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【前編】恋愛とセックスのかけ算/35歳 智子の場合


不遇な現実

猫と戯れる女性

砂袋でものせられているんじゃないかと思うほど両方の肩がズッシリ重い。ジンジン…肩こりを通り越して鈍い痛みを感じる。首もカチコチに固くなっている。手首も腱鞘炎気味でマグカップを持つだけで違和感がある。

頭を2、3回グルグル回して大きく伸びをする。

慣れないパソコンワーク。画面いっぱいに拡がる表にひたすら数字を打ち込み、自動計算された結果を確認する。キーボードをたたいてもたたいても終わらない。先が見えない単純作業。

「チッ」

智子は舌打ちをしながら考えた。こうなったのは誰のせいだ。英生がリストラさえまぬがれれば智子がパートで働くことはなかった。

週5日、9時から5時まで単純で退屈な作業。先が見えない暗い作業。自分が役に立っているのかどうかすらわからない。目的がない作業。

英生のバカ、英生のクズ…こんなはずじゃなかった。夫に対する怒りにまかせてキーボードをたたくので、変な力が入り、よけいに肩がこる。

 

タイムカードを押して家と会社の中間にある大型スーパーに立ち寄る。お魚コーナー、鯖の切り身3切れ560円。かごに入れようとすると後ろから声をかけられた。

「あと10分待つと、2割引きのシール貼られるわよ」

小太りの中年主婦。眉毛だけくっきり山形に描いてあとはノーメイク。不細工なおばちゃんだ。今の智子にとって2割引きは大きい。10分…待とう。

「ありがとうございます」

早口で礼を言って、乾物売り場で時間をつぶす。英生が事務用品のメーカーで働いている頃は買い物で割引きなど気にしたことはない。午前中からスーパーやデパ地下に行き、新鮮なものを選んでいた。それがまさかの大転落人生。子供を作ろうとしていた矢先の出来事。

”鰹節週間お値引き価格! 爆安!”というワゴンの前で立ち止まる。「インドネシア産」。

「高知じゃないんだ…」

ため息を付きながら二袋カゴにほおり込む。不細工な中年主婦がチラっと智子を見て下卑た笑いを投げてきた。

「英生のせいよ」

日常のネガティブなことはすべて英生のせいにした。

冷えたゴハンに鰹節をまぶし、猫のロマンにやる。猫専用缶詰など買っている場合ではない。

ロマン派智子の気配を感じるとみミャーと一声鳴いて駆け寄る。智子の膝に前足をついて顔を見上げる姿がかわいらしく、英生がリストラされた今も手放すことができない。

「おい、ロマンより先に俺のメシ作ってくれよ。今日は面接4つもまわってクタクタだ」

XLの無駄にでかいワイシャツを脱ぎながら英生が不満気に言う。

「もう何ヶ月、職探してんのよ。職種なんて関係ないからはやく決めてよ。貯金が底つくわよ。家賃滞納なんて絶対いやだからね」

英生は何も答えない。ランニングシャツ姿でテレビを見始める。大きな身体の後ろ姿を見ていると象アザラシに見えてくる。

「まあ、45にもなって営業しかできないんじゃ、どんな会社も雇いたくないわよね」

ケンがある言葉。矢継ぎ早に智子の口から飛び出す。毎日毎晩、英生を責めたてる言葉を発するたびに肩がズシリと重くなる。

台所に立って鯖を焼いていると、英生がいきなり後ろから抱きついてきた。

 

「何すんのよ」

英生はコンロのガスを止め、智子のスカートをめくりあげる。すごい力で下着を降ろす。

「やめてよ、何考えてんの」

智子は抵抗する。英生は75キロの巨体だ。ひょろっとした小柄な智子が暴れてもびくともしない。

いきり立ったカタマリが智子の臀部に当たる。ソレはすぐにでも気持ちいい場所に入りたがってうごめいている。

智子は観念する。シンクの縁に手を付き、かかとを少し上げる。尻を突き出す。英生のカタマリにとっては具合がいい角度ができあがる。英生は智子の薄手のセーターの裾から手を入れ、小ぶりの乳房を揉み上げる。智子はフっと息を吐く。

「俺はお前がちっこいから結婚したんだ。お前は全部ミニサイズ。人形みたいで遊びやすい。もちろんここもミニサイズでよく締まる…」

グイッと塊が突き刺さる。下から上に剣で刺されたような小さな痛み。痛みはすぐ快感に変わる。憎らしい英生、情けない英生だが、智子の中にいる時は、どうしようもなく心地よい。

「あああうううう」

智子はシンクに立ったまま腰を上下に動かした。

公認マッサージ師

今日も重い砂袋が肩にのしかかる。こめかみのあたりがキリキリ痛む。パソコン画面に映しだされた細かい数字が蟻のようにモゾモゾ這っている。視点が定まらない。隣の席の紺野アキが眼鏡をはずして心配そうに話しかける。

「智子さん、顔色悪いよ。休憩室で休んだほうがいいよ」

アキに連れ添われ、休憩室の長椅子に腰掛ける。備え付けのティーサーバーで緑茶を入れ、アキが手渡す。

「ありがと、アキさんはパソコン作業に慣れてるから平気なのね。私、最近パソコン始めたばっかだから目がチカチカして、肩こりもひどいの」
「私だって肩こるわよ。あのね、管理部の原口さん知ってる? あの人ね、整体師の資格持っててね、勤務時間外になったら時々揉んでくれるのよ。智子さんも頼んでみたら」
「へえ、どこで?」
「保健室。5時になると保健師さんが帰っちゃうから、許可を得て使っていいことになってるんだって。会社の福利厚生の一貫」
「無料で?」
「そう。整体とかマッサージってお値段、ばかにならないじゃない。助かるよ」
「その、原口さん…にはなんのメリットがあるんだろう」

急にアキは声のトーンを落とした。

「パートの主婦と…やれる…」

智子は緑茶のカップを落としそうになる。

「なにそれ? 公認なわけ?」

アキが意味ありげな笑いを浮かべる。窓の外を見ると雨雲が近づいてきていた。

「あのね、パートの主婦たちって、好きでしてると思う? ほんとは亭主の稼ぎで専業主婦したいのにそれができないからこんな単純作業しに来てるでしょ。おもしろくもない、やりがいもない作業をお金のためにだけする。亭主が不甲斐ないために。つまり夫婦仲が冷えてる人が多いの。子供の塾代を稼ぎたいとか、亭主の給料じゃ賃貸家賃払えないとか、けっこう問題かかえてんのよ。ってことは夜の方も冷えてるってこと」

智子は言葉を返せない。確かにそうだ。周りの誰もがそれほど幸せそうに見えないのはそのせいか。

自分も夫のことを馬鹿にしている、ただセックスは継続しているが。しかし、それも愛情云々より、英生の性の捌け口のような行為に過ぎない。

「今日、5時過ぎ、予定あいてるか聞いてみようか」
「いらないいらない、なんか浮気したい人妻みたいじゃない」
「マッサージしてもらうだけよ。ほんとにうまいの。骨のズレを治してもらって腰痛が消えたって人もいるのよ」
「ねえ、それ受けた人全員がその人と寝てるの?」

アキは前髪をプラスチックの髪留めで留め直してニヤリとした。

「原口さんにだって選ぶ権利はあるのよ」
「あ、痛!」

首すじがひきつるほど痛い。やはり肩こりと頭痛をどうにかしたかった。たしかに駅前のマッサージ屋に行くと一日分の給料が消えるのはわかっている。智子はアキに連絡を頼んだ。

アキがLINEを入れる。

3時の休憩時間に返事あると思うから待ってて。アキは原口と寝ているのか、智子は気になった。

「あの…アキさんは…」
「フフフ、ご想像におまかせしまーす」

 

17時15分、原口が保健室でマッサージの準備をしている。ベッドに大判のバスタオルを敷き、手を洗う。智子はおそるおそる保健室に入る。

「あのう、紺野さんに紹介された伊崎です。肩こりがひどくて、頭痛もし始めたので。よろしくお願いします」

原口が振り向く。短くスポーツ刈りにした頭。太い眉。どちらかというと醤油顔。背も高くないが下半身が太く、どっしりしている。

「うつぶせに寝てください。こちらに」

原口が右肩甲骨と左腰骨を対角に結んだ線を両手で広げる。

「ああっ」

たった2秒触られただけで驚くほどいやらしい声が喉の奥から絞るように出てきた。恥ずかしかった。

「すごいこり固まってますね。ガチガチですよ」

原口は智子の声を気にせず、背骨に添って首から腰に指で圧をかける。なんとも言えぬ心地よさ。肩に乗っかっている砂袋からサラサラと砂がこぼれ落ちるかのようだ。ついうとうとしてしまう。

マッサージは何度かうけたことはあるが、これほど絶妙にツボをおさえ、圧を微調整する技術には初めて出会った。アキが褒めちぎるのはよくわかる。

腰から臀部に原口の手が降りてくる。

「伊崎さんは座りっぱなしでする仕事ですから、仙骨周りの血流がとどこおるんです」

尻の左右の盛り上がった肉を両手でほぐされる。たまに指先が尻の裂け目に滑りこむ。ズボンの上からとは言え、智子は性感を刺激されていることに気づいた。

しかし、やめてくれと言えない。それほどに心地よく、まるで天使が羽で癒やしてくれているかのようだ。頭で拒んでも身体が喜んでいる。

下品な旦那

尻から太腿の裏側、膝の裏側に原口の手がどんどん降りてくる。心地よい。ズボンを脱いでしまいたい。智子は夢の中で原口を迎え入れる。

ズボンも下着も脱がされ、原口がうつぶせの智子を背後から抱きしめ、湿りきった智子の中に入る。

ああ、気持ちいい。入っていても原口の手は智子のこっている部分をやさしくマッサージしている。ダブルの気持ちよさ。イってしまいそうだ。天使の羽に撫でられながら。

「はい、今日はこのへんで」

原口の声で目が覚めた。気づくとよだれを垂らして眠っていたようだ。枕にしていたタオルで口元を拭く。こころなしか下着が湿っている。恥ずかしさで顔が熱い。原口は気づかぬ様子で手を洗っている。

「お上手なんですね、肩がすっかり軽くなりました。頭痛薬飲まなくてもいいみたい」
「伊崎さんの場合、身体中の血流が悪そうです。パソコン仕事の合間に背伸びしたり、首や足首を回したりしてみたらどうかな」
「はい、そうします」
「6時半から次の人が入ってるんです」

 

智子は、次の人もこんなに気持ちよくしてもらって、よだれを垂らすのだと想像した。そして、原口に入れられる。

「あの、また来週お願いしてもいいですか」
「ええ。僕も月末は残業があるからできないんだけど、来週なら暇かな。いずれは整骨院経営したいんです。そのためにここでマッサージと整体してるんです。技術をなまらせないためにさせてもらってるって感じかな」

滑舌よく、はきはきと話す。とても誠実に見える。アキは冗談を言ったのだろうか。

「何かスポーツしてらしたんですか。力も強いし、がっしりしてるから」
「柔道です。柔道整復師の免許もあります」

智子は、原口に親近感を持った。複数の人妻とやる男というイメージはない。体育会系でたくましい。

軽くなった身体で自転車に乗り、家に帰る。

玄関のドアをあけると、バラエティ番組のにぎやかな音が聞こえる。英生がテレビを見ているのだ。職探しもせず、寝っ転がって缶酎ハイを飲む象アザラシに智子は絶望した。

英生は智子の方に振り返るとニタリと下卑た笑いを浮かべた。

「おう、こっち来いよ。メシはあとでいい。3時ごろ吉牛行ったから」
「あなたはよくても私がおなかすいてるの」
「まあ、いいから来いよ」

近づくと、さきいかの臭いがツンとした。

「臭い、焼酎とさきいかなんて、オヤジ臭の典型よ。ロマンにはいか食べさせないでよ。おなかこわすから」

顔をしかめると、英生は智子の手首をグイっと引っ張った。英生の上に倒れこむ形になる。

「何よ、臭いってば。ゴハンの支度するから放して」

英生はいきなり智子のズボンをずり下ろし、尻の肉をギュっと鷲掴みにする。

「あっ」

たった今、原口にマッサージを受け、血流をよくしてもらった臀部。うとうとしながら原口と結ばれる夢を見たことがリアルに浮かぶ。

すると、自分でもわかるほど内部のヒダから温かいものが絞り出されてきた。勢いよくほとばしるように。英生が自分の上にうつ伏せで寝そべった体位になっている智子の下着に手を入れ、窪みに人差し指を突っ込む。

「おお? なんだこれ? お前、ここは嫌がってないぞ。ベトベトだ。ヒョヒョヒョ」

いつから英生はこんな下品なオヤジになったのだろう。髭も剃らず、いかの臭いをさせていやらしい笑い方をする。

 

「やめてってば」

智子は抗う。気持ちは抗おうとするが、尻の間から窪みに向かって突き刺さった指に自ら敏感な部分をこすりつけようとしている。

「スケベオンナ…ヒョヒョヒョ」
「あああ」

智子はたまらなくなる。原口のマッサージを思い浮かべると窪みから熱い汁が滴り落ちる。智子は英生の下着を膝までずらし、股間の上にしゃがみこむ。和式トイレで用を足すように。

「丸見えだ。いいねえ。セーターも脱げよ」

その言葉を無視し、目をつむったまま、英生の固くなったものを窪みにしまい込み、腰を上下に動かす。

「ウヒョヒョ。商売女みたいなことできるんだな」

さきいかの臭いも気にならないほど感じる。

肩の砂袋は軽くなり、頭痛も消えている。原口の手のひらのぬくもりを身体中に蘇らせて、英生のことを原口に見立てて智子はしゃがみこんだまま上り詰めた。

「ああああああぁぁぁ」

亭主で満たされない妻たち

極みから降りてきて、ふと気づくと猫のロマンがソファの影からめずらしそうな目をして重なり合っている二人を見ていた。

「ロマン、おいで」

手招きすると一気に隣の部屋に消えていった。

「うちらが大きな怪物に見えたのかな」
「ああ、お前のよがり声が怖かったんだよ。敵とみなしたんだ。ヒョヒョヒョ」

智子は英生をにらみつけ、下半身裸のまま風呂場に向かった。

翌日からは体調がよく、単純作業も順調に進んだ。アキが耳打ちする。

「うまいでしょ。原口さんって」

マッサージが上手いのか、何がうまいのかまたもや意味深な言い方だった。

昼休みにアキに尋ねてみた。

「アキさん、旦那さんとは夜のほう、あるの?」

アキは目をまん丸にして否定する。

「ないない、ない。あるわけないっしょ。子供二人もいるのよ。打ち止め」
「誘ってこない? あっちから」
「来ない。もうあきらめてるみたい。二人目生まれてから六年ずっとない。智子さんち、あるの?」
「え? う、うん。たまーに」

 

昨夜したとは言えぬ雰囲気だった。エッチしたなど言ったらバカにされそうな空気だ。聞きたいことを投げかけた。

「原口さんとはあるんでしょ」

アキはぶどうゼリーをツルッと飲み込んでうなずいた。

「たまには、ここ、慰めてあげないと、蜘蛛の巣張るから」

下腹部を指差しながらアキが答える。

「ほかのパートの人達もしてるってことよね」
「そっ。みんな姉妹よ。いいじゃない、亭主たちだって外では何してるかわかりゃしない。稼ぎ少ないのに風俗はまってる亭主もいるのよ。二階フロアの事務の池内さんとこがまさにそれ。池内さんも姉妹よ。」

そんなものなのか。亭主で満たされない妻はほかで幸せを得ようとする。アキのように慰めと言い切るのは罪がないのかもしれない。

智子は職のない英生にはうんざりしているが、セックスに限っては欠落していない。なんだかんだで快感を得ている。ただ、惰性でするのではなく、好きな男としてみたいという欲情は芽生えつつ会った。

翌週、メールで原口の予約をおさえた。約束通り17時15分きっかりに保健室に入る。原口はこの日はオレンジ色のジャージの上下を着ていた。

「学生さんみたいですね」

智子が話しかける。

「そうですか。34ですよ。今年の11月で35歳です。」
「同じ年なんだ…同級生」
「へえ、伊崎さん、若くてきれいだ」

ちょっとうれしい。マッサージが始まる。この前のように寝たりしてはいけない。気を引き締めたが、あまりに絶妙にほぐしてくれるので、またもやトロンとしてくる。まぶたが勝手に下がる。

原口の肉厚であたたかい手のひらが背中を滑って乳房にかぶさる夢を見る。いやおかしい。智子はまだ眠り込んではいない。夢ではないのか? 現実半分、夢半分。

「あん、気持ちいい」

原口がブラウスの間から手を潜りこませ、両側の乳首を同時につまむ。

「あん、…や…だ」

 

原口は無言で智子の感じる部位すべてに手をすべらせる。脇の下。横腹。肩先。そこも感じる。そこも。そこも感じる。なぜわかるの。ああ、こんなに感じる部分がたくさんあるなんて知らなかった。

智子のヒダからまたぬるいものが染み出してきている。英生の時のように一気に吹き出したりしない。ゆっくりゆるりと、じんわりと。

「伊崎さん、こんどは仰向けに寝てください」

仰向けに寝て、原口の吐き出す息を感じながらまたウトウトする。男の息。

首筋から鎖骨にかけて原口がほぐす。コリが取れるというのを通り越し、またも感じてくる。もう一度乳首を強くつまんで欲しい。智子は頭の中で懇願する。英生にはセックスの最中ねだったことなどないのに。

「あの…脱いでいいですか、ブラウス、手が滑るからやりにくそう」

「いいですよ。どうぞ」

智子はブラウスも下着も全部脱いでベッドの下のカゴに入れた。作業ズボンだけ履いている。

「ではズボンも脱いではいかがですか。太腿も揉んであげますよ」

智子は素直に脱ぐ。パンティ一枚でベッドに仰向けになる。夢だ。夢の中で原口にマッサージしてもらっているんだ。そう考えると安心する。

原口はいきなり乳房を両手で包みゆっくり左回転右回転する。指の間にしっかり乳首が挟み込まれている。

「ふう…すごく、気持ちいいです」

智子は目を閉じたまま息を細く長く吐く。完全にリラックスして、身体中のコリがスローモーションのようにほどけてゆく。

下腹に原口の指がずれこむ。

「下丹田というツボがありまして」

親指でこする。

「ああ、いい」
「その丹田のさらに下には…」

3本の指が智子のパンティの中に潜る。少し湿り気味の林をかき分け、割れたパーツに到着する。

「ふ…ん」
「脚を少し開いてください。ここの箇所の血流を流すのは大事ですから」

智子は言われたとおりに開く。これは夢だ。夢の中だからこんな馬鹿なことになっているのだ。夢ならいっそ、もっと乱れてしまえ。

「あの、脱がせてください。下着、治療の邪魔だから」

 

原口は何も答えず、パンティを脚から抜き取り、かごの中のズボンの上にていねいにたたんで置く。

「指じゃなくて舌先でツボを押しましょうか」

智子はうなずく。原口が智子の膝を立ててM字型に開き、割れ目をチョロリと舐める。

「ぐしょ濡れだ。霧が吹きかけられたみたいに」

「ぐしょ濡れ」という言葉に、理性が飛んだ。英生の卑猥な言葉とは違い、上品でなおかつ性的な響き。原口の舌は指よりもなお繊細に感じる箇所を探し当てた。

いや、感じるようにほぐしてくれた。舌先が這いまわった箇所はすべて性感帯になっている。

「ああ、ああ、すごい、こんなに感じるなんて」
「伊崎さん、あくまで治療の一環ですよ」

膝の内側にあるツボを押しながらも舌先は智子の割れ目を這いまわる。

「どうにかなりそう。これは夢よね。保健室でこんなことできるわけないもの」
「はい、夢です」
「なら、もっと」
「もっと、なんですか?」
「もっと、入り込んで」

原口がいつの間にかジャージの下だけ脱ぎ、ベッドに上がっていた。智子の肌からは湯気があがり、M字型に開かれた脚の付け根からは蒸せ返るような女の臭いが立ちのぼっている。

乳首はすでにはちきれんばかりに固くなり天井を向いている。はやく口に含んで欲しそうに見える。うなじには汗が一滴。

「汗かいてる。暑いですか? 血の巡りがよくなってきたみたいだ」
「あつい…」
「どこが一番あつい?」
「ここ」
「どこ? 指で示して」

智子は自分の股間に人差し指を入れた。

「了解です。落ち着かせましょう」

原口は、臀部をグイッと上に持ち上げ股間を上向きにした。そして屹立したそれをそっと押し込んだ。

「はううううう」

 

原口のソレが2度往復しただけで、智子は天にのぼりそうになる。原口が乳首を口にふくんでコリっと噛む。

「やあああぁぁ」

そしてまた2回ゆっくり智子の内側をこする。

「んぐっ」

智子は一気に昇天した。

目が覚めると、ベッドの上に服を着て寝ていた。大判のバスタオルをかけられている。ズボンも履いている。

「あら、私…」
「マッサージ中に寝ちゃいましたよ。終わってから15分くらい熟睡してました。気持ちよさそうだからそのままに」

原口の太い眉の下にある目がやさしそうに笑う。

「すみません。あまりに気持ちよくって」

夢だったのか夢ではなかったのか混乱する。コリはすっかり取れ、足取りも軽い。股関節もいつになく動きがよい。自転車のペダルを軽やかに踏む。自宅に着き、風呂場でズボンを脱ぐ。

夢ではなかった。智子のぬるい汁は下着だけでなく、ズボンまで湿らせていた。女の臭いに混じってかすかに英生以外の男の臭いが鼻孔をついた。

食堂のオンナの笑顔

英生は朝から再就職の面接に出かけ、面接官にたっぷりっと嫌味を振りかけられていた。

「その年でリストラとはねえ」「営業しかできないの?」「うちの若手社員たちは優秀だから、その部下のポジションでいいかな」「ITスキルはどのレベル?」…。

まともに面接官の顔を見ることができず、こぶしを膝の上で握りしめていた。

「むしゃくしゃする」

道端に転がっていた缶ビールの缶を蹴飛ばす。

ペコッ。カラーンという爽快な音ではなくひしゃがれたような情けない音。

「世の中すべてが俺をばかにする。会社も智子も」

自動販売機でチュウハイを買う。財布の中には3000円と小銭。チュウハイを飲み干すと腹が鳴った。ちょうど目の前に「小梅食堂」という立て看板がある。「昼定食550円」。英生は酒臭い息をフーっと吐き、引き戸を開けた。

まだ昼前なので客は一人しか座っていない。

「いらっしゃいませ」

若い女が、とびきりの笑顔で迎えてくれた。今時めずらしく、髪も真っ黒で化粧っ気がない若い女。

「アジフライ定食を」
「はあい。キャベツ大盛りにしますね。混雑前に来てくれたから大サービス」

錘(おもり)が突き刺さっていた胸がフッと軽く浮き上がったような気持ちになる。

 

「えらく愛想がいいバイトだ」

英生は奮発して副菜のピーマン肉詰めを頼む。

「毎度あり! お客さん、気前いいですねー。サラリーマンの人達は昼飯代500円台で抑えたいって言ってるのに」
「ああ、俺は太っ腹だから」

久しぶりに英生はにっこり笑った。

自宅がある駅から2つ離れた駅にある小梅食堂。その日から、英生は毎日、昼飯時に小梅食堂に通った。

「智子、1万円貸してくれないか。昼飯代。職が決まったらすぐ返すから」

智子はキッとした目で英生を睨みつける。

「お昼に贅沢してる場合じゃないでしょ。夕飯の残り物かインスタントラーメン食べてよ」
「面接が二社続けてある日とかさ、腹減るじゃないか」

智子はファーストフードのクーポン券を長財布から出して手渡す。

「これあげる。380円でセット食べなさい」

英生は智子を殴ろうかと思った。悔しくて二の腕が震える。と、その時、小梅食堂の若い女の笑顔がよぎる。スッと怒りがおさまる。

「そうだな。節約するよ。へえ、照り焼きバーガーがこの値段で食えるのかあ。明日使うぞ」

⇒【NEXT】まど花は目を閉じてキスに夢中だ。唾液を交換するようなネットリした絡め合いが続いた。(【後編】恋愛とセックスのかけ算/35歳 智子の場合)

あらすじ

主人公の夫・英生がリストラになり、主人公・智子がパートで働いている現状に、智子は憤りを覚えている。やりがいのない仕事で忙しい日々。
色んな不満が相まって、日常のネガティブなことはすべて英生のせいにした…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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