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【前編】恋愛とセックスのかけ算/35歳 舞夏の場合


結婚のメリット

夏の日差しが肩を刺し、ジリっとする。まずい、油断していると腕にシミができる。舞夏は以前のように夏が好きではなくなっている。

8月生まれ、その夏の最高気温をニュースで流していた日に生まれたので名前に「夏」の字を入れたと父親は己のセンスがまんざらでもなさそうな顔をして言っていた。舞夏は名前も夏も大好きだった。

夏休みになると伊豆大島や奄美諸島でいかれた馬鹿騒ぎをする時を過ごした。今思えばとんでもなく布面積の小さいビキニを着て、ろくに日焼け対策もせず海岸に寝そべっていた。

そのつけが回ってきて頬や背中にそばかすとシミが点在する。あの頃の失恋や恥ずかしい体験の数だけシミができているとすら思える。

「誰かがあの頃、将来は美白ブームになるって教えてくればよかったんだよ」

学生時代からの親友、芹菜に毒づく。芹菜は舞夏に比べて肌ツヤもよく、シミが少ない。

「私は肌には投資してるからね、あん時に受けた紫外線被害は撲滅させた」

舞夏は芹菜の頬に顔を近づけて凝視しながらマイタイを飲み干す。レゲエが流れるJバーが二人のお気に入りスポットだ。

「あと少しでアラフォーの域だよ。ホルモンが枯渇してきたら益々肌はガサガサに…あちゃー、白雪姫に弟子入りしたいよ」

芹菜が隣の席に聞こえないよう小声ででささやく。

「旦那とさあ、エッチ、バンバンしなよ。セックスするたびに内分泌が高まってツヤ肌になるよ」
「してるって。毎週土曜。足りない?足りないよねえ。もっとしたいんだけど、イタルったら週一が精一杯なんだって。前は一日置きに乗っかってきたくせに詐欺だよ」

芹菜がケラケラと笑って舞夏のノースリーブの肩をピシャリとたたく。

「ま、男は35過ぎたら、ソッチの方はシュンとするよね。だからコンビニやドンキに強壮剤っての?怪しいドリンク売ってんだよ。すごい名前の」
「芹菜はどうよ。彼氏、えっと、遥斗くん?5個下だから攻めてくるでしょ」
「ま、そうね。仕事で疲れた日はエッチなんかできないって人多いけど、私は逆。疲れた夜にエッチするの。そしたらぐっすり眠れるし、おなかの中があつーくなって身体にいいエキスがジュワジュワ出るんだ
「朝はツヤツヤでお目覚め?」

芹菜がにやっとして親指を立てる。

会社の帰りにドラッグストアで2種類の日焼け止めを買う。SPF50。これ以上、肌が老化するのは怖い。イツキはオタク系アイドルグループの動画をよく見ている。きっとピチピチの若いのが好きなのだと舞夏は感じていた。

アイドルグループの動画、舞夏は歌など聴かず必ず肌をチェックする。全員真っ白だ。そして敗北感を感じる。シミもほくろも無縁の肌。影になる部分はひとつもない。

コンシーラーでカバーしても微妙に気づくのが女目線。彼女たちの肌は完璧だ。若い娘の頬は、太陽光線すら跳ね返すだけの威力を持っている。

家に着くと、まっすぐ洗面所に向かう。上半身ハダカになり、背中を鏡に映してみる。

「ああ、みにくい。茶色の斑点…」

イツキはバックスタオルが好きだ。だから舞夏は絶対に照明は付けない。ベッド脇のスタンドの小さな灯りですら消す。

舞夏はついでにショーツも脱ぎ、お風呂場にある全身鏡の前に立つ。

子どもを産んでいないので、乳房はまだ垂れてはいない。ただ乳首の色はとてもピンクとはは言えない。ため息をひとつつく。アンダーヘアの毛並みが揃っていなくてボテっとして見えた。

ヘアにホイップ洗顔料をつけ、レザーで整えた。叶姉妹のように蝶々の形にはならないが、細長い楕円形にし、割れ目に沿って剃り上げた。シャワーをあび、綿のワンピースをストンと着る。下着をつけずにキッチンに向かった。

日曜に作って冷凍しておいたロールキャベツをコソメスープで煮る。近所にできたワインショップで買ったワインを鍋に少したらす。イツキが帰ってきた。

「ただいまー。営業部の川島さんに誘われたけどさあ、説教くさいおっさんだから、逃げてきたよ。今日は妻と約束があるんでって。結婚してるといいよな。言い訳がなんでもとおるし」

舞夏はワイングラスを持って先に一口飲んでいる。

「結婚のメリット、ほかに何があると思う?上司の誘いを断れる以外に…」

イツキは手を洗いながら考える。

「うーん、生計が折半で助かる。家賃も電気代も。あと、病気の時、食いもんに困らない」
「現実的ねえ。ほかには?」
「ええと、退屈しない…ってか寂しくない?」
「寂しくない、はいいわね、ロマンチックな回答。75点」
「舞夏は何がメリット?」

舞夏は手を洗っているイツキの背後に周りこみ、うなじに舌を這わせる。

「おい、メシは…」

イツキの右手を掴み、スカートの中に導く。

「まじかよ。パンツ、はいてない」
「ふふ。それに、ちょっと見てよ。カットしたの。すっきりしたわよ」

スカートを自分でめくる。

同窓会のメール

イツキは、口をあけて驚いている。ゴクンとつばを飲み込み、カウンターに置いてあった飲みかけのワインを一飲みする。そしてキッチンに立っている舞夏の膝下にしゃがみこんだ。

舞夏はフレアになっているスカートでイツキの頭を包んだ。スカートの下に潜った夫。舞夏は足を大きく開いて立った。ペチョン。

「ん…」

予想通り、しゃがみこんだイツキが剃ったばかりのその部分を舐め上げた。両手で舞夏の膝を持っている。周囲を何度か往復し、舌先を割れ目に忍び込ませる。ぬめりとした感触が舞夏の内側の膜を緊張させる。

「…うん」
「おっ、今、締まった。すげえ」

イツキが今度は奥深く指を二本ねじり入れる。舞夏の膝がガクンと動く。

「するか。そこのソファで」

イツキは立ち上がり、ズボンとボクサーパンツを脱ぐ。ワンピースだけ身にまとった舞夏がソファに横になる。スカートをめくって両手を広げる。

「カモン、ハニー」
「お前、ドスケベだな」

イツキがニンヤリして舞夏の中に沈み込む。ロールキャベツのスープの臭いが立ち込める中、舞夏は満足のディナータイムを過ごした。

食後、寝室のダブルベッドで横になり、明日の予定を話す。そのうち、舞夏はまたムラムラしてきた。夕食時のソファでのセックスが蘇る。久々に興奮したのだ。思い出すだけで湿りが増す。

自分の割れ目がピクピクと開き始める。剃った跡がチクチクしてきた。

「ねえ、イツキ。もう一回…」
「いいやいやいや、無理無理。今日、水曜だぜ。本来は平日はしたことないだろ。週末にいたしましょう。明日も朝、早いからさ。」

スマホのアラームを設定してイツキがくるりと背中を向ける。

開いてしまったソコを舞夏はたしなめながら、なかなか寝付けなかった。

翌週、舞夏の仕事は落ち着いていたので早めに帰る日が続いた。

イツキから残業で遅くなるとLINEが入る。既読スルー。今はお顔の美白中。ターバンで長い髪をまとめ、ビタミンC入りの美白パックを顔にペッタリとのせ、ノートPCを開く。

こんなパックやシミ取り美容液でシミが消滅したという話など聞いたことがない。しかしせずにはいられない。おまじないみたいなものだと思う。女性心理をうまくついたおまじないビジネス。ふと、メールボックスに目が止まる。

「青葉高校同窓会のお知らせ」

メールタイトルを一見しただけで、クラスメートの顔が次々に浮かんだ。仲良しだった靖代と里穂。駅ビルで一緒に遊んだ瞬太。そして大好きだった彼氏、蓮沼陽介。

ハンドボール部の副主将をしていた陽介は筋肉隆々で日焼けした顔がまぶしかった。上腕筋を鍛えるため毎日腕立て伏せを200回すると言っていた。

陽介とはキスしかしていない。正確に思い出せば、キスしながらまだ膨らみきっていないおっぱいを触られた程度だ。陽介の脚の間の固い膨らみは感じていたが、その時の舞夏には触る勇気がなかった。

「ウブー!若かったなあ…」

思い出に浸りながらクスっと笑いがこぼれた。靖代に久々にメールを送る。

「靖代、ゲンキしてる?来月の同窓会参加する?」

美白パックをはずす頃、返信が届いた。

「舞夏が行くなら行こうかな。里穂は元カレに会いたいから参加するらしいよ。名前なんだっけ、ユキオだっけ。ユキオが来れば舞夏の元彼もぜったい来るね。陽介くんーー!ユキオといつもつるんでたもんね」

舞夏は吹き出した。あいかわらずおちゃめな靖代。里穂のことも思い出した。クラス一の美少女。ポニーテールがよく似合い、男子たちがそれを引っ張ってじゃれていた。

結局、卒業直前、優等生のユキオと付き合うことになったのだ。確かにユキオと陽介は部活が違うのに仲が良かった。ユキオは軟式テニス部。陽介は舞夏にいつもユキオのことを話していた。

「あいつはすげえよ。部活と勉強両立できてる。テニス大会も出場して国立大学目指してる。俺には無理だなあ。国立は…」

陽介はしょっちゅうユキオに勉強を教えてもらっていた。

35歳の現実

PCを閉じる頃、イツキが帰ってきてシャワーを浴び始めた。イツキが脱ぎ捨てたトランクスを拾い上げ、洗濯機に投げ入れる。

「陽介と同じ大学行ってたら、今頃は陽介のパンツを洗ってたかも」

結婚したいと思うほど恋焦がれていた陽介。教室で陽介の背中を視線で追いながら有頂天になっていた。こんなかっこいい人と付き合えて幸せだと。

陽介の自転車の後ろに乗り、陽介の腕を掴むと、舞夏の見知らぬ女の部分がちょっとだけ目覚めた。

「このたくましい腕に抱きしめられたい。一糸まとわぬ姿で」

何度もその場面を想像した。陽介が振り向くとキャハっと笑ってそのエロチックな妄想をごまかした。

金曜夜、また芹菜とJバーでマイ・タイを飲む。

「ねえ、高校の時、してる友達ってけっこいたじゃない。私、なんでしなかったんだろう」

芹菜はもちろん「している派」の女子に分類されている。大学生の彼氏の部屋に毎日いりびたっていたと言う。

「カレシがまじめだったんでしょ。卒業するまで大事にしようとか思ってたんじゃない?」
「でも卒業したら、大学、離れ離れで自然消滅…」

芹菜はきれいに3カラーで塗られた爪で舞夏の頬をつねる。そしてセンターで分けた長い前髪をかきあげる。

「それ、もったいない。今からでもしなよ。超イケメンだったんしょ?」

芹菜らしい提案だ。舞夏は酔いも手伝ってそんな気分になる。

「だよねえ。あんなに好きだったんだから、一回くらいしたいよねえ。思い出に浸りながらさ」

芹菜はカクテルグラスに飾ってあった白い花を口に加えてカルメンのふりをした。

「35歳、最後のチャンスだよ。もっとばあさんになってから、昔の男としようなんて思ったらアウト。あっちは腹タプタプのおっさんになってるし、こっちも垂れ乳、くびれなしの色気ゼロばあさんだよ。あっちは勃たないわ、こっちは濡れないわでそりゃ二人して幻滅するわよ」

舞夏は背筋が冷えた。制服姿の高校時代の夢に浸っていたが、確かに老化のサインは年々顔を出してきているではないか。薄茶色のシミ、ほうれい線、脂肪がついた二の腕。

芹菜の首周りに目をやる。顔はお金をかけているだけあってシミは目立たず艶光りしているが、ボディはどうなのだ。芹菜は襟ぐりが広いジャージ素材のワンピースを着ている。スポンジ大盛りのFカップ。

胸の膨らみを強調しようとしているが、凝視すると首周りは皮膚がよれてちりめんジワが見え隠れする。芹菜にも老化の予兆を感じ取り、老いにはあらがえない虚しさを思った。

斜め前の席に、かわいらしいバレッタで茶色の髪をまとめた色白の女の子が座っている。目の下にはクマがまったく見えない。頬は張り切ってゴムマリのようだ。

きめ細かい肌の腕が、オレンジ色のブラウスから自信たっぷりに伸びている。笑い方もコロコロと弾んでいる。芹菜の「ゲヘヘ」という低級な笑い方とは大違いだ。首をかしげたその女の子と目が合った。

そのふっくらした頬にマジックでほうれい線を描いてやりたい、そんな意地悪な心持ちになってしまった。

「よし!同窓会行ってみる。元カレと人生一度のメモリアルセックスする」

芹菜がパチパチ拍手している。色白の女の子が不思議そうなおももちで二人を見ている。舞夏は大人ぶった笑顔を作って、女の子にヒラヒラ手を振った。

渋谷の貸し切りパーティー会場に、青葉高校3年C組の面々が集まってくる。17年前とまったく変わっていない地味めな子もいれば、「誰?」と目をみはるようなキャバクラファッションの女子もいる。もっとも35歳、女子というにはきつすぎる世代だ。

半数以上は既婚者。男子もまさに二極化していた。まじめ風の奴らはねずみ色のスーツを着てすでにオヤジカラーが滲み始めている。放課後、繁華街で遊んでいたグループの男子たちはそれなりに若ぶっている。

女子は気合が丸見えだ。お互い「老けた」と思われたくない、出かける前に一生懸命髪をととのえ、この日のためにそろえたファッションで身を包んでいるのだ。

舞夏はモスグリーンのジョーゼットのワンピース。もちろんミディアム丈。スタージュエリーの花型ネックレスが胸元で揺れる。靖代と里穂とウェルカムドリンクを飲みながら懐かしい話に瞳を輝かせていた。

3人共すでに人妻の地位にいる。3つの薬指のリングが光る。余裕綽々だ。指輪をしていない女子達はアラフォーのあせりを醸し出している。「仕事が充実しててー…」という言葉には計り知れない闇がある。

と、その時、ユキオが現れた。登場したと言っても過言ではない。クラス一の優等生オーラを放っている。まったく老けていない。いい大学、優良企業の路線を進んだ男は劣化を知らない。

女子の視線は入り口に集中し、「ユキオくーん」と手を振る子もいる。里穂の頬がピンクに染まる。里穂は薬指のリングをスカートの後ろに隠す。

「里穂、迎えに行きなよ」

舞夏と靖代が里穂の腕をツンとつつく。

メモリアル

里穂はポニーテールのおもかげはなく、ふわっとしたボブヘアで、白いレースのワンピースを着ている。結婚してもフェミニン路線は変わっていない。

里穂がユキオに近づくと、いきなりユキオの背後から浅黒く日焼けした陽介がヌッと現れた。

「よっ!皆さん、おひさしぶり」

里穂が驚いて吹き出す。

「やっぱりユキオくんと一緒に来たのね。昔っからずっと一緒ね」
「俺ら、今年、結婚したんだ」

ユキオが陽介の腕に自分の腕を絡めておどける。会場が爆笑の渦に包まれる。

陽介もユキオと同じく、輝きが増している。体型も少年の頃よりずっと男らしい骨格になっている。舞夏は陽介に気づいてもらいたくて、ジリジリと里穂の方に近づく。陽介の視線が舞夏をとらえた。ずっと探していたかのように。

「よう、マイちゃん、元気だった?」
「うん。元気だよ」

媚びる笑顔というのを初めて作ってみた。昔よりきれいになったと言われたい。老けたと思われたくない。口角をキュっとあげて、目を見開く。イツキが好きなアイドル歌手じゃあるまいしと一瞬戸惑ったが。すかさず陽介が言う。

「おまえ、むちゃきれいになったな。大人っぽい。高校ん頃は子どもっぽかったもんな」

やった!と思った。陽介が5年前、職場の同僚と結婚して子どもがいることは噂で聞いている。目の前の陽介は人のものだが、同窓会の間だけは元カレとして独占しようと決めた。

そう思うにふさわしい年の重ね方をしていた。大人の色気をただよわせている。腕に浮きだした太い血管に男として生きている息吹を感じる。

「陽介、指輪してないんだね。お子さんは幼稚園くらいじゃない?」
「ああ、指輪はなんかゴロゴロして気になるからはずしてるよ。子どもは4歳。準太郎。おまえは、子どもいないの?」

舞夏はうなずく。

「お菓子のパッケージ作る会社にいるんだけど、仕事おもしろくって。もうすぐマネージャーになれそうなの」

皆とワイワイはしゃぎ、ひととおり昔話にきりがついてから陽介と二人でテラスに出た。

「二次会すっぽかして、どっかで飲もう」

陽介が舞夏の耳たぶをつまんだ。昔、よくしてくれた仕草。陽介なりの愛情表現。

「親友のユキオくんが寂しがるよ」
「あいつは里穂とふけるさ」

二人の頬を生ぬるい夜風がくすぐる。

「結婚の絆ってゆるいもんなんだね…」

舞夏が陽介に聞こえないようつぶやいた。

再開した男女

二人で思い出話に沸く宴を抜け出し、夜の街を歩く。肩を並べてゆったり歩きながら、話がはずむ。今住んでいる街のこと、仕事の様子、突拍子のないことを言う友達、芹菜の話題にも陽介は笑った。

飲み屋に入ることなどすっかり忘れてどこまでも歩く。街路樹の脇に公園があった。街頭の灯りに照らされた木のベンチに座る。

「なんか、高校生のデートみたい」
「ああ、ほんとだ。ここに珈琲牛乳があればタイムトリップだ」

舞夏は尋ねた。

「陽介、どうして、あの時はキスだけだった?エッチとかしたくなかったの?」
「したかったさ。でも舞夏はなんつうか清純そうで、そんなことしたら逃げられるって思った」

舞夏はじっと考えこむ。あの頃の自分の頭のなかを覗くように。

「そうだったんだ。私、魅力ないのかなって思ったよ」
「うぶだったんだよ。俺ら」

端正な陽介の横顔を見つめ、舞夏は自分から誘う決心をした。

「抱いてよ。メモリアルとして」

ぎょっとした目で陽介は舞夏を見つめる。

「誰にも言わない。二人だけのメモリアル。一度だけ。あの頃、できなかったから、取り返すの」

陽介は舞夏の肩をそっと引き寄せる。ごつい手。唇を重ねる。17年前のキスと同じ味。ドキドキする感触が蘇る。

イツキとキスしても決して味わえない高騰感。舞夏は陽介の右手を取って自分の胸にかぶせた。陽介の手に力がはいる。ギュっと乳房を掴む。

「痛いよ」
「あ、悪い」
「ハンドボールだと思わないで」

二人でクスっと笑う。

そしてもう一度唇を重ねる。今度はお互いの舌を絡めあい、遊ばせながら昔とは違う大人のキスをした。

背徳感と多幸感

こぎれいなビジネスホテル。狭いバスルームでシャワーを浴びながら貪り合う。

舞夏はメイクを落とした顔と背中のシミを見られたくないと気にしながらも、陽介を欲しいという欲望に負けていた。白い湯気が立ち込めるバスルームは妖艶な場所に思える。

「…ん、ん」

シャワーから飛び散る湯を浴びて、激しいキスをする。陽介の股間はせり上がり、舞夏の身体は開ききっている。

ビンと立ち起こった乳首を立ったままの陽介がしゃがみこんで口に含む。いやらしい声が舞夏の口元からこぼれ落ちる。イツキと違うマッチョな体つき。血管が走る腕。

「こんな男としたかった」

舞夏はもだえながら思う。

「取り替えられないかな、イツキと。」

バスルームのタイルの壁に手をついたまま、陽介は舞夏の唇と顎と乳首を交互に味わう。

「壁ドンね、エッチな壁ドン」

舞夏は陽介の股間に手を伸ばし、円筒を包み込むように弄ぶ。ソレは、はちきれんばかりに膨れ上がっている。

「すごいよ。ここ。もう爆発寸前…」

陽介が湯に濡れたままの舞夏をベッドに連れてゆく。身体を拭くのもそこそこに、舞夏の足を押し広げ、臀部から上に向かって舐め上げる。

「ああああ…ん」
「うまいよ。舞夏」
「そんなにエッチだなんて思わなかった」
「おまえもだよ。清純な少女がエッチな女になって目の前に現れたって感じだ」

もう一度ゆっくり舞夏の割れ目を味わう。

「グショグショだぜ」

そして陽介は舞夏の上に沈み込む。脚の間から、イツキのとは違うソレが侵入してくるのがわかる。いつもと違うソレは背徳感と多幸感をかき混ぜるマドラーのようだった。背中に回した指先で、感じていることを伝える。

強弱を付けて、背中に手のひらで円を描く。固く引き締まったヒップに指を這わせる。陽介が我慢できないという顔を見せる。額にシワを寄せて我慢する陽介を愛しいと思う。

「大好きだったの。陽介。あの時もこうして欲しかったの」

耳元でささやいて、舞夏は陽介のヒップをグッと自分の股間に押し付ける。

「あう」

陽介が、欲望をすべて舞夏の中に飛び散らせた。ハンドボールでゴールを決めた時の陽介の顔が蘇る。

同窓会の夜、一線を超えた。そうなる前はさほど気にしていなかった。夫のイツキとのセックス回数が少ないから、元カレとする。元カレとはしたことがなかったからしてみたかった。人生のメモリアルとして。

これ以上シミやシワが増える前に。単純な動機。ばれるわけはない。それなのに、同窓会の夜以来、イツキの一言、視線にビクビクしてしまう。

ドレッサーの前で化粧水をコットンにふくませているとイツキが鏡の中に映り込んだ。鏡の中で会話をする。

「舞夏、シミ薄くなってるんじゃないか。美白美容液って効果あるんだな。高いだけあるな」

舞夏は固まったまま答える。

「そんなにすぐ効くもんじゃないのよ。予防の成果はあるかもしれないけど。ジロジロ見ないでよ」

イツキが舞夏のうなじにキスをする。ゾクっとする。バレる!あの夜のことがバレてしまう。

「イツキ、やめて。今日はやることがあるから」
「なんだよ。キスしただけだよ。平日はしないって言ってるだろ。何、まじになってんだ」

必要以上に気を回しすぎている。陽介が自分の身体に寝盗った記録を残しているんではないか、動物が自分のテリトリーを誇張するみたいに、と馬鹿げたことを考える。

キスマーク、爪の跡。情事のあと、くまなく見たが何も残っていなかったはず。背中の薄茶色のシミが妙に濃くなっていただけだ。

ベッドに入ってイツキに謝る。

「さっき、ごめん。明日の訪問先の地図を検索しなくちゃと思ってたから。直行なのよ、朝早いんだ」

イツキは怒っている様子はない。

「いいよ。別に。でも舞夏、ほんとにきれいになってるって。日焼け対策とかパックとかマジだもんな。目つき違うもん。鏡見てる時」

イツキが舞夏の腕を引っ張る。イツキの胸の上に舞夏がなだれこむ形になる。イツキが抱きしめて舞夏のパジャパのボタンをはずす。

「な、なに?」
「気が変わった。たまには平日してもいいよ。今日はけっこう元気だから」

いつもは舞夏がねだっているのだ。今、断ると怪しまれる。舞夏の頭の中で不倫がばれないようにと計算機がカシャカシャ動く。

止まった欲の渦

「う…うれしいわ」

舞夏はイツキのズボンをずり降ろす。まだ柔らかく寝そべっているソレをくわえる。

「うふふ。エクレアみたい…」

左手で垂れ下がった巾着を包み込み、いつになく丁寧に円筒を舐めたり吸ったりする。

「フォー…。なんかすげえいい…エクレアうまいだろ。甘くって」

バレないようにバレないように。陽介に抱かれた証拠など何も見つかるわけはないと言い聞かせ、舞夏はイツキのソレめがけて座り込んだ。

「ああああぁぁ」

イツキが女々しい声をあげる。舞夏は高まってきた欲の渦がピタッと止まるのを感じる。

「そんな声出さないでよ、男でしょ。しらけるじゃない」

頭の中で今度は計算機でなく天秤が動く。男のセックス中の仕草を比べる天秤。

やはり陽介はたくましい。野生的な香りがムンムン立ち上っていた。筋肉も固く引き締まっている。女々しいあえぎ声などあげない。

「だって、舞夏、気持ちいいんだもん」

しらけてしまったが、舞夏は腰を上下に動かした。せっかくだから自分も気持ちよくならなくては。平日にイツキが求めてくるなどあり得ないのだから。ふと、芹菜の話を思い出す。

「セックスなんて、気持ちよくならなくちゃ損よ。相手だけ気持ちよくさせるなんてダメ。私たちはビジネスでやってんじゃないんだから。まず自分が発情して身体を喜ばせること。イッたもん勝ち。イカセてくれない男と当たっても、自分でイクこと!」

そうだ、イッたもん勝ちだ。舞夏は気持ちいい部分にイツキを導くように腰をずらし、自分で自分の乳房を揉んだ。

イツキが舞夏の腰骨を掴んで動きを補助する。自分のいい角度に合わせようとしているのだ。

「私はオナホールじゃないのよ。私で一人エッチしないで」

不満を胸の中でぶちまけながら舞夏は思い切り身体の中の筋肉を絞った。弛緩も緊張も自在にできる。芹菜に教えられたからだ。

「ウォっ」

イツキの動きが止まる。髪を掻き上げながら舞夏はふうっと息をつく。

「イケなかった。損した…」

⇒【NEXT】自転車の後ろに乗り、陽介の背中のあたたかさを感じて胸をときめかせた舞夏はもういない。(【後編】恋愛とセックスのかけ算/35歳 舞夏の場合)

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あらすじ

主人公・舞夏は結婚していて、土曜日に週一だけ夫とエッチをしている。
そんなある日、もっとエッチがしたいと思いアンダーヘアを処理し、平日に夫を誘い寝た。
興奮がおさまらず2買い目を求めたが、夫は仕事が忙しいということで週末にまたすることに。そんな最中、高校の同窓会の誘いが来て…

公開中のエピソード 全67話公開中
三松真由美
三松真由美

恋人・夫婦仲相談所 所長 (すずね所長)・執筆家…

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