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恋愛とセックスのかけ算/32歳 里歌子の場合
苺ケーキ
駅裏のゲームセンターで、ケーキ形のタオルを必死に狙っているスーツ姿の男がいた。
こんなところにスーツ男?
周りには、金髪ピアスの男の子達がけだるそうにマシンに向かっている。
みんな猫背で、ダボッとしたシャツを着ている。スーツ男は浮いていた。
きれいに耳の上で刈り揃えた今風のヘアスタイル。ベージュ生地に赤い馬が走っている模様のネクタイ。
苺がついたケーキめざしてクレーンを動かしている姿が気になり、里歌子はしばらく見つめていた。
クィーン、ジー、クィーンという音が何度繰り返し聞こえたか、やっとのことで苺にひっかかり、ケーキ形のタオルが上に持ち上がった。
「やった!」
里歌子は思わず叫んでしまった。
スーツの男は里歌子の方をチラ見してあわててレバーの操作を続けた。
苺ケーキのタオルが取り出し口からコトンと滑り落ちて来た。真剣だった男の顔がゆるんだ。
「よかったね、おめでとっ」
里歌子は声をかけた。
「仕事さぼってんの?」
スーツ男が聞いて来た、里歌子の方こそ、こんな半端な時間にゲーセンにいるのはおかしいと思われてもしょうがない。
巣鴨の和風ダイニングで働いているので、夜勤務の日はちょっと前にゲームセンターや漫喫でのんびり過ごすのが日課だった。
「ちがうよ、これから仕事。30分あるから時間つぶしに」
「ずっと見ててくれた?勝利の女神だな」
褒められた気がした。日頃は店長からダメ出しばかりされているのでなんだか気持ちが踊った。
「ひとりで夕方からゲーム?これから会社に帰るの?」
「いや、直帰。駒込で打ち合わせあったから。よかったら飲みに行かない?あ、仕事って言ってたか」
「うん、これから仕事。明日はこっち方面来ないの?明日ならお昼勤務だから夜は暇」
「来るよ。俺、タケル。牛込タケル」
「里歌子よ。その苺ケーキは、彼女に?」
「ううん、特に意味ないんだ。苺が好きだからつい狙った」
2人の立ち話を周りの金髪達が聞き耳を立てて聞いている気配を感じ、2人はマシンの影に隠れてこっそりアドレスを教え合った。
苺ケーキはその日から里歌子のワンルームに置かれた。
湧き上がる征服欲

「タケル、ああタケル、すてき、そこ、いい…」
里歌子の長い爪がタケルの背骨に沿ってうす桃色の痕を残す。
タケルがマシンガンのように腰を叩き付ける。里歌子の髪の毛をくわえて引っ張る。
「痛い、痛いよ、タケル」
「俺も痛いんだ、爪立てんなよ」
「痛い…、離して」
「いてえ…」
荒っぽい重なり合いが何度続いただろう。つながりながらお互いの痛みを分かち合うような行為を2人は好んだ。
タケルは里歌子の身体に夢中になった。
里歌子もまた、今までに付き合った男たちには微塵たりともなかった野性味を、タケルの存在全体から受け取った。
これまでの彼氏はひょろっとしたバンドマン、不健康な顔色をしたバーテンダー。
起きているのか寝ているのかはっきりしないようなエネルギーの薄い男を選んでいた。
その方が楽だった。
わがままな里歌子のいいなり。頼めば何でもしてくれる。
行きたい場所も食べたい物も里歌子が決めてそれに逆らう男はいなかった。
ベッドでも里歌子がひとりで暴れてひとりで達した。
意志のない男たちとのセックスは奔放な自分を思う存分さらけ出すことができた。
終われば、コンビニに水を買いに走ってくれる。お腹がすけば卵うどんを作ってくれる。
やさしき男たちと過ごした日々は里歌子にとって悪い思い出ではなかった。
ただ何か1本ネジが足りないような、うつろな気持ちがあった。
わがままが通るということは気分がいいのか悪いのか、里歌子に取ってはボーダーライン。
タケルは、傲慢そうな里歌子が自分に屈することを欲していた。
派手ないでたち、自分は男に苦労してないと言わんばかりのツンとした顔つき。
傲慢な女を自分にメロメロにしてやりたいと常に思った。
初めてのデートの夜からタケルの支配は始まった。
里歌子が高慢な態度をとるほど、身体の奥にくすぶっていた征服欲という炎が大きく燃え上がる。
居酒屋で揚げ豆腐をつついていた。タケルはぎらつく眼で里歌子を見ていた。
「ねえ、おしぼり落としちゃった。拾ってよ」
という言葉を吐いた瞬間。
タケルはおしぼりを拾うと里歌子の顔に投げつけた。
ピシっという音がざわめきの中に響いた。
すぐに店を出て、里歌子の腕をグイっと引っ張った。
里歌子の脚がもつれる。転びそうになる里歌子をおかまいなしに引きずった。
そしてホテルの部屋。里歌子は何が起こったのかわからず途方に暮れている。
今までこんな野蛮な態度をとった男は皆無だ。
脳の中ですぐに処理できなかった。
銀色の閃光
タケルの里歌子を扱う態度は想像を超えるものだった。
熱く煮えたぎる欲望をそのまま里歌子にぶつけてきた。
里歌子の舌を絡めとるかのような荒っぽいキス。
肌の細胞をひとつずつ押しつぶしていくような強引な愛撫。
痛さと快感のはざまで里歌子の頭の中は真っ白になる。
白っぽいもやがかかった世界に時折、銀色の閃光が差し込む。
生まれて初めて味わう。震えが止まらない。
どこが震えているのか、背中?腰?子宮?わからない。
いてもたってもいられないじれったさにすべての器官が震えている。
おもわずタケルの耳を噛む。歯形がつくほど。
「噛めよ。もっと。それと同じ強さでこうしてやる」
タケルの指が胸の先をはじく。
「ああっ」
「ほら、いいんだろ。このくらいの強さが」
「タケル、タケル、はやく」
うるんだ瞳でタケルをねだる。
それから先はもやの中にいる自分めがけて多数の刀が振り下ろされたかのような錯覚に陥った。
銀色の閃光なのか銀色の刀なのか。痛いのか満たされているのか。
はじめて味わう感触に里歌子はもがいた。
タケルと身体が触れ合っているとき、里歌子は現実の世界にはいない。白いもやの中。
すべてが終わり、死んだように横たわる里歌子。
汗でびっしょり濡れた髪の毛を手の甲で撫でながらタケルが囁いた。
「明日から俺の部屋に来いよ。はまっただろ。俺のやり方に」
悪魔のささやきかもしれないと里歌子は察したが、あきらかに身体はタケルを求めていた。
タケルの右手を掴み、自分の太ももに導いた。タケルの手は太ももを割り、濡れそぼる里歌子の中心部をまさぐった。
掻き乱した。そこを。容赦なく強く。
「タケル、もっと…」
里歌子は全身の力を抜いてタケルを待った。
「おまえ、際限ないな…、うわばみだ」
今までの男たちとのセックスはいったい何だったんだろう、ふとそんな考えが脳裏をかすめた。
そしてまた閃光が里歌子を貫いた。
紫色のアザ
タケルの部屋は独特の臭いが漂っていた。
タケルの体臭、溜め込んでいるビールの空き瓶。
2日間、ずっとカーペットの上で絡み合った。どうしようもなく欲しくてたまらない状況が延々と続いた。
一致したのだ。すべての欲と快感の度合いが。
2日目の朝、タケルはシャワーを浴びて、スーツに着替えると初めて会った時のような笑顔で言った。
裸のタケルと別人だ。
ドアを開けて別の世界に出かけてゆくのだ。
「しばらく俺のものになりなよ。メシも飲み物も冷蔵庫にはいってる。テレビでも見てな。帰って来たらまた楽しませてやるから」
「どういうこと?私、夜はお店の仕事あるのよ」
「だいじょぶ、店には里歌子の兄さんってことで電話した。盲腸で入院ってね」
タケルは里歌子の携帯を持って、バイバイと降った。
「この部屋のドアを外から固定して開かなくしとくよ。萌えるだろ。AVみたいで」
「タケル、冗談やめて…」
部屋のドアの外に、ズシンと何かが置かれた。
ドアのあちらの世界からくぐもった声が聞こえる。
「いい子にしてなよ。ひとりでしちゃだめだぞ。帰ったらすぐ里歌子のそこがどうなってるか確認してやるからな」
その言葉にズキンとうずいた。
タケルが入っていた感覚が蘇る。
その日は長い1日だった。ラックにあったバイクの雑誌とコミックをだらだらと読んで過ごした。
窓の外が薄暗く感じる頃、里歌子は鎖骨の上と腕に紫色の歯形を見つけ、たまらなくなった。
タケルと夜明けまで交わっていた光景が浮かび上がった。
「タケル、はやく帰ってきて」
待てなかった。
部屋中にタケルの臭いが立ちこめている。
里歌子の指が動き始めた。
こんなに身体が男を待ち通しいと思うことは初めてだ。今まで女王さまのように振る舞って男たちにおあずけをさせたりしていたのに。
紫色のアザを見ながら里歌子はまた白いもやの中に入り込んでいった。
自由
ガチャっとドアの開く音。
タケルが牛丼と缶ビールをかかえて帰って来た。
あっちの世界から帰還したヒーローのようだ。
里歌子はすかさず首に腕を巻き付けた。
もう離れたくないという気持ちを現した。
右の耳たぶを噛んだ。ゴムを噛んだようなホワリとした歯触りにまた欲情する。
「ちょっと待てよ。調べてやる。里歌子のここを。留守中、いたずらしてないだろうな」
タケルが中指をスっと里歌子に差し込んだ。
「あっ。ン…」
にやりと笑ったあと、タケルは里歌子を離して着替え始めた。
「やっぱりな。ひとりで遊ぶなって言ったのに守れなかった、今日はソファで1人で寝なよ」
タケルは缶ビールを開けてゲームをやり始めた。
部屋に1日閉じ込められ、里歌子から誘っているのに無視された。
こんなに思い通りにならない男、ひどい男は今までいない。
それなのになぜくっついていたいのかわからない。
里歌子はゲームをしているタケルの背中に頬を寄せて臭いと体温を存分に感じた。
「したいか?」
「…うん」
「明日も1日、うちでいい子にしてたらしてやるよ。さあ、牛丼食おうか」
「明日もこの部屋にいなくちゃいけないの?」
「いるものあったらコンビニで買って来てやるよ。シャワーもあるし、快適だろ」
「快適じゃないわ!束縛しないで」
里歌子は声を荒げた。
「じゃあ、帰ればいい。里歌子の自由だ」
無性に悲しくなった。束縛されているのが心地よいはずがないのに、帰れと言われると虚しい。里歌子はゆっくり立ち上がり、ドアを開けた。
それから2週間、里歌子は、じれている自分に苦しんだ。
「あんな傲慢な男、付き合っちゃいけない。部屋に閉じ込めるなんて最低な奴」
タケルを嫌いになろうともがいた。もがけばもがくほど愛しくなる。
自分の本当の気持ちは白いもやの中にある。
眠っていてもタケルに噛んで欲しいと目が覚める。
さわって欲しいと水が湧き出る。
さらにひと月経った。
ぼーっとして元気が無いと周りに言われる。
里歌子はタケルの存在こそ活力なのだとわかった。
店が終わったのは23時だった。
深夜まで開いているスーパーで苺を1パック買い、終電に飛び乗った。
タケルの世界に入るドアをコンコンと叩いた。
タケルが眠そうな顔でドアを開けた。
「苺、苺好きでしょ。いっしょに食べよう」
苺をタケルの顔の前に差し出した。
「苺も里歌子も食ってやるよ」
聞きたかった言葉。
里歌子はタケルに抱きつき、また耳たぶを噛んだ。
END
あらすじ
ゲームセンターに似つかわしくないスーツを着た男がいた。
ひょんなことからその男と知り合った里歌子は、体を重ねるうちにどんどん夢中になっていった。
しかし、その男が里歌子に向ける思いは少し違っていて…