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小説サイト投稿作品58 「その左手は、私だけのもの 前編」
「その左手は、私だけのもの 前編」
〜LC編集部のおすすめポイント〜
久美子が長い間恋人を作らないのには大きな理由があった。
もうすぐ結婚してしまう年上の幼馴染・圭司のことを未だに振り切ることが出来ないから。
そんな時、ひょんなことから圭司の弟・蒼佑と急接近することになり…
普段は意地悪なのにふとした瞬間に優しくされると女性はドキドキしてしまいますよね。
憧れの幼馴染の年上のお兄ちゃんとその弟の狭間で揺れる思いに注目です!
どちらもカッコイイ男性なのでドキドキしてしまいますね♪
諦めきれない思い
『こんな唇……大嫌い』
『できるなら久美子の唇と交換してあげたいくらいよ』
同期入社の友人、東條綾はいつも言う。
その魅力的で、どんな男でも誘惑できてしまうその唇をいらない、と言う。
なんでそんなこと言うのだろう。
なんの魅力もない私からしたら、羨ましくて仕方ないのに――。
「浅野久美子でーす!」
ふざけて自己紹介すると、目の前に座る男性五人からは『イエーイ!!』と言ったような、ノリのいい歓声が聞こえてきた。
今日はクリスマスイブ。聖なる夜――。
なのに私は大学時代の友人、野口綾香に誘われて、一流企業に勤める男性との合コンに参加していた。
「はー、やっぱりだめだ」
こっそり会場から抜け出して、トイレに逃げ込むと同時に漏れた大きな溜息。
鏡の中に写る私は、生気が抜けてしまって、酷く疲れた顔をしていた。
確かに一流企業の男であることは、間違いないだろう。自慢げに名刺を差し出し、どれだけエリートかを散々聞かされたから。
「ちょっと久美子、勝手に抜け出さないでよね」
「綾香!」
こっそり抜け出してきたつもりなのに、綾香にはバレてしまったみたいだ。
怒った顔をしながら、『やれやれ』と言わんばかりに大きな溜息を漏らす。
「久美子のためにセッティングしたんだからね!?最後まで楽しみなさいよ」
「分かってるけど……。あれはだめでしょ。自分の自慢ばかりで全然楽しくないし!」
なにが悲しくて、クリスマスイブのこの日に初対面の男の自慢話を聞かなくちゃいけないのよ。
「……久ー美ー子ー、あんたねぇ!」
「なっ……!ひょっと!?」
急に私の両頬を掴んできた綾香。痛いし、うまくしゃべれない。
そんな私にお構いなく、綾香は怒ったまま話を続ける。
「世の中の男全部を、“圭にぃ”と比較するのはやめなさいってあれほど言ったわよねぇ?」
「わっ、分かってりゅってば!」
思いっきり掴んでいた手を放す綾香。痛む頬を両手で擦るも、いまだにジンジンと痛む。全く。
どれだけ強い力でやったのやら……。
軽く綾香を睨むと、お返しとばかりに綾香も私を睨んできた。
つり目の彼女に睨まれると、つい怯んでしまう。
「あのさ、久美子が自分で言ったんだよね? 圭にぃより好きになれる人、見つけたいって」
「それはそうだけど……」
つい口ごもってしまう。
「もういい加減諦めるんでしょ?……圭にぃは結婚するんだから」
“結婚”
綾香の言葉が胸に突き刺さる。
「……そうだよ。…そうだけど……だめなんだよね、どうしても比べちゃうよ。……だってずっとずっと好きだったんだから」
「久美子……」
圭にぃ……。石井圭司。
私の隣の家に住む二つ年上の幼なじみで、お兄ちゃんみたいな存在の人。
圭にぃには私と同い年の弟がいて、物心ついた頃から、いつも三人で一緒に遊んでいた。
遊び相手で、お兄ちゃんで、そして初恋の人だった。
その気持ちは今も変わらないんだけど、な…。
「寒い……」
合コンの帰り道、最寄駅からいつもの道を歩いて自宅へと向かう。
駅前にはこの時間、沢山の恋人達で溢れていて、独り身の私には体感的にはもちろん、精勤的にも『寒い』と感じてしまう。
ちょっと期待して、気合い入れて行った合コンは散々だったし。
綾香には悪いけど二次会には参加せず、そのまま帰ってきてしまった。
「あ…雪だ」
時刻は二十時過ぎ。真っ黒な空からは白い雪がひらひらと降り注いできた。
そりゃ寒いわけだよね。
周囲の恋人達は“ホワイトクリスマス”に歓声を上げている。
そんな恋人達を横目に見ながら家路を急ぐ。
だってこんな幸せそうな人達を見ていたら、自分が酷く惨めに思えて仕方ないから。
見たくなかったツーショット
次第に人の数は少なくなっていき、自宅が近づいてくる。
帰ったらとりあえず、この冷え切った身体を温めるのにお風呂に入って、そしてヤケ酒かな?
そんなことを考えながら歩いていると、突然聞こえてきた声に心臓が飛び跳ねる。
「久美子……?」
あんなに急いでいた足はすぐに止まってしまい、ゆっくり振り返るとそこには大好きな圭にぃ。
「圭にぃ……」
「やっぱりそうだ!だから言っただろ!?」
振り返った私を見て、隣にいる女性へと嬉しそうな顔を見せる圭にぃ。
「本当だ、さすが圭司。久美子ちゃんの後ろ姿だけで気付くなんてさすがだね」
そう言って圭にぃと同じように嬉しそうに笑う女性。
「円花さん……」
二人のツーショットなんて、昔から嫌ってほど見てきたのにな。
今日がクリスマスイブだから?こんなに胸が痛むのは――。
「円花を迎えに行った帰りなんだ、久美子も一緒に帰ろうぜ」
「……うん」
なにが“聖なる夜”よ。私には“最悪な夜”だ……。
だけど帰る方向が同じな以上、ここで断ることなんて出来なくて、三人一緒に並んで帰る。
そして無意識のうちに視線が円花さんへといってしまう。
円花さん……相変わらず綺麗だな。
円花さん……遠藤円花。
私の隣には圭にぃの家があって。そしてその圭にぃの隣の家に円花さんが引っ越してきたのは、私が小学校四年生のとき。
圭にぃと円花さんは同い年で、当時六年生だった。
そんな中途半端な時期の転入に、円花さんはなかなか学校に馴染めなかった。
そんな円花さんを気にかけてくれたのが、昔から優しい圭にぃだった。
お隣さんだし、通学班も一緒だし。
そんなの当たり前のことだったのかもしれない。
だけど子供ながらに、あの時から私は嫌な予感しかしなかった。
ずっと圭にぃが好きだった。優しくて私のこと大切にしてくれる圭にぃが――。
その笑顔はいつまでも私の隣にあるんだと、信じて疑わなかった。
円花さんが現れるまでは――。
今になっては二歳の歳の差なんて、なんてことないのかもしてない。
だって現に綾は八歳年上の村山課長に恋しているんだから。
だけど子供の頃の二歳の歳の差は想像以上に大きくて、
圭にぃが遠くに感じて仕方なかった。
中学に上がると、二人は急激に大人びていった。
私服から制服に変わっただけなのに、二人がとても遠い存在に感じて仕方なかった。
私もやっと中学生になれても、一年後には二人は高校生になってしまって。
そしてさらに大人びていく二人に、自分が酷く子供に思えて仕方なかった。
どんなに頑張っても二人には追いつけない気がして、悲しかった。
中学時代はそんなに二人でいる姿を見たことなんてなかったのに、
高校生になると、よく圭にぃと円花さんが一緒にいるのを目にするようになった。
昔から嫌な予感がしていた。だってお似合いの二人だったから――。
円花さんも、圭にぃと同じように私に優しく接してくれて。
一人っ子の円花さんは、私を本当の妹のように可愛がってくれた。
だから嫌でも気付いてしまったの。
円花さんは圭にぃのことが“好き”なんだって。
それでも円花さんのことを嫌いになれなかったのは、私にとって円花さんは大切な存在になっていたから。だと思う。
高校生になって二人が付き合うようになっても、やっぱり嫌いになれなかったし、本当にお似合いの二人だと思っていたから。
そして、どこか期待していた自分がいたから――。
“付き合っているだけ”そう思っていた。
もしかしたら、二人は別れるかもしれない……ってズルイ考えをして。
その時がきたら、私にもチャンスがあるかもしれない。
だからそう信じて、いつまでも圭にぃ達とは “幼なじみ”でいようって。そう思っていた。
だけど二人は、本当にお互いを思い合っていて。
……そして来年の春、二人は結婚する――。
聞いたときはショックで、口では『おめでとう』なんて言っておきながら、
心の中では苦しくて、悲しくて仕方なかった。
それでも私は円花さんのことが嫌いになれなくて……。
どうにか圭にぃを忘れたくて、合コンに参加したり、
友達に男性を紹介してもらったりしたんだけど……。
どうしてもだめなんだよね。いつも比べちゃうの。
圭にぃと。
綾香に言われた言葉は最もだと思う。
世の中の男は、みんな圭にぃじゃないって分かっているんだけど……。
無理に決まっているでしょ?だってずっと昔から好きだったんだから。
圭にぃ以外の人を、好きになったことがないんだから――。
「――どうだ?久美子」
「え……」
考え事をしていた私は、圭にぃの話を全く聞いていなくて、聞き返してしまった。
そんな私に笑いながら、圭にぃは話し出す。
「だから、これからうちで家族みんなとクリスマスパーティーするんだけど、久美子も来ないか?」
「え、クリスマスパーティー?」
「そうなの。久美子ちゃんも一緒にやろうよ」
まさかそんな誘いを受けるなんて夢にも思わなかったから、驚きのあまり大きな声が出てしまった。
だって仮にも恋人同士として過ごす最後のイブなのに、家族みんなでクリスマスパーティーなんて……。
失礼ながら、ちょっと呆れてしまった。いや……、二人らしいから、かも。
昔からそうだ。家族や周りを大切にする二人だからこそ、かもしれない。
その、左手――。
「……来年からは一緒にできなくなるかもしれないだろ? ……だから来いよ、久美子」
圭にぃ……。圭にぃはずるいよ。私の気持ちを知っているの?
圭にぃにそんなこと言われちゃったら、断れないじゃない。
「……分かったよ、荷物置いたら行くね」
小さな溜息一つ漏らしてそう言うと圭にぃも円花さんもパアッと明るい顔を見せる。
「嬉しい!じゃあ圭司の家でね!私、着替えてから行くからちょっと待っててね!」
医療事務の仕事をしている円花さんは制服から着替えて行くから、と急いで家の中へと入って行った。
そうすると自然と圭にぃと二人っきりになってしまって、急に変に緊張してきてしまった。
別に今までだって圭にぃと二人っきりになったことなんて、数えきれないくらいあったのに。
こんなに緊張してしまうのは、きっともう昔みたいな関係じゃないって、ちゃんと分かっているから――。
「じゃあ圭にぃ、またあとでね」
気まずくなり、私も自分の家に入ろうとしたとき。
「久美子、ちょっと待って」
そう言ってすぐに私の元へと駆け寄ってきた圭にぃ。
そしてなんの迷いもなく、私の頭に触れる。
昔から変わらず、左手で――。その瞬間、心臓が大きな音を立てて飛び跳ねてしまった。
「……雪、頭に積もっていたぞ」
慣れた手つきで、私の頭に積もっていた雪を払ってくれる圭にぃ。
久し振りのぬくもりに、顔を上げることができない。
こうやって圭にぃに頭に触れてもらったのは、いつぶりだろうか。
「……ありがとう」
一言、言葉を口にするだけでいっぱいいっぱいだった。
きっと頭に積もった雪は、とっくになくなっているはず。なのになぜか圭にぃの左手は、いまだに私の頭上に置いたまま。
感じるぬくもりが、嬉しくて、くすぐったくて、切なくて――。
堪らなくなり、圭にぃに声を掛けた。
「……あの、圭にぃ?」
『どうしたの?』顔を上げてそう言いたかったのに、言葉が続かなかった。
圭にぃも私を見つめたままだったから。
「……なにかあったのか?最近、辛そうだぞ」
「圭にぃ……」
頭上にあった左手は、昔と同じように私の頭を優しく撫でる。
何も変わらないんだね。圭にぃの左手は。
昔も私が落ち込んでいるとき、『大丈夫だから』って言って、こうやって優しく頭を撫でてくれた。
嬉しいときは、『よかったな』って言って、豪快に頭を撫でてくれる。
私が泣いていたときは、なにも言わずに髪を撫でるように撫でてくれるんだ。
「結婚しても、久美子との関係が変わるわけじゃないんだ。……遠慮せずに頼れよ?逆に頼ってくれないと、寂しいし」
圭にぃ……。
優しい圭にぃの言葉に、涙が溢れそうになってしまった。
私だって昔のように、圭にぃに頼りたいよ。だけどこの感情が邪魔をするの。“好き”って気持ちが邪魔をする。
もう圭にぃは、円花さんのもの。
こんな感情を抱いているのに、昔のように頼ってはいけないことくらい、分かっている。
こんな感情、早く消えてくれればいいのに。そうすればなんの迷いもなく、この温かいぬくもりを、素直に嬉しいって思えるのに――。
いまだに私の頭を優しく撫でる、左手。
いつまでもその優しいぬくもりに触れていたいって思うけど、そんなわけにはいかない。
圭にぃはもう、円花さんと結婚するんだから――。
「……ありがとう、圭にぃ。だけど本当、なんでもないから。……ただちょっと仕事で疲れているだけ」
なんでもないよ、と笑顔を見せる。
「……そうか?あまり無理するなよ」
心配そうに私を見つめたまま、ゆっくりと頭から離れる左手。
さっきまであんなに温かかった頭が、急激に冷たく感じる。
「うん……じゃあ荷物置いたら、すぐに行くから」
「あぁ、待ってるよ。母さんがケーキを焼いていると思うから、早くおいで」
「うん」
昔から変わらないその笑顔。
その左手の、ぬくもりーー。
せっかく堪えたはずの涙がまた溢れそうになり、すぐに私は家の中に逃げ込んだ。
「あら、久美子帰ってきたの?早かったわね」
「うん…」
ドアの音に気付き、リビングから顔を見せたお母さんに一言返してそのまま自分の部屋へ向かって、階段を駆け上がった。
そしてドアを閉めると同時に溢れてくる涙。
どうやったら…。
どうやったら、忘れられるんだろう。
大好きな笑顔も、大好きな左手のぬくもりも…。
分からない答えに、力が抜けたようにその場にしゃがみ込んでしまった。
乱暴な手のひら
「げ。マジで来たのかよ」
「蒼佑……」
あれからどうにか涙を止めて、目が赤くないのを確認し、隣の圭にぃの家に向かった。
インターホンを押し、鍵を開けてくれたのは目の前にいるこの石井蒼佑。圭にぃの弟であり、私とは同い年の幼なじみでもある。
「あのさ、そんなあからさまに嫌な顔しないでくれる?」
文句を言いながらも家に上がると、背後からはドアと鍵を閉めながらも大きな溜息が聞こえてきた。
「可哀想な奴だな。こんな日にまでお隣さんのクリスマスパーティーに参加するしか、予定がないなんて」
バカにしたように笑う蒼佑に、苛立つ。
「ちょっと、その言葉そのまま蒼佑にお返ししてあげる。あんたこそなんでこんな日に家にいるのよ!付き合っている彼女はどうしたわけ?」
振り返り、睨みつけるように蒼佑を見るも、蒼佑はそんな私の視線を気にすることなく、とんでもないことを言い出した。
「あー…いたね、そんな人。別れたけど」
「はぁ!?」
信じられない!また!?
挨拶をするかのように、さらっとそんなことを言い、さっさとリビングへ向かっていく蒼佑をすぐさま追い掛ける。
「ちょっと蒼佑、あんたこれで何人目!?」
「そんなのいちいち覚えていられるかよ」
「……っ!相変わらず最低ねっ!!」
蒼佑がリビングのドアを開けたと同時に、私の大きな声が家中に響いてしまった。
だけど叫びたくもなる。蒼佑は昔からそうだった。
高校生になると、急激に身長が伸びて一気に大人の男性へと進化していった。
そんな蒼佑を周りの女は、放っておくはずもなく、気付けば蒼佑に彼女がいない時期の方が少ないんじゃないかってくらい、色々な人と付き合っていた。
それは大学に進学しても、就職した今も変わらない。
社会人になってから、もう何人目?
圭にぃ一筋の私には、蒼佑は最低最悪の男ナンバーワンだった。
「……おい、なに人ん家の家族の前で最低とか言ってくれてるわけ?」
「仕方ないじゃない。本当のことなんだから!」
そんな蒼佑とは昔はあんなに仲良しだったのに、いつしか顔を合わせればこうやって言い争いをするほど、険悪になってしまった。
「こーら、二人とも!こんな日まで喧嘩するんじゃありません!」
そうなると、こんな私達を見た誰かがこうやって止めにくるまで、言い争いは止まらなくなる。
「だっておばさん!蒼佑ってばまた彼女と別れちゃったんですよ!?」
「まぁ!また!?」
「バカ久美子!そんなこと母さんに言うんじゃねえよ!」
やっぱり母親に自分の恋バナをされるのは嫌なのか、ほんのり頬を赤く染めた蒼佑が私の頭を乱暴に撫でてきた。
「ちょっと蒼佑!やめてよね!それ痛いんだから!」
「久美子が変なこと言うからだろ?」
謝るどころか、開き直る蒼佑に怒りは募るばかり。
昔からそうだった。蒼佑はなにかあると、今みたいに指を立てて乱暴に私の頭を撫でる。
昔は力にそんな差がなかったからそれほど痛みを感じなかったけど、大人になっていくにつれてそれは変わっていった。
とにかく痛い!
学生時代は、蒼佑に『頭撫でられて羨ましい!』なんて羨ましがられていたけど、全然羨ましくないからって、言われるたびにいつも言っていた。
やられている本人にしか分からないと思うけど、みんなには見えないだけで攻撃をしかけられているんだから。
指を立てるという攻撃を――。
そんな攻撃を大人になった今も、蒼佑はしかけてくるから本当に苛々する。
クリスマスプレゼント
「あー、また喧嘩していたの?久美子ちゃんと蒼佑君は!」
「円花さん!」
笑いながらもリビングに入ってきた円花さんの手には、なぜか大きなショップ袋。
「おかえり、円花ちゃん」
「すみません、お手伝いせずに荷物取りに行ってしまって」
「いいのよ、それに買い物は圭司が行ってくれているし」
大きな荷物を置くと、円花さんは申し訳なさそうにキッチンにいるおばさんの元へと駆け寄った。そうだ……。二人は来年の春には親子になるんだよね。
そんなことを思いながら、しみじみと二人を見つめてしまっていると、急に頭を叩かれた。
「痛っ」
振り返ると、その相手はもちろん蒼佑。
「久美子、勝負しようぜ。今日は絶対に負けねぇから」
そう言って蒼佑が指差したのは、ゲーム機。
「またぁ?やだよ、蒼佑ってば昔から弱いんだから」
「はぁ!?今日はぜってぇ負けねぇから!ほら!!やるぞっ」
ムキになってそう言うと、蒼佑は私の腕を掴み無理矢理ソファーに座らせた。
「ぜってー勝つ!」
ぶつぶつと言いながらも、ゲームをセッティングする蒼佑を見ると、つい口元が緩んでしまった。
女関係は最低最悪な奴だけど、今日ばかりは蒼佑が家にいてくれてよかったかも。
だってやっぱり辛いもの。来年の春には家族になる石井家の姿を一人で見ているのは――。
蒼佑の存在に、実は今のように昔から救われてきたんだよね。
圭にぃと円花さんが同い年であるように、私と蒼佑も同い年の幼なじみだったから。
もし蒼佑の存在がなかったら、今の私はいなかったと思う。
圭にぃと円花さんが付き合っているのに、三人でいつまでも一緒に幼なじみでなんていられるほど、私は強くない。
蒼佑という存在がいてくれたから、この関係が成り立ってきたんだと思う。
まぁ……。圭にぃ達みたいな関係じゃないのは確かだけど。私と蒼佑は。
昔からお互いに幼なじみ以上の感情を抱いたことなんてなかった。
その証拠に女関係が激しい蒼佑から、一度も口説かれたことなんてなかったし、口説かれたい……なんて思いもしなかったし。
きっと蒼佑とはこれからも、お互い結婚してもこんな関係が続いていくんだろうな、って私は思っている。
……蒼佑は、どう思っているのか分からないけど。
「だー!!くそっ!なんで勝てねぇんだよっ!」
悔しそうにコントローラーを投げる蒼佑。
「私に勝とうなんて数百年早いのよっ!」
さっきのお返しと言わんばかりに、悔しがる蒼佑に向かって嫌味を込めて言ってやった。
昔から蒼佑は頭を使うパズルゲームが苦手だった。
何回も対戦してきたけど、蒼佑が私に勝ったことは一度もない。
「……マジありえねぇ。俺が久美子に勝てないものがあるとか……」
「ちょっと失礼なこと言わないでよね!」
そんな私達を見てか、キッチンの方からはおばさんと円花さんの笑い声が聞こえてくる。
本当、今日ばかりは蒼佑がいてくれて本当によかった。
いまだに悔しがる蒼佑を見て、心の中でそっと『ありがとう』と伝えた。
それから買い物に行っていた圭にぃと、帰宅したおじさんを待って幼なじみのクリスマスパーティーが始まった。
みんなでご飯食べて、四人でゲームをして――。
こうやって四人で過ごしていると、どうしても昔を思い出す。
二人がまだ付き合う前のことを――。
あの時は楽しかった。
単純に圭にぃが大好きで、一人っ子の私には円花さんというお姉ちゃんができて。蒼佑とも仲良くて。昔と同じように四人で過ごしているはずなのに、な。
なのに、なんでこんなにも悲しい気持ちでいっぱいになってきちゃうんだろう。楽しいはずなのに、なんで涙が出そうになってしまうんだろう――。
「……そろそろ帰ろうかな?」
辛くなってしまって、不意に時計を見ると二十三時を回っていた。
自然に帰るって言うと、圭にぃも円花さんも時計を見ては驚く。
「やだ、もうこんな時間になってたんだ」
「本当だ、全然気付かなかった。大丈夫か?久美子、明日も仕事なんだろ?」
心配そうに私を見る圭にぃに、胸が痛む。
「うん、大丈夫。遅くまでごめんね」
笑顔で言いながらも、立ち上がり帰る準備を進める。
いそいそと玄関の方へと向かって行くと、
「久美子ちゃん、ちょっと待って」
さっきの大きなショップ袋を抱えながら円花さんが走ってきた。
そしてなぜか圭にぃと、笑顔で顔を見合わせる。
「久美子ちゃん、これ私達二人からクリスマスプレゼント」
「え……」
クリスマスプレゼント?
いまだに笑顔で私を見る二人。
突然のプレゼントに戸惑いながらも、差し出されたプレゼントを受け取る。
「……圭司と二人で選んだんだ。久美子ちゃんにぴったりのドレスを」
「え…ドレス?」
それってもしかして……。
ある考えが頭に浮かんで、ずっしりと思いショップ袋を見つめてしまった。
「久美子に着てほしくてさ。一式入ってるから、全部身に着けて俺達の結婚式に参列してくれよな?」
“俺達の結婚式”
その言葉に、胸が痛む。
別に何回も聞いてきた言葉。なのになんで今更こんなに胸が痛むんだろう。
だけどそんな私に気付かれたくなくて、さっきと同じように作り物の笑顔を二人に向ける。
「どうもありがとう!凄く嬉しい!」
……嘘よ。全然嬉しくない。
こんなものもらっても、全然嬉しくないのに――。
なんで私ってば笑顔でこんなこと言っちゃっているんだろう。
そしてそんな作り物の笑顔を見て、嬉しそうに笑う二人を見ると、さらに胸が痛む。
痛みをぶつけるように、貰ったショップ袋をギュッと握りししめてしまった。
そんなの、分かっている
「……じゃあ、おやすみなさい」
痛む胸を押さえながら帰ろうとした時、急に伸びてきた手。
「コンビニ行ってくるから」
その手は、私が握りしめるように抱えていたショップ袋を簡単に奪っていった。
「え…ちょっと蒼佑!?」
なに、急に!
いつの間にか姿が見えなくなったと思ったら、ちゃっかりコートを羽織っていて、私が貰ったプレゼントを抱えたまま靴を履く蒼佑。
「仕方ないから、ついでに送ってやる。早くいくぞ」
なっ……!
なにそれっ!!
カッと沸き上がる怒り。
だけどそんな蒼佑を見て、圭にぃと円花さんは笑うだけだった。
「蒼佑、ついでにアイス買ってきて」
「私にも」
クスクスと笑いながらも、そんなお願いをする二人に答えることなく、蒼佑はさっさと玄関のドアを開けて出て行ってしまった。
「ちょっと蒼佑!?」
二人に手で『バイバイ』をして、慌てて蒼佑の後を追い掛ける。
すると先に行ってしまったと思っていた蒼佑は玄関先でちゃんと私のことを待っていてくれた。
何なのよ、蒼佑ってば。意味分からない。
溜息を一つ漏らしながら、蒼佑の元に駆け寄る。
「早くしろよ」
「早くしろよって…。わずか数メートルの距離なんだから、早くコンビニに行けばいいでしょ?」
当たり前なことを言ったというのに、なぜか「チッ」と舌打ちをする蒼佑。
ますます意味が分からない。
「それ、返してよ」
いまだに蒼佑が持つショップ袋を指差すと、蒼佑は嫌そうな顔をしながらも、乱暴に私に渡してくれた。
「バカ久美子。さっさと忘れろよ。見てる方が痛ぇから」
「え…」
予想外の言葉に、じっと蒼佑を見つめてしまう。
ちょっと待って。まさかとは思うけど、もしかして蒼佑は…。
そんな私の心情に気付いてか、大きな溜息と共にゆっくりと話し出した。
「長年一緒にいて気付かねぇと思ったか。バレバレなんだよ、お前の気持ちなんか」
吐き出すように話す蒼佑に、サッと血の気が引いていく。
「圭にぃも……?」
震える声。
やだ、怖い。隠してきたつもりなのに…。まさか圭にぃや円花さんにも気づかれているの?
蒼佑の次の言葉が怖い。思わずギュッと目を瞑ってしまった。
「バーカ。あんな頭の中ピュアすぎな二人が気付くはずねぇだろ? 第一気付いていたら、久美子にそんな非常識なプレゼント渡すわけねえじゃん」
「……そっか、そう、だよね」
さっきまでの恐怖から解放され、ホッと胸を撫で下ろしてしまった。
そんな私を相変わらず怪訝そうな目で見る蒼佑。
「もう結婚するんだ。いい加減諦めろよ。近くで見ているこっちはいい迷惑。……見てて痛いんだよ!」
いつもの蒼佑らしい言葉。
だけど今日ばかりはそんな蒼佑の言葉に、カッとなってしまった。
「そんなの分かってるよっ!!」
二十三時を過ぎているということも忘れて、興奮のあまり大きな声が出てしまった。
そんな私を驚いた表情で見つめる蒼佑。
「蒼佑なんかに言われたくない! あんたなんかに、私の気持ちなんて分かるわけないじゃない!!」
いつも女をとっかえひっかえしている蒼佑に、私の気持ちなんて分かるはずない。
悔しくて、悲しくて。こんなの八つ当たりだって分かっていても、止まらない。
「私だって忘れる努力している!今日だって合コン行ってきたし!! ……だけどそう簡単に忘れられるわけないでしょ?ずっと好きだったんだから…」
「久美子……」
いつの間にか頬を涙が伝っていた。
「見てて痛い?別にいいわよ。蒼佑にどう思われようが! あんたの恋愛に対する考えを勝手に私に押し付けないで! …蒼佑なんかに言われなくても、分かっているから!…こんな長年片思いしてて、痛い女だってことはちゃんと分かってるからっ!」
吐き捨てるように一気に伝え、すっかり明かりが消えている我が家に逃げ込む。
そしてそのまま自分の部屋へ駆けていき、ベットに倒れ込んだ。
さっきから涙が止まってくれない。
「蒼佑のバカ……」
違う。バカは私だ。
さっきの去り際に見た蒼佑の、傷ついたように私を見る顔が忘れられない。
八つ当たりしちゃった。だけど止められなかった。そんなの分かっている。
だけど好きなの。
あの笑顔も、優しい左手のぬくもりも――。全てがまだ、大好きなのよ。
その夜、涙が止まることはなかった。