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小説サイト投稿作品47 「時に、大気のように、香る」


「時に、大気のように、香る」

〜LC編集部のおすすめポイント〜

とある女子に一目惚れし、友人の力も借りつつ徐々に距離を狭めていく彼。
共通の趣味を見つけて努力する姿に彼女も惹かれていき…
もどかしくも少しずつ近づいていく学生のふたりの胸キュンラブストーリー。

学生同士の恋ならではの甘酸っぱさがたっぷり詰まった作品です!
憧れの人に片想いしていたときの気持ちを思い出させてくれます♪
告白シーンも独特で素敵です…!

一目ぼれ

誰だってかわいい女の子は好きだ。

小さくて可愛らしくて、上手に相手に甘えられるそんな女の子。
制服のスカートの丈は膝より少し上で、ブレザーのジャケットは手首のあたりでしっかり留まるサイズ。
よくもここまでぴったりなサイズ感で制服が作れると感心するほどに、その制服は彼女の体をよく知っている。
そのジャケットの下から、指先が少し出るくらいの長さの袖の薄いピンク色のカーディガンが覗いている。
爪はきれいに切り揃えられており、磨いているのか光があたるとキラキラして見える。
学校指定のブラウスは丸襟の端っこまで留められていて、その上に位置している首から顔は
白にごく少量の赤を溶かしたような、沢藤の花のような色をしている。

頬はピンク色に色付き、肌の白さを際立たせている。
タレ目ぎみの大きな瞳は潤んでいて、光を反射して指先以上にキラキラしている。
そう、だらだら長く説明をしたが、彼女はかわいいのだ。清潔感があり、花のように慎ましく、いつもそこにある。

「かわいいなあ。きっといい匂いがするんだろうな」

彼女を見ながらそんな感想をつぶやいた。
そんなつぶやきを聞いて友人が「変態(笑)」と突っ込んでくる。
だって、大切だと思うのだ。匂いが好ましいということは。
どんなに美人なお姉さんでも、学年1位の美少女でも、それが自分の好みとは外れた匂いならば全然魅力的ではない――と思ってしまう。
そんなことをぶつくさ語ると「ますますキモイ」と言われてしまった。まあ、自覚がないわけではない。

しかし、残念なことに彼女が好ましい匂いの持ち主かどうかを知ることはできない。
理由はたくさんある。まずクラスが違う。付き合う友達が違う。部活も違う(そもそも部活など入っていないが)。
何はともあれ一番の理由は自分がヘタレすぎることだ。
自分で言っていて悲しくなるが、ヘタレを克服してまで近づこうと思えないのだ。
どうせ自分が一番かわいいですよ、ええ。

「彼女とまでは言わないけど、せめてお近づきになりたいよな」

昼休みは決まって学食に顔を出す彼女を見つめながらため息と一緒に吐き出す言葉は、友人の失笑によってどこかに吹き飛ばされて行ってしまった。

「そのまま彼女のところに飛んで行きやがれ、ちくしょう」

という恨み言は情けないので自分の中に留めておくことにした。

翌日も相変わらず昼は学食に行く。こちらもいつもと変わらず月見そばとおにぎりを注文する。
ちなみにおにぎりの具はその日の食堂のおばちゃんの気分によって変わる。
今日はおかからしいが、当たりの日だとスパムとかリアル明太子のときがある。

今日も今日とてかわいい彼女は、新しいピン留めを耳の上あたりにつけている。
少し癖のある長い髪を整えきれていないそのピンがかわいい。もう、ほんとかわいい。
あれは、あれだ。武装だ。
きっとあの少し収まりの悪い長い髪からはいい匂いがするのだろう。きっと花の匂いだ。そうに違いない。

察しの良い友人は横で親子丼を食べながら「変態。キモイ」と言っている。
もう褒め言葉に聞こえてきた。

その翌日も、そのまた翌日も毎日毎日昼休みに彼女を観察してはいい匂いを想像し続けた。
我ながらいいストーカー、否、ファンぶりだと思う。
飽きずに連日彼女を観察している俺を毎日観察し続けた友人がついにしびれを切らした。

「いい加減に変態キモイむかちゃっかふぁいやーだわ。ギャル語も使うわ。俺行ってくる。」

と、ちょっとネジが焼き切れた感じの発言を残して友人は彼女のところに普段の1.5倍の歩幅で歩を進めたのだった。
突然違うクラスの接点のない男子から声をかけられた彼女とそのグループの女子たちは驚きとワクワクの表情を滲ませながら友人が話すのを聞いている。

ちなみにだが、友人はイケメンだ。ちょっとクール系の。
180センチ近くある身長が顔の小ささを引き立てているのがまたむかつく。
しかし彼もまた彼女募集中だ。だが公に発表するのは控えてほしい。俺がさらに霞んでしまう。
程なくして友人は元いた席に戻ってきて得意げな顔をしながら言った。

「今日から昼飯はあの女子グループと過ごすことが決まった。俺に感謝しろ。そして特濃おごれ」

さ、と言って友人は自分のトレーを持ってスタスタと彼女のいる女子グループの方に行ってしまった。
俺は頭を整理する時間ももらえないままに、いきなり彼女と接近するチャンスと友人に特濃牛乳をおごる約束を手にしたのだった。

お近づき

友人のブチ切れた行動のおかげで彼女と接点を持つことができたその日から、俺は今まで以上に自問自答の時間が増えてしまった。
増えたのは主に自己嫌悪の時間なのだけれども。
彼女のいるグループは騒ぐタイプのグループではないが、程よい距離感の社交性を持った女子たちだった。

無理に持ち上げたり会話を盛り上げたりするのではなく、俺と友人が入っても自然体を崩さないような気取らなさがとても好感的に思えた。
もちろん最初は声をかけたきっかけなんかを聞かれはしたのだけれど、友人がうまいこと答えてくれた。
(「話が合いそうだ」とか「いつも楽しそうだったから入れてもらいたいと思っていた」とか。
本当にこいつはそつがない。妬ける)
そんなよさげなテンポで話が進んでいくのにもかかわらず、俺ができることといえば
「うん」とか「あー」とか合わせることぐらいで、話題を振るという高等技術はまだ習得できていない。

彼女を含めたその女子たちは結構多彩な趣味を持つ子たちの集まりで、洋服や化粧から始まり、音楽、漫画、ゲーム、お菓子などいろいろと話題が尽きない。
俺も漫画が大好きだから話題を振れないわけではないのだが、例の彼女は別に漫画は嫌いじゃないけど好きというほどでもないという感じなので、話題を振るのをためらってしまう。

ちなみに彼女の趣味は猫画像集めだ。かわいいのからおもしろいものまで大好きらしい。
趣味まで超かわいい。
よし。明日は彼女が気に入りそうな猫の画像を探して昼休みに見てもらおう。
とりあえずそれだけを心に決めてスマホをいじり始めたのだった。

今日も学食のいつもの場所で集合する。
昨晩3時までかかって見つけたおもしろかわいい猫画像は合計3枚。
せめて1枚でも見て欲しい。いや、見せてみせる!と我ながら驚く程のアグレッシブさを発揮してみる。
そんな俺の様子を生暖かい表情で見つめる友人が気持ち悪い。

そこに4時間目を終えてきた彼女、とその他女子(失礼)がやってきた。
彼女は今日もお弁当らしい。
各々食事の準備をして食べ始め、昨日観たドラマの話や漫画の最新刊を買ったかどうかなどの話をした。
自分の月見そばとおにぎり(今日はこんぶだった)を食べ終えたところで彼女の方に目をやると、
彼女もちょうど食べ終えたようでハンカチにお弁当箱を包むところだった。
「ここがチャンス!」と思ったと同時に友人が俺のスネを蹴る。

「あ、あの。きのう、おれ、おもしろいねこのがぞうみつけたんだけど、よかったらみにゃいですか?」

噛んだ。死ねる。絶対今顔赤い。恥ずかしい。
そんな俺の失態をスルーして彼女は花のような笑顔をこちらに向けて

「見たい!!見せて!!」

と言って席を立ってこちらにやってきた。
内心の動揺を悟られないように必死に表情を取り繕うとするも、
なんか痒いのを我慢しているような、くしゃみが出そうで出ないような、変な顔になる。
俺の顔を見て、彼女が立って空いた席に移動する途中の友人が必死で笑いをこらえている。

やめてくれ。おまえのその表情で勘のいい人にはバレる。
下を向いて小さく深呼吸をしながらスマホを取り出し、昨晩ダウンロードしておいた画像を表示させる。
ちょっと落ち着きを取り戻して前を向き直したところで、ちょうど彼女は友人が元いた、俺の向かい側の席に座ったところだった。
「どれどれー?」と身を乗り出してくる彼女に、俺の悪い癖が発動する。
すん、と鼻で彼女の纏う空気を吸ってしまったのだ。
「しまった」と思ったのだが、どうやら彼女には気づかれていないようで安心する。

が…。
彼女の香りが鼻腔に入ってしまったことによって、一瞬俺の意識は猫の画像を見せることを忘れてしまった。
だって。だって。だって。めちゃくちゃいい匂いなんだもん。

ぶっちゃけ反則だ。なんなんだ。彼女は無敵か。容姿、仕草は完璧。そのうえ趣味も可愛い。
極めつけはこの匂い。香水や柔軟剤などの人工的な匂いではなく、なんか、こう、もっとふわっとあたたかいような匂い。
ずっと嗅いでいたい、もっと近くで嗅ぎたくなる、そんなえも言われぬ魅力的な匂いだった。

幸せを運ぶ香り

彼女の匂いに気を取られている一瞬の間を不思議に思ったのか、彼女が「おーい」と俺の目の前に顔を突き出して手を振っている。
その事実にまた頭が焼き切れそうになったが、ここは踏ん張った。

「あ、あ、こ、この3枚なんだけど、お、俺のお気に入りは2枚目の炊飯器に猫が入ってるやつ」

俺のスマホを細い指でいじりながら、画像を拡大したり移動したりして彼女は見ている。
「そんなとこいたら炊かれるぞーって思ったらなんかかわいく思えた」と、その画像を発見したときの感想を伝えると、彼女も小さい頭を上下に揺らしながら「うん、うん」とにこやかにうなずいてくれた。
そのあとは彼女の猫画像コレクションを見せてくれて、それに対して気の利いた感想を言えないまま昼休みのスペシャルタイムは幕を閉じたのだった。

「おれ、きょう、しあわせをつかいはたして、しぬかも」

放課後、友人にそうつぶやくと、俺の顔を指差して爆笑された。失礼な。
ほんとこいつ見た目以外全然イケメンじゃない。

「だってさ、彼女はかわいいだけじゃなかったんだよ。すっげーいい匂いだったんだよ。なんつーかもう、ずっと嗅いでいられると思うくらいにいい匂いだった。びびった。俺がチャラ男だったら抱きついてたね」

いつもより少々長めの独白をつぶやくと、友人は
「キモいキモいキモいキモい!変態キモい!」と言って、さらに笑い声を高くしたのだった。

「じゃあ聞くけどさあ、お前は彼女の近くを通ったときとか全然なんも感じなかったわけ?」
「まあ、可愛いしシャンプーのいい匂いがするな、とは思うけどお前ほどのめり込むほどではないな」
「え?まじで?てっきり彼女は男を虜にする魅惑のパフュームを使っているのかと思ったけど、俺だけだったのか…?」
「まじキモいな、おまえ。けどまあ、実際この学年では人気がある方だと思うし、あんま悠長に構えてないほうがいいと思うね」

確かに友人の言うとおりだ。
彼女は絶世の美女というわけではないが、なんとなく雰囲気があってそこが魅力的だ。
そろそろ本気で焦らないとならない気がしてきた。
けれども、猫の画像で気を引くのがいっぱいいっぱいの今の状況で次の手を打つのはハードルが高すぎる。

彼女が近くに来ただけでフリーズするのにさらなる接近をするとなると、脳と心臓が死ぬ。確実に。
とにかく今の自分にできることをすることにしよう。
たぶん、今できる最大限は猫の画像を探すことと昼休みに彼女に話しかけることなのだろう。
我ながらヘタレすぎる。

それからというもの、自分に使命を課したように猫の画像を探す日々が始まった。
「どんな画像がいいだろうか」「これはおもしろいと思ってくれるだろうか」
「これはちょっと下ネタ寄りすぎか?」などなど自問自答しながら。
自問自答の内容が自己嫌悪から変化したことだけは自分を褒めたい。やればできるじゃないか。

仕入れた猫画像は毎日彼女に紹介するようにした。
彼女もそれを日課と思うようになってくれたのか、昼飯を食べ終わると友人と席を交換するのが当たり前になってきている。
けれども、彼女が俺の前の席に座るたびに俺の脳と心臓は熱があがってしまい、全然慣れてくれる気配がない。
女子に免疫がないと言ってもこれはひどすぎる。
何よりひどいのは、グループのほかの女子たちに対しては全く同じ反応は起きないことだ。

俺の理性で言うことを聞かない部分というのは非常に薄情なものである。
どもりながら画像の見どころを説明する俺に、口元と目元にほんのり笑みを浮かべて彼女は相槌を打ってくれる。
うまく説明できていないのに、彼女は少し頬のピンクを濃くしながら楽しそうに聞いてくれる。
(俺、彼女のこの表情だけでご飯3杯は食べれると思う)
一通り俺の猫画像のプレゼンが終わると、今度は彼女が最近発見した猫画像を見せてくれる。

最近になって彼女も猫画像探し熱が再燃したらしく、かわいいのを見つけてきては俺に紹介してくれる。
本当にいい子だ。そしてかわいい。
彼女のピンクのスマホを受け取って数枚の猫画像を見せてもらう。
彼女は子猫が特に好きらしく、今日は子猫が寄り添って寝ている画像や犬に抱かれている画像を紹介してくれた。
目をキラキラさせて子猫のかわいさを語る彼女の方がかわいい、と内心思いつつ彼女の説明を聞くのが幸せだ。
そして相も変わらず彼女はとてもいい匂いがした。

毎日毎日同じ、あのあたたかくてやわらかい匂いがして、俺の鼻腔に幸福を運んできてくれる。
俺の毎日は、今、幸せだ。
そろそろ不幸の神様が嫉妬して俺に不幸を注いでくるかもしれない。けど、今なら負ける気がしない。

受けて立つぞ、不幸神。

不幸神降臨

不幸神に宣戦布告なんかしなければよかった。
『後悔先に立たず』『後の祭り』『火に油』――最後のは違うか。

俺は聞いてしまったのだ。最後まで聞かずに済んだのがせめてもの救いだろうか。
何を聞いてしまったかって?それは、あれだよ。ああ、自分の口で言うのが辛すぎる。

「ほう。彼女には彼氏がいるのか」

……オマエ、オレヲ、コロスキカ。
「けど彼女かわいいから今まで噂にならなかったのが不思議なくらいだよな」
……ソレイジョウ、エグルノヲ、ヤメテクレ。
「ま、大丈夫だって!おまえイケメンじゃん☆」
……オレ ハ ニゲダシタ。

「友よ。お前は俺の傷に塩を塗り込んでそんなに楽しいか」

両手で顔を隠してうつむく俺を、見た目はイケメン、頭脳はブサメンな友人は言う、「すんげーたのしい」と。

事の発端は中休みに彼女のグループが俺らのクラスの前の廊下を通ったときの会話だ。
俺の席は一番廊下側の席で、うちの学校は廊下と教室の境界の壁にガラス窓が付いている。
だから廊下にいる人物と会話したいときなどはその窓を開けて話をしたりできる便利な造りをしているのだ。
普段なら便利以外の何物でもないその窓から入り込んできた彼女と彼女のグループの女子との会話。

「それで最近彼とはどうなのよー?」
「え…ふ、ふつうだよ」
「でも前よりもラブラブじゃーん」
「全然そんなことないってば。もー」

途中から耳が勝手に塞がれたように周りの音が聞こえなくなっていた。
だから最後までその会話は聞こえなかったのだけれども、聞かなくてよかったと思う。
最後まで聞いてしまったら、たぶん今頃俺は学校を自主休業している。

「でもさ、その会話の流れだと別に彼氏いるとは言ってないじゃん。あきらめるのはまだ早いと思うけどな」
「おまえは他人事だからそんな風に思えんだよ」
「そうかなあ。けどさ、とりあえず急がないとならなくなったのは確実だな」
「は?何を急ぐんだよ」

俺が問いかけると、友人は『これぞドヤ顔!』という顔でこちらを見ながら
「こ く は く ☆」
と、溜めをたっぷり取りながらいいやがったのだった。

その日の晩は頭が冴えてしまって寝付くことができなかった。
目をつぶってもいろいろな映像が黒いスクリーンに浮かんできて寝るのを邪魔してくる。

中でも最悪な映像は友人のドヤ顔と、彼女が知らない男と仲睦まじげに歩いている姿だった。
結局頭が冴えたまま迎えた朝は、陽の光が目に染みて瞼を開けるのが億劫だった。
朝日がこんなにまぶしいと感じたのは初めてだと思う。
ついでに言うと、一晩に何度も彼女の姿を想像したのも、彼女が他の男と一緒にいる想像をしたのも初めてだった。
ここまで来て自分自身のことに気づかないほど自分のことに鈍感な俺ではなかったことに少し安心する。

俺は心の底から嫌なのだ。彼女が他の男を選ぶことが。
そのことを想像しただけで、彼女が近くにいるときとは違う熱で脳と心臓が焼き切れるような感じがした。
そして、俺は、彼女のことが、とてもとても、好きなのだ。
遠くで見ているだけではもう足りない。猫の画像の話で盛り上がるだけではもう足りない。
向かい側の席ではもう足りない。

もっと近くで、彼女のぬくもりと、その肌と、肌から立ち上る彼女の匂いを感じたいと思っている。
その結論に至った時、自分自身で、引いた。友人の言う通り、俺は本当に変態でキモイやつだ。
けれど、それでも彼女と一緒にいる将来しか浮かんでこない自分のお花畑な脳内が恨めしい。

しかも、彼女には彼氏がいるかもしれないっていうのにだ。
もう、これは、告白する以外に、選択肢は残されていないな。
もしダメでも、あの人の不幸が大好きな友人に塩を塗ってもらおう。
そしたらそこが漬物になって後々おいしくいただけるようになるかもしれない。
自分の中で結論が出たことで寝不足を忘れるくらいすっきりした俺は、無駄に明るい気分で学校へ向かったのだった。

「おはよう」

珍しく自分から朝の挨拶をした俺に、友人がこちらを見て疑うような心配しているような顔をした。

「ど、どうした…?ついに自棄を起こしたか?」

全くもって失礼な奴である。

「自棄なんか起こしてないよ。けど、まあ、吹っ切れはしたかな」

友人はさらに表情を変え、今度は目を大きく見開いて首を横にぶんぶん振りながら俺の肩を揺すり始めた。

「やっぱり自棄起こしてんじゃん!諦めたらダメだー!!」

なぜか勝手に勘違いして勝手に盛り上がっている様子の友人に感心してしまう。
朝からよくそこまで頭を回転させられるもんだ。そして揺するのをやめてほしい。寝不足で頭が重い。

「いや、だから違うって。彼女には彼氏がいるかもしんないけど、俺告るわ」

さらりと自分の決心を言った俺を見て、今度は固まった。朝から忙しいやつだ。

「え。え。お、おお。そうか。うん。わかった」

なぜかそこの飲み込みは早く、勝手に納得したようだった。

「ちなみに今日の昼休みに言うことにした」

そうすると、いつもの調子を取り戻した様子の友人は
「ふーん。校舎裏に拉致しちゃうの?いやーん。さすが変態」
とえらく楽しそうに尋ねてきたので
「そこは、まあ、内緒」
と、女子みたいに返すしかない俺であった。

告白

昼休みが来た。
寝不足の人の多くがそうであるように、昼くらいに眠気のピークがくる。
そして、朝のうちはなぜか無駄にテンション高めなのだが、ここからは急降下する時間である。
しかし。今日の俺は一味違うんだぜ。…今の発言は見逃してほしい。
眠気は吹っ飛ぶし、むしろテンション上がってしまうほど緊張しているのだ。

いつも通り月見そばとおにぎり(お!今日はウズラの半熟ゆで卵!)をおばちゃんに注文し、いつもの自分の席に着く。
程なくしてかつ丼をトレーに乗せた友人が俺の前の席に着いた。

「験担いどいたから」
とコソコソ耳打ちしてこちらを流し見てくる。うざいけど、正直うれしい。

いつもの月見そばなのに全然味がしない。味どころか熱さも感じない。
もう味覚もなにも、すべての神経はこのあとのことに集中してしまっていて
全然いつものようにおいしく食べられない。
唯一脳だけはすごく回転していて、「ああ、告白する前ってこんな感覚なんだ」なんてことを
冷静に考えているもう一人の自分もいて、面白いなあと思う。

いよいよおにぎりの最後の一口を飲み込んで、というより喉の奥に押し込んで、トレーを片づけに行く。
立ち上がったとき少しふらついた感じがしたが、すぐそれは緊張のせいで呼吸が浅くなっているせいだということに気づいた。

返却口にトレーを戻し、自分たちの席に戻る。
その間にも頭はすごく回転していて、朝まで考えていた告白の手順をイメージする。
いつもより少しだけゆっくりめに席に戻ると、それを合図にするかのようにいつも通り友人と彼女は席を交換する。

なんだかみんながいつもよりゆっくり動いているように見える。
彼女の口角が徐々に上がっていくのもいつもよりゆっくりだ。
そしていつも通り、自分のポケットからスマホを取り出す。
そして画像を表示させるフリをしてアプリを操作する。
期待させて彼女には申し訳ないのだけれど、今日は猫の画像は用意していない。

彼女は「今日はどんな猫の画像だろう」と楽しみにしている顔をしてくれている。

今日も今日とてかわいい。あ、この前付けていたピンを付けている。やっぱりすごく似合う。
アプリの用意ができたので彼女の方にスマホを差し出す。
彼女は少し頬をピンクに染めてワクワクした表情で俺のスマホをのぞき込む。

次の瞬間の彼女の表情を俺は一生忘れないだろう。
彼女の瞳はキラキラを通り越して潤み始め、堪えるように瞼を閉じ、そしてうつむいた。

色の白い首から頬、耳にかけて、それはそれは血が噴き出すかのように真っ赤で、俺にはそれがとても美しく見えた。
彼女はきれいな指先で俺のスマホの画面をなぞりながら何かを言っているようだが、俺は今の彼女の姿を目に焼き付けるのに一生懸命で耳にまで神経を配れないので聞き取れない。

そして、怒ったような、困ったような、笑いをこらえるような複雑な表情を俺に向けて俺のスマホを差し出してきた。
そこに書かれた文字を、一字一字、一つも見落とさないように細心の注意を払いながら読んだ。
読み終えたときの自分はもう自分でないようだった。

「もう死ぬ!」と思うくらに心臓の鼓動が早いし、血が沸騰しているように全身が熱い。

喜びで鳥肌が止まらない。ああ。もう。本当にすべてかわいい。
照れながら差し出す指が震えていることも、そこに綴られた彼女の気持ちもすべてがかわいい。

そして、こんなときにほんと自分でも呆れるのだけれど、今彼女の放つ匂いがいままで嗅いだ中で一番いい匂いだ。
彼女の全身からこちらに向かって温風が流れてきたように全身が彼女の匂いに包まれたような気がした。
あのあたたかくてやわらかい匂いに、もっと魅力的な何かが加えられた抗いがたいほどのいい匂いだ。
もっと近くでその匂いを嗅ぎたくて、俺のスマホを触ったままの彼女の手を掴んで少し引っ張る。

引っ張りながら自分の腰を椅子から少しだけ浮かせて、彼女のピンが付いていない方の耳元に自分の顔を寄せる。
そこまで行くと今まで感じていた以上の濃厚な彼女の匂いが鼻腔を刺激し、彼女の匂いが鼻腔から流れて肺を満たすと、 それは、もう、今まで生きてきた17年間の常識を一瞬で崩すほどの幸福感が俺を襲ってきた。
俺が彼女の匂いに集中していると、彼女が体をもぞもぞ動き始め、俺しか聞こえない声で「さすがに、恥ずかしい…。」と言ったのだった。

そんなことを言われたら、理性を取り戻しちゃったら、俺が一番恥ずかしいです。
冷静さを取り戻して椅子に腰を下ろし、横を見ると…
友人と彼女のグループの女子たちが、最大限のニヤニヤを顔に貼り付けてこっちを見ていたのだった。

ご報告

あれから数週間経ったけれど、彼女は相変わらずかわいくて、そして、とてもいい匂いがする。
それと彼女と付き合い始めて新しく知った自分があった。
それは、俺が、自分で言うのもなんだけど、

…ツンデレなことだ。

ほんと自分で言っていて何なんだけど、男のツンデレとか本気で萌えないし気持ち悪いし変態度MAXなんだけど、彼女の前ではどうもいつも通りの自分ではいられない。
彼女がかわいくて、いい匂いだから、ついそのことを本人に言ってしまうのだけれど、彼女はその度に照れて顔を赤くしながら、小さい手をグーにして肩パンを繰り出してくる。
手が小さい分先端が鋭利で俺の肩に突き刺さってとても痛い。

けれども「痛い」よりも
「こんなかわいいのにグーで肩パンしちゃう彼女のギャップがまじかわいい」とか腐った脳内になってしまったので、もうどうしようもない。変態でもなんでもいい。
もちろんツンデレなので友人の前では普通にしているが、無駄に察しのいい友人は薄々気づいているらしくことあるごとに彼女との近況を質問してボロを出させようとしてくるのだけれど、俺だって自分の尊厳を守らなければならないのでその手に乗るわけにはいかない。
しかしまあ、いろんな意味で彼女との今があるのはこの腹黒い友人のおかげでもあるので、そのうち何かの形でお礼をしてやらなくもない、と思ってはいる。

あと、彼女になんて言って告ったのかは内緒です。恥ずかしいし。
俺と彼女との秘密です。キモイとか言わないでください。人生初の彼女なので大事にしたいんです。
落ち着くまでほっといてください。うれしすぎてキャラ崩壊してますがほっといてください。
今自分たちのことで精一杯なんです。恋したことある人ならわかってくれるでしょ。お願いしますよ。

んじゃ、これからマイハニ…彼女と一緒に帰るんで、またお会いできたらお会いしましょう。

どんな香水よりも、コロンよりも、シャンプーよりも、柔軟剤よりも、俺にとって魅力的な香りは大好きな彼女の皮膚から感じるあの、あたたかくて、やわらかくて、全身から発しているような得も言われぬ甘い香り。
きっと彼女の全身から湧き立つあの香り以外に俺に幸福感を与えてくれる匂いはあり得ない。
あざといくらいに香る彼女の全身から発されるあの春の大気のような匂いに、俺は一生満たされていたい。

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