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小説サイト投稿作品30 「チェリーな彼女」(ペンネーム:大迫環さん)
「チェリーな彼女」(ペンネーム:大迫環さん)
〜LC編集部のおすすめポイント〜
初めて彼が家に遊びに来る日は、ドキドキしますね!
甘党の彼のために一所懸命につくったロールケーキはとても美味しそうです♪
さくらんぼの香りと初々しい恋の感じがマッチして、とてもほのぼのとした作品です。
春の日のうららかな陽気も感じれます。
優しい彼との素敵なティータイム、ほんわかしたいときにとてもお勧めです♪
さくらんぼクリームのロールケーキ
さくらんぼクリームのロールケーキは、甘酸っぱい春の香り。
暖かな陽が差し込むワンルームマンションの1室で、
わたしは真っ白な皿に乗せたケーキを、テーブルにそっと置いた。
「わたしの実家の庭で採れたさくらんぼが入ってるの」
今朝収穫したばかりなのよ、と言うと、彼は驚いた。
「きみの実家、さくらんぼの木があるの」
「わたしが生まれた記念に植えたんだって。もうずいぶん大きいのよ。 実がつくと、鳥に警戒しなくちゃいけなくて大変だけど、この時期が楽しみなの」
今朝、母に呼ばれて実家に帰ると、母がボウルを手にして玄関に立っていた。
『おかえり、待ってたのよ。今年も一緒に取りましょう』
庭に出ると、わたしの背丈よりも高いさくらんぼの木の茂る葉の隙間から、小さくかわいい実が顔を出していた。
『たくさんできたね』
真っ赤に色づいた艶やかな実は、わたしの手の中で弾むように重なり合い、ボウルにはあっという間に鮮やかなさくらんぼの山ができた。
取り終わると、わたしは半分でいいと言ったのに、母が、
『今年はまだ収穫できそうだから』
と、まだ熟していないさくらんぼが残る木を見上げて、今日収穫した実を全部わたしに持たせてくれた。
「それで、ケーキを作ってくれたんだね」
甘いものに目がない彼は、うれしそうだった。
「せっかくはじめて来てくれるんだもの、張り切っちゃった」
クリームにさくらんぼの果汁と果肉を混ぜ、スポンジの生地にも果肉を混ぜ込んだ。
でもクリームもスポンジも、期待したより色が出なくて、見た目はどこにでもあるふつうのロールケーキになってしまった。
あえて特徴をさがすとすれば、ところどころに散らばる赤い皮の色味くらい。
味見をしたときに口いっぱいに広がった甘酸っぱい香りは限りなく爽やかで、味はまあまあだと思うけれど、そんな見た目がちょっと不満だった。
「もっと淡いピンクになるかと思ったのに」
彼にフォークを手渡しながらぼやくと、彼は小さく笑って、
「アメリカンチェリーならともかく、日本のさくらんぼって、皮は赤いけど実は黄色いし、こんなものだよ」
とやさしく笑ってくれた。
そろそろ西日が差す時刻で、窓の外は空が赤く染まりつつある。
ちょっと遅いおやつになってしまったけれど、その分、夕食の時間を遅くすれば、彼が帰る時間も遅くなる。
少しでも長く、一緒にいられる。実はそれを狙ってこの時間に出したことは、彼には内緒。
記念日
「いただきます」
作っているあいだは、口に合うかなとか、さくらんぼが苦手だったらどうしようとか、そんなことばかり考えていた。
だけど、フォークでカットしたロールケーキを口に入れたときの、彼の細くなった目を見た瞬間、そんな不安は全部吹き飛んだ。
「すごくおいしいよ。香りもいいし、お店に売ってるケーキみたいだ」
たとえそれがお世辞でも、飛び上がるほどうれしい言葉。
「ありがとう。でもちょっと甘すぎたかな」
本当は緊張してしまって味なんてほとんどわからなかったけど、なにかソレっぽいことを言ってみたくて、首を傾げてみたりして。
でも、そんなわたしのつぶやきを、
「そうかな、おれはこのくらい甘いほうが好きだけど。最近は甘さ控えめが主流になっちゃってるしさ、甘党には厳しい世の中になったよ」
彼は懸命にフォローしてくれた。そのあいだにもケーキはみるみる小さくなって、彼のお腹に落ち着く。
「もっと食べる?」
聞くと、彼は返事のかわりに白い皿をわたしに差し出した。
口の端についたクリームをぺろりと舐めたのがかわいくて、まるで、外で走り回ってお腹をすかせた子どもみたい。
わたしはくすくす笑いながら、ロールケーキをひと切れ、皿にのせた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ところが彼は、その皿を目の前に置いたきり、フォークを置いてしまった。
両手を膝の上にのせて、じっとケーキを見つめたまま静止している。
あまりに動かないから、ケーキになにかついているのかと思って、
自分のケーキを食べながらさりげなく彼の皿を確認してみたけれど、とくに変わった様子はなかった。
どうしたの、と聞こうと思ったとき、ふいに彼が足元に置いてあったバッグの中から、手のひらくらいの大きさの長細い箱を取り出した。
箱は、同年代の女性に人気の化粧品ブランドの包装紙で包んであった。
「これ」
彼は、その箱をすっとテーブルを滑らせてわたしのほうへ寄越した。
「なあに、記念日でもないのに」
贈り物をもらう心当たりはなく、しかもその店の商品はどれも安価ではないことを知っているから、受け取っていいものか迷う。
すると彼は、
「記念日だよ。きみの家にはじめて来た記念日」
はにかみながら、そう言った。
春の匂い
はじめて来た、記念日。
わたしの家に、はじめて来た、記念日。
わたしは心の中で、何度もその言葉を繰り返した。
繰り返すほどに、そのひとつひとつの単語が、やさしく柔らかく、胸に響く。
今わたしの前に置かれた長細い箱は、彼が今日という記念日を思って、買いに行ってくれたもの。
ふだん女性客で賑わうこの店に、どんな顔で入って行ったのか。入るのに、どれだけ勇気を振り絞ったか。
それを想像するだけで、心が温かくなった。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん。でもちょっと…」
言葉を途切らせた彼は、様子を窺うように上目遣いでわたしを見た。
「ちょっと?」
わたしが続きを促すと、彼は視線を下げて、テーブルの箱を見ながら言った。
「かぶっちゃったんだけど」 「かぶった?」
なんのことやら、わからない。かぶるもなにも、今ここには、ロールケーキと紅茶しかないというのに。
彼はそれ以上言葉を続けなかったから、わたしはよくわからないまま、包みをほどいた。
女子たち憧れの、オシャレな包装紙から顔を出したのは、桜色の箱だった。
「わあ、かわいい!」
思わず大きな声が出てしまった。
だってそれは、今食べたばかりのさくらんぼが描かれた愛らしいデザインの箱で、棚の上に飾っておきたくなるくらい、本当にかわいかったから。
「香水?」
わたしが笑顔を向けると、彼はうれしそうに頷いた。
「おれ、出会ったときからずっと、きみはなんていい匂いのする子だろうって思ってたんだ。でもそれがなんの匂いなのかわからなくて」
彼は、わたしの手から箱を取って、中身を取り出した。
「でもこの店でいろんな香りを試したとき、やっとわかった。ああ、春の匂いのする人なんだって」
箱の中からは、【fresh CHERRY】の文字が軽やかに踊る美しい瓶が。
箱と同じ薄い桜色のそれは、少し丸みがあって、彼の手にしっくりなじむ形をしていた。
「でもケーキがあまりにもいい香りだったから、出しにくくなっちゃったよ。やっぱり本物にはかなわないな」
「全然!全然そんなことないよ。すっごくうれしい。ありがとう」
春はわたしの大好きな季節。そんな春にたとえられて、うれしくないはずない。
「きっと、きみが生まれたときにご両親が植えてくれたさくらんぼの木は、きみの分身なんだね。だからいつも、きみからは、このケーキと同じ甘い香りがするんだ」
彼が照れもせずにそんなことを言うから、かえってわたしが恥ずかしくなってしまった。
極上スイーツ
わたしは、ふたたび彼の手から、贈り物を受け取った。
その瓶は、わたしの手にもすっとなじんで、まるでずっと前から手にしていたような、不思議な感触だった。
「キレイ」
わたしは、うっとりして瓶を見つめた。
「ほんとは、もともといい匂いのきみに香水なんて必要ないんだろうけど、自分がどんな香りがするのか知ってほしくて。 ぼくはこの香りに引き寄せられたんだよって教えたかったんだ」
今まで誰にも、そんな匂いがするなんて言われたことはなかった。
もし本当に彼がその匂いを感じるのだとすれば、それはきっと、彼への愛がわたしの体からあふれ出たから。
「ありがとう」
愛を受け取ってくれて、ありがとう。
わたしは舞い上がってしまって、食べかけのケーキもそのままに、手首に香水をひと吹きした。
「わあ…」
たちまち広がる、春の香り。
ちょうど部屋の中に、柔らかな西日が差し込んで、狭いワンルームマンションの1室が、瞬く間に甘くて酸っぱいさくらんぼの森に変化した。
椅子から立ち上がった彼が、
「おいで」
わたしを手招きする。わたしは彼に吸い寄せられるように近づき、そのまま彼の腕の中におさまった。
おでことおでこをくっつけて、わたしと彼はさくらんぼになった。
「すごくいい匂いがする。思ったとおり、きみの香りそのものだ」
耳元で囁かれる言葉は、世界中でいちばんの、極上スイーツ。
「大好き」
「おれも」
これからもずっと、さくらんぼのようにふたり寄り添って、甘酸っぱい香りに包まれて。
ありふれた春の日の、うららかな午後のこと。
それは、彼がはじめてわたしの家に来てくれた、新しい記念日。