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小説サイト投稿作品14 「唇に魔法」(ペンネーム:御園生舟さん)
「唇に魔法」(ペンネーム:御園生舟さん)
〜LC編集部のおすすめポイント〜
元彼と別れて以来、どうしようもなく恋に臆病になっていた主人公のもとへ、以前から気になっていた同僚から食事の誘いがあり…!
恋をせずにいた期間が長くなるほど、はじめの一歩が踏み出しにくいものですよね。
ロマンチックなところのある彼と、恋愛初心者の彼女という組み合わせ。
なんだか煮え切らない彼にソワソワ、急すぎる展開に胸がドキドキしてしまいます!
主人公の“おまじない”の効果はいかに?
私だけの“おまじない”
いつか読んだ『ギリシア神話』によれば、かの高名な神々が自らの姿態を模した依り代の唇にその息吹きを吹き込んで、私達は人間になったそうだ。
いまから約七万年前の旧石器時代の人々は、そこから受けた生命を悪魔に奪われないために魔除けとして朱に染め上げて、それが口紅の歴史の幕開けと言われている。
そんな豆知識なんてお構いなしに、私は口紅を拭う。
常日頃から見慣れたオフィスに相応しいコーラルを落として、ほかに似た存在のない艶やかなそのグロスを施すのは、いつだって大事なときと決まっていた。
別にそうしなくちゃいけないって訳じゃない。
じゃないけど、それを大事な場面で纏うことで、そこがほど好い色気に縁取られ、ささやかな自信に色が添えられて、私の褪せがちでぼやけた日常にとびきり華やかな彩りを与えてくれる。
それは言ってみれば、誰でも少なからず持っている'おまじない'のようなものだ。
たとえば、険しい道を歩く遠足の日には脚に馴染んだ靴を履くとか、ここ一番の試験には丸じゃなく六角形の鉛筆を使うみたいな――
往々にして謳われる常識と願掛けの合間を揺蕩う、かつて化粧を覚えた就活の時から今に至るまでの、私にとって不変の習慣。
たまたま見掛けた《自信が持てる》と言う売り文句に惹かれて、ここぞの時のために'勝負グロス'を使いはじめてすぐに第一志望だったこの会社から内定をもらって以来、頑なに守り通して来た絶対の処世術だった。
大人のデート
――今日は、この春から東京支社に来た職場の同僚から、はじめて声を掛けられた。
「もしよかったら、今夜付き合ってくれないかな」
毎日同じフロアで働いては居るものの、私達に業務上の接点はなく、ほとんど挨拶さえも交わしたことがなかった。
唐突な展開に言葉を失う私の表情を窺って、橘川君はそのいかにも人懐こそうな童顔をくしゃっと苦笑で歪めて見せる。
「急にこんなこと言って……やっぱり驚かせちゃったみたいだね。でも、こっちに来てから、君のことずっと『いいな』って思ってたんだ」
ほんの一年足らず前とは言え、彼が転属になった年度初めの、あの日を今でも覚えている。
その儚げな容姿とは裏腹に陽気な声で挨拶した姿は、ちょっとやそっとで忘れてしまうには、あまりに魅力的過ぎたから。
私からも好意を伝える代わりにこくりと頷くと、今度は破顔の笑みを浮かべて、その背丈に不似合いな仕草で大きくガッツ・ポーズを作ってみせる。
「それなら、今夜は絶対に後悔させないよ。折角なら大人のデートにしよう。 何処か雰囲気のある店で食事をして、それから夜景を楽しんで、二人きりになれる場所に行って……君さえよければその続きもね」
それだけ言って足早に踵を返した彼の背中を眺めながら、私はしばらく放心状態から立ち直れそうになかった。
『絶対に後悔させない』?
『大人のデート』??
『その続き』ってどう言うコト!?
彼の残した大き過ぎる置き土産が、この頭の中でぐるぐる回って、今にもバターになってしまいそうだった。今日は金曜日だし、どうせ家に帰ったって待っててくれる人なんて居ないんだから、何も気兼ねすることはない。
それに――私は自分の顔がどんどん火照って行くのを自覚しながら、今身に着けている下着がきちんと上下揃っているかを思い出していた。
彼の言う『大人の夜』にする準備は出来ている。
それをより完璧に仕上げるために、普段使いの口紅を落とし、とっておきの勝負グロスを塗って社屋外へ出ると、先に退社して私を待ってくれていた橘川君のもとへと駆け寄った。
「あれ? 今夜は、なんだかいつもと違うんだね……」
こちらに笑顔で振り返った彼の顔は、その視線が私の姿を捕らえるなり、見る見る翳って行ってしまう。
そのまま黙って歩き出した広い背中を追い駆けながら、私は何かとんでもないことをしでかしてしまったのではないかと、この胸を痛ませはじめていた。
突然の告白
とんでもなくぎこちない雰囲気に支配されたテーブルを離れて、私は鏡の前でどんよりと頭を抱えていた。
結局その道中を気まずさに押し潰されそうになりながら入った会社からほど近いイタリアンでも、 周囲の喧騒に馴染むことなく、私達の会話は弾まないままだった。本来なら明朗な笑顔が浮かべているはずの彼は、 その整った顔を伏せたきり、こちらを見てくれようともしない。
あまりに重苦しい空気を受けて、とても食事を楽しむ気分になれずに、なかば強引に席を立って来てしまったのだけれど――
私は掌の内に握り締めた勝負グロスを、まじまじと見つめてみる。
これまではいつだって、この色彩と艶めきに助けられてきた。
私の社会人としての歴史の日向を支え続けてくれた存在は、まさに相棒と呼んでも過言じゃない。
でも、今夜に限っては、この'おまじない'は無効だったのかも……。
そう思いながら、わずかに落ちてしまった色艶を塗り直して、私は化粧室を後にする。
こんな他人行儀なよそよそしさが続くなら、私みたいな恋愛初心者には、まったく耐えられそうにもない。
橘川君には悪いけど、なにか急用が出来たことにして、今夜は帰らせてもらおう。
その口実を考えながら戻ったテーブルで、彼にそれを伝えようと口を開いた次の瞬間に、
橘川君はどんぐりみたいな丸い目をさらに見開いて、突然突き動かされたように立ち上がる。
かと思うと、彼は大きな手をこちらへ差し出して――
私をその胸にしっかりと抱き寄せた。
「今日は驚かせてばっかりで、ごめん。でも、もう俺、我慢の限界なんだ……!」
まるでちぎれそうに火照った耳許でそう囁かれて、この心にパニックの波が襲い掛かる。
どうにも恥ずかしくて身体をじたばたとよじっても、そんな抵抗など物ともしない力が腕により強く込められるばかりだ。
「そんな唇で来るなんて……。君が可愛いって知ってた。けど、今夜は最高に綺麗だよ」
そう打ち明けてくれる橘川君の声色は、それを窺う誰にも分かるほどに濡れて、ちょっとだけ震えている。
でも、その唇は私の耳朶に柔らかく押し付けられて、そこに塞がれてしまっていた。
いつもの朗らかな声とは違う悩ましげな告白を、ほかに聞き及ぶ人は居ない。
「こんなことして――俺のこと嫌いになっていいよ、何なら軽蔑したっていい。たとえ咎められたって、俺もう自分を止められないから」
彼はそう言いながら、この顎を力任せに掴んで――
そして、私に思い切りくちづけた。
「君のことが、好きなんだ」
……つまり、私は橘川君の機嫌を損ねてしまった訳じゃなかったんだ。
それに気付いて、今度こそその好意に応えようと、私を抱き締めて離してくれそうにもない力強い腕に、この指をゆっくりと添える。
「こうして君を捕まえて、自分だけのものにしてしまいたくてたまらなかった。今夜そうなるんだって、俺は自惚れてもいいね……?」
この界隈に外国人が多く住む土地柄や週末に特有の殷賑に加えて、既にお酒が入っているのもあって、周辺のテーブルから祝福の喝采が沸き起こる。
その冷やかしを遣り過ごしながら、私は甘い言葉に戦慄く唇に重ねられたもっと甘いキスを受けることで精一杯だった。
甘美なキス
「こっちは、やっぱり夜景が綺麗だね」
すぐ隣を歩く彼の肩越しに、その視線の先に広がる幾多のまばゆい輝きを見遣る。
私達は何処へともなく歩きながら、いつも見慣れたはずの湾沿いを巣食うように埋める光のパズルを眺めていた。
かつて上京したての時分こそ物珍しかったけれど、今ではすっかり見飽きた灯し火の集合体にありがたみなんてない。
しかし、それも欧州帰りの橘川君にとっては違ったらしいけれど。
「君の方が夜景よりずっと綺麗だけど……なんて」
あれから――周囲の好奇の視線に耐え切れずに、私達はその場を急ごしらえに取り繕って食事を済ませ、何処か後ろ暗い気持ちで店を後にした。
それは十代の頃に両親の目を盗んでこっそり夜遊びに出掛けた、あの日の気分と重なる。
そう明言された大人のデートに繰り出すはずが、まさか思春期に逆戻りする羽目になるなんて。
「このキモチは誓って本当なんだ。これまでに素晴らしい芸術や美女なら飽きるほど見て来た。でも、そのどれにだって、こんなに心奪われることなんてなかったよ」
私はやっとのことで込み上げる苦笑を押し殺して、彼を見上げる。
その何処か幼さを残した顔立ちに不似合いな硬い表情がうっすらと紅潮しているのがおかしくて、そして、とても愛おしい。
「今夜は余裕のないとこ見せ過ぎちゃったね。なんだか格好悪いな、俺」
橘川君はそう言って、そのかたちの良い唇の端に自嘲を浮かべてみせる。
確かにスマートな滑り出しとは言い難かったかも知れない。
でも、まだ見ぬ彼の姿を見られたのが嬉しくて、私はその手を恐る恐る握った。
それに応えて握り返してくれるのを待っていると、つとに抱き締められてもう一度キスされる。
「何度でも教えて。俺なんかじゃ、まるで不似合いかも知れない。だけど、君は俺のモノなんだってこと」
まるで時が止まったみたいに永遠に終わりそうにもない長いくちづけの果てに離された唇には、私の唱えた'おまじない'が移ってしまっている。
「改めて大人のデート、はじめようか。このキスから……君さえよければその続きも」
その言葉と共にもう一度落とされたキスは、さっき永遠を感じたよりもさらに長く、もっと深く、ずっと甘かった。
この唇をなぞる誘惑にキモチまで濡れちゃってる。でも、それが今夜なら構わない。
そう伝える代わりに、今度は私から彼に背伸びをして、それが二人だけに通じる合図になる。
お互いの唇に息吹きを吹き込み合う私達を見守るものは、ただこの夜景と天高く輝く星達の物語だけだった。