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恋愛とセックスのかけ算/26歳 千佳の場合


焦り

「まじで?ユミが結婚?あのユミが? 全然もててなかったユミが?!」

高校の時、同じクラスだった恵美から届いたメールを見て千佳は思わず口に含んだコーラを吹き出しそうになった。
ユミなんて全然目立ってなくて、地味部ってひやかされてた子じゃない。
それが駅前の酒蔵の4代目と結婚なんて、何それ? 玉の輿ってやつ?
山梨の地元に住んでいる同級生達の結婚トピックが飛んでくるたびに千佳は難癖つける。恵美がメールの直後にめずらしく電話をかけてきた。

「びっくりでしょー。あのおかっぱユミが玉辺酒造の明彦くんと結婚なんて。地味人生がいきなり大逆転!」

高校時代のユミの話でさんざん盛り上がったあと、ポソっと恵美が切り出した。

「あのね、あらためて招待状送るけどね、私も来年の夏、結婚すんだ。誠くんにプロポーズされてね」

千佳はユミの結婚話よりずっと驚いた。
高校を卒業し、千佳は東京の大学、恵美は地元の製菓学校に進み、バラバラになったが長い休みのたびに会って遊んでいた。
お互いの恋の相手の話もざっくばらんにしていたものの、まさかいきなり結婚話が出て来るなんて。
恵美は製菓学校で知り合った誠と付き合っていた。

「恵美、結婚する気で付き合ってないって言ってたよね」

「うん、まだうちら若いから、あと3年後でいいかなって言ってたんだけど、親がね、はやく一緒に住みなって。ほら、こっち田舎だから、いつも二人で車で動いてるとあれこれ言われるのよ。ラブホテル入っていったとかさ、めんどくさくって」

26歳、東京に住んでいるとまだまだ結婚には早いと思ってしまうが、地方ではたしかに「所帯を持ってこそ大人だ」という考えが根付いている。
千佳は左肩をグルっと回して

「おめでと、恵美、お風呂たまったから電話切るわ」

とそっけなく結婚話を遮った。

文具メーカーに就職して4年目、仕事も一通り覚えて楽しめる余裕もできてきた。自分だけに任される仕事もあり、責任感が芽生えた。特定の彼氏はいない。
ゴハンを食べる彼は英喜、クラブに行く彼は昇平、寝る彼は上司の直久。
複数の男性に囲まれて充実した生活を送っている千佳。
それなのに結婚報告を聞くと、腹がたつような寂しいような不可解な気持ちになっているのが自分でもわかった。

取捨選択

ビニールテントを張っただけの安っぽい造りなのに、いつも大繁盛している海鮮居酒屋。
蛍光灯がギラギラでおしゃれでもないのになぜか人気の店だ。

さんまの塩焼きをていねいに突つく英喜はかわいらしくもあった。背骨を残し、身が散らばらないように箸を細かく動かしている。
今はさんまの事しか目に入っていない。そんな一生懸命さが千佳の心をつかんでいる。

「英喜くん、きっと育ちがいいんだね。ちっちゃい時、おかあさんがゴハンの食べ方ちゃんと教えてくれたんだ」

「うん、農家や漁師さんに感謝してから食べるんだよって言われ続けてた。千佳んとこは違うの?」

イカそうめんをツルっと吸い込んで千佳はちょっとだけ考えた。
英喜と結婚を考えているならこういう時

「はい、ワタクシも食事は美しくいただくよう厳しく教えられました」

とか取り繕って言うんだろうな。
英喜のご両親の前なんか出たら、お湯飲みの持ち方にも気をつけなくちゃだろうな。お茶碗にご飯粒つけてたら怒られるかも。
英喜が酎ハイに浮いていたほこりを取る姿を見て、ないないないと思った。こんなちっちゃいことを気にする男子は無理だわ。
そして、答えた。

「あ、うちは雑な育てられ方だったんだ。かあさん、近所にパート出てて忙しかったから。弟と二人でテレビ見ながらゴハン食べてた。箸の持ち方、いまだに変なんだ」

バッテンにした箸を右手で持ち上げてニカっと笑った。
金曜の夜は昇平に呼び出された。
夜遅くLINEにメッセージが入り、渋谷のクラブに来いと言う。2ヵ月くらい昇平とは遊んでいない。

「たまには誘いに乗ってやろう」とすっぴんの顔にまたメイクを載せて家を出た。

渋谷にしては大人女子生息率が多いと噂されるクラブで、昇平は人気曲が流れるたびにいちいち両手を万歳してはしゃいだ。
千佳は元気が無い時、昇平に会うと確実にもとに戻れる。能天気な受け答えがツボにはまる。

「昇平のバーカ!」と平気で言えるような安心感。将来の事は何も考えてないし、夜遊びのためにバイトしてるくらいだから本当にバーカなのかもしれない。
学生気分の昇平。
フロアで嬉しそうにしている昇平を見ると、ないないないと感じた。

足りない私

会社のロッカー室から出たとき、直久に呼び止められた。
周りには誰もいないのになぜかささやくように直久は声を細めた。

「千佳ちゃん、来週水曜どう? いつもの汐留のあの部屋」

スーツがよく似合う長身の直久。ほかのおじさん達が来ているスーツとは全然違う。
ジャケット丈が短くてウエストが絞られたスタイル。シャツもロンドンで流行っている形を自分流に襟をくずして着こなしている。千佳より三歳年上で頼りになる先輩。
部署の新人歓迎会でそういう関係になったが、「付き合おう」という会話はお互いしていない。ただ寝るだけ。翌日まで想いを持ち越さない。
直久はほかにも彼女が数人いるらしいが、千佳は直久のことを独占するほど好きではない。

ベッドの中は楽しい。会社では仕事を教えてくれてやさしい。それだけだ。
英喜とも昇平ともベッドを共にしたいとは思ったことがない。
ただ、直久だけには無性に抱かれたくなるときがある。

千佳にとって通算4人目の体験者。過去の3人は興味本位のセックスだった。
こうしたらどうなるの?こうしたら気持ちいいの?男性のカラダを初めて見て、触って、その変化がおもしろくてたまらなかった。
あまりの楽しさにいろいろいじくりまわした。ここまで噛むと痛いの?こんなに強くにぎっちゃ感じない?
男たちに質問攻めのセックスだった。

ただ直久とのセックスは違う。千佳はみずから動かない。
直久がじっくり這うように千佳の感じる部分を探し当て、執拗に小さな攻撃をしてくる。
千佳はたまらなくなる。

能動的だった千佳がはじめて受動的になった相手が直久だった。千佳は服を脱いで横たわるだけでゾクゾクした。
直久は最初どこにキスしてくるのか。どこを指でなぞるのか。ワンパターンではなく不意打ちで攻めて来る。
不安な感情が快感に変わるとすぐ直久は別の場所に移動する。不安と安心が混ざり合う性の悦びを千佳は初めて知った。
セックスは「どうなるの? 私、この先どうなっってしまうの」という見えない恐怖があるほうが高みに上がれるのだ。
最高の相手だった。

それなのに、私だけと付き合って欲しいとは思えない。何が足りないんだろう。
ベッドを抜け出るときいつも考えてみるが答えは出ない。

視野を広げて

結婚式

久しぶりに帰省した。恵美の結婚式。
緑きらめく木立に囲まれた教会でフリルたっぷりのドレスに身を包んだ恵美が千佳に抱きついて涙を流した。
その後ろでは、誠がはにかんだような顔つきでたたずんでいる。一生に一度のタキシード。ネイビーチェックのインナーとタイが思いっきりおしゃれだ。

千佳はタキシードを着た英喜と昇平と直久を思い浮かべた。
もちろん似合うのは直久。
でも、いつも一緒にゴハンを食べたり待ちを歩いたりするのは英喜がいい。
仕事で失敗したり、先輩に嫌みを言われて沈んでいるときには絶対昇平に会いたい。

どうして一人の男性に決めないといけないんだろう。みんなそれぞれいいところあるじゃない。
結婚してしまったら、一人の人しか愛しちゃいけないなんておかしくないか。今の私には三人が必要。
恵美が涙でにじんだ目を真っ白なハンカチでぬぐいながら言った。

「千佳もはやく結婚して。一緒に4人で旅行とかしようよ。子供できたら家族ぐるみでキャンプしたいね」

どう答えていいかわからなかった。親友の恵美が幸せな事は素直に嬉しい。
恵美も私が結婚したら喜んでくれる。もちろん山梨に住んでいる親も。

「恵美、誠くん決めた理由をおしえて」

「えっ? そんなこと考えたことないよ。全部好きだもん。やさしいとこも、おもしろいとこも。それに一緒にお菓子作りできるから、いつかケーキのお店出すの。そんな夢を語ってくれるところも好きだよ」

全部、好き、か。恵美は結婚相手に妥協点なんかないんだ。物足りないところも好きって思えた時が決め時なのか。

千佳は少しだけ自分の結婚感が見えた気がする。
自分は男性を統合的に見ることができていない。その人のいい部分を集中して見て、他のところが気になったら眼をつむる。
そうすることで気分よく付き合えてしまうから。

目をつむらず、その人すべてを愛せるようにしてみよう。
嫌なところも気にならなくなればいいんだ。だって自分だって嫌なところがあるはずだから。
千佳は木立の中で深呼吸した。ひんやりした空気がカラダ全体に広がる。

「恵美、本当におめでとう。私、あと2年くらいかかるかもしんないけど誠くんに負けないすてきな彼氏できるようがんばるね」

帰り際に恵美と誠が二人で焼いてくれたハートのクッキーの小箱を手渡された。
「LOVE」という飾り文字がいとおしく、千佳はクッキーにキスをした。


END

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あらすじ

千佳の周りには3人の男性がいた。
ゴハンを食べる彼、クラブに行く彼、一緒に寝る彼…。

しかし誰も付き合うまでには至らない。
そんな時、高校の同級生の結婚話を耳にして…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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