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恋愛とセックスのかけ算/28歳 美奈の場合


空っぽのポット

テーブルに置いてある携帯がジジジっと振えた。

淳平が携帯をのぞいてニヤっとした瞬間、美奈は目をそらした。

下北沢にある雑貨屋とカフェが隣接したおしゃれ空間。

デートの最中に他の女性からのメールを見て喜ぶなんて最低な奴だ。

ミルクたっぷりのチャイはすでにカラッポ。

「すみません、珈琲ください。ブラックで」

とんがった声で美奈は注文した。

「淳平、花恵ちゃんからでしょ、メール」

淳平は悪びれずに答えた。

「ああ、俺が探してたSF小説、中古で出たから買っとくって。やっと出たかって感じ。待ってたんだ」

「あのさ、ほんとうに花恵ちゃんとは何もないの?仲良すぎじゃない。引っ越しの手伝いまでかり出されちゃってさ。花恵ちゃんも気をつかってくれればいいのに。いくら幼なじみでもベッタリしすぎ。私が淳平と付き合ってるの知ってるくせに…」

「美奈、気にし過ぎ。何度も言わすなよ。花とはただの友達だよ。タダトモ!美奈だって、良昭とかリョウと飲みに行ったりするだろ」

淳平は美奈の前に置かれた珈琲を横取りするようにひと口すすった。

「ヨッシーもリョウくんもテニスサークルの仲間じゃない。花恵ちゃんは、淳平にとっては中学時代から仲のいい、憧れの女子でしょ。終電逃しの日も、淳平の部屋に駆け込むしさ、あり得なくない?」

「いいかげんにしろよ。美奈の大学時代のテニス友達と、俺の中学時代の同級生と何がちがうわけ?終電逃しの連中を泊めるのは、代々木に住む俺様の愛だ。美奈だって何度も泊まってるし」

口調がケンカ腰になってきたので、美奈は口を閉じた。

「あそこに飾ってあるアロマポット見て来る。お部屋に置くアロマポット探してたんだ」

話題をそらしたが、美奈は花恵の存在がむしょうに腹立たしかった。

悪びれない淳平よりも、彼女がいると知っていて連絡を取ってくる花恵は完全に敵だ。

よく当たる占い

昼休みに同僚のカヨとベンチで野菜ジュースを飲む美奈。

噴水のしぶきが陽の光にきらめき、春の気配を感じる。

「美奈ちゃん、こんなあったかいのに、なんでしかめっつらしてるの?」

「え?あっ、私、機嫌悪そう?」

「うん、ときどきね。仕事中でも窓の外見てため息ついてるっしょ。悩みあるのかなって…」

カヨに観察されているとは思わなかった。

普段の自分は時々、暗い顔をしているのだ。

「カレシがさ、幼なじみと仲良すぎて、ちょっと心配なときがあるんだ」

「それ、やばいっしょ。幼なじみって、両親も仲良しだったりするから、いざというとき強いもん。素性が知れている者同士の結婚が安心、だとかなんとか言って。持ってかれないようにしなくちゃ」

美奈の小さな不安が増長した。

噴水のきらめきがむなしく感じる。

自分が知らない時に淳平と花恵は公園で仲良く散歩しているかもしれない。

カヨが顔をのぞきこんで言った。

「うちのおねえちゃんが教えてくれた占い師さんとこ行ってみない?すっごく当たるの。恋愛問題に強いんだって。私も元カレとは別れた方がいいって言われて去年別れたんだけど、そのあと元カレ、会社でヘマして地方に行っちゃったから、まじびっくり」

花占いでも星座占いでもなんでもいい、淳平とうまくいく、結婚できるという確信が欲しかった。

淳平と花恵はただの友達で何の心配もいらないと。

「カヨちゃん、その占い、今度の休みに付き合ってくれない?」

カヨはアップルパイをほおばりながら、

「オッケー!」

と笑顔で答えた。

元カレと別れたとはいえカヨは恋多き女で、すでに社内と社外に彼氏がひとりずついる。

最後は占い師に決めてもらうんだろうか。

ふっと考え、それもまたありだと思えた。

風に揺られる小舟のように

上を向く女性

井の頭線に乗り込み、にぎわう吉祥寺に着いた。

駅ビルも商店街もカップルだらけ。

嬉しそうに腕を組んで歩くカップル達、彼の肩に頭をのっけて歩く女性達。

本当に支障が何もなくてみんなこのままハッピーエンドで結婚をするんだろうかと冷めた目で見渡した。

有名なメンチカツを目当てに長い行列をつくっているカップルも寄り添って笑っている。

行列の待ち時間でさえ幸せなのだ。

「美奈ちゃん、また暗い顔してるよ。運気逃げるよー」

カヨは洋服屋の前を通るたびにキョロキョロ店内を見渡してディスプレイしてある服をチェックしている。

カヨの興味の対象は男と服とメイク。

それは入社した頃から変わっていなかった。

「あ、あのスカートかわいくない?膝見えちゃうけど、ギリ20代だから短くてもおかしくないよね。彼の目が脚に釘付けになるかな」

「カヨちゃん、ほんと、ザ・女子だね。だからもてるのよね」

美奈は女性の部分を全面的に押し出すカヨがうらやましくもあった。

にぎわう通りから一本裏通りに入ると静かな住宅街が広がる。

三枝サロンという表札がかかっている洋館のベルを押した。

「三時のご予約の方ですね」

髪の長い、花柄のロングスカートをはいた妙齢の美女が立っていた。

瞳が真っ黒で吸い込まれそうだ。アイラインがやけに濃い。

カヨと並んで座り、生年月日を白い紙に書いた。真っ黒な瞳が美奈を射抜く。春というのにひんやりした空気が頬を撫でた。

「あなたの心が乱れている原因は、すぐには取り除けないでしょう。彼はつねに揺らいでいます。風に揺られる小舟のように、あっちにユラリ、こっちにユラリ。あなたの方から決断しないと、いつまでも悩み続けることになる」

自分の心臓からドクドクと音が聞こえてくる。

占い師は美奈の右肩の後ろに視点をさだめ、ポツリと告げた。

「結婚は彼とはできても何か起こります。結婚後もずっと彼の気持ちは外部から支配されるから。平穏な日々を望むなら、彼でないほうがよいかもしれないです。はやいうちにあなたが決断したほうがいいでしょう。彼は決断できるタイプではありません」

やはり。自分が想像していたとおりだった。

美奈は30歳までには淳平と結婚したいと思って、話題を結婚に持っていこうとしていたが、いつもノラリクラリかわされた。

淳平はずるいのだ。決定権を美奈にあずけている。

カヨが心配そうにつぶやいた。

「美奈ちゃん、だいじょうぶ?まばたきしてないよ。美奈ちゃんに主導権があるんだから、いいじゃない。強くなりなよ」

井の頭線を降りて、美奈は淳平の部屋に向って歩いていた。

いつもより早足で、カツカツとかかとを鳴らして。

世界で一番

部屋のドアを開けると美奈が立っていたので淳平は驚いた。

「なんだよ、ラインで連絡くれればいいのに」

「今日は家にいたんだ…」

「うん、花が見つけてくれたSF、はまっちゃって朝からずっと読んでた。美奈は女子友と吉祥寺行くって言ってたから。服買いに行ったの?吉祥寺、けっこう古着屋あるだろ」

美奈はとっさに淳平の首に抱きついてキスをした。

ボサボサの髪の毛がいとおしい。

窓際のベッドに淳平を押し倒してカーテンをチャっと閉めた。

ピストルの絵が書いてあるTシャツをたくしあげ、胸に唇を這わせた。

「おい、大胆だな。どうしたんだよ」

普段とは違う美奈の様子にとまどいながらも淳平のカラダは反応した。

「この前、花恵ちゃんが終電のがして、ここに泊まったって言ってたでしょ。ソファで寝ただけって言ってるけど嘘よね。いくら幼なじみだからって泊まるなんておかしい」

「そんな意識するような関係じゃないから泊めてやったんだよ。俺は美奈と付き合ってるじゃないか」

キスで唇をふさいだ。淳平の耳が紅くなった。

「でも、結婚ってなると尻込みしてる。花恵ちゃんとどっちがいいか迷ってるんでしょ」

「こんな状態で、そんな話、すんなよ」

今度は淳平が上に乗っかってきた。ブラウスのボタンをはずし、スカートは脱がさず、太ももを割って入って来る。

感じた。

誰にも淳平を渡したくないと思った。

「淳平、言って」

「何を?」

「私のこと、世界で一番愛してるって」

「ばかだな、そんなこと恥ずかしくて無理」

美奈の顔のすぐ上で淳平は白い歯を見せて照れ笑いした。

淳平が動くたびに愛が深まる。

淳平が動くたびに花恵への嫉妬が燃え上がる。

「私のこと誰よりも愛してるってはっきり言ってくれなかったら、もう会わないから」

意地悪そうに言った言葉を淳平は聞こえないふりをして美奈をギュット抱きしめた。

美奈の心にすきま風が吹いた。

「花恵に淳平をあげる」

これが最後のセックスだと心に言い聞かせた。


END

あらすじ

カフェで彼氏の淳平とデート中、淳平にメールが届いた。
送り主は淳平の幼なじみの花恵。
あまりにも仲が良すぎる二人に、美奈は…

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