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小説サイト投稿作品60 「その左手は、私だけのもの 後編」


「その左手は、私だけのもの 後編」

〜LC編集部のおすすめポイント〜

久美子が長い間恋人を作らないのには大きな理由があった。
もうすぐ結婚してしまう年上の幼馴染・圭司のことを未だに振り切ることが出来ないから。
そんな時、ひょんなことから圭司の弟・蒼佑と急接近することになり…

普段は意地悪なのにふとした瞬間に優しくされると女性はドキドキしてしまいますよね。
憧れの幼馴染の年上のお兄ちゃんとその弟の狭間で揺れる思いに注目です!

お揃い

四月、大安吉日――。

「……可愛いドレス」

鏡の中に写る自分を見て、つい呟いてしまった。
今日は圭にぃと円花さんの結婚式。だけどなぜか私の心の中は穏やかだった。

「久美子ー!送迎のバスが来ちゃうわよ」
「はーい!今行く!」

その理由は自分でもちゃんと分かっていた。
お母さんに言われ、急いで階段を駆け下りて三人揃って外に出ると、そこにはなぜか蒼佑の姿があった。

「あら、蒼佑君、先に行かなかったの?」
「はい、写真はもう撮ったし、早く行っても待ってるだけなんで」

お母さんに聞かれ、普段通りに答える蒼佑。そんな蒼佑がなんとなく見られずにいた。

「……あら、やだ。二人とも。それ狙って合わせたの?」
「え…?」

なぜか私と蒼佑を交互に見て、クスクスと笑うお母さん。
不思議に思い蒼佑を見ると、私のドレスと同じ柄のスカーフが目に入ってきた。

「げ、兄貴の奴…!」

蒼佑も気付いたようで、あからさまに嫌な顔を見せる。

「……ちょっと、真似しないでよね」
「はぁ!?真似してねぇから!お前だって分かるだろ?兄貴達の仕業だって」

良かった。いつも通りに蒼佑と話せてる。
あの日からなぜか変に意識してしまっていた。蒼佑のことを――。
昔から幼なじみで、きっとお互い結婚してもこの関係は変わらないんだろうなって思っていたのに。

あの日から以前のように、隣の家によく出入りするようになった。
圭にぃや円花さんは喜んでくれて、そして散々家に寄りつかなかった蒼佑とは、行くたびに顔を合わせるようになった。
蒼佑は相変わらずイラッとするようなことばかり言ってきたけど、時々私を気にかけてくれて、優しい言葉を掛けてくれるようになって。
そして優しく頭を撫でてくれるようになった。
『兄貴達と普通に接しられて偉いじゃん』って言わんばかりに……。
そのたびに私の胸は苦しくなってしまって、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
私が好きなのは圭にぃだよね?って自分に何度も問い掛けていた。

「二人ともーバス来たわよ!」

お母さんに呼ばれ、蒼佑と二人バスの方へと向かう。
私の手には、この前蒼佑と二人で選んだプレゼントが入った鞄が握りしめられていた。

「ハー、素敵な式だったわね」
「うん……」

拍手の嵐の中、両親と共に披露宴会場から退場していく、圭にぃと円花さん。
そんな二人を隣に座っているお母さんは、終始うっとりとしながら見つめていた。

「久美子も早くこんな素敵な式を挙げてほしいものだわ」
「はいはい」

お母さんの言葉を聞き流しながらも、二人の姿が頭に浮かぶ。
お色直しで円花さんが着ていたドレスは、私の着ているドレスのデサインとそっくりでまるで御揃いで合わせたようなものだった。
そして圭にぃの首に巻かれたスカーフは、蒼佑とお揃い。

「全く、恥ずかしかったんだけど。あの二人の衣装には」
「蒼佑!」

会場を後にしようと立ち上がると、うんざりしながら蒼佑が来た。

「ありえねぇだろ。この歳になって兄弟お揃いのスカーフとか。一緒の席に座っていた親戚にどれだけ笑われたか……」

そう言うとよっぽど恥ずかしかったのか、椅子に手をつき項垂れる蒼佑。
そんな蒼佑を見て笑いそうになりつつも、ぐっと堪える。

「そう?私は嬉しかったけどな」
「は?」

怪訝そうに私を見る蒼佑。

「だってそうでしょ?幼なじみでお揃いなんて、なんだか嬉しいじゃない?」
「……意味分かんね」

そう言って視線を逸らす蒼佑。自分でも驚いている。
きっと少し前の私だったら蒼佑以上に嫌な気持ちになっていたと思う。酷く自分が惨めに思えて仕方なかったと思うし。
でもね、今は二人のこんなサプライズが嬉しくて仕方ない。
こんな風に思えるようになったのは、確実に蒼佑のおかげなんだけど、な。

ありがとう

「久美子、先に行くわよ」
「あっ、うん」

私と蒼佑が話しているのを見て、お母さん達は気遣うようにさっさと会場から出ていってしまった。
やだ…。あのお母さんの顔。絶対変な誤解している。
帰ったら、からかわれるんだろうな、なんて考えていると蒼佑が話しかけてきた。

「久美子、ちゃんと持ってきたんだろうな」
「あっ、うん。もちろん持ってきたよ」

蒼佑に言われ、鞄の中から綺麗にラッピングされたプレゼントを取り出す。

「よし、じゃあ帰り際渡してやろうぜ」
「…うん」

打ち合わせ通り、蒼佑と一番最後に会場を後にして、お見送りに並んでいる最後尾に並ぶ。
すると蒼佑はなぜか心配そうに私の顔を覗き込みながら、囁くように耳打ちしてきた。

「……無理なら、俺から渡そうか?」

耳元から聞こえてきた声にドキッとしながらも、なんとか蒼佑に返事を返す。

「ううん、大丈夫だよ」
「…そうか?」

いまだに心配そうに私を見つめる蒼佑。
そんな蒼佑を見せられたら、胸の奥がくすぐったくなってしまった。蒼佑には言っていない。
今日はね、圭にぃと円花さんの結婚式だけど、私の卒業式でもあるんだ。
大好きな圭にぃからの卒業式なの――。列はどんどんと進み、いよいよ次は私達の番。
圭にぃと円花さんは、招待客一人一人に笑顔でお土産のシュガーギフトを手渡していた。

「…あっ、久美子ちゃんに蒼佑君! 二人ともちゃんとプレゼントした衣装で参列してくれて、どうもありがとう!」

先に私達に気付いたのは、円花さんで、とびっきりの笑顔を見せてくれた。

「久美子も蒼佑もよく似合ってるよ」

目を細めて圭にぃも嬉しそうに話す。

「ふざけんなよ兄貴。これのおかげでどれだけ俺が恥ずかしい思いしたと思ってんだよ」

そんな二人とは対照的に、声を荒げる蒼佑。
私達を見て、いつの間にか圭にぃと円花さんの両親の姿は見えなくなっていた。
いまだに圭にぃ文句を言っている蒼佑。

蒼佑…。そばでちゃんと見ててね。私のこと。
小さく、そして深く深呼吸して自分自身に気合を入れる。そして真っ直ぐ円花さんを見た。

「円花さん、ごめんなさい。……ちょっとのあいだだけ、許してね」
「え…」

きょとんとした顔を見せる円花さん。
そんな円花さんから、今度は真っ直ぐ圭にぃを見つめる。
普段とは様子の違う私に、圭にぃも不思議そうに私を見つめてきた。

「圭にぃ……今日は本当におめでとう」
「久美子……」

今なら心から『おめでとう』って言える。

「あのね……、最後に幼なじみとして、圭にぃに甘えてもいいかな?」
「え?」

これで最後にする。だからお願い――。

「……最後に、昔みたいに頭を撫でてほしい」

もう一度触れてほしい。大好きな左手で。優しく撫でてほしい。
昔のように『大丈夫だよ』って魔法をかけてほしい……。
笑顔のまま圭にぃを見つめて言うと、圭にぃはすぐにいつものように優しい笑顔を見せてくれた。

「そんなのこれからもいくらだってやってやるさ」

そう言うと私の頭に触れる優しくて、温かいぬくもり――。
安心できるこの左手のぬくもりが、本当に本当に大好きだったよ……?
圭にぃの左手のぬくもりを身体にしっかりとやきつける。そして、自分から圭にぃの手を取った。

「…ありがとう、圭にぃ。……本当にありがとう」
「……久美子?」

圭にぃと同じように不思議そうに私を見る円花さん。
圭にぃの手をそっと離し、そんな二人に笑顔で伝えた。

「圭にぃ、私ね圭にぃが私の頭を撫でてくれるその左手が大好きだったよ? ……私が辛いときや、悲しいとき。いつもいつもこうやって頭を撫でてくれて、 どうもありがとう。すごく嬉しかった」
「久美子ちゃん……」

悲しそうに私の名前を呼ぶ円花さん。
もしかしたら今ので、円花さんに私の気持ちがバレてしまったかもしれない。

「これからは、もうその左手は円花さん専用のものだから。……だから最後にまた頭を撫でてくれてありがとう!」

本当にありがとう、圭にぃ。こんなにも好きでいさせてくれて、どうもありがとう。
だから二人とも、そんな悲しそうな顔をしないでほしいのに――。
これ以上うまく言葉が出てこなかった。

さようなら。大好きだったぬくもり――。

「久美子、早く渡せよ」

そんな私の心情を察してくれたのか、私の頭に肘を置く蒼佑。

「ちょっと蒼佑、重いんだけど」
「いいから渡せよ」

私の頭に肘を置いたまま、そんなことを言う蒼佑。
仕方なく鞄の中からプレゼントを取り出し、二人に差し出す。すると二人は驚いたように、私と蒼佑を交互に見てきた。

「これね、蒼佑と二人で選んだの。……圭にぃ、円花さん。本当におめでとう。いつまでも幸せな二人でいてね?」
「久美子ちゃん……」

笑顔で言ったというのに、円花さんの瞳からは大粒の涙が零れだした。

「まっ、円花さん!?」

そんな円花さんを前にどうしたらいいのか、分からなくなってしまった。
さすがの蒼佑も円花さんの涙は予想していなかったのか、私の頭から肘を離した。

「ありがとう、久美子、蒼佑」

そんな円花さんを慰めるように、円花さんの肩に腕を回し自分の方に引き寄せ、そして私達にお礼を言う圭にぃ。

「蒼佑はもちろんだけど、久美子も俺の自慢の妹だよ。……円花にとっても、な」

そう言って笑った圭にぃの笑顔は、昔から何一つ変わらない大好きな笑顔だった。
本当に私、圭にぃのこと好きになれてよかった――。

「それはどうもサンキュ」

そう言うとなぜか蒼佑は圭にぃに近付き、圭にぃの耳元でボソッと囁く。
すると圭にぃは目を見開き、驚く。

「蒼佑……お前……」

圭にぃの言葉はそこで途切れてしまい、蒼佑が何を言ったのか分からない私と円花さんはお互い首をかしげてしまった。

「これから二次会なんだろ?さっさと行けよ。俺は久美子と帰るから」
「え…ちょっと蒼佑!?」

急にそう言うと、いきなり私の腕を掴み歩き出した蒼佑。
振り払おうにも、離してくれない。仕方なく振り返り、驚いたままの二人に向かって叫んだ。

「圭にぃ、円花さん!!お幸せにねっ」

その言葉に二人はいつもの笑顔を見せてくれて。笑顔で手を振り返してくれた。
本当にお幸せに、ね――。圭にぃの左手が私の頭に触れることは、もう二度とない。
だけど圭にぃの左手のぬくもりは、今でも鮮明に私の中に残っている。
私が喜んでいるとき、悲しんでいるとき、苦しいとき、落ち込んでいるとき――。
いつも優しく撫でてくれた。

“大丈夫だから”

“よく頑張ったな”

“元気出せ”

って言葉と共に魔法をかけてくれた。
その魔法のおかげで私は、今まで色々なことを乗り越えることができたの。
だけど、もう大丈夫。私にはその左手の魔法はもう必要ない。
だって…
私の腕を掴んだまま前を歩く、蒼佑の後ろ姿を見つめてしまった。

さようなら。大好きだったぬくもり――。

やさしい右手

「ちょっと蒼佑!いい加減手を離してよ」

式場を出たというのに、いまだに私の腕を離してくれない蒼佑。
大きな声でそう言うと、やっと止まってくれてそのまま掴んでいた腕を離してくれた。

「もう。何なのよ、一体」

文句を言っていると、急に体の向きを変え、私を見つめる蒼佑。
いつになく真剣な表情の蒼佑に、目が離せなくなり、ドキドキしながらも蒼佑を見つめてしまった。

「……よく頑張ったな」

表情を変えないまま、いつになく優しく私の頭を撫でる蒼佑の右手。
結婚式用にセットされた私の髪を崩さぬよう、優しく撫でる手。
その手は移動していって、前髪をすくい上げながら撫でるものだから、蒼佑の手が額に当たってくすぐったくて、つい目を瞑ってしまった。そしてその手は、私の送り髪に触れ、そっと耳に掛けられる。
蒼佑の手が私の耳元に触れ、一瞬胸がギュッと握られたみたいに、苦しさが一気に襲ってきてしまった。

「さっきの久美子見ててさ、俺も負けてらんねぇって思った」
「え……」

蒼佑の言葉に目を開けると、愛しそうに私を見つめる蒼佑の顔が視界に飛び込んできて、 また私の胸は苦しくなる。そんな私の気持ちも知らないで、蒼佑はそっと顔を私の耳元に近付けてきた。

「さっき、兄貴に言った言葉」

耳元にかかる蒼佑の吐息に、カッと熱くなる私の身体。

「……久美子は俺がもらうから」

耳を疑いたくなるような蒼佑の言葉に、見開いてしまう目。
すぐに私の耳元から離れると、そんな私の顔を覗き込んできては、いつもの意地悪そうな笑みを見せる。

「……冗談じゃねぇからな?」

そしてそのまま乱暴に私の頭を撫でる蒼佑。

「ちょっと!?」

せっかくセットして綺麗なヘアースタイルが一気に崩れていく。

「もう!!いい加減にしてよっ」

こんなにもドキドキしているのは私だけのような気がして、なんか悔しい。

「……こうやってお前の頭を撫でてやるのも、これからさらさらな髪に触れていいのも、この先ずっと俺だけだからな?」

その言葉と共に頭に触れる蒼佑の手――。もう……。本当に悔しい。
蒼佑は分かっているの?蒼佑の言葉や仕草一つに、こんなにも私がドキドキしているって。
悔しくて、悔しくて。いまだに私の頭を優しく撫でる蒼佑の右手を、そっと握りしめた。
そして驚く蒼佑をジッと見つめる。

「……約束だよ……?」

蒼佑の手を握ったまま、背伸びして反対の手で蒼佑の頭をそっと撫でた。
この前とは違ってワックスで固められた蒼佑の短髪が掌に当たって、くすぐったい。
だけど、蒼佑の頭を撫でる手は、蒼佑につかまれてしまった。
そして、また真っ直ぐ私を見つめてくる蒼佑。その瞳の中には、私が写っている――。
それだけのことなのに、こんなにも嬉しい気持ちでいっぱいになってしまう。

これからは、俺が――。

「久美子……」

愛しそうに私の名前を口にする蒼佑。そしてゆっくりと近づいてくる蒼佑。
そのスピードに合わせるように、そっと私も瞼を閉じた。
すると唇に触れるぬくもり――。
唇が離れ、目を開くと蒼佑はまた愛しそうに私を見つめていた。

「好きだよ、久美子……ずっと前から好きだった」
「え……」

ずっと前から?

「気付かなかった?久美子が兄貴をずっと想っていたように、俺もずっと久美子を想っていたって」
「嘘……」
「嘘じゃねえよ」

コツンと私の額を叩く蒼佑。そして照れたようにそっぽ向く。

「好きだったよ……ずっと」

思いもよらぬ告白に、胸がキューって締め付けられる。だけど、それと同時に信じられない気持ちが溢れてくる。

「そんな……なら、どうしてあんなに女の人と関係を持っていたのよ……」

そうよ。ならなんであんなことしていたの?

「それはお前がっ……!」
「私が?」

ちゃんと聞かせてほしい。

「……お前が兄貴のことばかりで、腹が立って……。むしゃくしゃしてて……」
「そんな理由で今まで沢山の人に酷いことしてきたの!?」

つい声を荒げてしまった。

「仕方ねぇだろっ!?それだけ俺はお前のことが好きだったんだよっ!! お前に俺の気持ちが分かるか!?散々幼なじみとして接されて、近くにいるとお前からいい匂いがするし、 この髪だって触りたくて堪らなくなるし。……平気で俺ん家で風呂に入っていい匂い出すし。 我慢できなかったんだよ。……それにもう、そんなことしねぇよ」

恥ずかしい台詞に恥ずかしくなるものの、そんな昔から蒼佑が私のことを想ってくれていたなんて 思いもしなくて、また私を見つめる蒼佑の瞳から、逸らせなくなる。

「……久美子が手に入るなら、もう二度としない」
「蒼佑……」

そう言ってまた私の頭を優しく撫でる蒼佑の右手。
私も蒼佑だけだよ。もう蒼佑のこの手のぬくもりだけしかいらない――。
これから先もずっとずっと――。永遠に注がれる蒼佑の優しいぬくもり。
これさえあればいい。他にはもうなにもいらない。蒼佑がそばにいてくれるなら、私は強くなれる。
哀しいことがあっても、乗り越えられる。圭にぃへの気持ちを忘れさせてくれた蒼佑がいてくれれば――。
圭にぃよりも、『好き』って思えてしまった、この私の頭を撫でる右手があれば――。

「蒼佑……」
「…ん?」

私の頭を撫でたままの蒼佑。
そんな蒼佑にしか聞こえないような小さな声で、そっと囁いた。

「……大好きだよ」

そう言うと、頭を撫でる手が一瞬止まる。

「……バーカ。……知ってる」

そう言うと蒼佑は私の頭を乱暴に撫でた。その手は乱暴だけど、優しくて暖かい。
もうこの手がないと、私は生きていけないよ――。
目の前にいる蒼佑と顔を見合わせ笑ってしまい、蒼佑は膝を曲げて頭を差し出す。
そんな蒼佑にクスクスと笑いながらも、お互いに頭をクシャクシャと撫で合ってしまった。

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