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【前編】恋愛とセックスのかけ算/25歳 サリナの場合
裏恵比寿のネイルサロンanjyu
タブレットの画面に、蝶や花が散りばめられたカラフルな指先が並ぶ。スクロールしながらサリナは微笑む。
「うわ、すっごいキュート! ラメグラデとヒョウ柄が意外に合うんだあ」
雪穂が後ろから覗き込む。
「ほんとだ。ハーフフレンチだけじゃ物足りないもんね。私なんて遊びに行く街に合わせて塗り直してるのよ」
サリナが雪穂の爪をチラッと見る。
「今日はレオパード…。じゃあ、六本木でゴーコン?」
「ビンゴ。ネイリストVS建築会社。オリンピック景気で建築会社って狙い目なんでしょ。サリナちゃん、ゴーコン嫌いなんて言わずに参加してよう。先月から独りもんじゃなかったけ」
ちょっと意地悪そうに雪穂が微笑む。
「それ禁句。でもね、いったい何狙ってんですか? 景気良さそうな会社員でも、雪穂さん、結局、顔いいのしか付き合わないじゃない。あ! 次のお客さん何時から? 私、そろそろ準備しないと」
サリナと雪穂は裏恵比寿にあるネイルサロンanjyuで働いている。細長い鉛筆ビルのワンフロアにあるanjyuは秘密っぽい空間なので口コミ客が足繁く通う。
雪穂はサリナの1年先輩。anjyuは起業家、安西未知の3店舗目のサロンだ。サリナは若いながらもよく勉強し、独創的なネイルを作るので客がたくさんついている。
客が自分より年下でも、安い基本コースしか選ばなくても、上から目線のわがまま客でも、丁寧に敬語で接する。常にお客のニーズに答えようとフルパワーで仕事をする姿勢が客やスタッフから愛されている。
午後3時、常連客の奥様、康江がやってきた。ガーデンプレイスの近くの大きな家に住んでいるらしい。たいした距離でもないのにいつもどでかいアウディで乗り付ける。
大きなラウンドのサングラスを中指ではずし、リクライニングのネイルチェアに腰をドスっと落とす。腰周りの肉がふくよかなので、少しきつそうだ。
ピチピチに肉に張り付いたジャージ素材のワンピースがサリナには痛く感じる。康江は右腕をアームクッションにのっけ、さっそくおしゃべりを始める。
「サリナちゃん、彼氏と別れたんだってね。何が原因?」
ネイルアートに集中したいところだが、無視するわけにもいかない。ネイルから目を離さず、サービス精神で答える。
「やりたいことができたから今は女と付き合ってる場合じゃないって言われました…」
康江は何もリアクションせず、付けたい石を選んでいる。
康江の爪に大粒のワインレッドの天然石を貼り付けると、一気にゴージャスな雰囲気になった。
「いいわあ。さすがね。大人女子スタイル。さっそく明日、お茶会して友だちに見せるわ」
大人女子と言うにはケバすぎる奥様だが、サリナは接客用の高めの声を出して
「ほんとうにお似合いですよ。今、着ていらっしゃるセクシーなワンピースにぴったり」
とニッコリした。
お客はサリナの元カレの話より自分のネイルの仕上がりのほうが気になる。当たり前だ。自分は誰からも気にされない影の薄い存在なんだ、サリナは肩を落とす。
奏汰のことは好きだった。結婚まで考えていた。いきなり別れを告げられ、まだちゃんと消化できていない。奏汰と何度も重ねた身体がたまにジンジンと音をたてる。
ひとりきりの部屋。築20年の安普請のアパート。サリナのセンスが光るコーディネートで女の子らしいポップな空間に仕上がっている。
壁にはネイルアートの写真やパリ風のイラストが飾られ、見ているだけで楽しくなる。しかし、奏汰がいない部屋はなんだか寒い。
奏汰の肌のぬくもりを思い出しながら手のひらを乳房に当ててみる。
奏汰はこうしてくれた。奏汰が動くように手のひらを動かす、下から上に。脇の下からてっぺんに。
「あっん…ん…」
下半身からも音が聞こえるようだ、ジンジンと。ベッドの下に隠してあるチューリップの形をしたバイブを取り出す。
奏汰がネットで買ってたまにサリナと遊んでいたおもちゃ。
畳の上に寝っ転がる。パンティの上からチューリップの花を自分の花芯に這わせる。スイッチを入れる。ジッジッジ。無機質な音をたててチューリップが奇妙に動き回る。
「ああ、奏汰…奏汰ったら…」
奏汰はこうしてくれた。奏汰は次はこうしてくれた。何度も奏汰の動きを真似ながらサリナはパンティをくるぶしまでずらす。
奏汰はこうしてくれた。唱えるように、チューリップを自分の中に突きこむ。
「うっ…うううん…奏汰…もっと」
常連客からの誘い
社長の安西未知が緊急ミーティングをしにanjyu恵比寿店にやって来た。
「ネイリストの皆さん、お疲れ様。実はね、新宿店で溶連菌とかいうのが原因の風邪が流行ってね、スタッフ8人中4人が休んでるのよ。それで、恵比寿店から2人サポートに出てほしいの。高橋雪穂さんと森井サリナさん。欠員のところは、研修中の新人さんに補ってもらうから来週1週間よろしくね」
「承知しました。では予約のお客様は新宿の方にお越しいただいてよろしいですか」
サリナが尋ねる。
「もちろん。ご足労させて申し訳ないので、何かプレゼントをつけてね」
安西は判断が早く、テキパキと動く。一店舗ずつの経理にも目を通し、改善点を指摘する。背が高く、白のサブリナパンツにカチッとしたジャケットをはおり、颯爽としている。サリナの憧れだ。
「いつか独立して、安西さんみたいになりたいな」
漠然と考えてはいるが、今は目の前のことを一生懸命やるだけ。サリナは奏汰との苦い別れを忘れるため、仕事に没頭しようと覚悟していた。
anjyu新宿店は東口のこじんまりしたビルの1階にある。1階というだけで、新規の客がひっきりなしに入ってくる。場所柄、目立つ恰好をした20代前半の女性が多い。
テレビで見る人気アイドルグループよりずっとかわいらしい女性たち。自分など地味で影が薄いなと思いながらも集客の効果を肌で感じた。
雪穂も新しい店の雰囲気が新鮮だと熱心に働いている。
火曜の午後、康江が現れた。わざわざ新宿まで足を伸ばしてくれるなどありがたいことだ。サリナは深々とお辞儀をして迎えた。
「電車でいらしたんですか?」
「ううん、車よう。パーキング探すのに苦労したわぁ。山手線とか無理。いつも混んでるんでしょ。指定席ないと無理」
別世界で生きている人、そんな思いさえする。サリナは答える。
「はい。康江さんには大きな車がお似合いです」
塗り終わったときに、康江がついたての影から手招きする。トーンを落とした声でサリナに話す。
「サリナちゃん、8時に店終わるんでしょ。せっかく新宿にいるんだからいいとこ連れてってあげる」
「いいとこ?」
「歌舞伎町。ここからなら歩いてすぐよ。よかったら雪穂ちゃんも誘っていいわ。招待する」
「歌舞伎町でお食事ですか?」
康江が背中を猫のように丸めてプっと吹き出す。頭にカチューシャのようにかけていたサングラスが床に落ちる。
「やあね、歌舞伎町と言ったらホストクラブでしょう。もちろん、おなかすいてるから先にお寿司でも食べましょう。8時過ぎに歌舞伎町の風林会館の前で待ってる」
雪穂を誘うとノリノリの返事だった。
「すごーい。行ってみたかったの。でもいくらかかるかわかんないし。さすがに友達同士で行けないもんね。康江さまとなら安心よ。でもビックリ。上品な奥様だと思ってたから…ホストにはまってるのかな」
興味津々の誘いに2人はとまどいながらも「知らない世界」への好奇心でいっぱいになった。雪穂は空き時間に自分のネイルを作り始めた。
「新宿のイメージのネイル。バラの花描いてるの…」
サリナも金色のマーブルを塗ってみた。
「てか、きばったネイルにしても、うちらの今日着てきた服、ふつーだよね。私、茶色のワンピースだわあ。しまったあ」
雪穂が気づく。たしかにサリナも地味な紺のブラウスと膝丈のフレアスカートだった。
「でも、そういう普通な女子が意外にめだつかもです。きっと、ゴージャス系なお客さんしかいませんよ。康江さんみたいな」
「康江さまああ…それもそうね」
歌舞伎町の入り口にある寿司屋のカウンターで康江と並んで寿司を食べる。客層が恵比寿とはまったく違う。訳ありのカップル、おねえっぽい男の人。
ここは、想像通りの街なのだ。ひととおり、ホストクラブの仕組みを康江から教えてもらい、益々ワクワクする。
大トロや雲丹など、サリナが普段絶対注文しないネタを口に入れると、いつもと違う自分になった気がした。
「康江さん、今日もすてきなお洋服ですね。康江さんは、お気に入りのホストさんがいるんですか。その人のためにおしゃれしてます?」
康江は一度家に戻って着替えてきている。雪穂が言ったとおり、それふうの服だ。
「いるいる。これ、いいでしょ。エポカのシルエットフラワー。目立ちすぎないように上品なゴージャスをめざしてるんだけど」
雪穂が突っ込む。
「で、お目当てのホストさんってどんな人なんです?」
「あのね、柊聖矢っていうの。ひいらぎせいや。昔、メンキャバにいた頃からかわいがっててね。今はナンバー2」
「ええ? そんな昔から歌舞伎町通いですか? メンキャバって何ですかあ」
「そんな驚くことかしら。私の周りの奥様方はけっこうはまってる」
康江は淡々といくら軍艦をつまみながら教えてくれる。
「それって、ご主人に内緒ですよね。見つかるとまずいですよね」
サリナが質問する。
康江はキッとサリナを睨む。
「何言ってるの。亭主だってクラブや風俗で遊び倒してるのよ、その上、愛人2人。私がどこで遊ぼうが無関心よ」
光弥との出会い
康江の意外なプライベート話を聞きながらサリナは神妙な面持ちになった。
なんの苦労もなく、毎週ネイルサロンやヘッドスパに通う恵比寿豪邸の奥様。
夫の悪口は彼女の本心なのだろう。寂しさを打ち消すために爪を飾って歌舞伎町に繰り出す。
もっと康江について知りたくなった。ホストクラブに一緒に行けば康江の実態が見えるかもしれない。
「らっしゃいませっ!! ようこそワンダーラビットへ」
入り口にスーツ姿で並んだイケメンホスト3人が威勢のいい声で出迎えてくれる。ドラマで見かける、定番のホストスタイル。
「聖矢お願いね。すぐ呼んで。ドンピン入れるから、早めに席に来てって伝えて」
「かしこまりましたっ!! ドンピン入ります」
ホスト全員が立ち上がり、シャンパンコールをする。サリナも雪穂もわけがわからなかった。
康江と一緒に座ったソファはふかふかでレザーの背もたれクッションがついている。店のホストたちがワラワラと集まってきて、何やら合唱をしている。
サリナと雪穂は、初めての世界に度肝を抜かれた。
聖矢はなかなか席に来ない。康江が若いホストに尋ねる。
「聖矢、何やってるの」
「お客様、申しわけありません。奥の席のお客様がリシャール入れられたもので、もうしばらくお待ち下さい」
「そうかあ、ま、私も聖矢の誕生会にはリシャール入れたからね。しょうがない。じゃあ、このきれいなお姫様達に合うイケメン呼んで来てよ」
「では、当店おすすめの美男子光弥(ミツヤ)をお届けします」
口の中で泡がシュワシュワはじける。本物のシャンパンは極上の舌触りだ。サリナはすぐに飲み干してしまった。
「康江さん、こんなおいしいお酒、私、はじめて」
雪穂と一緒にはしゃぐ。
しばらくすると、新しいホストがやってきた。照明が薄暗いのでサリナは目を凝らして顔を見上げる。
それほど背は高くなく華奢な体つき。ヘアスタイルもよくある長めのスタイルではない。トップだけ立たせた短いヘア。小指にシルバーの指輪をしている。
「いらっしゃいませ。光弥です」
突然、雪穂が大声をあげる。
「すっごいイケメン! 俳優みたい」
康江が細長いタバコをくわえて笑う。
「光弥ね。いいじゃない。きれいな顔立ち。新人?」
「はい。半月前に入りました。よろしくお願いします」
猫のようなアーモンドアイ。くっきりした二重まぶた。男のくせにやけに可憐な唇。髭がないツルッとした肌。
「モデルかなんかやってたんですか」
サリナは思わず尋ねる。
「ええ、メンズファッション誌ですこし。最近は、背が高くなくても使ってもらえるんですよ。中性的なメンズって枠で」
落ち着いたぬくもりのある声だった。サリナは顔だちよりも声に魅せられた。
シャンパンのアルコール度数が強すぎたのか。舞い上がっているのが自分でもわかった。
整いすぎた顔立ち
ふざけながら若いホスト達と自己紹介しているあいだにやっと聖矢が席に来た。
明るい茶色に染めた髪、爪もとがらせてシルバーに塗っている。眉を細く流し、舞台の女形のようだ。
ナンバー2の貫禄充分。康江が急に身体をしならせて、聖矢に寄り掛かる。声も鼻にかかった甘え声だ。
女が突然豹変する様を見せつけられた。康江と雪穂が聖矢を囲み、馬鹿げた話題で盛り上がる。
サリナには光弥がビチっと密着して寄り添い、シャンパンを波々と注いだ。光弥がくっついている右半分だけ血流が早くなっている気分だった。
「サリナさん、きれいな手だね。ネイルもスキがない。この店に合ったカラーだ。何層にも丁寧に塗り込められてるね。ネイリストだったよね。さすがだ」
光弥が右手をキュっと握って、つぶやくように褒める。
「そんな甘い声で褒められたら…私…」
「私、何?」
サリナの顔を右ななめ下から覗き込む。目が合う。きれいなアーモンドアイ。整いすぎた顔立ち。
恥ずかしくなって思わず目を逸らす。
「サリナさん、シャイなんだね。シャイガール。めずらしいよ。歌舞伎町のお客さんにしては」
「ここは康江さんみたいな奥様だけが来るところなのかな?」
「ううん、同じ街で働いてる夜のおねえさんたちも多いよ。仕事が終わったら飲みに来る」
「そうなんだ。驚くことばかり…」
「初めてなんだね。こういう場所」
こっくり頷く。
「サリナさん、彼氏さんいるの?」
首を大きく左右に振る。
「ハッハッハ。そんな全力否定するなんて、おもしろいね。別れたばっかでしょ」
またこっくり頷く。
「ビンゴ? やっぱり。じゃあ、今夜はもっと飲んで」
テーブルの下でサリナの右手を今度は軽く握り、光弥はミネラルウォーターを飲む。握り方に強弱をつけている。そのたびに、肌と肌が会話しているかのように感じる。
康江がサリナの様子に気づいて、光弥に酒を勧める。
「気に入ったわ。聖矢だけじゃなくて光弥もごひいきにする。きれいな顔だから」
「ありがとうございます」
光弥が起立して深々とお辞儀をした。聖矢が満足気に微笑む。
「サリナさんでしたっけ。光弥をロックオンしてくださいねー」
雪穂がすかさず突っ込む。
「じゃあ、私の彼はどうするのー私だけ独りじゃない」
「おっと、かしこまりました。ヒュウガを呼びましょう。きっと気に入る。おい、ヒュウガ呼んできて」
フロアスタッフに指図すると、まさに雪穂が好きそうなエグザイル系ホストがやってきた。これでサリナは心置きなく光弥にコミットできる。
美しい彼の残像
サリナが化粧室に行こうと立ち上がると、光弥がエスコートでついてくれた。
化粧室の鏡に映るサリナの頬は蒸気し、目がトロンとしている。
口紅を直し、フーっと大きく深呼吸して化粧室のドアを開けると光弥が両手でおしぼりの乗っかった皿を差し出した。
「え?」
「熱いおしぼり、使ってください」
驚くことばかりだ。
「こんなサービスしてもらうの初めてだから、びっくり」
「僕らの店はトップレベルだから。おもてなしは最高です。サリナさん、今度は一人で来て。独り占めしたいな」
「独り占め…」
おしぼりからレモンの香りが立ち上がる。
「いい香り」
「レモンしぼったんです。おしぼりの上から」
光弥がウインクする。中学の頃「恋に落ちると天使の矢が突き刺さる」という少女漫画にはまったことを思い出す。
サリナの左胸がチクリとした。
「あの、一人で来るといくらくらいかかるのかな。康江さんみたいなお金持ちじゃないから…」
光弥がマジ顔になって耳元で話す。
「だいじょうぶ。焼酎のソーダ割りとか頼んでおけばお金かからないから。ボトル入れなくていいんだよ。そうだ! 次回、一人で来たら初回セットで3000円ぽっきりでいいからね」
いろいろ仕組みを教えてくれるが、サリナはポーっとしているので頭に入らない。「お金かからないから」の部分だけが頭に残る。
夜が更けるまで別世界の宴が続く。
康江が聖矢に抱きつき、耳たぶをかもうとしている。聖矢は嫌な顔ひとつせずたしなめる。
「そろそろタクシーご用意しますよ。お姫さまたちは明日、仕事でしょ。帰してあげないとかわいそうです」
サリナと雪穂は我に返った。雪穂がスマホを見て叫ぶ。
「そうだよ。終電逃がしてるじゃない。まずい。ネカフェで泊まる?」
康江が小さなワニ革のバックから万札を二枚取り出す。
「はい。これでタクシー使いなさい。付き合ってもらったんだからお礼よ」
聖矢が康江の肩を抱いて微笑む。
「さすが康江さん。そういうとこ、大好きです」
康江が聖矢の首に抱きつく。
宴が終わった。
翌日の仕事は睡魔との戦いだった。珈琲屋で買ったエスプレッソを休憩時に飲みながらなんとか頑張った。サリナの脳裏には光弥のウインク顔がスライドショーのように現れる。
光弥の長い睫毛がスローモーションで動く。サリナの目を見つめながら。その日から光弥の残像がどこにでもついてきた。
服を着ていない光弥。華奢な線を描くヒップ。真っ白の肌。細い腕。かわいらしいペニス。
サリナはベッドの下のチューリップを何度も使う。「奏汰がこうしてくれた」という思い出ではなく「光弥はこうしてくれる」という希望とともに。
独り占めされたい気持ち
二日後、LINEが届く。光弥からだ。営業メールが来ると康江から聞いてはいた。営業とは言え胸が高鳴る。
「すぐにメールしなくてゴメン。新宿で仕事してるなら、帰りに寄って!」
サリナは思い切りかわいらしい女子イラストのスタンプをダウンロードし、送信する。
「新宿店勤務は終わって今は恵比寿店にいます。一人で行く勇気ないです」
「明日、天気予報は夜から雨。雨の日はお客さん少ないから僕がずっとサリナさんを独り占めできるよ。恵比寿からならすぐ来れる距離だよ」
独り占め…この言葉がどうしようもなく嬉しい。奏汰にも言われたことがない言葉。自分は愛する人に独占されたいんだと、気づく。
奏汰はサリナより仕事を優先した。だから仕方ない。やっと奏汰との辛い別れから逃げることができる。
「光弥クンを独り占めできるなら行きます」
サリナはドレッサーの引き出しに隠してあるへそくりようの長財布を取り出す。5万円入っている。
翌日の夜は予報通り、じめっとした雨だった。夕方から振り始めた雨はどんどんどん強くなり、レインブーツでなければ足がまずいことになる。
青と白のストライプのワンピース。去年のバーゲンで6割引で買ったサリナの勝負服。このワンピースにレインブーツはチグハグだと思った。サロンのロッカーには置き傘とブーツがはいっている。サリナは悩む。
「そうだ、タクシーで行けば足が濡れない」
康江にもらった1万円の残りがある。恵比寿駅の銀行の前からサリナはタクシーに乗り込んだ。大胆な行動だった。
独立してサロンを持ちたいとコツコツ積立をしている自分が、こんな気持ちになるなど思っても見なかった。趣味はネイルを作ることだ。
仕事イコール”自分がいちばん好きな事”。そんなサリナが高い酒を出す店にタクシーで乗り付ける。
「まっ、たまにはいいか。息抜きだもん。奏汰のことを忘れさせてくれたし」
白いシートカバーのクラウンに深々と座り、康江になったような気分だった。
「あ、歌舞伎町のファミマのところで降ります」
サリナは顎をあげて、リッチなOLのように運転手に告げた。
「いらっしゃいませ。ようこそワンダーラビットへ」
光弥が嬉しそうに出迎えてくれる。興奮度が最大級に上がる。お姫様のように手をとられ、奥の席にエスコートされる。雨のせいか、店内はガラガラだ。
車に乗って来てよかった。サリナのワンピースもパンプスも濡れていない。光弥がこの前のようにキュっと強く右手を握る。
腰のあたりがこそばゆくなる。サリナはすでに濡れてしまっていた。
夢のような時間
それからというもの、夢のような時が流れた。脈絡のない話をしているのだが、すべてにオーバーリアクションをしてくれる光弥。
大声で笑ったり、「やるねえ」と肩をたたいて褒めてくれたり。気づくと身体のどこかに触れられている。
レザーのソファに並んで座りながら、まるでセックスをしているかのようにサリナはときめく。光弥の視線で犯されている自分。
光弥の指が宙を舞いながら、サリナの腰や太腿にたどりつく。嬉しい、とにかく嬉しいのだ。
「サリナさん、大丈夫だからね。今日は初回セットでつけてあるから何杯飲んでも3000円しかかからないよ」
代金の心配が時折顔に出るサリナの心中を思って光弥がフォローする。
完璧に恋に落ちた。少女漫画の天使の矢が刺さっている。スマホで掲示板を見ると「ホストに恋してはいけない」と書いてある。
そんなことはわかっている。でもしかたない。光弥のことを好きでたまらない。聖矢が席の近くを横切る。
「やあ、サリナさん、今日はお独り? 光弥、よかったな。サリナさんを独り占めできて」
サリナの気持ちがまた踊る。独り占め。
「今日は康江さまはご来店じゃないんですね」
光弥が聖矢に尋ねる。
「ああ、週4回もいらっしゃっているから雨の日くらいはお休みされてるんだろうね」
聖矢がカウンターの方に消える。
「光弥クン、私、康江さんみたいに何度も通えない。どうすればもっと光弥クンに会えるかな…」
光弥がキュっと首をかしげてウインクする。
「内緒でデートしようか」
「え?」
「ここだけの話、いつもけばいおねえさんか、熟年マダムとしかお酒飲めないから、サリナさんみたいなまじめでおとなしい女性とデートしてみたい。でも誰にも内緒だよ」
サリナは神様に感謝した。
「うれしい。でも、そんなまじめでおとなしいってわけじゃあ…」
チューリップで一人で光弥を想像して遊んでいる自分を思い出した。
仕事に身が入らなくなったかと言えば逆だった。光弥の店に行くためにもっと頑張ろうとサリナは猛烈に働いた。
一定の客数にリーチすればその後は人数によって報奨金がもらえる給与体系だった。
営業や口コミでいくらでも人数は増やせる。雪穂が驚くほど、サリナは営業して仕事を増やした。
閉店ギリギリの時間帯に、化粧気のない、もっさりした女の子がやって来た。
毛玉がついた薄茶色のセーターを着ている。スカート丈も微妙な長さで冴えない事務職という風情。
「あのう…」
「いらっしゃいませ」
サリナはていねいに接する。
「ネットクーポン見て来たんですけど、一番基本のネイルで、安いコースお願いします」
雪穂がすかさず
「そろそろ閉店時間ですので」
と断ろうとする。サリナは遮った。
「私、施術いたします」雪穂に小声で告げる。
「残って、お店閉めて帰りますから、まかせてください」
冴えない客にお辞儀をする。
「どうぞ。お客さま、こちらのチェアにお座りください」
雪穂もほかのスタッフもあきれて帰り支度を始めた。
その客がゲストカードに名前を書く。山田泉。
「山田さま、基本のネイルですね。初めてですか?」
「はい。一度してみたくて。おしゃれは苦手なんですけど」
サリナは初めてホストクラブを体験した夜を思い出す。
「今まで知らなかった世界に足を踏み入れるってすてきなことですよ。人生変わりますよ」
クーポンを使う純利が少ない客にサリナはサービスできれいなデザインを施す。
「ロココネイルっていうんです。きれいでしょ」
「ありがとうございます…すごくきれい。私、変われるかな」
客は両手を広げ、天井に向かって突き上げた。
「女はいつだって変われますよ。またいらしてください」
サリナは光弥のことを思いながらニッコリ微笑む。
⇒【NEXT】自分が光弥を独り占めしている。セーターがいつの間にか脱がされ、シンプルなブラジャーをずらされる。すでに盛り上がった乳首が指で弾かれる。(【後編】恋愛とセックスのかけ算/25歳 サリナの場合)
あらすじ
主人公・サリナは裏恵比寿にあるネイルサロンanjyuで働いている。
最近は、彼氏・奏汰とも別れた。奏汰のことを思いながら一人エッチをすることもある。そんなある日、好奇心から歌舞伎町のホストクラブへ行くことになった。