳奈、いい?」
恥ずかしくて、なかなか顔を上げられない。
でも、覚悟を決めた。

ずっと、抱きしめてほしいから。

及川桜さん/著

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