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恋愛とセックスのかけ算/25歳 しおりの場合
8時45分のお客さん
「もうじき8時45分……」
しおりはカップを拭きながら厨房の壁にかかっている時計をチラリと見あげた。
文字盤が湯気で少し曇っている。
カフェ虹彦の厨房では、朝一番の客に出す珈琲を店長の小塚と副店長の善次郎があわただしくたてている。
しおりは虹彦の正社員として大好きな珈琲の香りに包まれた日々を送っている。
「いらっしゃいませー、おはようございますー」
フロアでアルバイトのエミの声がした。入り口に近い席に羊くんが座った。
しおりがひそかに待っているのは、羊くん。週3回8時45分になると店に現われる。
注文はいつも虹彦スペシャルブレンド。店長が長い年月かけて考え抜いてブレンドしたという逸品。
名前も知らない、短い挨拶しか交わした事がないその客に羊くんと名付けたのは3ヶ月前の夏の夕刻。
今にも夕立が来るぞというくらい分厚い雨雲がかかった時。いきなり暗くなった店内に彼は駆け込んで来た。スラリと伸びた手足が美しい。
店長に話しかけた。
「なんか降りそうなんで入っちゃいました。傘ないし」
「ごゆっくり。ぜったい夕立来ますよ。うちもどっかの駅みたいにビニール傘置こうかな」
というたわいない内容だった。
そのとき、カレが着ていたTシャツのバックプリントに眼鏡をかけた羊のイラストが見えた。
穏やかな笑顔で落ち着いた話し方。イラストの羊のように癒してくれる感じがした。
近づいていってふわっと身体を撫でてみたい、しおりはそんな感情にかられた。
そのあと雷が鳴り、土砂降りの雨で雨宿りの客たちが一斉に入って来て店は満員電車のようになった。
しおりは忙しくて羊くんと話す事はできなかったが、それ以来気になってしかたがない。
羊くんが午後来たのはその時だけで、週3回程度、8時45分にひょこっと現れるようになった。
きっと職場が近所なのだ。仕事前に珈琲を飲む余裕があるんだと思った。
時にはテイクアウトですませるが、ほかのサラリーマン風の男性達よりあきらかに落ち着いていた。
ほかの客は蓋付きの珈琲を受け取ると足早に駈けて行ってしまう。
羊くんはゆっくり代金を払いながらそっと店を出る。時間がある時はテーブルに座ってiPadを見つめている。
スーっと画面をなぞる指を見てしおりはゾクゾクした。
iPadと向き合っている彼。指先に妙な色気がただよう。笑顔が消えて真剣そうな顔つきに変わる。目元にかかる前髪を指でかきあげる。
その仕草に釘付けに鳴りそうだ。
店に来る男性客でしおり目当ての客は何人かいた。
肩まである髪の毛を仕事中はポニーテールにし、毎日違う色のリボンを付けている。
「しおりさん、今日は緑色のリボン似合うね」
という常連もいれば、そっと携帯番号が書かれた名刺を渡す意味深な客もいる。
「羊くんの名刺が欲しい。ううん、携帯アドレスだけでもいい」
そう考えても、どことなく自信がないしおりには言い出す事ができなかった。
誘いの口実
最後の客が店を出たので、フロアをモップで拭いていた。
善次郎が話しかけた。
「しおりちゃん、お疲れ!腹へらない?さっきカレーパン買って来たんだけど一個喰わない?」
小塚もエミも先に帰ってしまい二人きりだった。
「ありがと。床が終わったらいただくね」
「じゃあ、珈琲たててあげるよ。この前、自分でブレンドしてみたんだけど、飲んでみて」
キッチンと床の掃除を終えた二人は立ったままで珈琲をすすった。
カレーパンが珈琲に意外に合う。
「ゼンくん、美味しいよ。ちょっと酸味があって疲れている時にはぴったり」
「だろ、まろやかなのもいいけど、俺はパンチある酸っぱさが舌を刺すような珈琲が好きなんだよな」
珈琲談義を30分くらい交わした頃、善次郎がしおりの顔をぐっと覗き込んだ。
「しおりちゃん、今度定休日、ダイバーシティ行かない?ちょっと買いたい物があって、付き合ってほしいんだけど」
「え?今度の火曜かな。何買うの?最近お台場行ってないから、いいよ。新しい場所、行ってみたい」
善次郎がこぶしを握り「ウォッス!」とつぶやいた。
平日のお台場はすいている。善次郎が行きたかったのは帽子屋。FLAVAでゆっくり帽子を選んだ。
「帽子なら渋谷とかでもいいのあるんじゃない」
しおりが言った言葉にすかさず善次郎が答えた。
「デートしたかったんだよ。しおりちゃんと。照れくさくてデートしようって言えなかっただけ。この辺は定番スポットっしょ」
しおりは驚いて試着していた帽子を目元まで引っ張った。
「びっくりだよ。ゼンくん」
「好きな奴とかいるの?仕事一筋って感じだから、きっとカレシいないと思って」
「カレシはいないけど…」
「あ、やばっ。思ってる奴はいるってかあ」
善次郎はおどけて近くにあった女性用のつばが広い帽子をかぶってウインクした。
しおりはクスっと笑った。
善次郎は小塚のもとでよく働く仕事人間。珈琲の事もよく勉強し、将来は豆屋を出したいという夢がある。
しおりやエミにも時々差し入れしたり、二人が疲れていそうな時は「キッチンの奥で休んで」と目配せしてくれる。
善次郎のやさしさは、しおりもよくわかっている。
「ゼンくんかあ。カレシがゼンくんだったら、毎日、楽しそう」
とふっと感じた。
カレシいない暦3年半。
学生時代のカレシとは若かったせいか盛り上がり、いろんな所に遊びに行った。
いろんなエッチな体験もした。はじめてのエッチな世界を元カレと楽しんだ。
覚えたての頃は毎日、彼の部屋のパイプベッドで戯れた。
あの時のことを思い出すと身体の奥で何かがジンとする。
元カレの浮気であっさり終わった恋だけどエッチな思い出はしおり全体に刻み込まれている。
しおりは、寂しい夜は羊くんのことを思いながらひとりで遊んでしまう事もあった。
羊くんのしなやかな指がiPadを撫でるようにしおりの中に滑り込む。
そんな想像をしながら空想の世界で楽しむ。
善次郎に告白された時から、しおりは羊くんと善次郎を交互に頭に思い浮かべるようになった。
珈琲の香りに包まれて
珍しく店長の小塚が声を荒げていた。
善次郎がうつむき加減に立っている。いつもたくましく見える背中が小刻みに震えている。
しおりは厨房の陰で心配しながら見つめていた。
善次郎はその日から元気がなくなった。挨拶をしても伏目がち。声も小さい。
しおりは紙コースターの裏にペンで書いて善次郎に渡した。
「ゲンキ復活!今夜、タコス食べに行こう」
その夜、ポークソーセージのタコスにかじりつきながらしおりは明るく話しかけた。
指先がチリソースで染まっている。
経理のずさんなことで小塚にこっぴどく叱られた話、いつ独立できるのか不安になっている話をポツポツ吐き出しながら善次郎に笑顔が戻って来た。
「しおりちゃん、口の周り真っ赤で口裂け女になってる」
「よかった、笑った。もっとコロナ飲んで!」
帰り道、善次郎がそっと肩に手を伸ばした。
「今夜は一緒にいてほしい」
一瞬、羊くんの白い指先が脳裏をかすめた。
「俺の部屋、けっこきれいにしているよ。飲食の仕事をしているからプライベートも清潔なんだ」
照れ隠しに善次郎が言葉を重ねた。
しおりは善次郎の左腕をギュッと握った。一緒にいるだけにしようと思っていた。
一人暮らしの男の部屋にはいることはそういうことだと思っていながら、善次郎は今、寂しいから一緒にいて欲しいだけなんだと繕った。
二人座るとちょっときついくらいの小さなソファで善次郎が淹れた珈琲を味わうように飲む。
善次郎がしおりが飲んだカップを手に取り一口すする。
店の香りとは少しだけ違う珈琲の香りが漂う。善次郎の寂しそうな香りと混じったような。
善次郎がポツンと言った。
「一つのカップで珈琲を飲むなんて、付き合ってるみたいだ」
しおりは抱き寄せられて、カーペットの上に横たわった。
珈琲の味がする長いキス。はじめてのキスの味に軽い興奮を覚えた。
しおりは善次郎の背中に手を回し力を入れた。善次郎がしおりのシャツのボタンをおそるおそるはずす。ひとつ、ふたつ。
羊くんがまた頭の中に現れる。長い指がiPadの画面をツツーっと撫でる。
善次郎の指が乳房を包み込む。羊くんがしおりのうなじに舌を這わせる。善次郎が乳首を口に含む。
「あっ…」
しおりは声を漏らした。
夕立が来たら
「私はほんとうにこの人が好きなの?」
善次郎の重みを胸に感じながら問いかける。
たまたま落ち込んでいたから一緒にいてあげたいと思った、それだけの人じゃないの?
私はただセックスがしたいだけ?久しぶりのキスがうれしいだけ?
気になるのは…羊くん。
本当に抱かれたいのは羊くん。
「ゼンくん、ごめん。」
しおりは背中に回した腕をパタンと床に放りだした。力を抜いて大の字になったしおりから善次郎が身を起こした。
「わかってるって。ごめんごめん。これ、さっきの酒のせいだからさ。忘れてよ」
善次郎が店にいるときの顔に戻った。
「もう一杯、珈琲淹れるから付き合って。それ飲んだら送ってく」
善次郎はとことんやさしい。
しおりは自分がとてつもなく嫌な女に思えた。
「モテたがってんじゃないわよ。バカしおり」
新しい珈琲はちょっぴり熱かった。嫌な女になりかけていたしおりを熱湯消毒してくれるように。
「ゼンくん、あっつい。舌、やけどしそうよ。私がクレーマー客だったらどうする?」
二人はクスっと笑った。
7時50分。フロアの床をいつもよりていねいに磨き、窓もピカピカに吹いた。
昨日より大人になったしおりがいた。髪の毛には明るいオレンジ色のリボンを巻いた。
「おはようございますー!いらっしゃいませ」
眠いけれど必死でこらえて笑顔で接客するエミの声が響いた。
声の先に羊くんがiPadを持って立っていた。
「おはようございます、お待たせしました」
しおりがテーブルに珈琲を運ぶと、羊くんはしおりを見上げて微笑んだ。
「いい感じのリボンですね。僕の勝負カラーはオレンジ色なんです。大事な会議の時はいつもオレンジ色の文字盤の時計を」
羊くんが腕を差し出した。手首にはオレンジ色の文字盤の腕時計。
「あの、夕立、夕立が来たらまたこのお店に入って来てください。待ってますから」
意味がわからない事を口走った。
「ええ、雨が降らなくてもまた今日の夕方来ますよ。勝負に勝ったかどうか知らせに」
長い指がカップを包んだ。
虹彦珈琲の壁に描かれた虹の絵が夕立後の虹のようにくっきりとしおりの瞳に映った。
END
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あらすじ
週3回ほど、8時45分に来るお客さんがいた。
カフェで働くしおりは、いつもその時間になると時計をチラリと見上げる。
指先に妙な色気がただよう彼のその仕草に釘付けになり、どうしても連絡先が欲しくて…