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【中編】恋愛とセックスのかけ算/27歳 蓮の場合


失敗に終わったファーストセックス

「あん……」

サキが背中をそらしてブリッジのような恰好をしている。肌が熱を帯び、体温が上っている。

「うわ、なんだこれ。カエルの口の中につっこんだみたいだ」

蓮が指を引っ込める。ドロっとした液がまとわりつき、気持ち悪い。

サキの股間からはフローラルの香りとはほど遠い雌の匂いが立ち上っている。

「こんな匂いするのか……」

蓮はベッドに座ったまま濡れた指をシーツで拭う。

サキを見ると、泣きそうな顔をしている。

「どうした?」

「ひどい……蓮さん、ひどいよ」

サキはベッドから降り、床に脱ぎ捨てた服を拾ってバスルームに走った。蓮はわけがわからない。

服を着てバスルームから出てきたサキはまだ泣いていた。

「こんなひどいこと言われたのはじめて。カエルみたいなんて、最低よ」

泣きじゃくりながらサキは部屋を飛び出た。

蓮はやっとわかった。女の身体について思ったことを言葉にしてはいけないのだ。ファーストセックスは失敗に終わった。

蓮も服を着て、バーフロアに向かう。

窓際の一人席に座る。ほかに客がいないのを確認して恵一に電話をかける。

「失敗した」

「おっ、サキちゃんととりあえずやっとくって言ってた件か? 何があった」

「泣いて帰ってった」

「ただごとじゃないな。何かまずいことしたのか? 変態的な行為とか」

蓮は声のトーンを落としてコソっと言った。

「ちがう。あそこが……カエルの口の中みたいって言ってしまった……」

電話の向こうで恵一が笑いをこらえている。

「しかも、変な匂いって言った」

恵一が我慢できずに吹き出す。

「最低な男だ。ベッドの中では男は本音を言っちゃだめだ。褒め言葉の繰り返しで相手はいい気分になるんだ。俺なんか、入れてるあいだに褒めちぎる。いいよ、きれいだよ、気持ちいいよって。そしたらどんどん身体を開いてくれて奥の奥までおペニーを吸い込んでくれる」

「はやく言えよ」

「そんなん基本だろ。で、謝ったのか?」

「いや……」

「LINEでいいから謝っとけ。後がこわいぞ。会社でとんでもない噂がたつこともある」

「……わかった」

「お前が童貞ってまるわかりだな。お前のペニーは元気だったか?」

「いや、まったくピクともしなかったよ」

「じゃあ、サキちゃんは練習台にもならなかったってことか。残念。こうなったらデリヘルガール呼べよ」

「いや。もういい。女のあそこはグロテスクだし、へんな匂いするし、痛いって言われるし、俺にはセックスは無理だ」

そこへウェイターがやって来た。

「お客さま、マティー二でございます」

背がスラリと高く、黒のベストがよく似合う。

ホテルマンらしく耳上できれいにそろえられた髪の毛。整えた太い眉。

見ていて気持ちがいいほど格好いい男だ。

「恵一、切るぞ」

蓮はウエイターのほうを向いて問いかけた。

「君、すごくいい男だね。ルックスも体格も、モデルみたいだ。もてるだろう」

「いえ、そんなことはございません。お褒めいただきありがとうございます」

ネームプレートにSAKATAと書いてある。

蓮は夜景を見下ろしながらマティーニを口に入れた。

坂田くんが、サキとセックスするとしたらどういうことをするんだろう。服は坂田くんが脱がすのか。

パンティより先にブラジャーをはずすのか。順番を間違ってたんだな、俺は。

坂田くんは、慣れてるのか。そしてあのパックリ割れたパーツをどう扱う?

坂田くんは撫でるのか、舐めるのか、つねるのか。

坂田とサキが絡む場面を想像していると股間がピクリと動いた。

血液がドクドクと突起物に駆け寄ってくる。

「うわっ、なんだ。この感覚……酔ったかな」

目配せして坂田をテーブルに呼ぶ。

「ジン・バック2杯、部屋に運んでくれないか。部屋でゆっくり飲みたくなった。ナッツも一緒に」

「かしこまりました」

部屋に戻ると15分ほどして坂田がジン・バックを運んできた。

備えあれば憂い無し

「坂田くん、ありがとう。ちょっと飲んでいかないか」

坂田は一瞬驚いたような顔をする。

「勤務時間内ですので、お酒は飲むことができません」

「そうだよな。わかってる。ただ、僕はいま、混乱している。彼女が泣きながらこの部屋を出ていった。原因はわかるが、改善策が見つからない。坂田くんに聞きたいんだ」

「お客様、お酒をいただくことはできませんが、お話はうかがいます」

「さすがに、君の職場のクレドがしっかり浸透してるね」

蓮は今夜痛い目に遭ったことをかるく坂田に話した。

坂田は背筋をシャキッと伸ばして立ったまま聞いていた。

「坂田くんならどう女性を扱う? 男が見てもため息が出るような美形の坂田くんなら、女性のほうがなんでもしてくれるのか?」

坂田はゆっくり90度のお辞儀をした。

「お客様、あと30分で勤務時間が終わります。着替えてもう一度こちらをお訪ねしてもよろしいでしょうか。30分後でしたら一人の男として女性への接し方をお話できます」

坂田が部屋を出てから蓮はスマホでセックス初心者のサイトを検索した。

「AVで得た知識を捨てましょう」

「おっぱい全体を円を描くようにやさしくマッサージ」

「首筋にキスをしましょう」

「乳首をつよく噛んではいけません」

「やさしい言葉を忘れずに」

蓮は、ため息をつく。ミスの連続だ。

仕事で交渉相手と対峙するときは、事前準備を怠らず、自分なりにFAQを用意している。

しかし、今夜はなんてザマだ。サキを怒らせるようなことばかりしてしまった。

備えあれば憂い無しのスピリッツがすっ飛んでいた。

坂田がこざっぱりしたジャケットをはおって部屋に来てくれた。

バーの制服はモノトーンで粋だが、ネイビーの薄手のジャケットとノータクのベージュパンツを組み合わせて、気さくな雰囲気の坂田もまたかっこいい。

「坂田くん、完璧だね。たたずまいも外見も文句なく女性をころっといかせるタイプだ。」

「何をおっしゃいますか。お客様も素敵でいらっしゃいます。今夜は怒らせてしまわれましたが、普通はおもてになるでしょう」

「敬語は使わなくていい。勤務外だろ。悪友しか知らないんだけど、僕には女性経験がない、俗に言う童貞ってやつ……」

「それは……」

坂田がのけぞるリアクションをする。

「やっぱりおかしいよな。27にもなって」

「いえ。ご事情はわかりました。今日はどう失敗されましたか。どこでお連れ様が負の感情を持たれたのでしょうか」

蓮はスマホで復習した事例をことごとく坂田に話す。

「たしかに、女性慣れしていないこと、暴露してしまいましたね」

「坂田くんならどうする? はじめてする女性と」

「……キスを身体全体にしたあと、舐め回します。うなじも脇腹もそして、肝心なところも」

「ええ? 身体中? 無理だ。あの、独特の匂い。僕は人の匂いが苦手で電車も乗ったことがない。地下鉄なんてかなりやばいだろ」

坂田が屈託なく笑う。

「お客様、そこの鉄門を開けないと、セックスなどできませんよ。セックスはうわべの挨拶だけでは成り立ちません。中です。身体の中を探り合い、舐め合う。そして相手の心にタッチする。身体の中を探り合うのに、人の匂いを気にしていたら進めません。匂いが男と女の発情に火を付けるのです」

「いやあ、無理だなあ。それに、汗やあそこのネットリ感。爬虫類みたいで気味悪い」

「お客様、徹底的にセックスへの意識を変えないと一生できませんよ」

「坂田くんは、何人くらいとしたの」

愛するひとの内側に接する

「130人は……」

蓮はジンバックをシャツにこぼしかけた。

「すごいな。僕は周りで100人斬りって噂されてるけど、本物のボスがいた。師匠だよ。正真正銘100人斬りがいた。僕の悪友もモテるけど、100人はしていないだろう。」

「お客様……」

「あ、蓮って呼んでくれ。今はホテルマンと客の会話じゃない」

「蓮さん、女性を見下しているところがあるのでは? 女性に敬愛の情を持って向き合うと、セックスだけでなく日常の関係もスムーズになりますよ」

「見下す? 僕が女性を? たしかにサキは毎日僕を誘うし、自分から足を開く軽いキャット女だって思いながらここに来た」

「まず、そんな思いを持たないことです。彼女の優れている点を見つけ、好きになる。尊敬する。でも、なぜその人に童貞を捧げる気に? まさか、練習しようとか?」

「ザッツライッ」

坂田が睨みつける。蓮は肩をすぼめる。

坂田のレクチャーを聞いているうちに反省の念が出てきた。ジンバックの氷が溶けて水のような味だ。

「蓮さん、初めてのセックスこそ、真に好きになったお相手とするのがよいのではと。モテない男は風俗で卒業するとか言いますがワタシは逆です。ほんとうにいとしく思う人とぎこちないセックスをする。お互い恥ずかしい技術も見せあって納得する。痛かろうが達することができなかろうが、誠意を持って交じり合う。ファーストセックスはそんな相手を選んでください。きっとよい思い出になり、後々のセックス感にいい影響を与えます」

「坂田くんもそうなの?」

「はい。ワタシの初めての相手、高校2年のときでした。姉の友達で、思春期のワタシはひと目で恋に落ち、毎日彼女のことを考えて胸を熱くしました。はしかのようなものでした。告白して結ばれた夜、うれしさのあまり、泣いてしまいました」

「まじで?」

「愛するひとの内側に接するということがいかに神々しい体験か。外面の付き合いではなく、中にはいるのです。愛するひとの心に触れることもできるんです」

坂田の瞳は輝いていた。幸せそうに初体験を語る坂田がうらやましい。

蓮は、ひとつ、大人になった。

サキを泣かせてしまったものの、ホテルの夜は蓮に考える機会を与えてくれた。

坂田と知り合えてよかった、蓮は恵一や同僚の友達とは違う気持ちを坂田に持った。これが敬愛というものかもしれない。

坂田に心から感謝して、これからも会ってくれと頼んだ。

翌日、会社のロビーでサキとすれ違う。サキは目をそらして小走りで逃げる。

蓮は謝るきかっけが見つからない。メールで謝るのは簡単だが、それこそ失礼だと思う。

坂田のレクチャーが蓮の心臓にボディブローのように効いてくる。

一ツ木通りのいつものバー。恵一が職場の仲間、アキラを連れてやってくる。

「よう、蓮。練習台に逃げられたから落ち込んでるだろ。アキラが、いい女紹介してくれるぞ。アキラはエース級なんだよ。アキラのエクセルは美女年鑑ってのが入ってて、過去5年のいけてる女500人が検索できるようになってる」

アキラを見ると、まったくチャラ男には見えない。

むしろ清潔なウブ男君タイプ。小柄で童顔。はっきりした二重まぶたの愛らしい瞳。

「こういう、かわいい系のイケメンが実はゼゲンって言うんだっけ、女を派遣するエージェントをするんだな」

「蓮くん、おもしろい人だな。はい。そうです。近づきやすい風貌で得してます!」

アキラはニッコリ笑うとエクボができ、まるでやんちゃな高校生だ。坂田とは逆のタイプのモテ男。

「アキラ、君のエクセルファイルに尊敬に値する聡明な女性はいる?」

「学歴がいいってことですか。東大、早稲田、慶応レベル? 彼女たちは上場企業勤務が多いですけど」

「いや、学歴じゃなくて、彼女の前ではひざまずきたくなるような後光が指すっていうか……」

「お前、いつから精神世界イッっちゃたんだ」

恵一がサラッと言う。

「ボトル入れるよ、経費じゃなく俺のおごり!3人で飲もう」

本物の愛を感じる女

サキを泣かせてしまったものの、ホテルの夜は蓮に考える機会を与えてくれた。

坂田と知り合えてよかった、蓮は恵一や同僚の友達とは違う気持ちを坂田に持った。これが敬愛というものかもしれない。

坂田に心から感謝して、これからも会ってくれと頼んだ。

翌日、会社のロビーでサキとすれ違う。サキは目をそらして小走りで逃げる。

蓮は謝るきかっけが見つからない。メールで謝るのは簡単だが、それこそ失礼だと思う。

坂田のレクチャーが蓮の心臓にボディブローのように効いてくる。

一ツ木通りのいつものバー。恵一が職場の仲間、アキラを連れてやってくる。

「よう、蓮。練習台に逃げられたから落ち込んでるだろ。アキラが、いい女紹介してくれるぞ。アキラはエース級なんだよ。アキラのエクセルは美女年鑑ってのが入ってて、過去5年のいけてる女500人が検索できるようになってる」

アキラを見ると、まったくチャラ男には見えない。

むしろ清潔なウブ男君タイプ。小柄で童顔。はっきりした二重まぶたの愛らしい瞳。

「こういう、かわいい系のイケメンが実はゼゲンって言うんだっけ、女を派遣するエージェントをするんだな」

「蓮くん、おもしろい人だな。はい。そうです。近づきやすい風貌で得してます!」

アキラはニッコリ笑うとエクボができ、まるでやんちゃな高校生だ。坂田とは逆のタイプのモテ男。

「アキラ、君のエクセルファイルに尊敬に値する聡明な女性はいる?」

「学歴がいいってことですか。東大、早稲田、慶応レベル? 彼女たちは上場企業勤務が多いですけど」

「いや、学歴じゃなくて、彼女の前ではひざまずきたくなるような後光が指すっていうか……」

「お前、いつから精神世界イッっちゃたんだ」

恵一がサラッと言う。

「ボトル入れるよ、経費じゃなく俺のおごり!3人で飲もう」

思えば一人でリゾートに来たことなどない。

幼少の頃は両親に連れられてスイスのスキー場やマウイの海岸リゾートに行った。

学生時代は恵一達とアメリカ大陸横断とミラノでショッピングくらいだ。

恋愛経験がないのだから彼女と二人きりで旅をするなどあるはずもない。

7時間のフライトで温暖なリゾートに移動できることにはやく気づけばよかった。

半袖のシャツを着て、眼下に広がるグリーンの海原を見つめて蓮は自分の境遇をいろいろ考えた。

恵まれているのはわかっている。苦労してみたいなど贅沢なセリフだ。

ただ、女性だけは苦労して見つけたい。身を焦がされるような危険な相手を、苦労して手に入れてみたい。

坂田の顔が浮かぶ。海風に吹かれながらLINEを入れる。

「ほんとに好きな人を探すためにバリに来てる」

坂田から返事が来る。

「甘いです。旅に出たからと言って運命の相手が見つかるなんてことはないです。蓮さん、意外にロマンチストですね」

「そうか。でも気持ちは都会にいるときとは違うよ。リラックスできてる」

「楽しんでください。敬愛に値する相手がそんな簡単に手に入るもんじゃないって現実を知って帰ってきてください」

ウブド王宮に行ったり、モンキーフォレストで猿と遊んだり、仕事を忘れてのんびり過ごした。

デゥイシタ通りの雑貨屋で土産を買う。と言っても恵一とアキラと坂田に。蓮は笑いがこぼれた。

アジア雑貨を野郎3人に買ってやるなんて僕、アホだわ。

オンザロックのプール、豪快な景色が広がる。デッキチェアに座って午後は読書をする。

東京にいるとビジネス書ばかり選んでしまう。ビジネス書を狂うほど読まなければ取り残されてしまう不安があるのだ。

バリでは小説を読む気になった。ゆったりした時間が流れる。恋もセックスも結婚もどうでもいいとさえ思う。

そこそこ仕事で業績をあげて、こういう場所でのんびりできれば最高の人生じゃないか。

めまいを覚える

話す相手はホテルマンと店の売り子、蓮は深入りする関係性のない人々とサラサラと流れるような時を過ごした。

媚びることもない、いばることもない、自分と比べることもない、おだやかなリゾートでのつながり。

旅の最後の日の朝、6日ぶりにPCを開く。旅行中はネットから遠ざかると決めていたのだ。

急ぎではない仕事のメールが3本あるだけで特に問題はない。LINEには、サキからとげとげしい文章が流れてきていた。

「休暇取って私を避けようとしてるのが見え見えです。蓮さん、最低。今度、おわびにディナー連れてってください。そしたら許してもいいです」

女は強い。蓮は身震いした。弱々しい姿を見せたあと、詫びを入れろと迫ってくる。しかも許してもいいだと。

蓮の失言で傷つけたことは謝りたいが、なぜディナーなんだ。まだセックスしたいと願っているのか。

蓮は頭をひねった。27年間生きてきて、女が理解できたことはない。

母は自分を溺愛してくれていてやさしい顔しか見せないが、父の服や靴を踏みにじっているところを何度か見てきた。

幼い蓮は、お父さんと喧嘩しても勝てないからモノにあたっているんだと思っていた。

父に庇護され、飼い犬に餌をやるように扱われてきた母。子供の前で見せる笑顔は時に悲しくも見えた。

PCを閉じ、パッキングを始める。早めにバゲッジを預けて最後の散策をしよう。

蓮はバリで気持ちを切り替えることができた。恵一とアキラは、彼女を見つけなかったことを批判するだろうがそれでもいい。

お昼前なのに日差しは日本の真夏級だ。

屋台を出している浅黒い顔の中年女性からジャムウドリンクを買う。へんてこな味。

まずいなあという顔をした時、クスッと笑う声が聞こえる。

右斜前に、腰まで伸びた黒髪の女が立っている。

白いチューブトップのドレスはふくよかなバストを際立たせている。

蓮は胸にコインを投げ入れらたような感じがした。

「ジャムウはね、インドネシアの漢方みたいなものよ。風邪にも効く。臭いも消してくれるの」

「漢方か。じゃあまずくても飲むよ。健康になれそうだ」

女が両手で髪をかきあげる。ピンクのくちびるから媚薬の粉末が蓮に向かって吐き出される。蓮はめまいを覚える。

「あの、あの、観光ですか」

いつものことながらやぼったい質問だ。

蓮は目をキョロキョロ動かす。視線が定まらない。

「そう。友達と来たけど、一日早く帰られちゃって、今日は一人でブラブラしてる。明日帰るの」

「あの、あの、僕は夜8時のフライトで帰るんだけど、それまでご一緒しませんか」

女は、まばたきひとつせず蓮を睨みつける。

怖いほど真っ黒な瞳。意思が強そうな眉の山。

バリで焼いたのか、肌はうっすら日焼けしている。胸元に水着の跡が白く走っている。

「有名なスポットは制覇したの。もう観るところないからなあ」

「あの、あの、僕も……」

「じゃあ、私の泊まってるホテルに来ない? スミニャックの真ん中にあるから便利よ」

「あの、あの、なんて名前?」

「純奈。小暮純奈よ」

「蓮。あ、名刺……どこだっけ……」

「名刺なんかいらない。ここは島よ。野暮な坊やね。名刺でしか勝負できないんでしょ」

失礼なことを言われているのに蓮は腹が立たない。もっと話したい。

白いドレスの日焼けした女。魔女の気配さえある棘がある女。媚薬を生きのように吐く女。

スミニャックのオールビラのホテルは海沿いのホテルと違い、街なかのお屋敷のたたずまいだ。

純奈のビラは芝生の庭に細長いプールが横たわり、それを4つのベッドルームが囲む形だ。だだっぴろい敷地。

母屋には開放感抜群のキッチンがあり、毎晩料理人がそこで食事を作るという。

「いい部屋だね。広々として、そよ風が入り込む」

「気持ちいいでしょ。泳ぎましょ」

「あの、あの、水着、フロントで買って……」

純奈が、サッと白いドレスを脱いだ。

蓮は驚いた。下着をつけていない。人魚のようなしなやかな肢体。

マンゴーの実のような豊満な乳房。細長く形の良いへその窪み。

ヘアがないつるりとした恥丘。そしての肉付きのいいヒップ……。

息を飲む

純奈は庭のプールに飛び込む。パシャン。水音が気持ちよく庭に響く。

純奈が仰向けに浮く。長い髪が扇状に広がる。

目を閉じて浮き上がる純奈は、微動だにしない。死んでいるかのように美しい。

蓮は息を飲む。身動きができない。

魔法にかけられたのだ。眼の前にいる裸の美女に。

何分経ったのかすらわからない。純奈が目を開けて、蓮を呼ぶ。

「あなたも来て。蓮」

レ……ン……。呼ばれ慣れた名前の響き。純奈が言葉にすると別の人の名前のようだ。

「あの、あの、もいちど呼んで」

「レ……ン……」

蓮は、立ち上がる。

蓮は猛烈な勢いで服を脱ぎ捨て、全裸になってプールに飛び込んだ。

純奈をきつく抱きしめる。衝動にまかせ、肌と肌がくっつきすぎて溶け合うのではないかというくらい抱きしめる。

そして、媚薬を吐き出すピンクのくちびるに吸い寄せられる。

キスをするのではない。魔女に吸い寄せられるのだ。

プールの中での長い長い抱擁。長い髪の毛を掻きむしる。

耳たぶを何度も吸う。うなじにかぶりつく。

蓮の股間はどうしようもないくらいそそり立つ。

純奈の太腿の間に手をすべらせる。ヘアがないそこは、ツルっと蓮の指を挟み込む。

「んんん……蓮……ここで、入れて」

水の中で立ったまま。未経験の蓮にとってはハードルが高い要求。

プールの壁際に純奈を立たせて左足を蓮の肩にかけさせる。

「あの、あの。どのへんに入れていいかわか……らない……」

純奈がニヤッと笑う。

「かわいいこと言うのね。こんなこといっぱいしてる顔してるのに」

「はじめてなんだ……」

純奈は肩から脚を下ろして、プールサイドに両方の手をかけ、水中で腰を蓮のほうに突き出した。

「バックで攻めて。そのほうがわかりやすいでしょ」

蓮は夢中で自分のソレを握って純奈の尻の下部にあるパーツにねじり込んでみた。

「はううううう」

自分の分身が、純奈の中に包み込まれた。

根本まで。全部。初めて味わう女の内部。

さほど興味があるわけではなかったのに、なんだ、この快感は。

分身が360度全方向からやわらかな圧を受けている坂田の言葉を思い出す。

「中です。中に触れる。心にも触れることができる」

小一時間前に会ったばかりの女。魔女のような吐息を吐く女。名前しか知らない。

どこに住んでいる? 何をしている? 未婚か? 不安が蓮の脳裏を駆け巡る。

純奈の日に焼けた背中を水滴が這う。

肩甲骨から下はふたりともプールの中にいる。

蓮は水に広がる黒髪をくわえて引っ張る。

「んああああ……いいわ。もっと突いて。下から。えぐるように」

蓮が髪を引っ張る度に高い声を出す。蓮は水の抵抗を感じながら腰を動かす。

浮力で二人が浮く瞬間がある。それがまた心地よい。

「ん、ん、ん」

純奈は息をするたびに声を上げる。

蓮は全身がしびれてしまった。たとえようのない快感。

空を見上げる。白い雲の隙間から細い日差しがプールに向かって差し込む。

セックスはホテルの暗い部屋でするものだと思っていた。

この明るい日差しの中で鳥の声を聴きながら快楽をむさぼるなど想定外だ。

しかも水中。がまんできない。蓮は歯を食いしばる。

駆け抜けて死んでしまうのではないかと思うほどの臨界点。

最後の力を振り絞って純奈の中にこすりつける。触れたい、もっと中に。

「うおおおお」

「れ……ん……」

蓮は白い雲の上に飛び乗った。

バスタオルを巻いて、二人でリビングのソファに横たわる。

純奈の髪の毛を拭いてやる。セックスも初めてなら女の髪を吹くのも初めてだ。

「蓮、あなた、チェリーだったのね。光栄だわ。うぶな坊やの初めての相手になれて」

スターフルーツを頬張りながら純奈がシニカルに言う。

「よくなかった?」

「ええ。後半は全然気持ちよくなかったし、あなただけ先にはじけた。女をおいてきぼりにするもんじゃないわ」

いつまでも戯れていたくなる

愛し合う男女

「もう一度、リベンジOK?」

蓮は純奈のバスタオルを剥ぎ取り、まだ湿り気が残る乳房に口付ける。

純奈は腰をずらして脚を開く。

「舐めて」

サキとの一夜を思い出す。

初めて嗅ぐ女のやらしい匂いに顔をそらしたあの夜。

苦い思いは振り捨てて、つるりとしたパーツに向かって舌先を這わせる。

サキとはまったく違う香りが鼻孔をつく。

朝、屋台で飲んだジャムウティーと子犬の匂いが混じり合ったようだと例えることができる。

思わずクンクンと鼻を鳴らす。

「どしたの?」

「ムラムラする匂いだから」

「ジャムウソープで洗ってるからいい香りでしょ」

「ジャムウ?」

「言ったでしょ。匂い消しにもなるのよ。インドネシアのジャムウ」

蓮は舌先を純奈の中に入れこんで、思う存分味わう。

おいしい。ほどよい圧。ネットリした甘い蜜がジュワジュワと湧き出てくる。

いつまでも戯れていたくなる。

こんな淫靡な場所を、サキとの夜は「カエルの口」だなんて言ってしまった。

蓮は純奈を味わいながら、サキに申し訳なく思う。

「あうううん」

純奈が淫靡な世界に同調した。

「チェリーなあなたのも舐めてあげようか」

「チェリーじゃないだろ。さっき、体験済みだ」

蓮は照れ笑いする。

純奈が再び立ち上がったソレを、右手でやさしく握りながらカプリと頬張る。

「うう」

蓮はセックスの素晴らしさをバリの午後、実感した。

空港に行く時間まで4時間半、何度も何度も純奈の中で遊び、はじけ、果てた。

芝生に座って冷たいライチジュースを飲みながら、純奈はメッセンジャーのIDを教えてくれた。

「日本に帰ったら会いに来る覚悟はある?」

「もちろん。でも、覚悟ってどういうこと?」

「私のうちは、岐阜にあるホテル。東京から離れてるでしょ」

「岐阜か……。だいじょぶ高速飛ばせばすぐだ」

「私の夫は温泉ホテルを5件経営してる。やり手の男よ。とっても嫉妬深い。見つかったら私はどうなるかわからない。それでも会いに来る?」

蓮はその言葉がスルッと入って来なかった。やはり既婚者だったのだ。

疑問形で尋ねられている。答えを出さなければ。

「純奈。3日間考えさせて。朝、会ったばかりの君に気持ちを奪われてのるは確かだけど、結婚してると知ってたら……」

「しなかった? こんな激しいセックスを」

純奈が妖しい表情で、また媚薬が混じった息を吐く。

蓮は純奈の息がかからぬよう黙って立ち上がり、ガーデンビラの門を明けた。

重い木製のドアがギギギっと音を立てる。

蓮は後ろを振り向かずにビラをあとにした。

成田に到着した蓮は、LINEで恵一とアキラを呼び出す。

「今日は休みだろ。車で迎えに来てくれよ。バリで見つけた運命の女は結婚してた」

すぐに恵一の車、「アバルト124スパイダー」で迎えにきてくれた。

男3人で風を斬るのも悪くない。向かい風の中で蓮は思い切り大声で叫ぶ。

「純奈ーーー!」

恵一もアキラも高らかに笑う。

「チェリーを捧げた相手が人妻って、よくあるドラマだな。高校生ドラマ」

恵一の言葉にアキラが続く。

「極上のセックスだったんなら、もう何回かして別れればいいんじゃね?」

蓮は、戸惑う。

「見つかったら純奈は、旦那さんにDVされるかもしれない……」

⇒【NEXT】「蓮さん、好きになった人、まだ振り向いてくれないんでしょ。蓮さん、今、悩んでるって雰囲気ですね」(【後編】恋愛とセックスのかけ算/27歳 蓮の場合)

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あらすじ

主人公・萌奈の姉はラブホテルで女子会をやって、女の子同士でレクチャーし合ったり、バイブを使ったりして男のツボを押さえる実技訓練を行なっていたことを聞かされた。

萌奈は興味を持ったものの、それはさすがにヤバいと思っていた。

そんなある日、休日にカフェチェーン店に行ったところ、スマホのイヤホンジャックで同じものを持っているとミチカから声をかけられる…

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【小説版】きみの声じゃないと駄目なんです!
欲望まみれの執事に愛されて
彼の知らない私と、私の知らない彼
「気持ちいい」を聞かせて
恋する貴女へ特別な快感(おもてなし)を〜若旦那の恋の手ほどき
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